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第1章 望まぬ政略結婚
2話
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エヴァンティア家の馬車に乗り込むと、リゼットは母の隣に腰を下ろす。母マリアは気品あふれる女性で、ふだんは穏やかで優しい人柄だが、この結婚話に関してはどこかよそよそしい。まるで彼女自身も苦渋の決断を強いられているように見えるが、それをリゼットに伝えるつもりはないらしい。
「お母様……本当にこれで良いの?」
馬車が動き出してからも、リゼットは不安げに問いかける。
「リゼット、あなたには何度も話しているでしょう。これは家のため、エヴァンティア家とあなた自身を守るためなのよ」
「私自身を守るため……?」
母の言葉に引っかかるものを覚えつつも、リゼットは続きが気になった。しかし、マリアはそれ以上何も語らない。むしろ話題を変えるように微笑みを浮かべると、侍女に向かって「着付けが崩れていないか確認して差し上げて」と命じるだけだった。
馬車はしばらくの道のりを進み、やがてシュヴァルツ侯爵家の敷地へと入る。広大な敷地に高い塀が巡らされ、正門には厳重な門番が立っていた。玄関前に到着すると、使用人たちが規律正しく並び、深々と頭を下げてリゼットたちを出迎える。
さすがは名門シュヴァルツ家だ。壮麗な佇まいはエヴァンティア公爵家に匹敵するか、それ以上かもしれない。
父ガイウスは得意そうに胸を張って先に進み、母マリアもスカートの裾を優雅に持ち上げながらあとを続く。リゼットも侍女とともに建物の中へ入ると、高く磨かれた大理石の床と荘厳な柱が目に入った。金と銀を巧みに使った装飾があちこちに施され、内装はまるで王宮のように豪華絢爛である。
玄関ホールを少し進むと、メイド長らしき女性が丁寧に頭を下げて言った。
「本日はようこそ、エヴァンティア公爵様、マリア様、そしてリゼット様。お屋敷の奥にて旦那様がお待ちです。どうぞご案内させていただきます」
品のある物腰は、長年この館を切り盛りしてきた経験の賜物だろう。リゼットは少しだけ気後れを覚えながら、その後に続いて奥へと進む。
しばらく歩くと、絢爛たる扉が見え、その手前でメイド長が再び姿勢を正す。
「こちらの客間にて、旦那様がお待ちでございます。どうぞお入りくださいませ」
父が扉を開け、中へ足を踏み入れる。豪華な敷物と重厚な調度品が並ぶその部屋の奥で、長身の男性が椅子から立ち上がった。
黒髪を短く整え、切れ長の瞳が冷たく光っているようにも見える。整った顔立ちだが、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っているのが第一印象だった。きっと彼がアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵なのだろう。
先に口を開いたのは父のガイウスだ。
「シュヴァルツ侯爵殿、ご無沙汰しております。今日はお招きいただき感謝いたします。妻マリア、そして娘のリゼットです」
アレクシスは神経質なほどに慎重な動作で深く一礼し、「本日はようこそいらしてくださいました」と低い声で挨拶を返す。その声は落ち着いており、どこか冷静というよりも冷淡にすら感じられる。リゼットは微かな警戒心を抱きながら、一応は礼儀に則って優雅にスカートの裾をつまみ、深く会釈をした。
「お初にお目にかかります、リゼット・エヴァンティアと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
顔を上げると、アレクシスの瞳がこちらを見つめているのに気づく。やはりどこか鋭く、かつ彼の内面をうかがい知れないような不思議な深さがあった。だが、まったくの無表情かというとそうでもない。ほんの一瞬だけ、目元が柔らかく緩んだように見えたが、すぐにまた冷静さを取り戻したかのように表情が引き締まる。
リゼットがその微かな変化を見逃すほど鈍感ではない。だが、はたしてそれがどういう意味なのか、彼女自身も判断がつかないまま、互いに一礼を交わした。
続いて、アレクシスはガイウス公爵やマリアに対しても丁寧に挨拶を済ませた。先方は「ぜひ館を見学してほしい」と言っているようで、その後すぐに執事やメイドが数名現れ、館内を案内しはじめる。
