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第4章:夫が私を気にかけ始めましたが……遅すぎますわ
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夫婦のフリ? むしろ面倒すぎますわ
翌日。
わたくしは朝早くから侍女たちに身支度を手伝わせていた。今日は貴族の間で定期的に開かれる“午餐会(ランチパーティー)”に出席しようと思ったのだが、どうやらアルベルト様も同席することになった。夫婦揃っての登場ということで、ある程度服装や所作に気を遣わなくてはならない。
ドレスは淡い桜色を選び、華美すぎず地味すぎず、ちょうど良い品格を演出できるように調整する。髪型も侍女のソフィアと相談しながら、程よい華やかさを加えて仕上げた。今まではできるだけシンプルな恰好を好んでいたが、今日は“王太子妃としての存在感”を示す必要がある。
鏡に映った自分の姿を見て、少しだけ溜め息が出る。こういう着飾る作業が嫌いなわけではないが、これが毎日続けば間違いなく疲弊してしまうだろう。
「ルチアーナ様、本当にお美しいです。きっと周囲の方々も目を奪われることでしょう」
「ふふ、ありがとう、ソフィア。でも、あまり派手に注目を浴びたくもないのよね……」
わたくしが苦笑を返すと、ソフィアは「そう仰らずに、今日ばかりはご覚悟を」と微笑んだ。彼女もわたくしが“自由を愛する性分”であることを熟知しているが、同時に“公的には王太子妃としての義務”があるのも理解している。何とも複雑な立場だが、やるしかない。
準備が整ったところで、アルベルト様と合流する。濃紺の礼服に身を包んだ彼は、さすがの王太子というべき佇まいで、隣に並ぶわたくしとの“絵面”は悪くない……と自分でも思う。以前はあまり感じなかったが、こうして改めて並ぶと、「お似合いの夫婦」と言われてもおかしくないかもしれない。
わたくしは胸の奥で「これが本物の新婚夫婦なら、さぞかし幸せな気分になれるんでしょうね」と皮肉っぽく思いながら、彼と腕を組む。仮面夫婦の演技とはいえ、それなりに優雅な所作でこなさなくてはならない。
「……行きましょう、ルチアーナ。おまえの午餐会での振る舞いに期待している人も多いはずだ」
「ええ、承知していますわ。殿下も“いつもより優しげに”お願いしますね。周囲を欺くためですもの」
「な、何か嫌な言い回しだな……」
「ふふ、冗談ですわ。さあ、まいりましょう」
そうして、わたくしたちは王宮の一角にある広間へと向かった。そこには十数名の貴族が招かれており、優雅にテーブルを囲んで昼食を楽しむ予定になっている。もともと、わたくしが“王太子妃として顔を出す”という名目で開かれる会合だったが、まさかアルベルト様も同行するとは思われていなかったのだろう。
案の定、わたくしと殿下が揃って扉を開けた瞬間、広間に集まっていた貴族たちは息を呑んだように静まり返った。彼らにしてみれば、「最近、王太子殿下はほとんど正妃に構わないらしい」と噂を聞いていたはず。ところが、こうして二人仲良く腕を組んで現れたのだから、否が応にも注目を集める。
「殿下……! そして王太子妃殿下まで、ご足労いただき恐れ入ります。なんと光栄な……」
主催者であるマディソン侯爵が慌てて出迎える。彼は中年の落ち着いた貴族で、以前から公爵家との繋がりもあったはずだ。慌てつつも嬉しそうな顔をしているところを見ると、“王太子夫妻がそろって出席する”というのは、それだけでイベントの格が上がるのだろう。
わたくしはにこやかに微笑みつつ、侯爵と軽く挨拶を交わし、広間の中央に用意された最上席へと通された。その間、他の貴族たちも口々に「おお……」「まさか二人そろって……」と囁き合っている。中には「本当に円満な夫婦なのかしら?」と疑問を抱く視線を投げる者もいるが、わたくしは気にしない。むしろそうした“探る視線”をいかに受け流すかが今日のテーマだ。
席に着くと、さっそく料理が運ばれてきた。メインは魚介を使った軽いシチュー、サイドには新鮮な野菜のサラダや焼きたてのパン、デザートに果物の盛り合わせという、昼食としてはちょうどいいボリュームだ。
