婚約破棄されたけれど、どうぞ勝手に没落してくださいませ。私は辺境で第二の人生を満喫しますわ

鍛高譚

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1-4 元婚約者が詰みに入りましたけれど?

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1-4 元婚約者が詰みに入りましたけれど?

 伝令兵が去り、コテージの扉が閉まった瞬間――。

(……殿下、王位継承権剥奪。
 いやぁ……最高の紅茶が飲めそうですわね。)

 私は思わずニコニコしてしまっていた。
 甘いクッキー片手に、ゼノと向かい合って座りながら、心の中では喜びの舞を全力で踊っている。

「エレノア様。……その、嬉しそうだな」

「え? そんなことありませんわ。ごくごく普通ですの」

「……嘘だな」

 ゼノはじっと私を見て、くすりと笑った。
 普段は滅多に表情を崩さない男が、心底おかしそうに。

「表情が隠し切れていない」

「そんな……! 淑女の表情管理は完璧なはずですのに!」

「それは“淑女をやらされていた時”の話では?」

「ねえゼノ様、それは私が普段淑女じゃないって言いたいのですの?」

「……あえて否定はしない」

「否定なさい!!」

 そんな軽口を叩いていたその時だった。

 ――ドガン!

 突然、外で大きな音がした。

「……何事だ?」

 ゼノは椅子を引くと同時に立ち上がり、外へ目を向ける。
 その気配の変化に、私も背筋を伸ばした。

「また伝令でしょうか?」

「……いや。足音が無駄に慌ただしい。敵意も混じっている」

「敵意?」

「エレノア様は後ろへ」

 ゼノの表情が真剣になる。
 私がそっと後ずさった瞬間――コテージの扉が勢いよく開かれた。

「エレノアッ!!」

「!?」

 そこに立っていたのは、信じられないほどボロボロの姿をした――第三王子ラルフであった。

◆ ◆ ◆

 髪は乱れ、服は泥で汚れ、片方の靴はどこかで落としたらしく裸足。
 王族の威厳のかけらもなく、疲労と焦りで顔は青ざめている。

「エレノア! 本当にここに……っ、お、俺を助けてくれ!」

「……殿下? 本物の?」

「本物だ! 俺だ! 疑うな!」

「疑ってはいませんわ。ただ……あまりにも変わっておられるので」

「変わってなどおらん!!」

 変わってますわよ、と喉まで出かかった言葉を飲み込む。
 ゼノは即座に私の前へ立ち、ラルフを睨みつけた。

「王子殿下。ここはエレノア様の私邸だ。
 無断侵入、そしてその態度……どういうつもりだ?」

「お前に話しているのではない! 下がれ、無礼者!!」

 次の瞬間、ゼノの表情から笑みが完全に消えた。

(あ、これは本気で怒っていますわね)

 ゼノは静かに一歩前に出た。

「殿下。あなたはすでに“王族の衣”を剥がれた立場。
 エレノア様に無礼を働くなら――ここで排除する」

「な、なに……っ!? たかが護衛風情が……っ!」

「“護衛風情”で済む話ならよかったのだがな」

 その声音は、いつもの柔らかさが全くない。
 鋼のように冷たく、まるで刃のように鋭い。

(あら……ゼノ様、こんな顔をするのですね)

