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第4章:夢幻泡影
第44話 渓流釣り
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朝になり、穏やかに目を覚ます。
子鳥のさえずりを耳で受け止めながら、アンリの体温も全身で受け止めていた。
なるほど、これは心地良いかもしれない。
こういうのを『幸福』と呼ぶのだろう。
いつか愛する人とこうして迎える朝は、きっと同じように幸福に包まれるんだろうな。
アンリはまだ、目覚める気配がない。
だけど一人で起きてしまうのはもったいなくて、私はいつもの時間が過ぎてもベッドの中でアンリと抱き合っていた。
起床時間をだいぶ過ぎてから、ようやくアンリが目を覚ました。
「……おはよう、シトラス」
「おはよう、アンリ」
私はようやくベッドから体を起こし、大きく伸びをした。
ダイニングの方から、食事の匂いが漂ってきている。
「ほら、もうお父さんたちはご飯を食べてるよ」
「ああ、わかった」
私たちはベッドから降りて、二人で並んでダイニングに向かった。
お父さんがあきれたように、お母さんが微笑まし気に私たちを見ていた。
「随分と寝坊したな。もう私たちは食べ終わってるぞ」
「まぁいいじゃないですか、私たちだって昔はあんなだったでしょう?」
あんなって、どういう意味だろう?
私は椅子に腰を下ろすと、芋を冷めたスープに浸して齧りついていた。
アンリも私の真似をして、慣れない田舎料理を口に運んでいく。
「アンリ、お前はここに居る間は暇だろう。午前中に武術の稽古をつけてやろうか?」
「ギーグ! 二人の邪魔をしちゃだめよ!」
お父さんとお母さんが楽しそうに会話をしていた。
私はアンリに振り向いて尋ねてみる。
「アンリはどうしたい? 私と一緒に、村の周辺を散策してみる?」
「シトラスと一緒なら、そこが冥界でも共に行こう」
いや、さすがに冥界は私が嫌かな……まだ死にたくないし。
「じゃあ川の方を案内しようか」
食事が終わると二人で部屋に戻っていく。
「アンリ、着替えはあるの?」
「ああ、何着かはな」
そっか、なら安心だ。
私は無造作にパジャマを脱いでいく。
「おいシトラス! 何をしてる!」
なにって……着替えてるんだけど?
なんで焦ってるんだろう?
「どうしたの? 私の肌着程度、今さら狼狽えるようなものじゃないでしょ?
アンリも早く着替えちゃいなよ」
「あ、ああ……」
返事はしたものの、結局アンリは私の着替えを一部始終見守ってから自分の着替えを始めていた。
……私たちは昨日の夜、抱き合って寝ていたんだけど?
そんな相手の肌着って、そこまで気になる?
しかも私、まだ十二歳なんだけど? 見てて面白いものじゃないでしょ?
婦女子の着替えを見守るとか、これはエルメーテ公爵が知ったら雷が落ちそうだ。
可哀想だから内緒にしておいてあげよう。
アンリも着替え終わり、私たちは竿と魚籠を持って川へ向かうことにした。
「じゃあお父さん、お母さん、今日も美味しい夕食のおかず、取ってくるからね!」
****
外に出て、家の前の道をアンリと二人、てくてくと歩いていく。
小さな村では外部の人間はとても目立つ。
なんせ村人全員が顔見知りだからね!
