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2-2 村の病、そして“隠された真実”の気配
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2-2 村の病、そして“隠された真実”の気配
リーネの母の容体を見終えた私は、村長宅に案内されていた。
この村で一番大きな建物といっても、王都の貴族屋敷とは比べ物にならないほど質素だ。
それでも村人たちは集まっており、皆の顔には不安が刻まれていた。
「……本当に、原因がわかるのですか?」
村長が震える声で問う。
「完全ではありませんわ。ですが“手がかり”はあります」
私の言葉に、周囲の大人たちがざわりと揺れた。
ゼノは私の隣に立ち、村人たちの動揺に目を光らせている。
若い女性たちは、あの無表情な騎士をちらちらと見て頬を赤く染めていた。
(……本当にこの男、モテますわね)
そんな嫉妬にも似た感情を押し込み、私は話を続けた。
「症状は、王都の古い薬学書に載っていたものとよく似ていますわ。
“風土病”ではなく、“外から持ち込まれた病”の可能性が高い」
「外から……?」
「はい。村の誰もがかからなかった病が、突然まとめて広がるのは不自然ですの」
村人たちが顔を見合わせる。
その時、ゼノが静かに口を開いた。
「村の外に……王都の紋章を刻んだ馬車の跡があった」
「王都の……? 本当に?」
「間違いない。最近ついた跡だ」
「な、なぜ王都の馬車がこんな辺境に……?」
村の空気が一気に緊迫する。
私は落ち着いて言葉を続けた。
「もしかすると、その馬車の“荷物”が原因かもしれませんわ」
「荷物……?」
「はい。食料、薬草、あるいは……人」
その瞬間、村長が息を飲んだ。
「……ひと?」
「ええ。誰かが、病を患ったままこの村に来た可能性があるということですわ」
村長は苦しげな顔で言った。
「数日前……旅の薬売りが来ましてな。
村に寄ってすぐ、咳き込んでおったのです。
『ただの風邪だ』と言っておりましたが……」
「その者はどこへ?」
「わしの家に泊まったあと、すぐに次の村へ向かいましたが……」
私はゼノと視線を交わした。
(……それですわね)
「村長。その薬売りの“荷物”の中身、覚えていらっしゃいますか?」
「木箱が二つ……薬草の束……あとは……」
一瞬、村長の額に汗が浮いた。
「……王都の紋章が刻まれた、大きな木箱がありました」
「!!」
(やっぱり……!)
明らかに不自然だ。
普通の薬売りが、王都騎士団の紋章箱を持っているなどあり得ない。
「その木箱、中を開けましたか?」
「いや……鍵がかかっていて開かなかった。
薬売りは“親類から預かっただけで、自分も中身は知らない”と言っておった」
「怪しさ満点ですわね……」
村人たちの顔色がどんどん悪くなる。
「エ、エレノア様……!
私たちは、このままどうなるのでしょう……?」
「どうか落ち着いてくださいませ。
最悪の場合、対処方法はありますわ」
「ほ、本当ですか……!!」
「まず、病の原因を突き止めますわ」
◆ ◆ ◆
私はリーネの母の家から採取した薬草に加え、症状を書き留めたメモを広げ、
村長宅の大きな机の上に並べた。
村人たちは半信半疑ながらも見守っている。
ゼノは周囲の警備をしながら、たまに私の手元へ視線を送る。
(こんな田舎で、薬学研究をする日が来るなんて……想像していませんでしたわ)
だが、やらねばならない。
私は古文書の記述を思い出しながら呟いた。
「咳、発熱、呼吸困難……。
体力の低い者から症状が重くなる……」
そしてメモに書かれたある一文に目が止まった。
“村の井戸の水がやけに濁っている”
私は顔を上げた。
「村の水源……井戸は一つですの?」
「はい。この村には大きな井戸が一つだけですじゃ」
「その井戸、水質は変わっていませんでしたか?」
村長は困ったように眉を寄せる。
「……最近、ちと澱んでおってな。
底が濁り、泥が混じるような……」
「井戸が汚染されている可能性がありますわ」
「……っ!!」
村人たちが一斉に息をのむ。
ゼノが私の側に近づき、小声で問う。
「毒か?」
「毒ではありませんわ。でも“菌”の可能性がありますの」
「菌?」
「ええ。薬草研究院の本にありました。
湿地帯に生息する“カビの一種”が井戸に繁殖すると、こうした症状が出ることがありますわ」
「つまり……自然発生か?」
私は首を横に振った。
「いいえ。それが厄介で……普通、この辺りでその菌は絶対に発生しませんの」
「……?」
「森の外、もっと湿った地域にのみ生息しているからですわ」
ゼノの表情が固まる。
「人為的な……汚染か?」
「その可能性が高いですわ」
村全体に緊張が走った。
◆ ◆ ◆
村長宅を出ると、空は夕焼けに染まっていた。
「……エレノア様」
「ゼノ様、どう思われます?」
「王都の馬車……鍵付きの箱……村の病……」
ゼノは腕を組んだ。
「偶然とは思えん」
「ですわよね」
湖風が吹き、木々がざわざわと揺れる。
その音が、なぜか落ち着かない胸の鼓動を刺激する。
「エレノア様、井戸を調べに行くのか?」
「ええ。これは放っておけませんわ」
その時、背後から村の若者たちが駆け寄ってきた。
「エレノア様、ゼノ様!
