21 / 25
第4章 ざまぁ! そして溺愛の未来へ
21話
しおりを挟む
審問の日
――そして、ついに王宮でガイウス公爵の審問が始まった。
審問官たちは、事前に集めた証拠書類をもとにガイウスの不正を追及し、贈賄・収賄の金額や政治的取引の内容を細かく洗い出していく。ガイウスは最初のうちこそ「これは誤解だ」「わたしは無実だ」と主張していたが、次々と繰り出される具体的な証拠と証言を前に、次第に言い訳の余地がなくなっていった。
その場には貴族や高官も多数詰めかけ、事の行方を固唾を飲んで見守っている。リゼットとアレクシスも特別に傍聴を許され、審問の席から少し離れた来賓席で様子を見ていた。
リゼットは、震える指先を組み合わせながら、父の醜態を目の当たりにして胸が痛んだ。家同士の政略結婚を利用してまで、父は自分の不正を隠そうとした。けれど、その策は完全に裏目に出て、こうして公の場で糾弾されている。
(本当に、ここまで落ちぶれてしまうなんて……。父様、どうしてこんなやり方しかできなかったの?)
審問官が、最後通告のように声を響かせる。
「ガイウス公爵、あなたが王宮の権限を不当に利用し、同時に他の貴族と結託して財産を得ようとした証拠は、すでに十分であると見なしても差し支えない。あなたはこの場で最終的な弁明をするか、それともすべての罪を認めるか、いずれかを選びなさい」
ガイウスは顔面蒼白で汗をかきながら、まるで死刑宣告でも受けたかのように震えている。
「わ、わたしは……そんなつもりは……。ただ、家を守るために……!」
「家を守るとは、誰の家ですか? あなた個人の利益のためにエヴァンティア家という大貴族の名を利用し、さらには娘の結婚までも道具にしたと聞きますが」
「そ、それは……」
もう言葉にならない。周囲の貴族たちの視線も冷ややかだ。“公爵”という威光も、この場では通用しない。
王宮の高官が、事務的な口調で宣告する。
「では、正式に裁定を下すまでの間、ガイウス公爵には王宮への出入りを禁ずる。あわせて、公爵位と領地の管理権の停止を仮決定とし、今後の罪状確定後に剥奪の可否を検討する」
「停止……し、しかし、それでは……!」
ガイウスが叫ぶが、覆る余地などどこにもない。貴族社会のなかでも最も重い処分の一歩手前――公爵位の停止措置である。これによって、すでにエヴァンティア家は「公爵家」としての実質的な権限を失ったも同然だ。
傍聴席からも小さなどよめきが起こる。隣に座るアレクシスが小さく息を吐き、リゼットの肩にそっと手を添える。
「……これで、すべて終わったな」
そう言われ、リゼットはゆっくりと頷いた。長年“公爵家の娘”として背負ってきたものが、今まさに崩れ落ちようとしている。涙は出なかった。悲しみよりも虚しさのほうが大きい。
審問官たちが議事をまとめている間に、リゼットとアレクシスはそっと席を立った。これ以上ここにいても、父の醜い言い訳を聞かされるだけだろう。
廊下に出ると、そこにはアルヴィン・クランベル伯爵子息の姿があった。彼は壁際にもたれかかり、皮肉げな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「やあ、随分とあっけない幕切れになったね、リゼット。それにシュヴァルツ侯爵殿。君たちにとっては、これで都合がいいのかな?」
聞き捨てならない言葉だったが、リゼットはあえて気にせず、真っ直ぐアルヴィンを見据える。
「アルヴィン、あなたはいったい何をしていたの? 父を利用して、裏取引の証拠を審問官に渡したのは、あなたの従者でしょう?」
「さあね。僕はただ、おもしろそうだから観察していただけさ。ガイウス公爵が焦って動き回っている様子を見ているうちに、勝手に自滅してくれた。そこに従者が機転を利かせて、“証拠”をさりげなく渡した……それだけだよ。僕自身の立場が悪くなるような下手は打たない」
アルヴィンは皮肉げに笑い、続ける。
「ただね、リゼット。君の父上は、君を政略の手駒にしようとした。彼がもっと器用に立ち回れていれば、君が僕のほうへ転がり込む可能性だってゼロじゃなかった。でも、結局はクランベル家が得るはずの利権も、あの男が不正でむちゃくちゃにしてしまったんだ。……つまらない結末さ」
リゼットは、複雑な怒りと虚しさを感じながら唇を噛む。この男もまた、父を利用しようとしていたにすぎない。自分へ愛情を見せたのも、所詮は“利権”のための芝居だったのか――そう考えれば合点がいく。
アレクシスが一歩前に出て、低い声で問う。
「それで、お前はどうする? これだけの騒動を起こした以上、クランベル家に調査の目が向かないとでも思っているのか?」
