司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ

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第4章:異界文書

43.

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 午前の業務が終わり、みんなで食堂に移動すると、食堂入り口でヴォルフガングさんが待っていた。

「やぁ、すまないが私が同席しても構わないかな?」

 もちろん断る人間はおらず、私たちは八人でテーブルを囲んだ。

「ヴォルフガングさん、急にどうしたんです?」

 私の言葉に、優しい微笑みでヴォルフガングさんが応える。

「図書館に『異界文書マギア・エクストラ』を収蔵しただろう?
 写本作業を迎えるにあたって、これから私が改めて結界を構築することになる。
 ちょくちょく顔を出すことになると思うから、今のうちに伝えておこうと思ってね」

 ざわ、と司書のみんなの顔色が変わった。

 ファビアンさんが珍しく声を上げる。

「『異界文書マギア・エクストラ』って、あの『異界文書マギア・エクストラ』ですか?!」

「他に何があるのかね?」

 シルビアさんも、驚きを隠せないようだ。

「ちょっと待って?! なんでそんなものがここにあるんですか!」

「写本を依頼されたからだね」

 サブリナさんが目を見開いて驚いていた。

「写本って、まさかまたヴィルマに魔導三大奇書の写本をやらせるんですか?!」

「そうだよ?」

 私はポン、と手を打ち鳴らして告げる。

「ああ、そういえば誰にも教えてなかったっけ?
 昨日の大雪、その『異界文書マギア・エクストラ』のせいだったんだよね。
 王宮にヴォルフガングさんと一緒に行って、魔導書を封印したんだけど、『宮廷魔導士じゃ対応できないから』って理由で昨日から図書館の封印庫に保管されてるんですよ」

 カールステンさんが眉をひそめて告げる。

「昨日の大雪が? そんな大規模な影響が出る魔導書なんて、あるのか?」

 ヴォルフガングさんがニコリと微笑んで応える。

「実際、あったのだから仕方がないね。
 ある国から写本を頼まれたのだが、そんな魔導書だからおいそれと封印庫から出すことが難しい。
 封印庫の封印結界も急場しのぎのものだから、まずそれを確かなものに置き換えたい。
 そのあと、修復室にも同じような環境を作り、写本作業を進められる用意していこうと思っている」

 みんなが言葉を失う中で、私はヴォルフガングさんに尋ねる。

「それで、新しい封印結界術式は作れそうなんですか?」

「時間はもう少しかかると思う。
 魔導書を観察しながら、効果的な組み合わせを試してみたいところだね。
 だからその間、私がしばらく封印庫に出入りすることになる」

「あー、今ある十八層の結界、本当に力技ですもんね。
 あれだけの結界術式を維持しようとすると、魔力の消耗も大きいでしょうし」

 ヴォルフガングさんが頷いた。

「今は補助動力源を設置しているが、あれだと三日と持たずに魔石を取り換える必要がある。
 せめて一週間、できれば一か月は維持できる結界に改良したいところだ」

 うげ、それでも毎月魔石を消耗するのか。

 魔石は高級品、同じ大きさの宝石並みの価値がある。

 それをバカスカ使い捨てられるこの学院は、どんだけお金持ちなんだろう。

 ヴォルフガングさんが私を見て告げる。

「それで少し相談なんだが、ヴィルマもアドバイザーとして一緒に作業に当たってくれないだろうか」

 私はきょとんとして応える。

「私がアドバイザー? 何の冗談ですか?」

「君はあの魔導書の魔力を見極めることが出来たただ一人の魔導士だ。
 その君のセンスを借りたい。ついでに、私が構築する結界術式も見て覚えて欲しい」

 私はダン、と机の上を叩いて応える。

「私は司書です! 魔導士じゃありませんから!」

「おっとすまない、失言したね」

 シルビアさんが、眉をひそめて告げる。

「結界術式を見て覚えるって、できる訳ないじゃないですか。
 ヴォルフガング様、何を仰ってるんですか?」

 ヴォルフガングさんがニコリと微笑んで応える。

「ヴィルマならそれくらいできる、という話だよ。
 実際、昨日の結界術式もヴィルマは見て解析していたからね」

 私もきょとんとしながら告げる。

「誰だって目の前で使われた術式ぐらい、見ればわかりますよ。
 ヴォルフガングさんは『普通はできない』と言うけど、その意味が分からないです」

 サブリナさんが疲れたように告げる。

「ああ、ヴィルマの術式読み取り速度と再現精度なら、見て覚えるくらいは簡単でしょうね。
 あなたの馬鹿げた解析速度は常軌を逸してるのよ。その辺りはきちんと自覚しなさい」

 ファビアンさんが慌てて手を挙げた。

「ちょっと待ってくれ、ヴィルマの記憶力は本に限った話だろう?
 目で見た術式も、同じように記憶できると言うのか?」

 私は意表を突かれて目をぱちくりとしばたかせた。

「……そういえば、不思議ですね。なんで覚えられるんでしょう?」

 ヴォルフガングさんが楽しそうに微笑んで応える。

「本に限らず、術式も同じように覚えられるというだけだろう。
 天賦の才能ギフトに理由を求めるだけ、無駄な労力だと思うよ」

 フランツさんが疲れたように告げる。

「まるで魔導士になるために生まれて来たような能力だな。
 とんでもなく特別な力なのは間違いない」

 そうなの? うーん、私にとっては当たり前だから、それが凄い能力だって言われても実感が……。


 間もなく給仕が料理を配膳し、私たちは食事を開始した。

 今度は他愛ない会話が続き、和気あいあいとした昼食の時間が過ぎて行った。




****

 午後になり、早速ヴォルフガングさんが図書館に姿を現した。

 ディララさんの指示で、私はヴォルフガングさんに付き添うように言われ、一緒に地下室に向かった。

「そういえば、貴族は男女だんじょが二人きりだとまずいんじゃありませんか? 今って密室に二人きりですよね?」

 ヴォルフガングさんが楽しそうに笑った。

「ハハハ! 私は老齢で、そういう事をしないという信頼と実績がある。
 だから私と一緒なら、問題とされることはないのさ」

 なんだかややこしいな、貴族のルール!

 ヴォルフガングさんが地下に描き込んだ結界術式は、フロア全面を覆うほどの大きさになって居た。

 やっぱり十八層を床一面で再現しようとすると大変みたいだ。

「試しに一つずつ結界術式を無効化していこう。
 それで意味のない術式を除外していき、スリム化を図る。
 何か気付いたことがあれば、遠慮なく言って欲しい」

 私は地下室の入り口からヴォルフガングさんの作業を見守った。

 あの異質な魔力は、属性を特定することなんてできない。

 だからこそ、考え得る全ての種類をひとつの封印結界に組み立てたんだろうけど。

 きっと中には、効果のない封印結界が混ざってるはず――だったんだけど。

 十八層、どれを削っても魔導書から魔力が漏れだし、私が『ストップ! 封印が解けかけてます!』と声をかける羽目になった。

 ヴォルフガングさんが困り果てたようにため息をついた。

「なんなんだろうね、これは。どういうことだ? 全ての対策が必要だとは、とても思えないんだが」

 私は魔導書を遠目で見つめながら、頭の中に舞い降りた閃きを口にする。

「……この魔導書は、意志を持ってるんじゃないですかね?」

 ヴォルフガングさんが驚いた様子で振り返った。

「意思だと? これが知性体だとでもいうのか?」

「そこまでは……でもまるで、私たちが慌てふためくのを楽しんでるかのようです。
 今も十八層で封印されてる訳じゃなく、封印された振りをしてるんじゃないですか?」

 ヴォルフガングさんが腕組みをして考え始めた。

 ……だって、そうでもないと説明が付かないし。

 でもそれなら、知性体に対する術式が有効かもしれない。

「ちょっと私がやってみても良いですか?」
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