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マール婆さん魔法使いになる
しおりを挟むある日の午後。セデル村の外れに、わりと立派な馬が停められていた。カール侯爵の部下である男が、ひっそりと村に忍び込んでいたのだ。
「……なんだこの村は。相変わらずボロい家ばかりだな。雑草までボーボーに生えて……さすが貧乏村ってやつだ」
男は鼻で笑った。任務に真面目でない彼は、村人たちが笑いながら畑仕事をしたり、ボーボーの雑草が貴重なエルダ草であることなど気付きもしないが。
彼の目的はただ一つ――村にあるという健康になる石を持ち帰ること。その石をカール侯爵はどうしても手に入れたがっていた。
ところが探索は散々だった。石があるという村長屋敷を探り食糧庫の漬物石を手にしたところ突然、背後から声が飛ぶ。
「ちょいとあんた! 何してるんだい!」
振り返れば、リナの魔法でしみシワが消えてちょっと若返った年齢不詳な微美魔女、その名もマール婆さんがじっとりと男を睨んでいた。
「え、いや、その……散歩を……」
「嘘を言うんじゃないよ! その袋、何を入れようとしてたんだい?」
マール婆さんの手には一本の古い杖が握られていた。リナが昔、価値もないと放り投げた魔法が使えるはずだった杖。実際はただの棒切れで、みんながそう思っていた。
婆さんが1人だと思って男が攻撃してこようとしたその瞬間、杖がピクリと震えた。
「こっちは侯――」
「泥棒が口答えするんじゃないよ!」
婆さんが杖を軽く振った瞬間、ビューン! と光のようなものが飛び出し、男の足に直撃した。
「うおっ!?」
男は前のめりに倒れ、抱えていた漬物石かを放り投げた。その石は地面に落ちても割れず、コロコロと転がってマール婆さんの足元へ戻ってきた。
家人たちがざわざわと集まり始める気配に、男は歯を食いしばりながら逃げ出した。
「ひ、ひいいいっ!」
「まったく……ろくでもない奴だねぇ」
婆さんは杖をポンポンと優しく撫でた。
「ありがとねえ、あんた。助かったよ」
杖は、ほんの少しだけ光ったように見えた。
事情を聞いたリナたちが駆けつけた。
「マール婆さん、大丈夫でしたか?」
「大丈夫大丈夫。それよりね、この杖が私を守ってくれたんですよ」
「えっ……その杖って、父様が騙されて買ってきた魔法が使える杖よね?」
「騙されたわけじゃないんだがなぁ……」とヘンリーが頭を掻く。
カイルも興味深そうに杖をじっと見る。
「マール婆さん、本当に魔法を撃ったんですか?」
「ええ。私は魔法なんてほとんど使えないけど、この杖が手伝ってくれるんですよ。ポットのお湯を熱くしたり、かまどの火もつけてくれるのよ。便利でねぇ」
しれっと驚きの事実を述べるマール婆さん。
「ちょ、ちょっと貸してください!」
リナがそっと杖を受け取る。暖炉の前に立ち、杖を構えた。
「……火をつけて」
しかし杖は、ぴくりとも動かない。
「むむ……リナでも駄目か」
「じゃあ俺が試す!」
父ヘンリーが胸を張るが、もちろん反応なし。ゴフじいさんもカイルも試したが、結果は同じだった。
「マール婆さん、やってみてください」
「はいはい。じゃあ……火をつけておくれ」
マール婆さんが杖をそっと撫でながら言うと、杖はチリンと鈴のような音を立てたように見え――
ボッ と暖炉に火が灯った。
「わぁ……今、光りましたよね?」
「はい……確かに。なんだか杖が嬉しそうでした……」
リナも、カイルも、ヘンリーも同じ感想を口にする。
無機物のはずの杖が、撫でられて嬉しそうにしている――そんな風にしか思えないのだ。
「この杖ね、私の言うことだけは聞くみたいなんだよ。よく磨いてあげてたからかねぇ」
「……主を決める魔法の杖、というわけか」
カイルがぽつりとつぶやく。
「そんな立派なもんじゃないと思いますけどねぇ。でも、私にとってはありがたい相棒ですよ」
マール婆さんは嬉しそうに杖の頭を撫でた。杖はまた、微かに光った気がした。
リナはその光景を見つめながら、
「……さすが微美魔女、マール婆さん」
「まったく、杖にまで懐かれるなんて……マール婆さん、さすがだな」
セデル村には不思議がいっぱいなのだった。
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