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1-1 断罪の庭園
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1-1 断罪の庭園
王立学院の卒業祝賀会は、春の訪れを祝うように晴れ渡っていた。
広大な庭園には、貴族たちが持ち寄った薔薇が咲き誇り、風が通るたびに甘い香りが漂う。
美しい音楽が流れ、人々は笑い、語らい、この一年の成果を祝っていた。
――ただし、私はその中心からほんの少しだけ離れた位置で、ひっそりと紅茶を楽しんでいた。
公爵令嬢エレノア・リステイン。
第三王子の婚約者という肩書きのせいで、本来なら人の輪の中心に立たねばならない立場だが、私はあの似合いもしない“王子の飾り”の立場から距離を置くことにしたのだ。
(今日も平和ですわねぇ……)
少し早起きをしてしまったので、すでに軽く眠気がある。
卒業後は辺境の別荘でのんびり過ごす予定だったが、学院行事だけは出席せざるを得ない。
最後のお勤め、という気持ちだった。
――その時。
「エレノア・リステイン! ここに来い!」
庭園の空気を揺るがすような大声が響いた。
思わず紅茶を一口だけ飲んでから振り返ると、第三王子ラルフが私を指さしていた。
(……ああ、ついに来ましたのね)
周囲の貴族、生徒、教師たちの視線が、一斉に私へ向けられる。
私はカップをソーサーに静かに置き、長いドレスの裾を持ち上げ、優雅に歩を進めた。
庭園中央の噴水前――ラルフは興奮気味に胸を張り、私を見下ろしてくる。
「エレノア、今日ここで――君との婚約を破棄する!!」
庭園中がざわめきに包まれた。
「えっ、王子殿下が……!」
「まさか、あのエレノア様が?」
「聖女ミレイア様の噂、本当だったのね……!」
貴族たちは噂好きだ。
この状況は、彼らの格好の娯楽なのだろう。
だが私は、まったく驚いていなかった。
(数ヶ月前から殿下が聖女ミレイアに入れ込んでいたことは、王都の猫でも知っていることですもの)
気持ち的には、ようやく来た“自由の瞬間”だった。
「殿下、婚約破棄……ですの?」
あえて聞き返すと、ラルフは得意げに頷いた。
「そうだ! 君は冷たく、思いやりがなく、ミレイアをいじめてばかりだ!」
(いじめ? あれはただの“無視”が正しい表現かと……)
ミレイアが強引に近づいてきた時、「殿下の婚約者の立場を弁えて」と距離を取っただけで、いじめ扱いされていた。
理不尽にもほどがある。
しかし殿下は、さらに勢いを増して叫ぶ。
「君は身分を笠に着て、横暴だった! 誰もが君を恐れている! だから――俺は真実の愛であるミレイアを選んだ!」
ミレイアは彼の陰に隠れ、小さく震えていた。
その演技の巧さに、私は内心で感心したほどだ。
(ふふ、殿下……すっかり掌の上ですわね)
私は深々と一礼し、優雅な微笑みを浮かべた。
「では、殿下のご決断を尊重いたしますわ。
婚約破棄、おめでとうございます」
「………………え?」
殿下は拍子抜けした顔をした。
おそらく、私が取り乱し、泣き叫ぶ姿でも期待していたのだろう。
しかし私は泣かない。
むしろ心の中では、悦びの舞を踊りたい気分だった。
「な、何だその態度は!? 本気で言っているのか!」
「ええ、もちろん。殿下が真実の愛を見つけられたのであれば、私は祝福するのみですわ」
優雅に微笑むと、周囲の視線がさらにざわめいた。
「エレノア様、余裕すぎません……?」
「本当に婚約破棄を望んでいたみたいだぞ?」
「王子殿下が焦っておられる……」
ラルフは赤面しながら慌てだす。
「そ、そんなはずは……! 君が態度を改めて謝罪するなら――い、いや、もう遅い! 婚約破棄は取り消さん!」