「ふふ。もちろん用意はしてあるさ。いくらなんでも公爵を相手に無策で突っ込むような真似はしない。――まあ、今回の件で一番損をしたのはエヴァンティア家ってわけだ。君たちはうまくやったね。リゼットを手に入れ、ガイウス公爵を失脚させ、シュヴァルツ家はさらに安泰になる。すべては君たちの思惑通り――というわけだろう?」
そのあまりに薄っぺらく悪意に満ちた推測に、アレクシスは憤りを含んだ冷たい目を向ける。
「お前のような男と一緒にするな。俺たちはリゼットを守るために動いた。ガイウスが自滅する形になったのは事実だが、それを“思惑通り”と嘲笑される筋合いはない」
「そうかな。ま、いいさ。僕は自分の目的を達成するために、常に最善の手を打つだけだ。君らもせいぜいお幸せに。あの冷酷な侯爵が、どこまで彼女を溺愛できるか……興味は尽きないね」
言いたいことを言い終わると、アルヴィンは踵を返して足早に去っていく。その背中はどこか余裕のある態度を装っていたが、リゼットは彼の目がひどく虚ろだったことに気づいていた。
(結局、アルヴィンもまた父と似ているのかもしれない。政治的な打算ばかりが先に立って、本当の愛情なんて持っていないのね……)
そう思うと、アレクシスの存在がいっそう大きく感じられる。彼は政略結婚という手段を使ったが、リゼットの心を尊重し、徹底的に守ろうとしてくれている。その違いは決定的だ。
――そして、ついに王宮でガイウス公爵の審問が始まった。
審問官たちは、事前に集めた証拠書類をもとにガイウスの不正を追及し、贈賄・収賄の金額や政治的取引の内容を細かく洗い出していく。ガイウスは最初のうちこそ「これは誤解だ」「わたしは無実だ」と主張していたが、次々と繰り出される具体的な証拠と証言を前に、次第に言い訳の余地がなくなっていった。
その場には貴族や高官も多数詰めかけ、事の行方を固唾を飲んで見守っている。リゼットとアレクシスも特別に傍聴を許され、審問の席から少し離れた来賓席で様子を見ていた。
リゼットは、震える指先を組み合わせながら、父の醜態を目の当たりにして胸が痛んだ。家同士の政略結婚を利用してまで、父は自分の不正を隠そうとした。けれど、その策は完全に裏目に出て、こうして公の場で糾弾されている。
(本当に、ここまで落ちぶれてしまうなんて……。父様、どうしてこんなやり方しかできなかったの?)
審問官が、最後通告のように声を響かせる。
「ガイウス公爵、あなたが王宮の権限を不当に利用し、同時に他の貴族と結託して財産を得ようとした証拠は、すでに十分であると見なしても差し支えない。あなたはこの場で最終的な弁明をするか、それともすべての罪を認めるか、いずれかを選びなさい」
ガイウスは顔面蒼白で汗をかきながら、まるで死刑宣告でも受けたかのように震えている。
「わ、わたしは……そんなつもりは……。ただ、家を守るために……!」
「家を守るとは、誰の家ですか? あなた個人の利益のためにエヴァンティア家という大貴族の名を利用し、さらには娘の結婚までも道具にしたと聞きますが」
「そ、それは……」
もう言葉にならない。周囲の貴族たちの視線も冷ややかだ。“公爵”という威光も、この場では通用しない。
王宮の高官が、事務的な口調で宣告する。
「では、正式に裁定を下すまでの間、ガイウス公爵には王宮への出入りを禁ずる。あわせて、公爵位と領地の管理権の停止を仮決定とし、今後の罪状確定後に剥奪の可否を検討する」
「停止……し、しかし、それでは……!」
ガイウスが叫ぶが、覆る余地などどこにもない。貴族社会のなかでも最も重い処分の一歩手前――公爵位の停止措置である。これによって、すでにエヴァンティア家は「公爵家」としての実質的な権限を失ったも同然だ。
傍聴席からも小さなどよめきが起こる。隣に座るアレクシスが小さく息を吐き、リゼットの肩にそっと手を添える。
「……これで、すべて終わったな」
そう言われ、リゼットはゆっくりと頷いた。長年“公爵家の娘”として背負ってきたものが、今まさに崩れ落ちようとしている。涙は出なかった。悲しみよりも虚しさのほうが大きい。
審問官たちが議事をまとめている間に、リゼットとアレクシスはそっと席を立った。これ以上ここにいても、父の醜い言い訳を聞かされるだけだろう。
廊下に出ると、そこにはアルヴィン・クランベル伯爵子息の姿があった。彼は壁際にもたれかかり、皮肉げな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「やあ、随分とあっけない幕切れになったね、リゼット。それにシュヴァルツ侯爵殿。君たちにとっては、これで都合がいいのかな?」
聞き捨てならない言葉だったが、リゼットはあえて気にせず、真っ直ぐアルヴィンを見据える。
