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第5章:魔性の少女
第47話 驚異の胸囲
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私はお父様の執務室を訪れ、ソファに座って向き合っていた。
「バルベーロ伯爵令嬢をお茶会に呼びたい?」
「ええ、それについてご相談をしたく思いますの」
以前、マリアに『近いうちにお茶会で会おう』と話をしていた。
その言葉を、嘘にしたくなかっただけだ。
お父様は眉間にしわを寄せて考えこんでいた。
「……バルベーロ伯爵を特別に引き立てるような真似は、控えたいと思う。
そうなると宰相派閥からの鞍替え組も含めた社交場を開く必要があるが、そんなものにお前は耐えられるのかい?」
正直、自信は持てなかった。
「……どの程度の規模になるのでしょうか」
「鞍替え組だけでも二十人以上の規模になる。
元からいた私の派閥の人間も含めれば、倍以上――五十人程度は見て欲しい。
そうなるとお茶会という規模ではなくなるね。夜会を開く方が自然だろう。
近々、ダヴィデ殿下の誕生祝賀会が開かれる。
そこで会うということで納得してはくれないか」
私は眉をひそめた。
「ダヴィデ殿下ですか? 陛下は参加なさるのですわよね?」
「陛下には謹慎して頂く。
しばらく夜会には参加させないよ。
薬を盛られたとはいえ、不祥事をかなり起こしていたからね」
そっか、そういうことなら参加してもいいかな。
今回の人生では、きちんとダヴィデ殿下と話をしていないし。
十一歳のダヴィデ殿下か。そんな昔の事、ぼんやりとしか覚えてないな。
「わかりました。ダヴィデ殿下の誕生日は十月でしたよね」
「ああ、そうだ。招待状を出してもらうよう、私から頼んでおこう。
もちろん、バルベーロ伯爵にも話は通しておく。
今から発注すれば、夜会のドレスも間に合うだろう。
お前は採寸をし直しておいで。成長期だからね。もう前のサイズのドレスでは窮屈だろう?」
「わかりました、お父様」
私は執務室を辞去して、部屋の外で待機していたレイチェルに告げる。
「採寸して欲しいそうよ。用意をしてくれる?」
「はい、かしこまりました」
私は採寸をするため、自分の部屋に戻っていった。
****
採寸をした侍女たちが、驚嘆の声を上げていた。
「お嬢様、本当に十二歳なのですか?」
「そうだけど、どうかしたの?」
今さらなにを驚いてるんだろう?
私の年齢なんて、みんな知ってるでしょ?
「いえ、このサイズでは、今のドレスは窮屈ではありませんか」
「ああ、そうね。胸はかなり苦しいかしら。
使い道もないのに、無駄に大きくなるのよね」
この時期から三年間、私の胸はやたらと育っていく。
前回の人生では肌着と法衣しか着てなかったから苦労は少なかった。
今はドレスを常用してるので、どうしても圧迫感を感じることが増えていた。
「ですがウェストは以前とサイズがお変わりありませんね……」
私はため息をついた。
「そこだけは助かってますわね。これでお腹まで太って居たら、ただの肥満児ですわ」
レイチェルもため息をついた後、私に告げる。
「里帰りなさっている間に、驚くほど体型が変わっておられます。
これでは下着も含めて、服を新調した方がよろしいかと存じます。
このまま窮屈な服を着ていては、お嬢様の体型が崩れます。
取り急ぎ既製品を用意いたしますので、しばらくはそれで我慢なさってください」
私は小首を傾げた。
「でも、これからどんどん大きくなるわよ?
作った傍から窮屈になって新調していたら、大変じゃない?
こうなったら普段着を法衣にしてしまってもいいんじゃないかしら」
レイチェルたちが愕然としていた。
「まだ大きくなられるのですか……
分かりました。それを踏まえた物をご用意いたします。
下着に関しても、定期的に採寸させていただき、適正なサイズの物をご用意いたします。
法衣を普段着となさるのは、お勧めいたしません。
きちんとドレスをご用意いたしますので、そちらを着用なさってください」
「そう? レイチェルがそう言うなら、そうするわね」
レイチェルがおずおずと尋ねてくる。
「ちなみに、どの程度まで大きくなられるとお思いですか?」
どのくらい?