アンリは村の人たちから、とても珍しそうに眺められていた。
「シトラス、とうとう夫を見繕ったのか?」
「んー、似たようなものかな?」
「そうかそうか、幸せにな」
通りすがりのお爺ちゃんと言葉を交わしながら行き交い、私たちはさらに足を前に進めて行く。
アンリが戸惑うように尋ねてくる。
「夫のようなものというのは、どういう意味だろうか」
私はアンリに振り返って笑みを返す。
「だって、私たちは本当に結婚する訳じゃないからね。
つかの間の夢で見ている夫婦――夫婦同然で、いいんじゃない?」
アンリが私の顔を切なそうに見つめてきた。
「そうか……お前との子を残せたら、今以上に幸福なのだろうか」
私はニタっと笑ってその顔を見つめ返す。
「え、なーに? 十二歳の女の子相手に、やらしー気持ちになっちゃったの?」
「昨晩も言っただろう? お前はもう、下手な十五歳より女性らしいんだ。
なにより、お前と共に家庭を作る、そんな夢を見てしまってな。
私とお前の子だ、きっと美しい子になるだろう――そんな、栓のないことまで考えてしまう」
真剣に私を見つめながら語りかけてくるアンリに、私は微笑みながら応える。
「その願いを、現実のものにする方法はあるよ。
こんなのどかな風景とは、縁が無くなっちゃうけどね」
それは私がアンリと結婚して、新しい王統を作る未来。
貴族の世界、その中心にどっかりと腰を下ろすことにはなってしまうけれど、私たちには家庭を持ち、子供を作るという選択肢がある。
だけど、家や使命から解き放たれたいと考えている私たちにとって、それは選び難い道だった。
特に私は、社交界で生きて行く自信なんてない。
そんな私が国を安定させながら王妃として生きて行くだなんて、とてもできるとは思えなかった。
「……私は、シトラスにそんな窮屈な人生を歩んでほしくなどはない」
「でも私には、そんな窮屈な人生しか待っていないんだ」
こうして夢を見て居られる時間も、そんなに長くは取れない。
静養が終わったら、私は再び聖女として戦っていかなきゃ。
その時、隣に居るのがアンリだったなら……少しは耐えることが出来るのかな。
でも私も、アンリには家から解放された人生を歩んで欲しいと願ってしまっている。
なんでも器用にこなせる人だけど、人付き合いだけは苦手な人だ。
王様も卒なくこなせるだろうけど、きっと人付き合いに人一倍苦労する人生になる。
傍に居て欲しい――だけど、相手が望む道を選んで欲しい。
私たちはお互いがそう思い合ってしまって、その選択肢を選ぶことが出来ないでいるのだろう。
****
渓流に辿り着き、私はひょいひょいと岩を渡って川の中ほどへ移動していく。
アンリも器用に私の後に付いてきて、二人で岩の上に腰を下ろした。
「涼しいでしょ? 夏場はここが一番気持ちがいいんだ」
私はアンリに笑いかけたあと、釣り針に餌を付けて竿を垂らした。
アンリが興味深そうに様子を見ていると、早速反応があって竿を引いた。
「おっと、今日は早くも一匹目だね――でも、ちょっと小さいかな。
アンリもやってみる?」
「私にできるだろうか」
「竿に反応があったら引っ張り上げるだけだよ。
最初の内はばらしちゃうかもしれないけど、何度かやればコツがわかると思うよ?」
「ばらす?」
「あー、ひっかけた魚を逃がしちゃうってこと。
そっか、釣りは全くやったことがないのか。じゃあ――」
私は一度立ち上がり、腰を下ろしているアンリの足の上に座り直した。
「おい! なにをしてる!」
わたしはきょとんとして背後のアンリを見上げた。
「一緒に竿を持ってあげようと思って。
背中から腕を回すのは、私の体格じゃ無理だもん。
前に回るしかないじゃない?
――さぁ、竿を握って。いくよー」
私は竿を握るアンリの手の上から竿を握り、スナップを利かせて針を魚の居るポイントに投げ入れた。
「こうして釣り針を操っていくんだよ――って、アンリ? なんか私のお尻に、堅い物が当たってるんですけど?」
男性の生理現象が、私のお尻を圧迫していた。
ジト目で背後のアンリを見上げると、アンリは真っ赤な顔で横を向いてしまった。
「仕方ないだろう! お前ほど魅力的な女が腕の中に居るんだぞ?!
私だって、健全な十五歳の男だ! こうも密着されれば、意識ぐらいはする!」
「きちんと釣りに集中して。私じゃなく、釣り針にね。
――昨日の夜は平気だったのに、なんで今日はこんなことになるのかなぁ」
「……全然、全く、ちっとも平気じゃなかったさ。
お前に当たらないように気を付けていただけだ。
『ただ傍にいる』ことだけが、あの時に許されていた事だからな」
私は笑い声をあげながら、動揺しているアンリに応える。
「あはは! それは今も一緒だよ!
がんばれ青少年! 理性を総動員して欲望と戦いたまえ!」
「……目の前に、妹ではないシトラスが居る。
私はもう、それだけで自分を抑える自信がなくなる」
「そーれーでーもーでーすー!
