白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚

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第3章:王太子妃となる日はあっさりと、しかし盛大に訪れましたわ

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 わたくしが笑顔で答えると、アルベルト様は会釈してから人波をかき分け、大広間の奥へと消えていった。きっと政治関係の客や、急ぎの要件がある貴族が呼び出しているのだろう。ここにはありとあらゆる要人が集まっているのだから、挙式の日とはいえ、王太子の立場は忙しい。
 そんなふうに納得しながら、わたくしは豪華なシャンパングラスを手に、周囲からの祝辞や談笑に応じていた。数分、あるいは十数分ほど経った頃だろうか。ふと視界の端に、人混みからこちらを覗いている人物を見つけた。背丈や雰囲気からして、リリア様ではないかと思える。

(あら……リリア様、どうなさったのかしら。こんな大広間に来て大丈夫?)

 わたくしは一瞬戸惑った。リリア様は、表向き“王太子殿下が保護している平民女性”という名目で王宮に滞在しているものの、こうした公式の場には当然出席していない。すでにここに集まる貴族たちの誰一人として、リリア様の存在を知らないはずだ。もし不用意に姿を晒せば、いらぬ詮索を呼びかねない。
 しかし、リリア様はきょろきょろと落ち着かない様子で周囲をうかがっている。どうやら何か伝えたいことがあるらしい。わたくしは周囲に怪しまれぬ程度に、そっと踵を返し、リリア様のほうへ歩み寄った。

 シャンデリアの光が届きにくい大広間の端。そこにリリア様は身を隠すように立ち、わたくしに気づくとほっと安堵したように微笑んだ。

「ルチアーナ様、あの……すみません。おめでたい場なのに、こんなところに呼び止めてしまって……」

「いいえ、構いませんわ。どうしたの、リリア様? まさかこんな所まで来て、大丈夫かしら」

「はい……わたし、王宮内の部屋で控えていたのですけれど、少し気になることがあって……。どなたにも言うべきか迷ったのですが、ルチアーナ様にならお話しできるかと思って……」

 リリア様は困惑の色を浮かべながら、低い声で続きを切り出す。

「先ほど、わたしが部屋で休んでいたら、なにやら騒がしそうに誰かが通りかかって……。それで耳を澄ませてみたところ、“こんな結婚は茶番だ”“王太子殿下は平民女にうつつを抜かしているらしい”と、噂話をしている方々がいたんです。しかも、その中に“ルチアーナ様を貶めるチャンスだ”と語る声が混ざっていて……」

「……なんですって?」

 わたくしは一瞬だけ面食らった。確かに、王太子が平民を愛しているという噂は、ほとんど秘匿されているはず。もし漏れているとしたら、それは相当に厄介な事態だ。わたくしがアルベルト様との結婚をすんなり認めている理由も、探る人が出てきてもおかしくない。
 問題なのは“ルチアーナ様を貶めるチャンス”という発言。つまり、わたくしを狙って何か悪意を働こうとしている者がいるらしい。公の場である今日の祝宴は、ある意味格好の舞台。注目が集まる大イベントに水を差し、わたくしや王家に恥をかかせるなら、確かにインパクトが大きいだろう。

「リリア様、詳しく聞かせていただけますか? どんな人たちがそんな話をしていたのか、どこで会話を耳にされたのか……」

「はい……。わたしも遠くから聞こえただけなので、正直詳細はよくわからなくて。ただ、複数人が集まって興奮気味に話しているのが聞こえました。内容的には、王太子殿下が平民の女に溺れているという噂を掴んだ、とか……それが事実なら王太子妃が形ばかりの結婚だろう、とか……。そして、“公爵令嬢を利用して何か利益を得ようとしている”と揶揄していました」

「……なるほど、よほど下衆な勘ぐりをしているのね」

「それから、“ルチアーナ様が本当は殿下に相手にされていないのでは”“優雅なふりをしているだけで、中身は空っぽの女だ”なんて……。ひどい言い草です……」

 リリア様が憤慨しているのはありがたいが、わたくしは特に気分を害してはいなかった。なぜなら、そんな根拠のない悪口などどうでもいい。それに、“中身は空っぽ”というなら大歓迎だ。おかげで自由気ままに振る舞えるのだから。
 ただ、一つだけ引っかかるのは“わたくしを貶めるチャンス”という具体的な動きがある点だ。もしここで何かしらの騒ぎを起こされ、大勢の来賓の前でわたくしが醜態を晒す展開となれば、さすがに面倒。王太子妃としての威厳が揺らぐと、あとあと自由に生きづらくなる可能性がある。

 そこで、わたくしはリリア様の手をそっと握り、にこりと微笑んだ。

「リリア様、教えてくださってありがとう。あなたの勇気ある行動が、わたくしを救ってくださるかもしれないわ。……とりあえず、わたくしは少し警戒しておきます。あなたもあまり人前に姿を見せないほうがいいでしょう。もし危険を感じるようなことがあったら、すぐにわたくしに知らせてちょうだい」

「は、はい……。ルチアーナ様、本当にお気をつけてくださいね。わたしも、できる限り何かお手伝いできれば……」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」

 そう言ってわたくしは、リリア様をさりげなく部屋へ戻るよう促した。この祝宴の会場では、彼女が目立つのは得策ではない。優しい彼女が何かのとばっちりを受ける可能性もあるし、アルベルト様だって望んでいないはずだ。リリア様は少し心配そうにわたくしを見ながら、足早に大広間を離れていった。
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