私は記憶にある自分の体型を思い出し、手でアウトラインをなぞった。
「このぐらいかしら。十五歳ぐらいにはこの程度になるはずですわ」
レイチェルが顔をしかめて私の手が描く、未来の体型を見ていた。
「……かしこまりました。全て我々にお任せください」
レイチェルたちは私にドレスを着せると、恭しく辞去していった。
私も小さくため息をついて、窓辺の椅子に腰を下ろす。
「この胸を取り外せたら楽ですのに」
ぽつりとつぶやいた一言に、レイチェルたちと入れ違いに入ってきたレナートが応える。
「取り外して盗まれたら、どうするおつもりですか?」
私は振り返って微笑む。
「そうなったら、身軽になってずっと楽が出来るわ。
これは動くのに邪魔なのよ。
服を用意するのも大変みたいだし、大きくて得をする事なんて何もないわね。
誰かに譲れるものなら、譲って差し上げたいくらいですわ。
――それより、ミルクティーをもらえるかしら」
「かしこまりました」
レナートがきびきびとした動作で紅茶を入れて行く。その姿を私はぼんやりと眺めていた。
今年で十四歳、やや野性的な顔立ちだけど、綺麗な顔をした男子が相変わらずパリッとした服装で固めてる。
彼が貴族だったら、きっと令嬢の注目を集めただろうなぁ。
「ねぇレナート」
「はい、なんでしょうか」
私は立ち上がってレナートに近づいて行った。
指先で唇の形を作って、レナートの頬にちょんと当てる。
「ゆっくりおやすみくださいませ、お嬢様」
なるだけ低い声でレナートの声真似をしてみた。
レナートの顔がみるみる赤くなり、手からマドラーを取り落としていた。
「な、なんでそれを?!」
私はにっこりと微笑んで告げる。
「もうあれはやめておいた方がいいわよ?
そろそろ誰かに気付かれると思うの。
お父様たちに知られたら、あなたの命がないわ」
たじろいだレナートが、苦しそうに私に告げる。
「……お嬢様は、お怒りではないのですか」
私はきょとんとしてレナートを見つめ、小首を傾げた。
「私が? なんで怒るの?」
勘違いしてるなぁ、とか、相手を間違えてるなぁ、とかは思うけど。
「ねぇレナート、あなたには意中の人とか居ないの?
こういう行為は、そんな相手にした方がいいと思うわよ?
私なんかにやっても、何も結果を生み出さないわ」
レナートが何かを言いたげに口を開く。
「……意中の人が、たとえばお嬢様だったとしたら、あなたはどう思いますか」
私は眉をひそめてレナートを見つめた。
そしてレナートの顔の前に自分の顔を持っていく。
「レナート? よく見て? あなたの前に居る女の子を、きちんと見て欲しいの。
公爵令嬢や聖女なんて肩書じゃなく、シトラスという女子そのものをね。
私はあなたが思いを寄せるのに値する人間に思える? ただの村娘よ?」
レナートが珍しく真っ赤な顔で取り乱すように私の目を見つめ返していた。
「お、お嬢様! 申し訳ありませんが、少し離れてください!」
「あら、どうして?」
「それ以上近くにおられると、私も自制心に自信が持てなくなります!」
自制心?
今この状況で、そんなものが必要なの?