(殿下、取り消す気など最初からありませんでしょう)
私は頭を下げ、静かに言った。
「どうかお二人の未来が、腐りませんように。
……いえ、違いましたわ。
“真実の愛”であれば、腐ることはありませんでしたわね?」
庭園が一瞬で凍りつき、次の瞬間、大きなどよめきが起きた。
「エ、エレノア様、口が悪すぎます……!」
「いや……正論すぎて何も言えない……!」
「殿下の顔が、すごい色に……」
ラルフは真っ赤になった後、真っ青になり、そして怒りで顔をゆがめた。
「き、貴様ぁ……!!」
「殿下、淑女に対して“貴様”は不適切な言葉遣いですわ。お気をつけ遊ばせ」
私がそっと彼の怒りを受け流すと、殿下は言葉を失った。
周囲の視線が一斉に私へ向けられ、私が“泣かない令嬢”“余裕の勝利者”であるかのような扱いを受け始める。
(ああ、なんだか少しだけ爽快ですわね)
私はくるりと踵を返し、その場を立ち去った。
背後ではミレイアが殿下の腕を掴み、「殿下、もういいのです……!」と必死で止めている声が聞こえる。
(聖女らしく控えめな演技が上手い子だわ……)
庭園の出口へ向かいながら、私はようやく抑えきれなかった感情を胸の中で爆発させた。
(――やっと自由ですわ!!!!)
婚約破棄。
それは、私にとって最大の呪縛からの解放を意味していた。
(早起きの訓練も、貴族同士の社交も、煩わしい立場も、全部終わり!
これからは、好きな時間に寝て、好きな場所で本を読んで、お菓子を作って……)
胸の奥がふわりと軽くなり、足取りが自然と弾む。
そして私は確信した。
(今日が――私の人生が始まる日ですわ)
背後でまだざわめきが続いている庭園から遠ざかりながら、私は静かに笑った。
(さて、殿下が“ざまぁ”されるのは……もう少し先になりますわね)
未来のざまぁを予感しつつ、
私は、自由への第一歩を踏み出したのだった。
---
王立学院の卒業祝賀会は、春の訪れを祝うように晴れ渡っていた。
広大な庭園には、貴族たちが持ち寄った薔薇が咲き誇り、風が通るたびに甘い香りが漂う。
美しい音楽が流れ、人々は笑い、語らい、この一年の成果を祝っていた。
――ただし、私はその中心からほんの少しだけ離れた位置で、ひっそりと紅茶を楽しんでいた。
公爵令嬢エレノア・リステイン。
第三王子の婚約者という肩書きのせいで、本来なら人の輪の中心に立たねばならない立場だが、私はあの似合いもしない“王子の飾り”の立場から距離を置くことにしたのだ。
(今日も平和ですわねぇ……)
少し早起きをしてしまったので、すでに軽く眠気がある。
卒業後は辺境の別荘でのんびり過ごす予定だったが、学院行事だけは出席せざるを得ない。
最後のお勤め、という気持ちだった。
――その時。
「エレノア・リステイン! ここに来い!」
庭園の空気を揺るがすような大声が響いた。
思わず紅茶を一口だけ飲んでから振り返ると、第三王子ラルフが私を指さしていた。
(……ああ、ついに来ましたのね)
周囲の貴族、生徒、教師たちの視線が、一斉に私へ向けられる。
私はカップをソーサーに静かに置き、長いドレスの裾を持ち上げ、優雅に歩を進めた。
庭園中央の噴水前――ラルフは興奮気味に胸を張り、私を見下ろしてくる。
「エレノア、今日ここで――君との婚約を破棄する!!」
庭園中がざわめきに包まれた。
「えっ、王子殿下が……!」
「まさか、あのエレノア様が?」
「聖女ミレイア様の噂、本当だったのね……!」
貴族たちは噂好きだ。
この状況は、彼らの格好の娯楽なのだろう。
だが私は、まったく驚いていなかった。
(数ヶ月前から殿下が聖女ミレイアに入れ込んでいたことは、王都の猫でも知っていることですもの)