今の私に手を出したら、もう口をきいてあげないからね!」
私がサポートしながらだけど、アンリは二匹の魚を釣り上げていた。
魚籠の中には魚が三匹、あと一匹は欲しいかな。
「……ねぇアンリ。あれから一時間以上経つのに、君は元気だね」
私のお尻を圧迫するアンリの生理現象は、収まる気配が全くなかった。
「だから! 仕方ないだろう! 私だって必死に努力している!」
人気のない渓流の中島、誰にも見られていない二人だけの空間――そんな状況が、アンリの自制心を緩めてしまっているのかもしれない。
「男の子って、大変そうだね……アンリは自制心が高い人だと思ってたのになぁ」
「私は一時間、こうして手を出さずに耐えた自分をほめてやりたいぐらいだ。
並の男なら、とっくの昔にお前は食われているぞ」
私はアンリの腕の中で眉をひそめた。
「えー、そうなの?
十二歳の私相手に、十五歳の男の子はみんなそんなことになるの?
じゃあもしかして、これから私は男性のそういう視線とも戦っていかなきゃいけないのかな。めんどくさそう」
それは前回の人生で経験して来なかったことだ。
それがどんな世界なのか、ぼんやりとしかわからなかった。
アンリがため息をついて私に告げてくる。
「少なくとも、今のシトラスは振る舞いにもっと注意をした方が良い。
こうも簡単に男に触れていたら、簡単に襲われる。
目で見られるくらいは諦めろ。お前の美貌を見て、目を奪われるなという方が難しい注文だ」
「……それ、まだ続いてるの?
どうしてこんな小さな農村の村娘を、目が肥えた貴族たちがそんな目で見るの?
もっとちゃんと私を見てくれる? きらきらとした貴族令嬢じゃないんだよ?」
「無理を言うな、今のお前を直視したら、それこそ私は自分を抑えられなくなる。
お前は王都に居るどんな貴族令嬢よりも美しいよ」
んー、やっぱりアンリの美的感覚は、どこかずれてる気がする。
もしかして五年間一緒に生活したことが、悪い影響を与えちゃったんだろうか。
少なくとも前回の人生では、アンリ公爵令息は私にそういう目を向けてくることはなかったし。
「どうやったらアンリのずれた感覚を直せるのかなぁ――っと、四匹目が釣れた!
さぁ、これで夕食には充分だね、戻ろうか!」
私は立ち上がって、竿をしまい始めた。
アンリは名残惜しそうに、私を見つめていた。
子鳥のさえずりを耳で受け止めながら、アンリの体温も全身で受け止めていた。
なるほど、これは心地良いかもしれない。
こういうのを『幸福』と呼ぶのだろう。
いつか愛する人とこうして迎える朝は、きっと同じように幸福に包まれるんだろうな。
アンリはまだ、目覚める気配がない。
だけど一人で起きてしまうのはもったいなくて、私はいつもの時間が過ぎてもベッドの中でアンリと抱き合っていた。
起床時間をだいぶ過ぎてから、ようやくアンリが目を覚ました。
「……おはよう、シトラス」
「おはよう、アンリ」
私はようやくベッドから体を起こし、大きく伸びをした。
ダイニングの方から、食事の匂いが漂ってきている。
「ほら、もうお父さんたちはご飯を食べてるよ」
「ああ、わかった」
私たちはベッドから降りて、二人で並んでダイニングに向かった。
お父さんがあきれたように、お母さんが微笑まし気に私たちを見ていた。
「随分と寝坊したな。もう私たちは食べ終わってるぞ」
「まぁいいじゃないですか、私たちだって昔はあんなだったでしょう?」
あんなって、どういう意味だろう?
私は椅子に腰を下ろすと、芋を冷めたスープに浸して齧りついていた。
アンリも私の真似をして、慣れない田舎料理を口に運んでいく。
「アンリ、お前はここに居る間は暇だろう。午前中に武術の稽古をつけてやろうか?」
「ギーグ! 二人の邪魔をしちゃだめよ!」
お父さんとお母さんが楽しそうに会話をしていた。
私はアンリに振り向いて尋ねてみる。
「アンリはどうしたい? 私と一緒に、村の周辺を散策してみる?」
「シトラスと一緒なら、そこが冥界でも共に行こう」
いや、さすがに冥界は私が嫌かな……まだ死にたくないし。
「じゃあ川の方を案内しようか」
食事が終わると二人で部屋に戻っていく。
「アンリ、着替えはあるの?」
「ああ、何着かはな」
そっか、なら安心だ。
私は無造作にパジャマを脱いでいく。
「おいシトラス! 何をしてる!」
なにって……着替えてるんだけど?
