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第5章:魔性の少女
第46話 暗躍する影
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私は王都の聖教会で、偽の聖水を厳しく咎め、それを製造する人間を反逆者として宣告した。
この言葉が布告されれば、各地で取り締まりが開始される。ここから先は、お父様やグレゴリオ最高司祭の仕事だ。
次に私は、聖教会から囚人の収容所へと足を向けた。
凶暴になったという平民を実際に見るためだ。
お父様が直々に案内してくれた収容所では、二十人を超える人間が収容されていた。
「近づくのはやめておくんだ。距離を取って様子を見るといい」
「はい」
まぁこんな人たちが攻撃してきても、私には当たらないけどね。
牢屋の中の若い男性をまじまじと見ていく。
彼はこちらを見ると「女ァッ!」と私に向かって飛び掛かってきて、その勢いで鉄格子にぶつかっていた。
目を血走らせて必死に手を伸ばしているけれど、その手が私に届くことはない。
……うーん、こんな人が街中に居ると、確かに危ないな。
見かけた女性を見境なく襲いそうだ。
私は早速、癒しの奇跡を祈る。
「≪慈愛の癒し≫!」
眩い光が若い男性を包み込んだ。
光が消えるとそこには、ぽかんと口を開けた冷静な男性が佇んでいた。
「ここは……牢屋?! なぜ私はこんなところに?!」
私は小さく息をついた。
「どうやら、癒しの奇跡で治せるみたいですわね。
ということはおそらく、私の作る聖水を飲ませても治すことが出来そうです」
私は次々と収容されている人たちを癒していった。
お父様は兵士に指示を出し、収容されている人たちから事情を聞き出していた。
「彼らの話をまとめるまで時間がかかる。
今日はこのまま、別邸に戻るといい」
私は小首を傾げた。
「陛下は癒さなくても構わないのですか?」
同様の症状が出ているなら、陛下も同じように癒せるはずだけど。
お父様が苦笑を浮かべた。
「あのように凶暴になった陛下の前にお前が姿を見せたら、お前の身が危ない。
お前は体術に自信があるかもしれないが、陛下を前に委縮してしまえば、攻撃をかわすことができなくなるかもしれない。
別邸で聖水を作って欲しい。それを陛下に飲ませよう」
「……わかりました。
ではそのように手配をお願いします」
****
私は王都の別邸に行き、アンリ兄様と一緒に紅茶を飲んでいた。
聖水を作成するにも準備が必要だ。
お父様がその手配を済ますまで、時間を潰していた。
「お兄様、今回のことをどうお考えですか」
「宰相が関わっているのではないか、うっすらとそう感じる」
私はアンリ兄様をまじまじと見つめた。
「それはどういう意味でしょう?」
「違法薬物の密売を、偽の聖水という形で流通させた。
これはおそらく、里帰りしていたお前をこの場所に戻す意図があったように思う。
お前が出て来れば、すぐに解決してしまう問題だからな」
なるほど、それは確かに。
「そして偽聖水として出回っている違法薬物だが、禁断症状で凶暴化するらしい。
今は父上が収容された人間を調べているが、おそらく全員が偽の聖水を口にしたのではないかと見ている。
父上も同じ意見で、今はその裏を取っている段階だろう」
私は眉をひそめてアンリ兄様を見た。
「善良そうに見えましたけど、あの人たち全員が薬物を辞さないほどの好色家だと、そう仰るの?」
収容されていた人の中には、若い女性の姿もあった。
とてもそうは見えなかったんだけどなぁ?
「偽の聖水と知らずに飲まされた者もいるんじゃないかな。
『倉庫の奥からたまたま在庫が見つかった』と言われれば、飲んでしまうかもしれない。
ただの水と偽って飲まされた者も、中には居るかもわからない。
料理や酒に混ぜられても、知らずに口にしただろう。
だが凶暴化した人間の正体が禁断症状だとするならば、そういったあの手この手で偽の聖水を飲まされている可能性が高いと思う」
うーん、ピンとこないなぁ。
「お兄様? そこまでして私を呼び戻して、宰相は何をしたいのかしら」
「お前は十二歳、もう社交界に出てもおかしくない年齢だ。
そしてそろそろ、婚約者を決めなければならない年齢でもある。
宰相は現王家に見切りをつけ、配下の人間をお前の夫にしようと画策しているんじゃないか?
そうして新しい王家を擁立し、力を回復させたいのかもしれない」
「そんな稚拙な謀略を、あの宰相がするでしょうか。
私は宰相派閥の人間になど、近寄るつもりはありませんわよ?」
アンリ兄様が苦笑を浮かべた。
「それはお前が、前回の人生の記憶を持つからだ。
今回の人生で、お前は一切、宰相派閥と関わっていない。
奴はお前に警戒されていると気づいていないんだ」
なるほど、言われてみれば今回の人生は王家と少し接触した程度で、宰相派閥の貴族とは会った事がないや。
「ですがお父様が宰相派閥の人間との婚姻に頷くとは思えません。
そこはどうするつもりなのかしら」
「お前が『望む相手だ』と主張すれば、父上もそれを無碍にはできない。
どうにかお前に取り入り、攻略できてしまえば、次の王位を手に入れることが出来るんだ」
攻略って。
私ってそんなにチョロい人間に見えるのかな?
……チョロいか。前回の人生で散々宰相の手のひらの上で転がされたし。
私は小さくため息をついた。
「そんなくだらない野心のために、私たちの夏の夢は壊されてしまったのですわね。悔しいですわ。
やはり宰相も早くなんとかしてしまわないと、私の平穏な生活は望めないということかしら」
「ああ――だがそれだけじゃない。
陛下も早い所、ダヴィデ殿下に王位を譲ってもらった方が良いだろう。
その辺りは、父上が巧く動いてくださるはずだ」
そんなにうまくいくのかな?
王家の周辺は宰相派閥が固めていたはず。
その切り崩しも、進んでいたのかなぁ。
その後、聖水の材料が届くと私は久しぶりの聖水製作を行い、失神するまで作り続けた。
その聖水はすぐに陛下の元に届けられ、陛下の乱心も鎮静できたという報告を後に受けた。
面と向かって会わなくても治せたので、私も胸をなでおろした。
****
シュミット侯爵邸で派閥の定例夜会が開かれていた。
シュミット宰相は酒を呷りながら、上機嫌で派閥の人間と言葉を交わしていく。
「無事に聖女を王都に呼び戻すことが出来たな。
エルメーテ公爵家嫡男が聖女と共に居ると聞いて、一時は焦ったが……間に合ったようだ」
歳の若い男女が田舎で共に暮らす――たとえ義兄妹だろうと、それで仲が進展してしまえばエルメーテ公爵家が次の王統として確定してしまう。
シュミット宰相はそれを最も恐れ、早急な手を打った。
少し乱暴だったが違法薬物の流通ともなれば、エルメーテ公爵も聖女を呼び戻さざるを得ない。
結果としては宰相の思った通りに事が進んでいた。
「だがあの身体の弱い聖女を、社交界に引っ張り出せるのか?
エルメーテ公爵のガードは硬いぞ」
十二歳になっても、聖女が社交場に姿を見せたという話は聞かなかった。
エルメーテ公爵が社交場に一切連れて行かないのだ。
聖教会も、催し物に聖女を呼ぶ事すら極力控えている。
聖女認定の儀式以来、聖女の実物を見たことがある人間はほとんど居なかった。
グレゴリオ最高司祭が時折交流していると噂に聞くだけだ。
シュミット宰相が不敵な笑みを浮かべる。
「そこはダヴィデ殿下を利用する。
殿下の誕生祝賀会が十月にある。
殿下が直々に招待状を出せば、断るのは難しいだろう」
「だがあの聖女は陛下を忌避している。
ダヴィデ殿下の招待状だとしても、断りかねないぞ」
「なに、その頃に陛下には病で倒れて頂くだけだ。
病床に陛下がおられれば、聖女も安心して出てくるだろう。
あとは――エリゼオ公爵、お前の手腕次第だ」
エリゼオ公爵が不敵に笑みを浮かべた。
「村娘ごとき、我が息子が骨抜きにして見せましょう。
それで我らは勢力を取り戻す」
「我らの栄光のために――」
男たちがグラスを合わせた後、酒を呷っていた。
この言葉が布告されれば、各地で取り締まりが開始される。ここから先は、お父様やグレゴリオ最高司祭の仕事だ。
次に私は、聖教会から囚人の収容所へと足を向けた。
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「はい」
まぁこんな人たちが攻撃してきても、私には当たらないけどね。
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光が消えるとそこには、ぽかんと口を開けた冷静な男性が佇んでいた。
「ここは……牢屋?! なぜ私はこんなところに?!」
私は小さく息をついた。
「どうやら、癒しの奇跡で治せるみたいですわね。
ということはおそらく、私の作る聖水を飲ませても治すことが出来そうです」
私は次々と収容されている人たちを癒していった。
お父様は兵士に指示を出し、収容されている人たちから事情を聞き出していた。
「彼らの話をまとめるまで時間がかかる。
今日はこのまま、別邸に戻るといい」
私は小首を傾げた。
「陛下は癒さなくても構わないのですか?」
同様の症状が出ているなら、陛下も同じように癒せるはずだけど。
お父様が苦笑を浮かべた。
「あのように凶暴になった陛下の前にお前が姿を見せたら、お前の身が危ない。
お前は体術に自信があるかもしれないが、陛下を前に委縮してしまえば、攻撃をかわすことができなくなるかもしれない。
別邸で聖水を作って欲しい。それを陛下に飲ませよう」
「……わかりました。
ではそのように手配をお願いします」
****
私は王都の別邸に行き、アンリ兄様と一緒に紅茶を飲んでいた。
聖水を作成するにも準備が必要だ。
お父様がその手配を済ますまで、時間を潰していた。
「お兄様、今回のことをどうお考えですか」
「宰相が関わっているのではないか、うっすらとそう感じる」
私はアンリ兄様をまじまじと見つめた。
「それはどういう意味でしょう?」
「違法薬物の密売を、偽の聖水という形で流通させた。
これはおそらく、里帰りしていたお前をこの場所に戻す意図があったように思う。
お前が出て来れば、すぐに解決してしまう問題だからな」
なるほど、それは確かに。
「そして偽聖水として出回っている違法薬物だが、禁断症状で凶暴化するらしい。
今は父上が収容された人間を調べているが、おそらく全員が偽の聖水を口にしたのではないかと見ている。
父上も同じ意見で、今はその裏を取っている段階だろう」
私は眉をひそめてアンリ兄様を見た。
「善良そうに見えましたけど、あの人たち全員が薬物を辞さないほどの好色家だと、そう仰るの?」
収容されていた人の中には、若い女性の姿もあった。
とてもそうは見えなかったんだけどなぁ?
「偽の聖水と知らずに飲まされた者もいるんじゃないかな。
『倉庫の奥からたまたま在庫が見つかった』と言われれば、飲んでしまうかもしれない。
ただの水と偽って飲まされた者も、中には居るかもわからない。
料理や酒に混ぜられても、知らずに口にしただろう。
だが凶暴化した人間の正体が禁断症状だとするならば、そういったあの手この手で偽の聖水を飲まされている可能性が高いと思う」
うーん、ピンとこないなぁ。
「お兄様? そこまでして私を呼び戻して、宰相は何をしたいのかしら」
「お前は十二歳、もう社交界に出てもおかしくない年齢だ。
そしてそろそろ、婚約者を決めなければならない年齢でもある。
宰相は現王家に見切りをつけ、配下の人間をお前の夫にしようと画策しているんじゃないか?
そうして新しい王家を擁立し、力を回復させたいのかもしれない」
「そんな稚拙な謀略を、あの宰相がするでしょうか。
私は宰相派閥の人間になど、近寄るつもりはありませんわよ?」
アンリ兄様が苦笑を浮かべた。
「それはお前が、前回の人生の記憶を持つからだ。
今回の人生で、お前は一切、宰相派閥と関わっていない。
奴はお前に警戒されていると気づいていないんだ」
なるほど、言われてみれば今回の人生は王家と少し接触した程度で、宰相派閥の貴族とは会った事がないや。
「ですがお父様が宰相派閥の人間との婚姻に頷くとは思えません。
そこはどうするつもりなのかしら」
「お前が『望む相手だ』と主張すれば、父上もそれを無碍にはできない。
どうにかお前に取り入り、攻略できてしまえば、次の王位を手に入れることが出来るんだ」
攻略って。
私ってそんなにチョロい人間に見えるのかな?
……チョロいか。前回の人生で散々宰相の手のひらの上で転がされたし。
私は小さくため息をついた。
「そんなくだらない野心のために、私たちの夏の夢は壊されてしまったのですわね。悔しいですわ。
やはり宰相も早くなんとかしてしまわないと、私の平穏な生活は望めないということかしら」
「ああ――だがそれだけじゃない。
陛下も早い所、ダヴィデ殿下に王位を譲ってもらった方が良いだろう。
その辺りは、父上が巧く動いてくださるはずだ」
そんなにうまくいくのかな?
王家の周辺は宰相派閥が固めていたはず。
その切り崩しも、進んでいたのかなぁ。
その後、聖水の材料が届くと私は久しぶりの聖水製作を行い、失神するまで作り続けた。
その聖水はすぐに陛下の元に届けられ、陛下の乱心も鎮静できたという報告を後に受けた。
面と向かって会わなくても治せたので、私も胸をなでおろした。
****
シュミット侯爵邸で派閥の定例夜会が開かれていた。
シュミット宰相は酒を呷りながら、上機嫌で派閥の人間と言葉を交わしていく。
「無事に聖女を王都に呼び戻すことが出来たな。
エルメーテ公爵家嫡男が聖女と共に居ると聞いて、一時は焦ったが……間に合ったようだ」
歳の若い男女が田舎で共に暮らす――たとえ義兄妹だろうと、それで仲が進展してしまえばエルメーテ公爵家が次の王統として確定してしまう。
シュミット宰相はそれを最も恐れ、早急な手を打った。
少し乱暴だったが違法薬物の流通ともなれば、エルメーテ公爵も聖女を呼び戻さざるを得ない。
結果としては宰相の思った通りに事が進んでいた。
「だがあの身体の弱い聖女を、社交界に引っ張り出せるのか?
エルメーテ公爵のガードは硬いぞ」
十二歳になっても、聖女が社交場に姿を見せたという話は聞かなかった。
エルメーテ公爵が社交場に一切連れて行かないのだ。
聖教会も、催し物に聖女を呼ぶ事すら極力控えている。
聖女認定の儀式以来、聖女の実物を見たことがある人間はほとんど居なかった。
グレゴリオ最高司祭が時折交流していると噂に聞くだけだ。
シュミット宰相が不敵な笑みを浮かべる。
「そこはダヴィデ殿下を利用する。
殿下の誕生祝賀会が十月にある。
殿下が直々に招待状を出せば、断るのは難しいだろう」
「だがあの聖女は陛下を忌避している。
ダヴィデ殿下の招待状だとしても、断りかねないぞ」
「なに、その頃に陛下には病で倒れて頂くだけだ。
病床に陛下がおられれば、聖女も安心して出てくるだろう。
あとは――エリゼオ公爵、お前の手腕次第だ」
エリゼオ公爵が不敵に笑みを浮かべた。
「村娘ごとき、我が息子が骨抜きにして見せましょう。
それで我らは勢力を取り戻す」
「我らの栄光のために――」
男たちがグラスを合わせた後、酒を呷っていた。
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