冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚

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第3章 嫉妬する旦那様と政略結婚の崩壊

15話

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そんな和やかな空気のなか、少し離れたところで工夫らしき男と話している人物がリゼットの目に留まった。彼の顔を見て、思わず「えっ」と驚く。
(あれは……エヴァンティア家の領地管理を手伝っていた男の人……?)
 リゼットがそう思うのも無理はない。男は確かにエヴァンティア家の使用人として働いていた経歴がある。彼の名前はアンドリュー。数年前、リゼットがまだエヴァンティア公爵家にいたころ、領内の測量や農地開発の相談役として出入りしていたことがあった。
 しかし、今はシュヴァルツ家の領地にいる。どういう経緯なのか、リゼットは気になった。思わずそちらへ足を向けると、アンドリューもリゼットに気づき、慌てた様子で頭を下げる。

「リ、リゼット様……! これは、なんとご無沙汰しております……」
「アンドリューさん、どうしてここに……? 確か、以前は父の領地管理に関わっていましたよね?」
 リゼットが素直に疑問をぶつけると、アンドリューは口ごもりながらも答えた。
「は、はい……。実は、エヴァンティア公爵様との契約が昨年で打ち切りになりまして……。それで、新たに仕事を探していたところ、シュヴァルツ侯爵家の道路工事に携わる技師の方に声をかけてもらいまして……」
「契約が打ち切り……? でも、父はあなたの仕事を高く評価していたはずでは?」

 アンドリューはうつむくように視線を落とし、こっそり周囲をうかがう。どうやらあまり大きな声では言いづらいようだ。
「……詳しいことは私の口からは何とも。ただ、公爵様が急に『用済みだ』と仰り、私に関わる書類を破棄してしまいまして……。まあ、次の仕事先が見つかったので私はいいのですが、驚いたのは事実です」
「そう、だったの……」

 リゼットとしては、少し腑に落ちない気持ちがあった。父ガイウスは表面上こそ厳格だが、仕事のできる人間をあっさり切り捨てるようなタイプではないと思っていた。何か事情があるのかもしれないが、アンドリューがまったく心当たりがないというなら、まるで突然解雇されたようなものだ。
 ふと、アレクシスがリゼットの様子に気づいて近づいてくる。
「どうした? 知り合いか?」
「ええ、エヴァンティア家で働いていた方です。今はシュヴァルツ家の工事に関わっているようで……ちょっと驚きました」

 リゼットは簡単に説明すると、アンドリューも頭を下げながらアレクシスに挨拶する。
「このたびはお世話になります、侯爵様。お力になれるよう頑張ります」
 アレクシスは特に表情を変えないまま、「よろしく頼む」と言って受け入れた。だが、その瞳にはほんの少し疑念めいた光があるようにリゼットには見えた。
 ――エヴァンティア公爵がアンドリューを突然切り捨てた。その背景に何かがあるのではないか。そんな疑いを抱いているのかもしれない。

 しかし、その場で深く追及するわけにもいかない。とりあえず現地視察を一通り終え、アンドリューや技師たちに挨拶してからリゼットとアレクシスは馬車へ戻った。
 馬車が領内の道をゆっくりと進む中、リゼットはアンドリューとの再会に衝撃を受けたことを率直に話す。
「父が急に契約を打ち切っただなんて……。何か理由があったのかしら。アンドリューさんは有能だったから、不思議でならないわ」

 するとアレクシスは、少し思案顔で窓の外を見やりながら答えた。
「……ガイウス公爵の意図までは分からない。だが、最近エヴァンティア家が妙な動きをしているという噂を耳にする。あまり詳しいことはまだ分からないが……」
「妙な動き、ですか……?」
「例えば、王宮の一部貴族と密かに会合を開いているらしい。表向きは親交を深めるためとか何とか言っているが、どうも人払いをして大事な話をしている様子だ。何を企んでいるのかは不明だが……」

 リゼットは不安に駆られる。父ガイウスは確かに、政治的駆け引きが得意ではある。だが、娘をシュヴァルツ家へ嫁がせた今、さらに何を画策しているというのだろう。
(政略結婚としては十分な成果があるはずなのに……まさか、別の方向で何か取引を?)