私、指一本触れてないんだけど。
私は小首を傾げてレナートを見つめ続けた。
「それなら、あなたが私から離れれば済む話じゃないかしら。
私は別にあなたを縛り付けている訳じゃないわ」
「動けるなら動いています! お願いですから、お嬢様が離れてください!」
私は小さくため息をついて、レナートの鼻を人差し指で押した。
「しかたのない人ね。わかったわ」
私はレナートから離れ、椅子に座り直した。
「それで、紅茶はまだかしら?」
「……ただいま、ご用意いたします」
疲れ切ったようなレナートが、新しいマドラーでミルクティーをかき混ぜていた。
「バルベーロ伯爵令嬢をお茶会に呼びたい?」
「ええ、それについてご相談をしたく思いますの」
以前、マリアに『近いうちにお茶会で会おう』と話をしていた。
その言葉を、嘘にしたくなかっただけだ。
お父様は眉間にしわを寄せて考えこんでいた。
「……バルベーロ伯爵を特別に引き立てるような真似は、控えたいと思う。
そうなると宰相派閥からの鞍替え組も含めた社交場を開く必要があるが、そんなものにお前は耐えられるのかい?」
正直、自信は持てなかった。
「……どの程度の規模になるのでしょうか」
「鞍替え組だけでも二十人以上の規模になる。
元からいた私の派閥の人間も含めれば、倍以上――五十人程度は見て欲しい。
そうなるとお茶会という規模ではなくなるね。夜会を開く方が自然だろう。
近々、ダヴィデ殿下の誕生祝賀会が開かれる。
そこで会うということで納得してはくれないか」
私は眉をひそめた。
「ダヴィデ殿下ですか? 陛下は参加なさるのですわよね?」
「陛下には謹慎して頂く。
しばらく夜会には参加させないよ。
薬を盛られたとはいえ、不祥事をかなり起こしていたからね」
そっか、そういうことなら参加してもいいかな。
今回の人生では、きちんとダヴィデ殿下と話をしていないし。
十一歳のダヴィデ殿下か。そんな昔の事、ぼんやりとしか覚えてないな。
「わかりました。ダヴィデ殿下の誕生日は十月でしたよね」
「ああ、そうだ。招待状を出してもらうよう、私から頼んでおこう。
もちろん、バルベーロ伯爵にも話は通しておく。
今から発注すれば、夜会のドレスも間に合うだろう。
お前は採寸をし直しておいで。成長期だからね。もう前のサイズのドレスでは窮屈だろう?」
「わかりました、お父様」
私は執務室を辞去して、部屋の外で待機していたレイチェルに告げる。
「採寸して欲しいそうよ。用意をしてくれる?」
「はい、かしこまりました」
私は採寸をするため、自分の部屋に戻っていった。
****
採寸をした侍女たちが、驚嘆の声を上げていた。
「お嬢様、本当に十二歳なのですか?」
「そうだけど、どうかしたの?」
今さらなにを驚いてるんだろう?
私の年齢なんて、みんな知ってるでしょ?
「いえ、このサイズでは、今のドレスは窮屈ではありませんか」
「ああ、そうね。胸はかなり苦しいかしら。
使い道もないのに、無駄に大きくなるのよね」
この時期から三年間、私の胸はやたらと育っていく。
前回の人生では肌着と法衣しか着てなかったから苦労は少なかった。
今はドレスを常用してるので、どうしても圧迫感を感じることが増えていた。
「ですがウェストは以前とサイズがお変わりありませんね……」
私はため息をついた。
「そこだけは助かってますわね。これでお腹まで太って居たら、ただの肥満児ですわ」
レイチェルもため息をついた後、私に告げる。
「里帰りなさっている間に、驚くほど体型が変わっておられます。
これでは下着も含めて、服を新調した方がよろしいかと存じます。
このまま窮屈な服を着ていては、お嬢様の体型が崩れます。
取り急ぎ既製品を用意いたしますので、しばらくはそれで我慢なさってください」
私は小首を傾げた。
「でも、これからどんどん大きくなるわよ?
作った傍から窮屈になって新調していたら、大変じゃない?
こうなったら普段着を法衣にしてしまってもいいんじゃないかしら」
レイチェルたちが愕然としていた。
「まだ大きくなられるのですか……
分かりました。それを踏まえた物をご用意いたします。
下着に関しても、定期的に採寸させていただき、適正なサイズの物をご用意いたします。
法衣を普段着となさるのは、お勧めいたしません。
きちんとドレスをご用意いたしますので、そちらを着用なさってください」
「そう? レイチェルがそう言うなら、そうするわね」
レイチェルがおずおずと尋ねてくる。
「ちなみに、どの程度まで大きくなられるとお思いですか?」
どのくらい?
私は記憶にある自分の体型を思い出し、手でアウトラインをなぞった。
「このぐらいかしら。十五歳ぐらいにはこの程度になるはずですわ」
レイチェルが顔をしかめて私の手が描く、未来の体型を見ていた。
「……かしこまりました。全て我々にお任せください」
レイチェルたちは私にドレスを着せると、恭しく辞去していった。
私も小さくため息をついて、窓辺の椅子に腰を下ろす。
「この胸を取り外せたら楽ですのに」
ぽつりとつぶやいた一言に、レイチェルたちと入れ違いに入ってきたレナートが応える。
「取り外して盗まれたら、どうするおつもりですか?」
私は振り返って微笑む。
「そうなったら、身軽になってずっと楽が出来るわ。
これは動くのに邪魔なのよ。
服を用意するのも大変みたいだし、大きくて得をする事なんて何もないわね。
誰かに譲れるものなら、譲って差し上げたいくらいですわ。
――それより、ミルクティーをもらえるかしら」
「かしこまりました」
レナートがきびきびとした動作で紅茶を入れて行く。その姿を私はぼんやりと眺めていた。
今年で十四歳、やや野性的な顔立ちだけど、綺麗な顔をした男子が相変わらずパリッとした服装で固めてる。
彼が貴族だったら、きっと令嬢の注目を集めただろうなぁ。
「ねぇレナート」
「はい、なんでしょうか」
私は立ち上がってレナートに近づいて行った。
指先で唇の形を作って、レナートの頬にちょんと当てる。
「ゆっくりおやすみくださいませ、お嬢様」
なるだけ低い声でレナートの声真似をしてみた。
レナートの顔がみるみる赤くなり、手からマドラーを取り落としていた。
「な、なんでそれを?!」
私はにっこりと微笑んで告げる。
「もうあれはやめておいた方がいいわよ?
そろそろ誰かに気付かれると思うの。
お父様たちに知られたら、あなたの命がないわ」
たじろいだレナートが、苦しそうに私に告げる。
「……お嬢様は、お怒りではないのですか」
私はきょとんとしてレナートを見つめ、小首を傾げた。
「私が? なんで怒るの?」
勘違いしてるなぁ、とか、相手を間違えてるなぁ、とかは思うけど。
「ねぇレナート、あなたには意中の人とか居ないの?
こういう行為は、そんな相手にした方がいいと思うわよ?
私なんかにやっても、何も結果を生み出さないわ」
レナートが何かを言いたげに口を開く。
「……意中の人が、たとえばお嬢様だったとしたら、あなたはどう思いますか」
私は眉をひそめてレナートを見つめた。
そしてレナートの顔の前に自分の顔を持っていく。
「レナート? よく見て? あなたの前に居る女の子を、きちんと見て欲しいの。
公爵令嬢や聖女なんて肩書じゃなく、シトラスという女子そのものをね。
私はあなたが思いを寄せるのに値する人間に思える? ただの村娘よ?」
レナートが珍しく真っ赤な顔で取り乱すように私の目を見つめ返していた。
「お、お嬢様! 申し訳ありませんが、少し離れてください!」
「あら、どうして?」
「それ以上近くにおられると、私も自制心に自信が持てなくなります!」
自制心?
今この状況で、そんなものが必要なの?
私、指一本触れてないんだけど。
私は小首を傾げてレナートを見つめ続けた。
「それなら、あなたが私から離れれば済む話じゃないかしら。
私は別にあなたを縛り付けている訳じゃないわ」
「動けるなら動いています! お願いですから、お嬢様が離れてください!」
私は小さくため息をついて、レナートの鼻を人差し指で押した。
「しかたのない人ね。わかったわ」
私はレナートから離れ、椅子に座り直した。
「それで、紅茶はまだかしら?」
「……ただいま、ご用意いたします」
疲れ切ったようなレナートが、新しいマドラーでミルクティーをかき混ぜていた。
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