婚約破棄されたけれど、どうぞ勝手に没落してくださいませ。私は辺境で第二の人生を満喫しますわ

鍛高譚

文字の大きさ
1 / 17

1-1 断罪の庭園

しおりを挟む
1-1 断罪の庭園

 王立学院の卒業祝賀会は、春の訪れを祝うように晴れ渡っていた。
 広大な庭園には、貴族たちが持ち寄った薔薇が咲き誇り、風が通るたびに甘い香りが漂う。
 美しい音楽が流れ、人々は笑い、語らい、この一年の成果を祝っていた。

 ――ただし、私はその中心からほんの少しだけ離れた位置で、ひっそりと紅茶を楽しんでいた。
 公爵令嬢エレノア・リステイン。
 第三王子の婚約者という肩書きのせいで、本来なら人の輪の中心に立たねばならない立場だが、私はあの似合いもしない“王子の飾り”の立場から距離を置くことにしたのだ。

(今日も平和ですわねぇ……)

 少し早起きをしてしまったので、すでに軽く眠気がある。
 卒業後は辺境の別荘でのんびり過ごす予定だったが、学院行事だけは出席せざるを得ない。
 最後のお勤め、という気持ちだった。

 ――その時。

「エレノア・リステイン! ここに来い!」

 庭園の空気を揺るがすような大声が響いた。
 思わず紅茶を一口だけ飲んでから振り返ると、第三王子ラルフが私を指さしていた。

(……ああ、ついに来ましたのね)

 周囲の貴族、生徒、教師たちの視線が、一斉に私へ向けられる。
 私はカップをソーサーに静かに置き、長いドレスの裾を持ち上げ、優雅に歩を進めた。

 庭園中央の噴水前――ラルフは興奮気味に胸を張り、私を見下ろしてくる。

「エレノア、今日ここで――君との婚約を破棄する!!」

 庭園中がざわめきに包まれた。

「えっ、王子殿下が……!」

「まさか、あのエレノア様が?」

「聖女ミレイア様の噂、本当だったのね……!」

 貴族たちは噂好きだ。
 この状況は、彼らの格好の娯楽なのだろう。

 だが私は、まったく驚いていなかった。

(数ヶ月前から殿下が聖女ミレイアに入れ込んでいたことは、王都の猫でも知っていることですもの)

 気持ち的には、ようやく来た“自由の瞬間”だった。

「殿下、婚約破棄……ですの?」

 あえて聞き返すと、ラルフは得意げに頷いた。

「そうだ! 君は冷たく、思いやりがなく、ミレイアをいじめてばかりだ!」

(いじめ? あれはただの“無視”が正しい表現かと……)

 ミレイアが強引に近づいてきた時、「殿下の婚約者の立場を弁えて」と距離を取っただけで、いじめ扱いされていた。
 理不尽にもほどがある。

 しかし殿下は、さらに勢いを増して叫ぶ。

「君は身分を笠に着て、横暴だった! 誰もが君を恐れている! だから――俺は真実の愛であるミレイアを選んだ!」

 ミレイアは彼の陰に隠れ、小さく震えていた。
 その演技の巧さに、私は内心で感心したほどだ。

(ふふ、殿下……すっかり掌の上ですわね)

 私は深々と一礼し、優雅な微笑みを浮かべた。

「では、殿下のご決断を尊重いたしますわ。
 婚約破棄、おめでとうございます」

「………………え?」

 殿下は拍子抜けした顔をした。

 おそらく、私が取り乱し、泣き叫ぶ姿でも期待していたのだろう。
 しかし私は泣かない。
 むしろ心の中では、悦びの舞を踊りたい気分だった。

「な、何だその態度は!? 本気で言っているのか!」

「ええ、もちろん。殿下が真実の愛を見つけられたのであれば、私は祝福するのみですわ」

 優雅に微笑むと、周囲の視線がさらにざわめいた。

「エレノア様、余裕すぎません……?」

「本当に婚約破棄を望んでいたみたいだぞ?」

「王子殿下が焦っておられる……」

 ラルフは赤面しながら慌てだす。

「そ、そんなはずは……! 君が態度を改めて謝罪するなら――い、いや、もう遅い! 婚約破棄は取り消さん!」

(殿下、取り消す気など最初からありませんでしょう)