 そんなことを思っている間にも、ラルフは必死に私へにじり寄ってくる。

「エレノア! 本当に頼む! 俺を助けてくれ!!
 父上には勘当され、王宮から追放され……あのミレイアまで俺を捨てたんだ!!」

「おやまあ……」

「俺は何も悪くない! ミレイアが“殿下と結ばれれば王子妃になれる”と言ったから……!」

「あらら?」

「全部ミレイアのせいなんだ!! エレノア、俺たちの婚約をやり直そう!!」

「………………」

 ゼノが剣を抜いた。

「殿下。二度と、その口でエレノア様の名を呼ぶな」

「な、なんだと……!? 貴様、俺が王子だとわかって――」

「わかって言っている」

 瞬間、ラルフの顔が真っ青になった。
 ゼノの視線は鋭く、殺気こそ抑えているものの、彼の一歩先に踏み込むだけで体が震えるような威圧感がある。

「殿下。もとい――ただのラルフ。
 お前はエレノア様に、婚約破棄を宣言したのはどこの誰だ?」

「そ、それは……その……」

「そして王都を混乱させ、貴族たちを巻き込み、最後は国王に勘当されたのは?」

「……………俺だ」

「では話は早い。帰れ」

「か、帰れ……? 俺は助けを求めて……!」

「エレノア様は関係ない。お前が起こしたことだ」

 ラルフは狼狽し、ついに私の前にひざまずいた。

「エレノア! 頼む! 俺の婚約者に戻ってくれ!
 今なら……今ならまだ間に合う!」

「殿下」

 私は静かに口を開いた。

「どうかその“殿下としての言葉遣い”はおやめになって。
 もう王子ではないのでしょう?」

「う……っ」

「あの日、皆の前で誇らしげに“婚約破棄”なさったのは、他ならぬあなた自身。
 私はその決断を尊重しておりますのよ?」

「で、でも……!!」

「それに、私はすでに……」

 そこで私はゼノを見上げた。
 ゼノは無言で、しかし強い視線でこちらを見ていた。

「……すでに、私の人生に“必要な存在”がおりますの」

「誰だ!? 誰なんだ!? まさか……こいつか!?
 こんな辺境騎士ごときが、俺の婚約者の代わりだというのか!?」

 その瞬間――。

「そうだ」

 ゼノがはっきりと答えた。

「エレノア様は、俺の“伴侶候補”だ」

「………………え?」

 私の口から、間の抜けた声が出てしまった。

(か、伴侶候補っ!?
 初耳ですわよ!?)

 ラルフは口をぱくぱくと動かしていた。

「な……な……ん、だと……?
 貴様みたいな下級騎士が……!!」

「言葉に気をつけろ。俺はお前のような男に、エレノア様を渡す気はない」

 ゼノは迷いなく言い切る。

「エレノア様の幸せは、俺が守る」

「……っ!!」

 ラルフは歯ぎしりし、拳を握りしめた。

「エレノア……! 本気で……こいつを……!」

「ええ、本気ですわよ。
 あなたのように、私を飾り物のように扱う方とは違いますもの」

「ーーーーーっっ!!!」

 情けない叫びをあげると、ラルフは馬車へ駆け戻り、そのまま逃げるように去っていった。

 土埃が舞い、音だけが虚しく残る。

 静寂が訪れた。

◇ ◇ ◇

「……伴侶候補って、どういう意味ですの?」

 私は紅茶を飲みながら、ゼノに向き直った。

「あれは……方便でもあるが、本音でもある」

「方便? ……本音?」

「お前を守るために、ああ言うのが最も効果的だった。
 だが――」

 ゼノはゆっくりとこちらを見る。

「俺は、自分の気持ちに嘘をつくのが苦手だ。
 エレノア様を守りたいと思ったのは……俺の本心だ」

「……」

 胸が少しだけ熱くなる。

「迷惑だったか?」

「め、迷惑なわけありませんわ!?」

 思わず声が裏返ってしまった。

「むしろ……その……うれ……いやいやいや違いますわね!?
 その……あの……」

「落ち着け」

「落ち着けませんわーーーー!!」

 顔が熱い。
 ゼノはやれやれと言いたげに笑った。

「まあ……ゆっくり考えればいい。
 今は、あいつがもう来ないことを喜べばいい」

「……そうですわね」

 私は深呼吸をし、クッキーを口に運ぶ。

(――やっぱり、ここの紅茶は最高ですわ)

 隠居スローライフはまだ始まったばかり。
 でもその隣には、思わぬ“伴侶候補”がいる。

 胸を軽くときめかせながら、私は紅茶をもう一口飲んだ。

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