アルベルト様もわたくしも品よくナイフとフォークを手に取り、周囲との会話を挟みながら食事を進める。貴族たちは「さすが王太子殿下、ご公務が忙しい中でもこうして……」「ルチアーナ様は益々お美しくなられましたね」など、当たり障りのない褒め言葉をかけてくる。
わたくしはその度に柔和な笑みを浮かべ、「皆さまこそ、おかわりございませんか?」と受け答えする。それだけで「さすが公爵家の令嬢、礼節が行き届いている」と感嘆されるのだから、案外楽ともいえる。王太子妃としての“看板”が効果を発揮しているのだろう。
そうした中、やはり問題の種になりそうな人物も来ていた。クラリッサ令嬢……ではなく、彼女の取り巻きだった令嬢の一人であるサビーネという若い女性が、ちらちらとこちらを見つめながら何か企んでいそうな気配を漂わせている。彼女も確か、先日の祝宴でクラリッサと一緒にわたくしへ嫌味を飛ばしていた一人だ。
案の定、食事もひと段落し、テーブルを離れて自由に歓談する時間が訪れた瞬間、サビーネ令嬢はわたくしとアルベルト様の前へするすると歩み寄ってきた。
軽くスカートの裾を摘んでお辞儀する仕草は、形式的には礼儀正しいが、その瞳にはどこか挑発的な輝きがある。
「王太子殿下、そして王太子妃殿下。大変ご無沙汰しております。先日の祝宴以来でございますわね。まさかお二人そろっていらっしゃるとは……本当に驚きましたわ」
「ごきげんよう、サビーネ令嬢。こうして夫婦そろって参上するのも悪くないものですわよ」
わたくしがにこやかに返すと、サビーネ令嬢は「まあ、意外ですわね」と言わんばかりに口元を歪めて微笑む。
「お二人がここまで仲睦まじいとは、ちまたの噂とは随分違いますのね。なにせ……“王太子殿下は平民の娘にお熱”などと、まことしやかに囁かれておりましたもの。まあ、あくまで噂話にすぎませんけれど」
ここで“リリア様”の存在をちらつかせることで、わたくしを揺さぶろうという魂胆が見え透いている。アルベルト様も一瞬たじろぎそうになったが、わたくしはあくまでも余裕の態度を崩さないことにした。
わたくしは軽く息を吐いてから、穏やかに言い放つ。
「あら、平民の方といえば、慈善活動の関係で城下町に足を運んだとき、幾人かお会いしたことはございますけれど? もしかして、そのようなことを誤解しているのかしら。殿下は国民の皆さまを大事に思っておられますから、平民と関わりを持つのも当然ですわよ」
「ええ、そりゃそうでしょうね。王家の方が平民を顧みるのは、慈悲深い証といえましょう。ですが、女性の間では“もっと親密な関係にある平民がいるのでは”などという好奇心が絶えないのですよ。おほほほ!」
サビーネ令嬢はわざとらしく笑い声を上げる。これには、さすがのアルベルト様も苛立ちを感じたのか、低い声で返した。
「そのような下世話な噂を広めている者がいるのか。それが名誉ある貴族の姿だとは思えんな」
「まあ恐ろしい。わたくしはただ耳にした噂を申し上げただけですわ。殿下がそうお怒りになるのなら、“事実無根”ということでよろしいのね?」
「……当然だ」
アルベルト様が短く言い捨てる。サビーネ令嬢は「そうですか、それは何より」と涼しい顔をしているが、その瞳の底はまだ疑いを晴らしていないように見える。
すると、ここでわたくしが口を挟む。できるだけ優雅に微笑みつつ、はっきりと言葉を選ぶ。
「サビーネ令嬢、確かに噂話というのは止められませんわね。けれど、わたくしが殿下を信頼している以上、誰が何を言おうとわたくしの心は揺らぎませんわ。残念でしたね」
「あら……それはまた心強い。ルチアーナ様、すっかり王太子殿下にご執心なのね」
「それはどうかしら? 殿下を心から尊敬しているのは確かですわ。でも、『夫婦の愛』をそんな安っぽい噂に左右されるほど、わたくしは脆くありませんもの。……ですから、あまり変な話を広めようとしても無駄ということです」
ここで“やんわり脅す”のがポイントだ。“広めようとすれば、あなたの評判に関わりますよ?”という暗黙のメッセージを込める。
サビーネ令嬢もその意図を感じ取ったのだろうか、苦笑いを浮かべながら「まあ、負けましたわ」と肩をすくめた。
「さすが王太子妃殿下、口が達者ですこと。では、わたくしはこの辺りで失礼いたします。どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ」
そう言い残し、彼女は取り巻きとともに去っていった。見れば、こちらを睨みながら何やら小声で話し合っているようだが、この場で大騒ぎするつもりはないようだ。
わたくしはホッと胸を撫で下ろす。アルベルト様もようやく表情を緩めて、「助かった」と小さく呟いた。
「ルチアーナ……ありがとう。おまえが上手く受け答えしてくれたおかげで、変な騒ぎにはならずに済んだ」
「ふふ、わたくしは“奥ゆかしいお嬢様”ではなく、“気の利く王太子妃”を演じるためにここにいますもの。あれくらい当然ですわ」
わたくしがさらりと言うと、アルベルト様は複雑そうに視線を落とした。もしかすると、わたくしの言葉に“冷淡さ”を感じたのかもしれない。しかし、事実、わたくしはこれくらい割り切っているのだ。夫婦らしい情はなくとも、“公務のパートナー”としてお互い協力するのが今の関係。
あくまでもそれだけ――そうわたくしが再認識した矢先、アルベルト様が小さく息を吐き、わたくしに低い声で囁く。
「……今のやり取り、おまえは腹が立ったりはしないのか? 私が他の女性を愛している、という噂を目の前で蒸し返されて……」
「慣れていますわ、そんなの。わたくしと殿下の結婚が“形だけ”である以上、そういう噂が出るのは当然。むしろ、この程度で済むなら気楽なものです」
「……そうか……」
アルベルト様は何やら言いたげだったが、そのまま言葉をのみ込んだ。おそらく「すまない」と謝罪をしたいのかもしれないが、わたくしにとってはもうどうでもいい話だ。
あのクラリッサ令嬢やサビーネ令嬢の動きは警戒すべきだが、今日のところは“夫婦仲良し”を演じる姿を見せつけておくことで十分な牽制になっただろう。わたくしとしては、これで“王太子妃の威厳”を保ちつつ、“白い結婚”を継続できるメリットを確保できるのだから、悪い結果ではない。
翌日。
わたくしは朝早くから侍女たちに身支度を手伝わせていた。今日は貴族の間で定期的に開かれる“午餐会(ランチパーティー)”に出席しようと思ったのだが、どうやらアルベルト様も同席することになった。夫婦揃っての登場ということで、ある程度服装や所作に気を遣わなくてはならない。
ドレスは淡い桜色を選び、華美すぎず地味すぎず、ちょうど良い品格を演出できるように調整する。髪型も侍女のソフィアと相談しながら、程よい華やかさを加えて仕上げた。今まではできるだけシンプルな恰好を好んでいたが、今日は“王太子妃としての存在感”を示す必要がある。
鏡に映った自分の姿を見て、少しだけ溜め息が出る。こういう着飾る作業が嫌いなわけではないが、これが毎日続けば間違いなく疲弊してしまうだろう。
「ルチアーナ様、本当にお美しいです。きっと周囲の方々も目を奪われることでしょう」
「ふふ、ありがとう、ソフィア。でも、あまり派手に注目を浴びたくもないのよね……」
わたくしが苦笑を返すと、ソフィアは「そう仰らずに、今日ばかりはご覚悟を」と微笑んだ。彼女もわたくしが“自由を愛する性分”であることを熟知しているが、同時に“公的には王太子妃としての義務”があるのも理解している。何とも複雑な立場だが、やるしかない。
準備が整ったところで、アルベルト様と合流する。濃紺の礼服に身を包んだ彼は、さすがの王太子というべき佇まいで、隣に並ぶわたくしとの“絵面”は悪くない……と自分でも思う。以前はあまり感じなかったが、こうして改めて並ぶと、「お似合いの夫婦」と言われてもおかしくないかもしれない。
わたくしは胸の奥で「これが本物の新婚夫婦なら、さぞかし幸せな気分になれるんでしょうね」と皮肉っぽく思いながら、彼と腕を組む。仮面夫婦の演技とはいえ、それなりに優雅な所作でこなさなくてはならない。
「……行きましょう、ルチアーナ。おまえの午餐会での振る舞いに期待している人も多いはずだ」
