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煙の中から
しおりを挟む――仕方ないな。
私は深くため息をついてから、椅子を引いた。
父様の期待に満ちた顔を見ていると、結局はこうなるのだ。
「じゃあ、ちょっと埋めてみますけど……あんまり期待しないほうがいいと思いますよ」
私がそう口にすると、食卓の空気がわずかに揺れた。
マール婆さんとゴフじいさんが、同時に「大丈夫かしら」と目を細める。兄カイルはパンをかじりながら「やっぱりやるんだな」という半分呆れた視線を投げてくる。
父様はというと、顔をパァッと輝かせ、まるで子供みたいに頬を緩めていた。
……ほんと、この人のこういうところに弱いんだよな。
埋めるにしても、とにかくこの腐った種の状態をどうにかしないといけない。
私は壺の縁に手をかざし、指先から魔力を流し込んだ。
すると――
ボンッ!
「ひゃっ!?」
壺の口から突然、白い煙が噴き出した。
びっくりして手を引いた私に続き、その場にいた全員が椅子を軋ませながら立ち上がった。
「な、なんだ!爆発したのか!?」
父様が情けない声で叫び、兄様は剣でも構えるようにパンを振り上げていた。パンじゃ守れないけど。
しゅうう……と煙が抜けていくと、不思議なことが起きていた。
「げほっ」
煙じゃなくてほこりだったようだが、
壺の表面にあった細かなヒビが、みるみる消えていったのだ。
「おおっ……新品になった……壺が!」
兄カイルが身を乗り出す。
父様も「見ろリナ!やっぱりすごいだろう!」と、まるで自分の手柄みたいに胸を張っている。
「いや、今のはどう考えても私の魔法の成果ですけど……」
ぼやきつつ、私も身を乗り出して壺を覗き込んだ。
中には――さっきまであった腐った種ではなく、つややかな緑色の種が詰まっていた。しかもいくつかは、すでに芽を出している。
さっきの破裂音は芽が出た音だったようだ。
「まぁ、きれいな色ですねえ」
マール婆さんがニコニコしながら覗き込む。
私はその笑顔につられて、思わず頬がゆるんだ。
「芽も出てるし……せっかくだから庭に埋めてみましょうか」
まだ少し寒さの残る日だったけれど、私たちは庭へ出て、早速その種を土に埋めた。
⸻
そして、3ヶ月後。
庭は一変していた。
小さな芽だったはずの植物は、今や青々とした葉を茂らせ、背丈ほどにも成長していた。花までつけ、甘い香りを漂わせている。
「わはははは! ほら、父さんの言った通りだろう!」
庭の真ん中で胸をそらし、高笑いする父様。32歳、絶好調である。
「そうだね父様。……まぁ、ほとんどはリナのおかげだと思うけど」
カイル兄様、10歳。脳筋のわりに冷静な突っ込み役。
「これは食べられるのでしょうか」
私は5歳。花より団子派。いい匂いにお腹が鳴っている。
「まぁ、きれいなお花だこと」
マール婆さん。60歳前後。花を愛でる女子の心を忘れない。
「これはポーションに欠かせない貴重な薬草ですな……」
ゴフじいさん。65歳前後。金の匂いにホクホク顔。
見事に家族全員がそれぞれ好き勝手な感想を口にしていた。
どうやらこの草は、父様の言っていた通り食べてもおいしい。けれど、それ以上に薬草としての価値が高いらしい。ゴフじいさんが調べてくれたところ、街の薬師なら喉から手が出るほど欲しがるものだそうだ。
「しかも、この種は信じられないくらい成長が早いんです」
とゴフじいさんが補足した。
実際、3ヶ月でここまで育つのだから、その言葉に嘘はない。
私は思わず頷きつつ、心の中でこう付け加える。
――いや、それって多分、私がリペアしたからなんだけどね。
父様は依然として「わしのおかげだ!」と胸を張っているし、兄様も呆れたように笑っている。
でも、こうして庭に揺れる緑を見ていると、不思議と悪い気はしなかった。
「……まぁ、今回ばかりは父様のお手柄ってことにしてもいいかな」
私は小さく笑いながら、風にそよぐ葉の音を聞いた。
家の外も少しずつ、明るく変わっていく予感がしていた。
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