司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
42 / 81
第4章:異界文書

42.

しおりを挟む
「ただいまー!」

 宿舎に入って声を上げると、共同水場の方からアイリスが顔を出した。

「お帰りなさい。早かったですね」

「そう? いつも通りだと思うけど」

「雪ですから、少し遅くなると思ってました」

 私は胸を張って告げる。

「ふっふ~ん。ヴォルフガングさんから、雪を押しのけて歩く魔術を教わったからね!
 もう私は、雪に濡れることも、足元が雪で埋まることもないんだよ!」

「なんですかそれ! ずるいです!」

 ずるいって……。

「そんなことを言っても、アイリスは術式使えないんじゃないの?」

「そうなんですけど! 四等級の私だって、ヴォルフガング様から魔術を教わりたいですよ!」

 四等級かぁ。アイリスの魔力出力だと、たぶん一分も維持できない感じなんだよなぁ。

 教わるだけ無駄、という結果が待ってる気がする。

 水属性の魔力っぽいから、相性は悪くないかもしれないけど。

「私で良ければ教えようか?」

 アイリスは握り拳をかざして私に宣言する。

「ヴォルフガング様でなければ、意味がないんです!」

「……そんなにヴォルフガングさんから教わりたいの?」

 途端に、しょげ返りながらアイリスが応える。

「はい……でも、ヴォルフガング様が相手にしてくださらないのも理解しています。
 あの方の教えは高度で、私なんかが理解できるようなものではありませんから」

「高度なの? いつもわかりやすく教えてくれるけどなぁ?」

 アイリスが恨みがましい目で私を睨み付けてきた。

「それはヴィルマさんが、魔導の才能を持ってるからですよ!
 あの方の教えに付いてこれない生徒は多いんです!
 エリートのはずの貴族子女たちでも、ついて行けるのは一握りと言われてるんですから!」

 そうなんだ? じゃあフランツさんたちは、その一握りだったってこと?

 ……あの頼りない感じのフランツさんが、エリートねぇ。

 まぁ五万冊の蔵書を五人の司書で管理するなんて無茶を続けられてたなら、エリートと言われても納得できるけど。

 普通は二十人前後の司書が管理する規模だって、ディララさんが前に言ってたし。

「それより、お鍋を火にかけっぱなしだけど、大丈夫?」

「――いけない!」

 慌てたアイリスがキッチンに向かって駆け出していった。

 私はゆっくりと階段を上り、自分の部屋に入り着替え始めた。




****

 アイリスと夕食を食べたあと、ゆっくりと温かいお風呂に浸かる。

 冷え切った身体がじわ~っと溶けていくような錯覚を覚えながら『魔導具ってありがたいな~』と思う。

 魔導湯沸かし器のおかげで、時間を問わずに蛇口をひねればお湯が出る。

 古い宿舎だから最初は心配したけど、そこはちゃんとメンテナンスがされていた。

 お湯でとろけながらぼんやりと、今日の事を振り返る。

 大雪で始まり、『異界文書マギア・エクストラ』が図書館にやって来て、フランツさんと二人で司書業務に当たった。

 フランツさん、なんであんなに挙動不審になるんだろう?