 私は頭を下げ、静かに言った。

「どうかお二人の未来が、腐りませんように。
 ……いえ、違いましたわ。
 “真実の愛”であれば、腐ることはありませんでしたわね?」

 庭園が一瞬で凍りつき、次の瞬間、大きなどよめきが起きた。

「エ、エレノア様、口が悪すぎます……!」

「いや……正論すぎて何も言えない……!」

「殿下の顔が、すごい色に……」

 ラルフは真っ赤になった後、真っ青になり、そして怒りで顔をゆがめた。

「き、貴様ぁ……!!」

「殿下、淑女に対して“貴様”は不適切な言葉遣いですわ。お気をつけ遊ばせ」

 私がそっと彼の怒りを受け流すと、殿下は言葉を失った。

 周囲の視線が一斉に私へ向けられ、私が“泣かない令嬢”“余裕の勝利者”であるかのような扱いを受け始める。

(ああ、なんだか少しだけ爽快ですわね)

 私はくるりと踵を返し、その場を立ち去った。

 背後ではミレイアが殿下の腕を掴み、「殿下、もういいのです……!」と必死で止めている声が聞こえる。

(聖女らしく控えめな演技が上手い子だわ……)

 庭園の出口へ向かいながら、私はようやく抑えきれなかった感情を胸の中で爆発させた。

(――やっと自由ですわ!!!!)

 婚約破棄。
 それは、私にとって最大の呪縛からの解放を意味していた。

(早起きの訓練も、貴族同士の社交も、煩わしい立場も、全部終わり!
 これからは、好きな時間に寝て、好きな場所で本を読んで、お菓子を作って……)

 胸の奥がふわりと軽くなり、足取りが自然と弾む。

 そして私は確信した。

(今日が――私の人生が始まる日ですわ)

 背後でまだざわめきが続いている庭園から遠ざかりながら、私は静かに笑った。

(さて、殿下が“ざまぁ”されるのは……もう少し先になりますわね)

 未来のざまぁを予感しつつ、
 私は、自由への第一歩を踏み出したのだった。


---
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

『白い結婚』が好条件だったから即断即決するしかないよね!

三谷朱花
恋愛
私、エヴァはずっともう親がいないものだと思っていた。亡くなった母方の祖父母に育てられていたからだ。だけど、年頃になった私を迎えに来たのは、ピョルリング伯爵だった。どうやら私はピョルリング伯爵の庶子らしい。そしてどうやら、政治の道具になるために、王都に連れていかれるらしい。そして、連れていかれた先には、年若いタッペル公爵がいた。どうやら、タッペル公爵は結婚したい理由があるらしい。タッペル公爵の出した条件に、私はすぐに飛びついた。だって、とてもいい条件だったから!

本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾
恋愛
魔法が存在しないと信じられていた世界に、 突如として現れた「本物の聖女」。 空中浮遊、瞬間移動、念動力―― 奇跡を披露した平民の少女は、たちまち市民の熱狂を集め、 王太子はその力に目を奪われる。 その結果、 王太子の婚約者だった公爵令嬢アストリアは、 一方的に婚約を破棄されてしまった。 だが、聖女の力は―― ・空中浮遊は、地上三十センチ ・瞬間移動は、秒速一メートル ・念動力は、手で持てる重さまで 派手ではあるが、実用性は乏しい。 聖女の力は、見世物レベル。 少なくとも、誰もがそう判断していた。 それでも人々は喝采し、 権威は少女を縛り、 「聖女」という立場だけが一人歩きしていく。 そんな中、婚約破棄された公爵令嬢アストリアは、 ある違和感に気づき始める。 ――奇跡よりも、奪われているものがあることに。 派手な復讐はない。 怒鳴り返しもしない。 けれど静かに、確実に、 “正しさ”は明らかになっていく。 見世物にされた奇跡と、 尊厳を取り戻す少女たちの物語。 ---