気持ち的には、ようやく来た“自由の瞬間”だった。
「殿下、婚約破棄……ですの?」
あえて聞き返すと、ラルフは得意げに頷いた。
「そうだ! 君は冷たく、思いやりがなく、ミレイアをいじめてばかりだ!」
(いじめ? あれはただの“無視”が正しい表現かと……)
ミレイアが強引に近づいてきた時、「殿下の婚約者の立場を弁えて」と距離を取っただけで、いじめ扱いされていた。
理不尽にもほどがある。
しかし殿下は、さらに勢いを増して叫ぶ。
「君は身分を笠に着て、横暴だった! 誰もが君を恐れている! だから――俺は真実の愛であるミレイアを選んだ!」
ミレイアは彼の陰に隠れ、小さく震えていた。
その演技の巧さに、私は内心で感心したほどだ。
(ふふ、殿下……すっかり掌の上ですわね)
私は深々と一礼し、優雅な微笑みを浮かべた。
「では、殿下のご決断を尊重いたしますわ。
婚約破棄、おめでとうございます」
「………………え?」
殿下は拍子抜けした顔をした。
おそらく、私が取り乱し、泣き叫ぶ姿でも期待していたのだろう。
しかし私は泣かない。
むしろ心の中では、悦びの舞を踊りたい気分だった。
「な、何だその態度は!? 本気で言っているのか!」
「ええ、もちろん。殿下が真実の愛を見つけられたのであれば、私は祝福するのみですわ」
優雅に微笑むと、周囲の視線がさらにざわめいた。
「エレノア様、余裕すぎません……?」
「本当に婚約破棄を望んでいたみたいだぞ?」
「王子殿下が焦っておられる……」
ラルフは赤面しながら慌てだす。
「そ、そんなはずは……! 君が態度を改めて謝罪するなら――い、いや、もう遅い! 婚約破棄は取り消さん!」
(殿下、取り消す気など最初からありませんでしょう)
私は頭を下げ、静かに言った。
「どうかお二人の未来が、腐りませんように。
……いえ、違いましたわ。
“真実の愛”であれば、腐ることはありませんでしたわね?」
庭園が一瞬で凍りつき、次の瞬間、大きなどよめきが起きた。
「エ、エレノア様、口が悪すぎます……!」
「いや……正論すぎて何も言えない……!」
「殿下の顔が、すごい色に……」
ラルフは真っ赤になった後、真っ青になり、そして怒りで顔をゆがめた。
「き、貴様ぁ……!!」
「殿下、淑女に対して“貴様”は不適切な言葉遣いですわ。お気をつけ遊ばせ」
私がそっと彼の怒りを受け流すと、殿下は言葉を失った。
周囲の視線が一斉に私へ向けられ、私が“泣かない令嬢”“余裕の勝利者”であるかのような扱いを受け始める。
(ああ、なんだか少しだけ爽快ですわね)
私はくるりと踵を返し、その場を立ち去った。
背後ではミレイアが殿下の腕を掴み、「殿下、もういいのです……!」と必死で止めている声が聞こえる。
(聖女らしく控えめな演技が上手い子だわ……)
庭園の出口へ向かいながら、私はようやく抑えきれなかった感情を胸の中で爆発させた。
(――やっと自由ですわ!!!!)
婚約破棄。
それは、私にとって最大の呪縛からの解放を意味していた。
(早起きの訓練も、貴族同士の社交も、煩わしい立場も、全部終わり!
これからは、好きな時間に寝て、好きな場所で本を読んで、お菓子を作って……)
胸の奥がふわりと軽くなり、足取りが自然と弾む。
そして私は確信した。
(今日が――私の人生が始まる日ですわ)
背後でまだざわめきが続いている庭園から遠ざかりながら、私は静かに笑った。
(さて、殿下が“ざまぁ”されるのは……もう少し先になりますわね)
未来のざまぁを予感しつつ、
私は、自由への第一歩を踏み出したのだった。
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