冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚

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第3章 嫉妬する旦那様と政略結婚の崩壊

16話

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 翌日、エヴァンティア邸へ到着した二人を待ち受けていたのは、見慣れないほど明るい雰囲気の客間だった。冬の陽射しが窓から差し込み、豪華な絨毯の上には華麗なティーテーブルが設置され、まだ見ぬ客人を迎えるべく整えられている。
 リゼットが父と母に挨拶をすると、ガイウス公爵は必要以上に上機嫌な様子で「よく来たな」と声を掛ける。母マリアのほうはどこか落ち着かない表情で、リゼットを見ながら微笑を浮かべるものの、その笑みに陰りがあるように思えた。
「リゼット、お元気そうで何よりだわ……。シュヴァルツ家での生活に困ったことはないの?」
「ええ、特にありません。アレクシス様も、私が過ごしやすいように色々と気を配ってくださっています」

 するとガイウスが、わざとらしく笑いながらアレクシスの肩に軽く触れた。
「ははは、さすがはシュヴァルツ侯爵殿。頼りになるお婿さんで安心しているよ。もっとも、リゼットは幼い頃から色々な方に慕われていたからね……今日も懐かしい顔を見せてくれるだろう」
 ちょうどそのとき、扉が開き、侍女に先導されてアルヴィン・クランベル伯爵子息が姿を現す。淡い金髪をやや長めに伸ばし、整った顔立ちをした若者だ。上品なスーツを纏いながら、どこか軽やかな身のこなしで客間へ入ってくると、リゼットの姿を見つけて目を輝かせる。

「リゼット! ずいぶん久しぶりじゃないか。まさかもう結婚してしまうなんて……いやあ、驚いたよ。あの可憐だったお嬢さんが、立派な侯爵夫人になるなんてね」
 アルヴィンは朗らかに笑いながらリゼットへ近づき、片手を差し出す。リゼットは戸惑いながらも、礼儀として軽く握手を交わす。
「アルヴィン……本当に久しぶりね。あなたは相変わらず社交的というか、元気そうで何より」

 子どもの頃からこういうノリは変わらない。アルヴィンは王宮で開かれる舞踏会や宴席でも人気があり、誰とでも分け隔てなく会話を楽しむタイプだった。だが、それゆえにリゼットが大人になるにつれて、彼の軽い言動や過度な距離の近さが少し苦手になっていた面もある。
 そんなリゼットの複雑な思いなど知る由もなく、アルヴィンは「君はさらに美しくなったね」と軽口を叩きながら彼女を眺める。

 一方、アレクシスは静かにその様子を見ていた。表情に大きな変化はないが、わずかに視線が冷えているように感じられる。アルヴィンがリゼットの手を握る仕草をすると、ほんの一瞬だけアレクシスの瞳が鋭く光った――そんな気がした。
(やはり、いい気分ではないのかもしれない……)
 リゼットは内心でそう思い、さりげなく手を引っ込める。アルヴィンも気づいたのか、あっさり手を離して「失礼」と笑うが、その笑顔に悪びれた様子はない。

 その後、客間のテーブルを囲んで皆でお茶を楽しむことになった。アルヴィンは軽妙な話術で場を盛り上げ、父ガイウスも相槌を打ちながら上機嫌に会話を弾ませる。母マリアはどこか落ち着かない様子で微笑んでいるが、口数は少ない。
 リゼットはほとんど口を開かず、たまに相槌を打つ程度。アレクシスもそれに倣って黙って紅茶を口にしている。伯爵子息と公爵が中心となった会話は、まるで昔に戻ったような雰囲気を醸し出していたが、リゼットには違和感しかなかった。

 やがてアルヴィンが、まるで思い出したように口を開く。
「そうだ、リゼット。覚えているかな……昔、君がうちの庭で迷子の仔猫を拾ってきて、一緒に世話をしたことがあったろう? あのときは君が泣きそうな顔で『この子が生きていけるようにしてあげたいの』って言ってさ……」
 懐かしいエピソードを披露してくるアルヴィンに、リゼットはなんとか笑顔を作って応じる。
「ええ、そんなこともあったわね……。でも、もう随分昔の話でしょう? たぶん私が十歳とか、それくらいの頃だったかしら」
「そうそう! あのときの君があまりにも可愛くてね。まるで小さな天使みたいだった。それで……」

 アルヴィンはまるで二人だけの思い出を語るように、やたらとリゼットの子ども時代を楽しげに回想しはじめる。そのたびにガイウスが「ははは」と大げさに笑い、母マリアは困ったように目を伏せる。そしてアレクシスはというと、隣でじっと沈黙を保ったままだ。
 ――どう考えても気まずい空気になるのは当然だ。夫であるアレクシスの前で、アルヴィンがリゼットとの“懐かしい思い出”を次々に語るのだから。故意か偶然か、アルヴィンは「子どもの頃、リゼットをどれだけ可愛いと思っていたか」を繰り返し強調する。

(……これって、ただの昔話とは思えない。父がアルヴィンを焚きつけているのか、それともアルヴィン自身の思惑か……)
 リゼットは複雑な心境を抑えながら、ちらりとアレクシスを窺う。彼は表情をほとんど動かさないまま、黙々と紅茶を飲んでいる。ただ、その手がほんの少しだけ力強くカップを握っているのを、リゼットは見逃さなかった。

 そんな中、アルヴィンが急に身を乗り出してきて言った。
「ねえリゼット、せっかくだから庭に出てみないかい? あの頃一緒に遊んだ庭を見ながら、昔話に花を咲かせたいんだ。ちょっとだけでいいからさ」
 ガイウスはにやりと笑い、母マリアはさらに居心地悪そうに顔をそむける。リゼットは戸惑いながら、視線をアレクシスに向けた。
 本来なら、結婚した女性が他の男性と二人きりで散策するなど、社交界のマナー的にはあまり好ましくない。ここはアレクシスに意見を仰ぐのが妥当だ。

 しかし、ガイウスはリゼットとアレクシスが話をする前に、まるで既成事実のように声を張り上げる。
「おや、いいじゃないか。リゼットも久々に懐かしい庭を見たらどうだ? シュヴァルツ侯爵殿、よろしいですかな?」
 アレクシスは冷ややかな瞳で一瞥し、低い声で答える。
「……リゼットが望むのであれば構いません」
 それ以上を言わないアレクシスの態度に、わずかに不穏な空気が漂う。リゼットは苦笑しながら立ち上がり、アルヴィンとともに客間を出た。
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