 そんな考えを巡らせているうち、馬車はシュヴァルツ邸へ戻る。リゼットはアレクシスとともに書斎に入り、今日の視察で気づいた点などを簡単にメモにまとめた。
 夕方になり、リゼットが部屋に戻って着替えをしようとした矢先、侍女のグレイシアが慌ただしく駆け込んできた。
「リゼット様、大変です! 夕方のお手紙の中に、エヴァンティア公爵家から緊急の連絡が届いております!」
「父から……? なんでしょう、こんな急に」

 リゼットは封を切り、中身を読んでみる。そこには、驚くべき内容が記されていた。
――リゼットの幼なじみで、エヴァンティア家とも親しかった伯爵子息が「リゼットと久々に顔を合わせたい」と王都に来ているので、明日エヴァンティア家でお茶会を開きたい。ぜひ参加してほしい――というものだ。
 しかも、「こちらとしてもシュヴァルツ侯爵様と二人でお越しいただけると嬉しい」という一文まである。まるで表向きは親族の集まりを装いながら、“幼なじみ”とリゼットを再会させたい意図が強く感じられた。

「……幼なじみって、アルヴィンのことかしら……」
 リゼットの脳裏に、淡い金髪を持つ優男の姿が思い浮かぶ。アルヴィン・クランベル伯爵子息。年齢はリゼットと同じくらいで、かつてはお互いの家同士の関係もあって子どもの頃から交流があった。彼は器用で社交的な性格で、リゼットがまだ十代半ばだった頃、遊び相手として何度も屋敷に出入りしていた。
 しかし、リゼットが王宮での生活に傾倒し始めてからは、自然に疎遠になっていった相手だ。なぜ今さら彼が王都にやってきて、わざわざリゼットとの再会を望んでいるのか。

「どうします、リゼット様……?」
 グレイシアが心配そうに問いかける。リゼットは、ひとまずアレクシスに相談せねばと思い立ち、手紙を携えて書斎へと向かった。書斎のドアをノックし、彼の許可を得て中に入ると、アレクシスは机に広げた書簡を片付ける最中だった。
「どうした、リゼット? また何かあったのか?」
 リゼットは簡潔に手紙の内容を説明し、差し出された紙をアレクシスに見せる。

 ――アレクシス様とリゼットをお招きし、幼なじみのアルヴィン・クランベル殿も交えて茶会を開きたい。ぜひご出席を。――
 それを読んだアレクシスの眉間に、うっすらと皺が寄る。ほんの少しだが、不快感を示すかのような変化だ。
「……アルヴィン・クランベル伯爵子息。聞いたことがあるな。確か王都の社交界でも女性ウケがいいと評判の、口の達者な男だ」
「ええ……昔は私とも仲が良かったんですが、ここ数年はほとんど会っていません。でも、急にこんな手紙が来るなんて……」

 アレクシスは手紙をパタンと畳み、テーブルに置く。そしてリゼットに向き直り、低い声で尋ねた。
「リゼットは……どうしたい? 行きたいか?」
 その問いかけに、リゼットは小さく首をかしげる。正直なところ、アルヴィンに会いたいという強い気持ちはない。むしろ、なぜ今さらこんな誘いが来るのか疑問しかない。
 だが、父ガイウスは「二人で来てほしい」と言っている。もしこれが何か政治的な意図を含む集まりなら、行かないわけにもいかないだろう。わざわざご丁寧に「旦那様も」と書かれているからには、シュヴァルツ侯爵家を無視して勝手に何かを進めるつもりではなさそうだ。

「私は……正直、行く必要があるのかどうか分かりません。でも、もし父が何か企んでいるのだとしたら、むしろ行かないと分からないままですよね。アレクシス様は、どう思われますか?」
 リゼットが率直に尋ねると、アレクシスは少し考え込んだ。そして、ゆっくりと頷く。
「そうだな……確かに、ガイウス公爵の出方を探るという意味では悪くない。俺も同行しよう。アルヴィンという男がどんな人物か、直接見ておきたいしな」

 アレクシスの声には、わずかに硬い響きが混じっている。リゼットはその変化を敏感に察した。まるで、どこか苛立ちや警戒感を押し殺しているかのようだ。
 ――もしかして、彼はアルヴィンとの再会に嫉妬している……?
 思わずそんな考えが頭をよぎる。もちろん、アレクシスは理知的な男性だから「幼なじみ」というだけで感情的に動揺するとは思いにくい。けれど、リゼットと親しかった若い男性が唐突に現れるのだ。彼女の夫として、警戒を抱いてもおかしくはない。

 ともあれ、これで決まった。翌日、リゼットとアレクシスは馬車に乗ってエヴァンティア公爵家へ向かうことになる。
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