 見つめると真っ赤になるし、どもるし。なんだかまるで、ヴォルフガングさんを前にした時のアイリスみたいだ。

 ……え? まさかー。そんな訳ないよね。私は十六歳でフランツさんは二十三歳。

 私は七歳も年下で、子供同然。女性としての魅力もないし、恋愛対象になるわけがない。

 思わず自分の胸を見下ろし、ため息をつく。

 背が低いのは諦めるから、せめて人並の体型だったらなぁ。

 アイリスくらいの体型なら、少しは自分に自信が持てるのかな。

 もしくは、アイリスくらい料理上手だったりしたら、もうちょっとなんとかなるのかもしれない。

 私が恋愛に興味を持てないのって、自分に自信がないからなのかなぁ。

 でも私は小動物系と言われるくらい背が小さいだけで、魅力のない女子だ。

 小さければなんでも可愛く見えるものだし、他人の『可愛い』ほど当てにならない言葉もない。

 不器用だから料理もできないし、司書以外に胸を張れることもない。

 そして司書として生きていければ満足な、そんな女の子が私だ。

 仮に私を好きになった男の子がいたとしても、『残念でした。ごめんなさい』と言うしかない。

 そんな人――ああ、アルフレッド殿下が居たか。気の迷いか、からかってるのか、それはわからないけど『惚れ直した』とか言ってくる人。

 平民が王族とくっつけるわけないじゃん。童話の世界じゃあるまいし。

 公妾とかいう面倒な立場を、エミリアさんの為に押し付けようとしてくるのも迷惑だ。

 良い人なんだけど、他人の迷惑を考えてくれないからな、殿下は。

 ……いけない、のぼせてきた。


 私はゆっくりと湯船から立ち上がり、浴場を後にした。




****

「おはようございまーす!」

 いつものように司書室に入ると、フランツさんがカールステンさんとファビアンさんに小突かれていた。

 私はケープを脱ぎながらみんなに声をかける。

「何をしてるんですか? 職場でいじめはよくないですよ?」

 カールステンさんが大笑いしながらこちらに振り返り、声を上げる。

「おはようヴィルマ! 昨日はフランツと二人きりで司書業務をしてたんだって?」

「それは誤解がありますね。午前中はディララさんやヴォルフガングさんが居てくれましたし、午後は別の職員さんが来てくれました」

 ファビアンさんが静かな微笑みで告げる。

「だとしても、昼食は二人で食べたんだろう?」

「え? ああそうですね。食堂で一緒に食べましたけど」

「どんな会話をしたんだ? 少しは進展したのか?」

 進展? なんの?

 サブリナさんが「ほらほら! いい加減にしなさい!」と二人を追い払ってくれた。

 シルビアさんも近づいてきて、私を抱きしめ「男子なんかにヴィルマは渡さないわ」とか言ってくる。

「ちょっとどうしたんですか? みなさん、なんかおかしくないですか?」

 フランツさんがバツが悪そうに私に頭を下げてきた。

「すまない、うっかり口を滑らせて、洗いざらい言わされてしまった」

「はぁ……昨日のことですよね? 別に謝られることはなかったと思いますけど」

 シルビアさんが少し怖い眼差しになってフランツさんを睨んだ。

「あなたね、もう少し年齢差を考えなさい。あなたが手を出していい年齢ではないでしょう?」

 サブリナさんが小さく息をついて告げる。

「自分の親を説得する度胸があるの? ないならヴィルマに近づくのも止めなさい」

 なんだなんだ?! 二人とも何に怒ってるの?!

「ちょ、ちょーっと待って! 話が全然見えないんですけど?!」

 カールステンさんが楽しそうな声で告げる。

「フランツが一歩前進したと言ったものだから、なにかイベントがあったのかと思ってね!
 どうなんだ? 昨日何があったか、詳しく教えてくれないか!」

 私は若干引き気味に応える。

「ですから、何にもないですってば。いったい何を期待してるんですか」

「いやー、恋愛に興味のないヴィルマが、少しは目覚めたのかと思ってね!
 どうなんだ? フランツのこと、男として見られるようにはなったのか?」

 私は目をぱちくりとしばたかせた。

 男として? フランツさんを?

「それこそ、何の話なんです? フランツさんが男性なのは、間違いのない事実ですよね?
 まさか女性だったりするんですか?」

 ガクッと膝が砕けたカールステンさんに、サブリナさんが冷たい声で告げる。

「だから言ってるでしょう。ヴィルマはそもそも、そういう目で見てないって。
 ――フランツも、いい加減に諦めなさい」

 フランツさんは目を伏せ、落ち込んだように暗い表情になっていた。

 ディララさんが大きく手を打ち鳴らす。

「はいはい、あなたたち、早朝蔵書点検の時間が過ぎてるわよ?
 別に司書室で雑談したければそれでもいいけど、騒がないで頂戴」

 おっと、私の貴重な読書時間が減ってしまう。

 私は抱き着いてくるシルビアさんの腕からするりと抜け出し、「それじゃあ行ってきますねー」と一足先に司書室を飛び出した。

 背後から「この意気地なし!」とカールステンさんの声が聞こえた気がするけど、誰に言った言葉なのやら。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...