「ええ、承知していますわ。殿下も“いつもより優しげに”お願いしますね。周囲を欺くためですもの」
「な、何か嫌な言い回しだな……」
「ふふ、冗談ですわ。さあ、まいりましょう」
そうして、わたくしたちは王宮の一角にある広間へと向かった。そこには十数名の貴族が招かれており、優雅にテーブルを囲んで昼食を楽しむ予定になっている。もともと、わたくしが“王太子妃として顔を出す”という名目で開かれる会合だったが、まさかアルベルト様も同行するとは思われていなかったのだろう。
案の定、わたくしと殿下が揃って扉を開けた瞬間、広間に集まっていた貴族たちは息を呑んだように静まり返った。彼らにしてみれば、「最近、王太子殿下はほとんど正妃に構わないらしい」と噂を聞いていたはず。ところが、こうして二人仲良く腕を組んで現れたのだから、否が応にも注目を集める。
「殿下……! そして王太子妃殿下まで、ご足労いただき恐れ入ります。なんと光栄な……」
主催者であるマディソン侯爵が慌てて出迎える。彼は中年の落ち着いた貴族で、以前から公爵家との繋がりもあったはずだ。慌てつつも嬉しそうな顔をしているところを見ると、“王太子夫妻がそろって出席する”というのは、それだけでイベントの格が上がるのだろう。
わたくしはにこやかに微笑みつつ、侯爵と軽く挨拶を交わし、広間の中央に用意された最上席へと通された。その間、他の貴族たちも口々に「おお……」「まさか二人そろって……」と囁き合っている。中には「本当に円満な夫婦なのかしら?」と疑問を抱く視線を投げる者もいるが、わたくしは気にしない。むしろそうした“探る視線”をいかに受け流すかが今日のテーマだ。
席に着くと、さっそく料理が運ばれてきた。メインは魚介を使った軽いシチュー、サイドには新鮮な野菜のサラダや焼きたてのパン、デザートに果物の盛り合わせという、昼食としてはちょうどいいボリュームだ。
アルベルト様もわたくしも品よくナイフとフォークを手に取り、周囲との会話を挟みながら食事を進める。貴族たちは「さすが王太子殿下、ご公務が忙しい中でもこうして……」「ルチアーナ様は益々お美しくなられましたね」など、当たり障りのない褒め言葉をかけてくる。
わたくしはその度に柔和な笑みを浮かべ、「皆さまこそ、おかわりございませんか?」と受け答えする。それだけで「さすが公爵家の令嬢、礼節が行き届いている」と感嘆されるのだから、案外楽ともいえる。王太子妃としての“看板”が効果を発揮しているのだろう。
そうした中、やはり問題の種になりそうな人物も来ていた。クラリッサ令嬢……ではなく、彼女の取り巻きだった令嬢の一人であるサビーネという若い女性が、ちらちらとこちらを見つめながら何か企んでいそうな気配を漂わせている。彼女も確か、先日の祝宴でクラリッサと一緒にわたくしへ嫌味を飛ばしていた一人だ。
案の定、食事もひと段落し、テーブルを離れて自由に歓談する時間が訪れた瞬間、サビーネ令嬢はわたくしとアルベルト様の前へするすると歩み寄ってきた。
軽くスカートの裾を摘んでお辞儀する仕草は、形式的には礼儀正しいが、その瞳にはどこか挑発的な輝きがある。
「王太子殿下、そして王太子妃殿下。大変ご無沙汰しております。先日の祝宴以来でございますわね。まさかお二人そろっていらっしゃるとは……本当に驚きましたわ」
「ごきげんよう、サビーネ令嬢。こうして夫婦そろって参上するのも悪くないものですわよ」
わたくしがにこやかに返すと、サビーネ令嬢は「まあ、意外ですわね」と言わんばかりに口元を歪めて微笑む。
「お二人がここまで仲睦まじいとは、ちまたの噂とは随分違いますのね。なにせ……“王太子殿下は平民の娘にお熱”などと、まことしやかに囁かれておりましたもの。まあ、あくまで噂話にすぎませんけれど」
ここで“リリア様”の存在をちらつかせることで、わたくしを揺さぶろうという魂胆が見え透いている。アルベルト様も一瞬たじろぎそうになったが、わたくしはあくまでも余裕の態度を崩さないことにした。
わたくしは軽く息を吐いてから、穏やかに言い放つ。