なんで焦ってるんだろう?
「どうしたの? 私の肌着程度、今さら狼狽えるようなものじゃないでしょ?
アンリも早く着替えちゃいなよ」
「あ、ああ……」
返事はしたものの、結局アンリは私の着替えを一部始終見守ってから自分の着替えを始めていた。
……私たちは昨日の夜、抱き合って寝ていたんだけど?
そんな相手の肌着って、そこまで気になる?
しかも私、まだ十二歳なんだけど? 見てて面白いものじゃないでしょ?
婦女子の着替えを見守るとか、これはエルメーテ公爵が知ったら雷が落ちそうだ。
可哀想だから内緒にしておいてあげよう。
アンリも着替え終わり、私たちは竿と魚籠を持って川へ向かうことにした。
「じゃあお父さん、お母さん、今日も美味しい夕食のおかず、取ってくるからね!」
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小さな村では外部の人間はとても目立つ。
なんせ村人全員が顔見知りだからね!
アンリは村の人たちから、とても珍しそうに眺められていた。
「シトラス、とうとう夫を見繕ったのか?」
「んー、似たようなものかな?」
「そうかそうか、幸せにな」
通りすがりのお爺ちゃんと言葉を交わしながら行き交い、私たちはさらに足を前に進めて行く。
アンリが戸惑うように尋ねてくる。
「夫のようなものというのは、どういう意味だろうか」
私はアンリに振り返って笑みを返す。
「だって、私たちは本当に結婚する訳じゃないからね。
つかの間の夢で見ている夫婦――夫婦同然で、いいんじゃない?」
アンリが私の顔を切なそうに見つめてきた。
「そうか……お前との子を残せたら、今以上に幸福なのだろうか」
私はニタっと笑ってその顔を見つめ返す。
「え、なーに? 十二歳の女の子相手に、やらしー気持ちになっちゃったの?」
「昨晩も言っただろう? お前はもう、下手な十五歳より女性らしいんだ。
なにより、お前と共に家庭を作る、そんな夢を見てしまってな。
私とお前の子だ、きっと美しい子になるだろう――そんな、栓のないことまで考えてしまう」
真剣に私を見つめながら語りかけてくるアンリに、私は微笑みながら応える。
「その願いを、現実のものにする方法はあるよ。
こんなのどかな風景とは、縁が無くなっちゃうけどね」
それは私がアンリと結婚して、新しい王統を作る未来。
貴族の世界、その中心にどっかりと腰を下ろすことにはなってしまうけれど、私たちには家庭を持ち、子供を作るという選択肢がある。
だけど、家や使命から解き放たれたいと考えている私たちにとって、それは選び難い道だった。
特に私は、社交界で生きて行く自信なんてない。
そんな私が国を安定させながら王妃として生きて行くだなんて、とてもできるとは思えなかった。
「……私は、シトラスにそんな窮屈な人生を歩んでほしくなどはない」
「でも私には、そんな窮屈な人生しか待っていないんだ」
こうして夢を見て居られる時間も、そんなに長くは取れない。
静養が終わったら、私は再び聖女として戦っていかなきゃ。
その時、隣に居るのがアンリだったなら……少しは耐えることが出来るのかな。
でも私も、アンリには家から解放された人生を歩んで欲しいと願ってしまっている。
なんでも器用にこなせる人だけど、人付き合いだけは苦手な人だ。
王様も卒なくこなせるだろうけど、きっと人付き合いに人一倍苦労する人生になる。
傍に居て欲しい――だけど、相手が望む道を選んで欲しい。
私たちはお互いがそう思い合ってしまって、その選択肢を選ぶことが出来ないでいるのだろう。
****
渓流に辿り着き、私はひょいひょいと岩を渡って川の中ほどへ移動していく。
アンリも器用に私の後に付いてきて、二人で岩の上に腰を下ろした。
「涼しいでしょ? 夏場はここが一番気持ちがいいんだ」
私はアンリに笑いかけたあと、釣り針に餌を付けて竿を垂らした。
アンリが興味深そうに様子を見ていると、早速反応があって竿を引いた。
「おっと、今日は早くも一匹目だね――でも、ちょっと小さいかな。
アンリもやってみる?」
「私にできるだろうか」
「竿に反応があったら引っ張り上げるだけだよ。
最初の内はばらしちゃうかもしれないけど、何度かやればコツがわかると思うよ?」
「ばらす?」
「あー、ひっかけた魚を逃がしちゃうってこと。
そっか、釣りは全くやったことがないのか。じゃあ――」
私は一度立ち上がり、腰を下ろしているアンリの足の上に座り直した。
「おい! なにをしてる!」
わたしはきょとんとして背後のアンリを見上げた。
「一緒に竿を持ってあげようと思って。
背中から腕を回すのは、私の体格じゃ無理だもん。
前に回るしかないじゃない?
