婚約破棄されたけれど、どうぞ勝手に没落してくださいませ。私は辺境で第二の人生を満喫しますわ

鍛高譚

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1-2 没落どころか大出世ですわ

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1-2 没落どころか大出世ですわ

 婚約破棄の騒動から一夜明けた翌朝。
 私は、実家リステイン公爵家の屋敷へ戻っていた。

 昨夜はあまりに気分が高揚して眠れず、つい夜更かしし、そして朝、思いっきり寝坊した。
 起きてすぐに紅茶を飲み、甘い焼き菓子をつまんで優雅に過ごす予定だったのだが――

「エレノア……昨夜の件は本当なのか」

 父の重い声が部屋に響いた時点で、嫌な予感がした。

 父、グラハム・リステイン公爵は王国でも有数の実力者として知られ、常に冷静沈着な人物だが……今朝は額に手を当てて座り込んでいる。

「殿下が……公衆の面前で婚約破棄を宣言した、と報告が来た。
 しかも“ミレイア様をいじめた”“家が没落寸前”などと好き勝手な理由を述べたそうじゃないか」

「はい、その通りですわ。殿下の“真実の愛”が輝いておりましたわ」

「そこは皮肉で言っているんだな?」

「もちろんですわ」

 父が悲しげにため息をつく。

「……お前に恥をかかせてしまったな」

「いいえ、むしろ……すっきり致しましたわ」

 本心からそう答えた。

 私がどれほど婚約破棄を待ち望んでいたか、父は知らない。
 こう見えて私は、自由を愛し、静かな生活を望む人間なのだ。

(そもそも殿下の婚約者として振る舞うの、面倒でしかありませんでしたもの)

 しかし、父の口から次に出た言葉は――私の予想していたものとはまったく異なる方向へと飛んでいく。

「エレノア……お前には話していなかったが……」

「はい?」

「リステイン家は、没落どころではない。
 むしろ――王家に次ぐ大富豪になっている」

「………………は?」

 思わず目を瞬かせた。

 父は淡々と語り始める。

「お前が管理していた青薔薇畑の収穫量が爆発的に増え、それがアルカ皇国へ輸出されたことで莫大な利益が出た。
 この一年で……我が家の資産は、王国全体で第二位になった」

 私はしばらく言葉を失った。

「えっ……あの青薔薇が……?」

「うむ。あれは、お前が改良した新種なんだろう? 花持ちが良く、色が変わらない。皇国では“幸福をもたらす蒼の奇跡”と呼ばれているらしい」

(……喜んでいいのかしら?)

 私が大切に手をかけてきた品種が世界で評価されているのは嬉しい。
 けれど――

「殿下は……それを知らなかったのですね?」

「知らんだろうな。リステイン家の領地運営に興味もなく、お前がどれだけ努力しているかも理解していなかった。むしろ“青薔薇なんて飾りだろう?”と笑っていたらしい」

(――相変わらずですわ、殿下)

 私が品種改良した薔薇の価値も理解せず、皇国へ輸出されていることも知らず……。

 あまりにも浅はかすぎる。

「殿下はあなたが領地を荒らしていると噂していたそうだ。
 だが実際は……青薔薇事業を支えていたのは、お前だったわけだ」

「なんという……」

 父は深く頷く。

「殿下は、我が家の資産状況をも把握していなかったのだろう。
 “没落寸前”などというデマを広めたことで、王家の信用まで揺らぎつつある。
 王都では、むしろ殿下の評判が地に落ちている」

(ざまぁ、ですわね)

 しかし私は口には出さなかった。
 レディとして、そこは少し我慢する。

 父はさらに続ける。

「エレノア、お前には……つらい思いをさせたかもしれん。しかし、家名は揺るぎない。むしろ、お前は我が家の誇りだ」

「お父様……」

 少し胸が熱くなった。

 けれど、私は早く伝えねばならない。

(今日こそは……!)

「お父様、そんな大事な話の途中で申し訳ございませんのですが……」

「ん?」

「私、辺境の別荘へ参ろうと思っておりますの。少し……ゆっくり、過ごしたいのです」

 父は目を丸くした。
 しかしすぐに理解したように頷いた。

「そうか……。お前はこの一年、殿下との関係で相当に疲れていたからな」

「はい。静かな場所で、朝寝坊と、お菓子作りと、本に囲まれた生活を……」

「好きにするといい。護衛を何人かつけよう」

「ありがとうございます!」

 喜びのあまり、少し声が大きくなってしまった。

 ――その時、部屋の扉が勢いよく開く。

「姉上!!」

 弟のシャノンが飛び込んできた。
 まだ十代半ばの少年で、優しい瞳をしている。

「姉上、本当に婚約破棄されたって聞いて……!」

「ええ。本当に、ですわ」

「……大丈夫なの? 傷ついてない?」

「まったく」

 即答したら、シャノンは一瞬ぽかんとした。

「姉上……強い」

「嬉しいことでしたもの」

 素直にそう言うと、シャノンはますます驚いた表情を浮かべた。

「じゃ、じゃあ……これからどうするの?」

「お父様に許可をいただきましたので、辺境の別荘で暮らしますわ。
 静かな湖のほとりにある、お祖母様の遺した素敵な場所ですのよ」

「いいなぁ……。僕も行きたい」

「あなたは学院の試験があるでしょう? 我慢なさい」

 そう言うと、シャノンはしゅんとしたが、すぐに笑顔になった。

「でも……姉上が幸せそうなら、それでいいや!」

「ありがとう、シャノン」

 微笑んで頭を撫でると、弟は照れ臭そうに笑った。

 そして――出発の準備を始めたところで、突然執事が慌てた様子で駆け込んでくる。

「お嬢様……護衛騎士がお見えです」

「もう? 早いですわね」

 玄関へ降りると、一人の青年が静かに立っていた。

 黒髪に鋭い眼差し、整った顔立ち。
 無駄のない所作をする、明らかに優秀な騎士だ。

「初めまして、エレノア様。
 王命により、あなたの護衛を任されました。ゼノ・ヴァルクと申します」

「……王命?」

「はい。あなたの身には、まだ火の粉が降りかかる恐れがあると判断されましたので」

(私、婚約破棄されただけなのに?)

 ゼノは淡々と続ける。

「ラルフ殿下の発言により、貴族社会が混乱しつつあります。
 あなたを取り巻く状況も不安定ですので、王は“保護”を命じました」

(……よほど殿下の行動が問題視されているのですわね)

 私は小さくため息をつきながらも、礼儀正しく頭を下げた。

「護衛の件、承知いたしましたわ」

「では、出発の準備を」

 ――その瞬間、私は心の中で喜びを爆発させた。

(ついに……ついに、別荘での隠居生活が始まりますのね!!)

 朝寝坊、読書、お菓子作り。
 誰にも邪魔されず、好きなだけ自由に過ごせる理想の生活!

(これから毎日、昼まで寝てやりますわ!!!)

 胸を高鳴らせながら、私はゼノとともに屋敷を後にした。

 こうして私は――
 人生で最も待ち焦がれた“自由への旅立ち”を迎えたのであった。


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