『婚約破棄された令嬢、白い結婚で第二の人生始めます ~王太子ざまぁはご褒美です~』

鷹 綾
恋愛
「完璧すぎて可愛げがないから、婚約破棄する」―― 王太子アルヴィスから突然告げられた、理不尽な言葉。 令嬢リオネッタは涙を流す……フリをして、内心ではこう叫んでいた。 (やった……! これで自由だわーーーッ!!) 実家では役立たずと罵られ、社交界では張り付いた笑顔を求められる毎日。 だけど婚約破棄された今、もう誰にも縛られない! そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き伯爵家―― 「干渉なし・自由尊重・離縁もOK」の白い結婚を提案してくれた、令息クリスだった。 温かな屋敷、美味しいご飯、優しい人々。 自由な生活を満喫していたリオネッタだったが、 王都では元婚約者の評判がガタ落ち、ざまぁの嵐が吹き荒れる!? さらに、“形式だけ”だったはずの婚約が、 次第に甘く優しいものへと変わっていって――? 「私はもう、王家とは関わりません」 凛と立つ令嬢が手に入れたのは、自由と愛と、真の幸福。 婚約破棄が人生の転機!? ざまぁ×溺愛×白い結婚から始まる、爽快ラブファンタジー! ---

「君を愛することはない」と言われたので、私も愛しません。次いきます。 〜婚約破棄はご褒美です!

放浪人
恋愛
【「愛さない」と言ったのはあなたです。私はもっとハイスペックな次(夫)と幸せになりますので、どうぞお構いなく!】 侯爵令嬢リディアは、建国記念舞踏会の最中に、婚約者である王太子レオンハルトから婚約破棄を宣言される。 「君を愛することはない!」という王太子の言葉は、国中に響く『公的拒絶誓約』となってしまった。 しかし、リディアは泣かなかった。 「承知しました。私も愛しません。次いきます」 彼女は即座に撤退し、その場で慰謝料請求と名誉回復の手続きを開始する。その潔さと有能さに目をつけたのは、国の行政を牛耳る『氷の宰相』アシュ・ヴァレンシュタインだった。 「私の政治的盾になれ。条件は『恋愛感情の禁止』と『嘘がつけない契約』だ」 利害の一致した二人は、愛のない契約結婚を結ぶ。 はずだったのだが――『嘘がつけない契約』のせいで、冷徹なはずの宰相の本音が暴走! 「君を失うのは非合理だ(=大好きだ)」「君は私の光だ(=愛してる)」 隠せない溺愛と、最強の夫婦による論理的で容赦のない『ざまぁ』。 一方、リディアを捨てた王太子は「愛さない誓約」の呪いに苦しみ、自滅していく。 これは、悪役令嬢と呼ばれた女が、嘘のない真実の愛を手に入れ、国中を巻き込んで幸せになるまでの物語。

お金がありすぎて困っておりますの(悪役令嬢ver.) ~悪役令嬢は噂も相場も支配しますわ~

ふわふわ
恋愛
「お金がありすぎて、困っておりますの」 ヴァレンティス侯爵家当主・シグネアは、若くして膨大な資産と権限を手にした“悪役令嬢”。 しかし彼女は、金にも噂にも振り回されない。 ──ならば、支配すればよろしいのですわ。 社交界を飛び交う根拠のない噂。 無能な貴族の見栄と保身。 相場を理解しない者が引き起こす経済混乱。 そして「善意」や「情」に見せかけた、都合のいい救済要求。 シグネアは怒鳴らない。 泣き落としにも応じない。 復讐も、慈善も、選ばない。 彼女がするのはただ一つ。 事実と数字と構造で、価値を測ること。 噂を操り、相場を読まず、裁かず、助けず、 それでもすべてを終わらせる“悪役令嬢”の統治劇。 「助けなかったのではありませんわ」 「助ける必要がなかっただけです」 一撃で終わる教育的指導。 噂も相場も、そして人の価値さえも―― 悪役令嬢は、今日も静かに支配する。

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」  その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。  努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。  だが彼女は、嘆かなかった。  なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。  行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、  “冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。  条件はただ一つ――白い結婚。  感情を交えない、合理的な契約。  それが最善のはずだった。  しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、  彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。  気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、  誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。  一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、  エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。  婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。  完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。  これは、復讐ではなく、  選ばれ続ける未来を手に入れた物語。 ---

処理中です...