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1-1 婚約破棄という宣告
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1-1 婚約破棄という宣告
伯爵家の長女クラリティ・フィオーレは、その朝、鏡の前でほんの少しだけ微笑んでいた。
今日は婚約者リーヴェントン・グラシアと久しぶりに会う日。
正式な結婚の日取りを相談する――はずだった。
胸の奥が少し暖かくなる。
彼の前では緊張してしまう自分が可笑しくて、それもまた嬉しくて。
そんな淡い期待ごと、クラリティは客間に通されて数分で叩き落とされる。
「クラリティ。今日ここに来たのは、大事な話があるからだ」
開口一番。
彼の声は、いつもの穏やかさを欠いていた。
胸の奥がざわつく。
「……どのようなお話でしょうか?」
努めて平静を装ったつもりでも、声が震えるのは隠せなかった。
しかしリーヴェントンは、その震えを無視した。
「婚約を破棄する。君と結婚するつもりは、もうない」
言葉の意味が理解できるまで、息を吸うことすら忘れた。
婚約破棄――?
「……理由を、お聞かせいただけますか?」
やっとの思いで絞り出した声に、彼はあっさりと答えた。
「君との婚約は父が勝手に決めただけだ。
だが私は、侯爵家の令嬢と結婚する。彼女とは本気だ。形式だけの結婚に価値はない」
その一言で、クラリティの胸の奥に積み上げてきた想いは音を立てて崩れた。
彼女を見下すような眼差しが、心を刺す。
それでも――クラリティは、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうですか。では、どうぞお幸せに」
涙は見せない。
それが、精一杯の矜持だった。
リーヴェントンはわずかに目を見開いたが、すぐに肩をすくめる。
「君も良い人生を」
それを最後に、彼は振り返ることなく去っていった。
扉が閉まる音が響いた瞬間、クラリティの膝は力を失い、その場に崩れ落ちた。
---
家族の反応は、冷たかった。
「クラリティが婚約破棄されるなんて……なんて恥知らずなの!」
母の叱責。
父は重々しく眉間に皺を寄せるばかり。
「どうして引き留めなかったの?
伯爵家の娘が、みっともない!」
「わたしは……何も悪いことをしていません」
その声は、母の怒声にかき消された。
胸の奥がきゅっと痛む。
誰も、味方をしてくれない。
---
社交界では、さらに残酷だった。
クラリティが姿を見せるだけで、噂好きな貴族たちの笑い声が聞こえた。
「クラリティ様、侯爵家の令嬢に婚約者を取られたんですって」
「まあ……はじめから無理があったのよ」
「気の毒に。いえ、気の毒かしら?」
笑い交じりの囁きが突き刺さる。
クラリティはそれでも微笑みを崩さず、ただ静かに会釈した。
心の奥では、何度も泣き叫びたくなるほど傷ついていたけれど。
やがて彼女は部屋にこもるようになった。
誰も知らない場所で、静かに泣きながら。
「私は……何も悪くないのに。なのに、どうして……」
涙は止まらなかった。
---
そんな日々の中で――一通の手紙が届く。
差出人は、ローゼンハイト公爵家当主、ガルフストリーム・ローゼンハイト。
その手紙には、簡潔な一文だけが記されていた。
「君に提案がある。興味があれば、明日の夕刻、私の屋敷へ来たまえ。」
凛とした筆跡。
温度のない言葉なのに、不思議と胸がざわめいた。
――提案。
――わたしに?
このまま何もせず潰れていくくらいなら、変わるための一歩を踏み出したい。
クラリティは涙を拭い、小さく息を吸った。
「……行ってみよう。これ以上失うものなんて、もうないのだから」
そう呟き、彼女は明日の訪問を決意した。
伯爵家の長女クラリティ・フィオーレは、その朝、鏡の前でほんの少しだけ微笑んでいた。
今日は婚約者リーヴェントン・グラシアと久しぶりに会う日。
正式な結婚の日取りを相談する――はずだった。
胸の奥が少し暖かくなる。
彼の前では緊張してしまう自分が可笑しくて、それもまた嬉しくて。
そんな淡い期待ごと、クラリティは客間に通されて数分で叩き落とされる。
「クラリティ。今日ここに来たのは、大事な話があるからだ」
開口一番。
彼の声は、いつもの穏やかさを欠いていた。
胸の奥がざわつく。
「……どのようなお話でしょうか?」
努めて平静を装ったつもりでも、声が震えるのは隠せなかった。
しかしリーヴェントンは、その震えを無視した。
「婚約を破棄する。君と結婚するつもりは、もうない」
言葉の意味が理解できるまで、息を吸うことすら忘れた。
婚約破棄――?
「……理由を、お聞かせいただけますか?」
やっとの思いで絞り出した声に、彼はあっさりと答えた。
「君との婚約は父が勝手に決めただけだ。
だが私は、侯爵家の令嬢と結婚する。彼女とは本気だ。形式だけの結婚に価値はない」
その一言で、クラリティの胸の奥に積み上げてきた想いは音を立てて崩れた。
彼女を見下すような眼差しが、心を刺す。
それでも――クラリティは、ゆっくりと立ち上がった。
「……そうですか。では、どうぞお幸せに」
涙は見せない。
それが、精一杯の矜持だった。
リーヴェントンはわずかに目を見開いたが、すぐに肩をすくめる。
「君も良い人生を」
それを最後に、彼は振り返ることなく去っていった。
扉が閉まる音が響いた瞬間、クラリティの膝は力を失い、その場に崩れ落ちた。
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家族の反応は、冷たかった。
「クラリティが婚約破棄されるなんて……なんて恥知らずなの!」
母の叱責。
父は重々しく眉間に皺を寄せるばかり。
「どうして引き留めなかったの?
伯爵家の娘が、みっともない!」
「わたしは……何も悪いことをしていません」
その声は、母の怒声にかき消された。
胸の奥がきゅっと痛む。
誰も、味方をしてくれない。
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社交界では、さらに残酷だった。
クラリティが姿を見せるだけで、噂好きな貴族たちの笑い声が聞こえた。
「クラリティ様、侯爵家の令嬢に婚約者を取られたんですって」
「まあ……はじめから無理があったのよ」
「気の毒に。いえ、気の毒かしら?」
笑い交じりの囁きが突き刺さる。
クラリティはそれでも微笑みを崩さず、ただ静かに会釈した。
心の奥では、何度も泣き叫びたくなるほど傷ついていたけれど。
やがて彼女は部屋にこもるようになった。
誰も知らない場所で、静かに泣きながら。
「私は……何も悪くないのに。なのに、どうして……」
涙は止まらなかった。
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そんな日々の中で――一通の手紙が届く。
差出人は、ローゼンハイト公爵家当主、ガルフストリーム・ローゼンハイト。
その手紙には、簡潔な一文だけが記されていた。
「君に提案がある。興味があれば、明日の夕刻、私の屋敷へ来たまえ。」
凛とした筆跡。
温度のない言葉なのに、不思議と胸がざわめいた。
――提案。
――わたしに?
このまま何もせず潰れていくくらいなら、変わるための一歩を踏み出したい。
クラリティは涙を拭い、小さく息を吸った。
「……行ってみよう。これ以上失うものなんて、もうないのだから」
そう呟き、彼女は明日の訪問を決意した。
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