「あら、平民の方といえば、慈善活動の関係で城下町に足を運んだとき、幾人かお会いしたことはございますけれど? もしかして、そのようなことを誤解しているのかしら。殿下は国民の皆さまを大事に思っておられますから、平民と関わりを持つのも当然ですわよ」
「ええ、そりゃそうでしょうね。王家の方が平民を顧みるのは、慈悲深い証といえましょう。ですが、女性の間では“もっと親密な関係にある平民がいるのでは”などという好奇心が絶えないのですよ。おほほほ!」
サビーネ令嬢はわざとらしく笑い声を上げる。これには、さすがのアルベルト様も苛立ちを感じたのか、低い声で返した。
「そのような下世話な噂を広めている者がいるのか。それが名誉ある貴族の姿だとは思えんな」
「まあ恐ろしい。わたくしはただ耳にした噂を申し上げただけですわ。殿下がそうお怒りになるのなら、“事実無根”ということでよろしいのね?」
「……当然だ」
アルベルト様が短く言い捨てる。サビーネ令嬢は「そうですか、それは何より」と涼しい顔をしているが、その瞳の底はまだ疑いを晴らしていないように見える。
すると、ここでわたくしが口を挟む。できるだけ優雅に微笑みつつ、はっきりと言葉を選ぶ。
「サビーネ令嬢、確かに噂話というのは止められませんわね。けれど、わたくしが殿下を信頼している以上、誰が何を言おうとわたくしの心は揺らぎませんわ。残念でしたね」
「あら……それはまた心強い。ルチアーナ様、すっかり王太子殿下にご執心なのね」
「それはどうかしら? 殿下を心から尊敬しているのは確かですわ。でも、『夫婦の愛』をそんな安っぽい噂に左右されるほど、わたくしは脆くありませんもの。……ですから、あまり変な話を広めようとしても無駄ということです」
ここで“やんわり脅す”のがポイントだ。“広めようとすれば、あなたの評判に関わりますよ?”という暗黙のメッセージを込める。
サビーネ令嬢もその意図を感じ取ったのだろうか、苦笑いを浮かべながら「まあ、負けましたわ」と肩をすくめた。
「さすが王太子妃殿下、口が達者ですこと。では、わたくしはこの辺りで失礼いたします。どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ」
そう言い残し、彼女は取り巻きとともに去っていった。見れば、こちらを睨みながら何やら小声で話し合っているようだが、この場で大騒ぎするつもりはないようだ。
わたくしはホッと胸を撫で下ろす。アルベルト様もようやく表情を緩めて、「助かった」と小さく呟いた。
「ルチアーナ……ありがとう。おまえが上手く受け答えしてくれたおかげで、変な騒ぎにはならずに済んだ」
「ふふ、わたくしは“奥ゆかしいお嬢様”ではなく、“気の利く王太子妃”を演じるためにここにいますもの。あれくらい当然ですわ」
わたくしがさらりと言うと、アルベルト様は複雑そうに視線を落とした。もしかすると、わたくしの言葉に“冷淡さ”を感じたのかもしれない。しかし、事実、わたくしはこれくらい割り切っているのだ。夫婦らしい情はなくとも、“公務のパートナー”としてお互い協力するのが今の関係。
あくまでもそれだけ――そうわたくしが再認識した矢先、アルベルト様が小さく息を吐き、わたくしに低い声で囁く。
「……今のやり取り、おまえは腹が立ったりはしないのか? 私が他の女性を愛している、という噂を目の前で蒸し返されて……」
「慣れていますわ、そんなの。わたくしと殿下の結婚が“形だけ”である以上、そういう噂が出るのは当然。むしろ、この程度で済むなら気楽なものです」
「……そうか……」
アルベルト様は何やら言いたげだったが、そのまま言葉をのみ込んだ。おそらく「すまない」と謝罪をしたいのかもしれないが、わたくしにとってはもうどうでもいい話だ。
あのクラリッサ令嬢やサビーネ令嬢の動きは警戒すべきだが、今日のところは“夫婦仲良し”を演じる姿を見せつけておくことで十分な牽制になっただろう。わたくしとしては、これで“王太子妃の威厳”を保ちつつ、“白い結婚”を継続できるメリットを確保できるのだから、悪い結果ではない。
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