――さぁ、竿を握って。いくよー」
私は竿を握るアンリの手の上から竿を握り、スナップを利かせて針を魚の居るポイントに投げ入れた。
「こうして釣り針を操っていくんだよ――って、アンリ? なんか私のお尻に、堅い物が当たってるんですけど?」
男性の生理現象が、私のお尻を圧迫していた。
ジト目で背後のアンリを見上げると、アンリは真っ赤な顔で横を向いてしまった。
「仕方ないだろう! お前ほど魅力的な女が腕の中に居るんだぞ?!
私だって、健全な十五歳の男だ! こうも密着されれば、意識ぐらいはする!」
「きちんと釣りに集中して。私じゃなく、釣り針にね。
――昨日の夜は平気だったのに、なんで今日はこんなことになるのかなぁ」
「……全然、全く、ちっとも平気じゃなかったさ。
お前に当たらないように気を付けていただけだ。
『ただ傍にいる』ことだけが、あの時に許されていた事だからな」
私は笑い声をあげながら、動揺しているアンリに応える。
「あはは! それは今も一緒だよ!
がんばれ青少年! 理性を総動員して欲望と戦いたまえ!」
「……目の前に、妹ではないシトラスが居る。
私はもう、それだけで自分を抑える自信がなくなる」
「そーれーでーもーでーすー!
今の私に手を出したら、もう口をきいてあげないからね!」
私がサポートしながらだけど、アンリは二匹の魚を釣り上げていた。
魚籠の中には魚が三匹、あと一匹は欲しいかな。
「……ねぇアンリ。あれから一時間以上経つのに、君は元気だね」
私のお尻を圧迫するアンリの生理現象は、収まる気配が全くなかった。
「だから! 仕方ないだろう! 私だって必死に努力している!」
人気のない渓流の中島、誰にも見られていない二人だけの空間――そんな状況が、アンリの自制心を緩めてしまっているのかもしれない。
「男の子って、大変そうだね……アンリは自制心が高い人だと思ってたのになぁ」
「私は一時間、こうして手を出さずに耐えた自分をほめてやりたいぐらいだ。
並の男なら、とっくの昔にお前は食われているぞ」
私はアンリの腕の中で眉をひそめた。
「えー、そうなの?
十二歳の私相手に、十五歳の男の子はみんなそんなことになるの?
じゃあもしかして、これから私は男性のそういう視線とも戦っていかなきゃいけないのかな。めんどくさそう」
それは前回の人生で経験して来なかったことだ。
それがどんな世界なのか、ぼんやりとしかわからなかった。
アンリがため息をついて私に告げてくる。
「少なくとも、今のシトラスは振る舞いにもっと注意をした方が良い。
こうも簡単に男に触れていたら、簡単に襲われる。
目で見られるくらいは諦めろ。お前の美貌を見て、目を奪われるなという方が難しい注文だ」
「……それ、まだ続いてるの?
どうしてこんな小さな農村の村娘を、目が肥えた貴族たちがそんな目で見るの?
もっとちゃんと私を見てくれる? きらきらとした貴族令嬢じゃないんだよ?」
「無理を言うな、今のお前を直視したら、それこそ私は自分を抑えられなくなる。
お前は王都に居るどんな貴族令嬢よりも美しいよ」
んー、やっぱりアンリの美的感覚は、どこかずれてる気がする。
もしかして五年間一緒に生活したことが、悪い影響を与えちゃったんだろうか。
少なくとも前回の人生では、アンリ公爵令息は私にそういう目を向けてくることはなかったし。
「どうやったらアンリのずれた感覚を直せるのかなぁ――っと、四匹目が釣れた!
さぁ、これで夕食には充分だね、戻ろうか!」
私は立ち上がって、竿をしまい始めた。
アンリは名残惜しそうに、私を見つめていた。
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