広い廊下を歩くと、壁にかけられた絵画の数々や装飾品が目に入る。歴史的に価値のあるものばかりなのか、その由来や作者などを執事が丁寧に説明してくるが、リゼットの心は浮き立たない。政治的にも芸術的にも素晴らしい家柄だということは百も承知だ。だが、何よりも肝心の結婚相手本人との会話がほとんどないまま、形式だけ進められている状況に、やりきれない思いを抱く。
「お母様……本当にこれで良いの?」
馬車が動き出してからも、リゼットは不安げに問いかける。
「リゼット、あなたには何度も話しているでしょう。これは家のため、エヴァンティア家とあなた自身を守るためなのよ」
「私自身を守るため……?」
母の言葉に引っかかるものを覚えつつも、リゼットは続きが気になった。しかし、マリアはそれ以上何も語らない。むしろ話題を変えるように微笑みを浮かべると、侍女に向かって「着付けが崩れていないか確認して差し上げて」と命じるだけだった。
馬車はしばらくの道のりを進み、やがてシュヴァルツ侯爵家の敷地へと入る。広大な敷地に高い塀が巡らされ、正門には厳重な門番が立っていた。玄関前に到着すると、使用人たちが規律正しく並び、深々と頭を下げてリゼットたちを出迎える。
さすがは名門シュヴァルツ家だ。壮麗な佇まいはエヴァンティア公爵家に匹敵するか、それ以上かもしれない。
父ガイウスは得意そうに胸を張って先に進み、母マリアもスカートの裾を優雅に持ち上げながらあとを続く。リゼットも侍女とともに建物の中へ入ると、高く磨かれた大理石の床と荘厳な柱が目に入った。金と銀を巧みに使った装飾があちこちに施され、内装はまるで王宮のように豪華絢爛である。
玄関ホールを少し進むと、メイド長らしき女性が丁寧に頭を下げて言った。
「本日はようこそ、エヴァンティア公爵様、マリア様、そしてリゼット様。お屋敷の奥にて旦那様がお待ちです。どうぞご案内させていただきます」
品のある物腰は、長年この館を切り盛りしてきた経験の賜物だろう。リゼットは少しだけ気後れを覚えながら、その後に続いて奥へと進む。
しばらく歩くと、絢爛たる扉が見え、その手前でメイド長が再び姿勢を正す。
「こちらの客間にて、旦那様がお待ちでございます。どうぞお入りくださいませ」
父が扉を開け、中へ足を踏み入れる。豪華な敷物と重厚な調度品が並ぶその部屋の奥で、長身の男性が椅子から立ち上がった。
黒髪を短く整え、切れ長の瞳が冷たく光っているようにも見える。整った顔立ちだが、どこか近寄りがたい雰囲気を纏っているのが第一印象だった。きっと彼がアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵なのだろう。
先に口を開いたのは父のガイウスだ。
「シュヴァルツ侯爵殿、ご無沙汰しております。今日はお招きいただき感謝いたします。妻マリア、そして娘のリゼットです」
アレクシスは神経質なほどに慎重な動作で深く一礼し、「本日はようこそいらしてくださいました」と低い声で挨拶を返す。その声は落ち着いており、どこか冷静というよりも冷淡にすら感じられる。リゼットは微かな警戒心を抱きながら、一応は礼儀に則って優雅にスカートの裾をつまみ、深く会釈をした。
「お初にお目にかかります、リゼット・エヴァンティアと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」
顔を上げると、アレクシスの瞳がこちらを見つめているのに気づく。やはりどこか鋭く、かつ彼の内面をうかがい知れないような不思議な深さがあった。だが、まったくの無表情かというとそうでもない。ほんの一瞬だけ、目元が柔らかく緩んだように見えたが、すぐにまた冷静さを取り戻したかのように表情が引き締まる。
リゼットがその微かな変化を見逃すほど鈍感ではない。だが、はたしてそれがどういう意味なのか、彼女自身も判断がつかないまま、互いに一礼を交わした。
続いて、アレクシスはガイウス公爵やマリアに対しても丁寧に挨拶を済ませた。先方は「ぜひ館を見学してほしい」と言っているようで、その後すぐに執事やメイドが数名現れ、館内を案内しはじめる。
広い廊下を歩くと、壁にかけられた絵画の数々や装飾品が目に入る。歴史的に価値のあるものばかりなのか、その由来や作者などを執事が丁寧に説明してくるが、リゼットの心は浮き立たない。政治的にも芸術的にも素晴らしい家柄だということは百も承知だ。だが、何よりも肝心の結婚相手本人との会話がほとんどないまま、形式だけ進められている状況に、やりきれない思いを抱く。
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