「アルヴィン、あなたはいったい何をしていたの? 父を利用して、裏取引の証拠を審問官に渡したのは、あなたの従者でしょう?」
「さあね。僕はただ、おもしろそうだから観察していただけさ。ガイウス公爵が焦って動き回っている様子を見ているうちに、勝手に自滅してくれた。そこに従者が機転を利かせて、“証拠”をさりげなく渡した……それだけだよ。僕自身の立場が悪くなるような下手は打たない」
アルヴィンは皮肉げに笑い、続ける。
「ただね、リゼット。君の父上は、君を政略の手駒にしようとした。彼がもっと器用に立ち回れていれば、君が僕のほうへ転がり込む可能性だってゼロじゃなかった。でも、結局はクランベル家が得るはずの利権も、あの男が不正でむちゃくちゃにしてしまったんだ。……つまらない結末さ」
リゼットは、複雑な怒りと虚しさを感じながら唇を噛む。この男もまた、父を利用しようとしていたにすぎない。自分へ愛情を見せたのも、所詮は“利権”のための芝居だったのか――そう考えれば合点がいく。
アレクシスが一歩前に出て、低い声で問う。
「それで、お前はどうする? これだけの騒動を起こした以上、クランベル家に調査の目が向かないとでも思っているのか?」
「ふふ。もちろん用意はしてあるさ。いくらなんでも公爵を相手に無策で突っ込むような真似はしない。――まあ、今回の件で一番損をしたのはエヴァンティア家ってわけだ。君たちはうまくやったね。リゼットを手に入れ、ガイウス公爵を失脚させ、シュヴァルツ家はさらに安泰になる。すべては君たちの思惑通り――というわけだろう?」
そのあまりに薄っぺらく悪意に満ちた推測に、アレクシスは憤りを含んだ冷たい目を向ける。
「お前のような男と一緒にするな。俺たちはリゼットを守るために動いた。ガイウスが自滅する形になったのは事実だが、それを“思惑通り”と嘲笑される筋合いはない」
「そうかな。ま、いいさ。僕は自分の目的を達成するために、常に最善の手を打つだけだ。君らもせいぜいお幸せに。あの冷酷な侯爵が、どこまで彼女を溺愛できるか……興味は尽きないね」
言いたいことを言い終わると、アルヴィンは踵を返して足早に去っていく。その背中はどこか余裕のある態度を装っていたが、リゼットは彼の目がひどく虚ろだったことに気づいていた。
(結局、アルヴィンもまた父と似ているのかもしれない。政治的な打算ばかりが先に立って、本当の愛情なんて持っていないのね……)
そう思うと、アレクシスの存在がいっそう大きく感じられる。彼は政略結婚という手段を使ったが、リゼットの心を尊重し、徹底的に守ろうとしてくれている。その違いは決定的だ。
1
あなたにおすすめの小説
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。
「無理をするな」と言うだけで何もしなかったあなたへ。今の私は、大公家の公子に大切にされています
葵 すみれ
恋愛
「無理をするな」と言いながら、仕事も責任も全部私に押しつけてきた婚約者。
倒れた私にかけたのは、労りではなく「失望した」の一言でした。
実家からも見限られ、すべてを失った私を拾い上げてくれたのは、黙って手を差し伸べてくれた、黒髪の騎士──
実は、大公家の第三公子でした。
もう言葉だけの優しさはいりません。
私は今、本当に無理をしなくていい場所で、大切にされています。
※他サイトにも掲載しています
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
毒家族から逃亡、のち側妃
チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」
十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。
まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。
夢は自分で叶えなきゃ。
ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
旦那様は離縁をお望みでしょうか
村上かおり
恋愛
ルーベンス子爵家の三女、バーバラはアルトワイス伯爵家の次男であるリカルドと22歳の時に結婚した。
けれど最初の顔合わせの時から、リカルドは不機嫌丸出しで、王都に来てもバーバラを家に一人残して帰ってくる事もなかった。
バーバラは行き遅れと言われていた自分との政略結婚が気に入らないだろうと思いつつも、いずれはリカルドともいい関係を築けるのではないかと待ち続けていたが。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる