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しおりを挟む「もう一度シーン31を撮る。『咲夜』役はコイツ相田……お前下の名前は?」
カメラの前に立つ前に、スタッフや役者が急遽集められた
でもそこにYUKIの姿は無い
「えっと…彼方、相田彼方です……」
まだ困惑したまま答えると
「彼方はADだったが、これからは『咲夜』を演じてもらう。既に時間が押していて、このままだとスケジュールに穴が開く。
皆彼方をバックアップしてやってくれ。」
いやいや、ただのADにこの映画のキーマンとなる『咲夜』を任せるなんて皆反対するだろう
鬼の赤松監督と言えど、個々の意見を聞く耳を持っている人だから、皆が反対意見を言うだろうと期待していたのだが……
「南ちゃん、衣装とメイクしてやって。」
「はい!」
メイク担当の南さんが笑顔で答える
「彼方の準備が整うまで一旦休憩。助監督と響は俺について来て。」
誰も反対の意見を言わないまま話が進んでいく
「さ、彼方君行くよ。」
南さんに腕を捕まれ呆然としたままの僕はスタジオをあとにした
「髪、ちょっと整える程度に切っちゃうね。『咲夜』は長い髪って印象で彼方君イメージ通りだけど、これじゃあ顔が隠れすぎてるから。」
南さんはそう言うとケープを巻き、切り始めた
僕はされるがまま大人しく座っていることしかできない
僕が何故『咲夜』を演じるのか
僕が『咲夜』を演じるならYUKIはどうするのか
既に配役は発表されている
大人の事情でYUKIが選ばれたのが本当だったら…
スポンサーだってプロデューサーだって黙っていないはずだ
それにYUKIのファンだって黙ってないだろう
最悪映画自体の話が消え失せてしまう事だってある
でも…ただの大学生でアルバイトADの僕に、この問題をどうこうできるわけが無い
YUKIの演技は誰が見ても演技ではなく、あんなシーンを採用できない事は僕でもわかる
今から演技の勉強をするなんて、既に撮影が始まってるんだからそれも無理
違う人をキャスティング…が一番無難だけど、だからって素人の僕である必要がどこにあるんだ…
YUKIの二の舞になる事は分かりきっているのに…
「はい、終わったよ!」
ボーッと考え事をしている間に髪は切り終わり、軽くメイクも終わっていたようだ
南さんに声をかけられ鏡に写った自分と目があった
「私が想像してた『咲夜』。どうかな?」
鏡越しに南さんにニコリと笑われる
「……僕が…想像していた『咲夜』です………」
驚いた
僕が台本を読んで想像していた『咲夜』は白い肌に大きな黒い目が印象的で、髪が長く中性的な少年だった
そしてその姿が、僕の顔ではあるが目の前に居る
「良かった~!顔合わせの時、皆であれだけ『咲夜』について討論したかいがあったね!」
そう、顔合わせの時既に台本は貰っていて、この映画を良くするためにと、皆で意見を出し合った
それは登場人物像にも触れていて、今までのメンバーも今回の映画では少しステップアップさせたいとか、服装や持ち物、髪型や立ち振舞など多岐に渡り話し合いが行われた
あの日は朝9時から始まったけど、終わったのは深夜12時という普通の顔合わせではありえない顔合わせだった
「あとは、この服………いや、これじゃ彼方君の『咲夜』じゃないね。」
南さんはハンガーラックからYUKIが着ていたのと同じ衣装を取り出したけど、僕と衣装を交互に見て顔をしかめた
「ねぇ、彼方君は鏡に映る『咲夜』はどんな服を着てると思う?」
突然の質問に、鏡に映る自分をじっと見る
そこに映っているのは自分ではあるけど自分じゃない『咲夜』
台本を何度も繰り返し読んだ時、以前ドラマのADをした時に話をした俳優さんの言葉が浮かんできた
『本当の役者は【演じる】のではなく、【本人になる】んだよ。私はね、自分が演じる役の人生を想像するんだ。なぜ彼がこの時この言葉を吐くのか。どうしてそんな思考回路になったのか。
それには彼が歩んできた人生が必ず影響されているからね。
1からその人物の人生を考え自分がそれを生きる。そうすると演じるのでは無くその人物になるんだよ。』
それを思い出し、僕は『咲夜』という人物の人生を想像しながら、その時もう一度台本を読み返したのだ
「僕は………『咲夜』はいつも同じ服を着ていると思います。普通の人みたいに沢山服を持っている訳じゃなくて……だからヨレヨレのボロボロの服を着てるんじゃないでしょうか……」
あの時僕が考えた咲夜は、見た目はそんな感じの青年だった
だからそう言うと、南さんは満面の笑みを浮かべた
「彼方君、ちゃんと台本を読んで理解してくれてるんだね!私もそう思って準備してたの!」
南さんはそう言って机の下から箱を取り出した
蓋を開けるとそこには薄汚れた、元は赤いチェック柄だったのだろう長袖のシャツと、黒い色が落ちたロンT、所々破れたジーンズが入っていた
「これ最初に準備してた衣装なの。でもYUKIにそんなの着れないって言われて、あっちの『YUKI』に似合う衣装を準備させられたんだよね。
………彼方君はどっち着たい?」
「どっちって……『咲夜』の衣装はこっちでしょう。
あんな新品で流行だってわかる服、僕の想像の『咲夜』は持ってません。」
南さんが出してくれたボロボロの衣装を手に取りそう言うと、南さんは嬉しそうに笑った
「じゃあ、あそこで着替えちゃって!着替え終わったら最終チェックするから!」
「わかりました」
衣装を持ってパーテーションの裏で素早く着替える
流石ボロボロの衣装なだけあって、生地が薄くなっている
破れたりしそうだなと思ったけど、破れてもそれはそれでいいかと思い直した
パーテーションから出ると、赤松監督が居た
「ほう…………『咲夜』だな。」
監督は僕を見るなりそう言った
「でしょ!?私が想像してた『咲夜』そのものなんです!!」
南さんが興奮したように声を上げた
「ああ。俺の想像してた『咲夜』もこれだ。皆驚くんじゃないか?」
監督はニヤッと笑う
「さあ、あとは最終チェックだけで行けますよ!」
南さんはそう言って服のチェックや髪型、化粧のチェックを素早く終わらせた
「じゃあ行くか。彼方、カメラの動きは気にしなくていい。あそこに立ったらお前は咲夜だ」
部屋を出る際、監督は振り返りそう言った
「……はい」
なぜ僕なんだろう
僕に何を期待しているのか…いや期待なんてしてないか…
でも、僕はとにかくやれる事をやるしかないんだろう
沢山の人が関わるこの映画をクランクイン1週間でボツにするわけにはいかない
スタジオに戻ると、あのギスギスした空気は無く、逆に温かい空気で迎え入れられた
「さーて、準備も整った事だしそろそろ始めるぞー!」
監督の声に皆が一斉にこちらに振り向く
「おぉー!『咲夜』がいる!」
「イメージ通りじゃん」
「いいね!やる気出てきた!」
皆こっちを見ながら口々に騒ぎ出した
「はいはい、皆テンション上がるのは分かるが落ち着け!
以前に言った通り、この映画の『咲夜』は彼方に任せる。
YUKIは元々撮影に悪影響を起こせば役を降りてもらう事になっていたから問題ない。
先程向こうの事務所から謝罪と降板の意を伝えてきた。
スケジュール変更もあるだろうがよろしく頼む。」
監督はそれだけ言うと助監督の方へと行ってしまった
以前って??
……役を降りてもらう事になっていた?
何だそれ……配役も発表されてたのに?
努力すること無く降板の意を伝えてきたって……
先程の監督の言葉に僕の頭は混乱していた
「彼方君、大丈夫か?」
声をかけられパッと顔をあげる
「…叶響…さん………」
僕の目の前にはあの叶響が居た
「フルネームって」
クスっと笑われてハッとする
心の中で常に叶響と呼んでいた為ついフルネームになってしまった
かろうじて『さん』付けを忘れなかったのは良かったけど…
「すみません…」
「いや、…ちょっと話そうか。頭の中こんがらがってるだろう?」
叶響は優しげな顔で微笑む
素直に頷くと近くのソファへとエスコートされた
「突然『咲夜』をやれって言われて驚いただろ?」
「はい、僕は演技なんて生まれてこの方一度もした事ありませんから…」
「そっか。実はね……」
叶響は今回の配役について教えてくれた
元々映画化の話が出た時に、スポンサーがどうしてもYUKIを起用してほしいとゴリ押ししてきた事
しかし演技は素人なのでお断りした事
けどプロデューサーにまでゴリ押しされ、ある条件を飲むならとYUKIを起用することになった
条件は4つあった
1つ目が台本を誰よりも先に渡すから役作りと、顔合わせの際の会議で意見を出すこと
2つ目が演技の練習を必ずしてくる事、棒読みやド素人丸出しは許さない
3つ目が、もし条件を1つでも反故にした場合、役を降りてもらう
その時は誰のどんな意見も聞かないし、判断は監督と主演の叶響が下す事
4つ目がYUKIが役を降りてもスポンサーとプロデューサーはそのまま契約通り行うこと
そしてYUKIのファンが騒いだ場合、必ず事務所が火消しする事
けど、監督も叶響も何度もYUKIにチャンスを与えたそうだ
1つ目の条件である役作り、彼はそれをしてこなかった
その為、顔合わせの時彼は自分の意見を1つも言わなかった
交換される意見にただ頷いていただけだった
僕達はADでさえ意見を出していたのに
本来ならこの時点で役を降ろされていたらしい
けど演技ができるなら…とクランクインから今日まで様子を見ていたそうだが、実際カメラの前でのあの演技
監督も叶響もこれ以上はスケジュール的にチャンスを与えるのは難しいと判断した
だからYUKIが簡単に降板したのかと納得がいった
「でも、それなら代役の準備はできましたよね?」
僕に代役をさせなくても、ちゃんとした役者を探す時間はあったはずだ
「…探したよ。探した結果が君だった。」
意味がわからない
「立川龍之介さんって知ってるよね?」
立川龍之介……
「はい、先日亡くなられた名俳優さんですね。以前何度か立川さんのドラマや映画にADとして参加させて頂きました。」
「龍さんは俺の事務所の先輩でね、俺は彼から演じる事を教わったんだ。亡くなる前にね、君の事を何度も聞いた。」
「…え?」
「龍さんの台詞合わせ…よくやってたんだろ?」
やっていた
時間が空いた時に、立川さんはよくスタジオやロケ現場で、僕を見つけるとディレクターに声をかけてから僕を連れ出して台詞合わせを頼んできた
素人の僕に台詞合わせを頼むなんて、変わった大物俳優だなと思っていた
『本当の役者は【演じる】のではなく、【本人になる】んだよ。私はね、自分が演じる役の人生を想像するんだ。なぜ彼がこの時この言葉を吐くのか。どうしてそんな思考回路になったのか。
それには彼が歩んできた人生が必ず影響されているからね。』
これを教えてくれたのも立川さんだった
「龍さんが言ってたよ。役者に向いてる子がADをしている。いつか彼と共演したいんだ。でも、彼は自身の才能に気づいてない。お前も彼と会ったら台詞合わせを頼んでみると良い。芝居が楽しくなるぞってね。」
「そんな…僕はただ台詞合わせをしていただけで……役者の才能なんてないですよ。」
そんな買いかぶらないで欲しい
「龍さんの見る目はいつも確かだと俺は思ってる。それにもし君に才能がなくても君は努力して必死に『咲夜』を演じるだろう。」
「どうして…そう思うんですか?」
「今回のスタッフを見て気づかなかった?皆君の顔見知りだろう?制作発表の時点でYUKIの代役は君に決まっていた。
君が俳優として一歩を踏み出すかもしれないこの映画のスタッフを集める時、必ず力になってくれる者だけを集める事になった。」
意味がわからない………
「今いるスタッフは、君と面識があり君という人物をよく知る者。尚且つ紹介制で面接を受けて受かった人達で構成されてる。面接の時、君がどれだけ努力家で真面目か、監督と俺に熱く語ってくれたよ。他にも君の事は俺の役者仲間からも話は聞いている。
ADの仕事は精神的にも肉体的にもキツイよね。
それでも俺達役者が気持ちよく仕事が出来るように、いつも走り回ってくれているのを、皆ちゃんと見てたんだよ。
YUKIの件があったから、口が固く仕事熱心で、君の事をちゃんと知っている人間しかここには居ないんだ。」
「な……何でそこまでして………」
まるで周りから固めるような、僕に代役をさせる為にそこまでする理由が理解できない
「………そうだな…監督も俺も、君に興味が湧いたから…かな?
龍さんと監督は大親友だったんだ。普段あまり人を褒めない龍さんが手放しで君の事を褒めていた。
それだけでも興味が湧くのに、役者仲間から覚えられるADで、AD仲間からも信頼の厚い君とチャンスがあるなら共演してみたかった。
だから………本気で『咲夜』をやってほしい。
素人だとかADだからとかそんな事関係なく。」
真剣な目で僕を見る叶響に、僕の胸がドクリと鳴る
本気で………
もちろん遊び半分でここにいる訳じゃない
けど心の中では、失敗しても無理矢理代役をさせられるんだしと思っていた
叶響をじっと見つめる
彼が本気なのが伝わってくる
叶響の真剣な目に、答えたい………
「わかりました。本気で挑みます。」
僕の返事に叶響は満面の笑みを見せた
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