井戸の周りで……“誰かが動いてる影”が見えたって!」
ゼノの表情が瞬時に変わる。
「エレノア様、ここにいろ。俺が――」
「いいえ、行きますわ」
「危険だ」
「私のせいで村の人がさらに苦しむのはイヤですわ」
ゼノはしばらく黙り――深く息を吐いた。
「……なら、絶対に俺の後ろから出るな」
「もちろんですわ」
夕暮れの中、私たちは村の中心にある井戸へ向かった。
◆ ◆ ◆
井戸へ近づくほど、空気が重く感じた。
湿った風。
薄暗い夕闇に揺れる木の影。
そして――井戸のそばには、確かに“誰かの気配”があった。
ゼノが手を伸ばし、私を背後へ引き寄せる。
私の肩に触れた彼の手が、強く、温かい。
「……エレノア様。絶対に離れるな」
その瞬間――
井戸の陰から、黒いフードをかぶった人物がゆらりと立ち上がった。
「誰だ!」
ゼノが剣を構え叫ぶ。
フードの人物は振り向かない。
だが、ゆっくりと井戸へ手を伸ばした。
――チャポン。
何かを投げ入れる音。
「やめなさい!!」
私の声が村中に響いた。
フードの人物は驚いたように体を震わせ――
そして次の瞬間、森の奥へ走り出した。
「ゼノ様!!」
「任せろ!」
ゼノは地面を蹴り、影のような速さで追った。
だが森は深く、地面は複雑だ。
「くっ……!」
フードの人物は木々の間をすり抜け、あっという間に姿を消してしまった。
ゼノが戻ってくる。
「……逃げられた」
「大丈夫ですわ。今は追跡より、井戸です」
私は井戸の中を覗き込む。
底には、黒い“何か”が沈んでいる。
(……この村の病の原因は、やっぱり“何者かの仕業”)
「ゼノ様。これは偶然ではありませんわ」
「ああ……確信した」
「誰かが“わざと”村に病を広げている」
風が、冷たく吹き抜けた。
ゼノの視線が、私を守るように鋭くなる。
「……エレノア様。
この事件――王都の混乱と無関係ではないかもしれない」
「ええ。私もそう感じてますわ」
私の隠居スローライフは、まだ始まったばかりのはずだった。
しかし――。
(これは……面倒なことに巻き込まれましたわね)
それでも逃げることはしない。
私は静かに、しかし強く決意した。
「ゼノ様。村の病、必ず治し、犯人も突き止めますわ」
「……ああ。俺も共に戦う」
夕暮れの湖のほとりで、私たちは新たな決意を胸に刻んだ。
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リーネの母の容体を見終えた私は、村長宅に案内されていた。
この村で一番大きな建物といっても、王都の貴族屋敷とは比べ物にならないほど質素だ。
それでも村人たちは集まっており、皆の顔には不安が刻まれていた。
「……本当に、原因がわかるのですか?」
村長が震える声で問う。
「完全ではありませんわ。ですが“手がかり”はあります」
私の言葉に、周囲の大人たちがざわりと揺れた。
ゼノは私の隣に立ち、村人たちの動揺に目を光らせている。
若い女性たちは、あの無表情な騎士をちらちらと見て頬を赤く染めていた。
(……本当にこの男、モテますわね)
そんな嫉妬にも似た感情を押し込み、私は話を続けた。
「症状は、王都の古い薬学書に載っていたものとよく似ていますわ。
“風土病”ではなく、“外から持ち込まれた病”の可能性が高い」
「外から……?」
「はい。村の誰もがかからなかった病が、突然まとめて広がるのは不自然ですの」
村人たちが顔を見合わせる。
その時、ゼノが静かに口を開いた。
「村の外に……王都の紋章を刻んだ馬車の跡があった」
「王都の……? 本当に?」
「間違いない。最近ついた跡だ」
「な、なぜ王都の馬車がこんな辺境に……?」
村の空気が一気に緊迫する。
私は落ち着いて言葉を続けた。
「もしかすると、その馬車の“荷物”が原因かもしれませんわ」
「荷物……?」
「はい。食料、薬草、あるいは……人」
その瞬間、村長が息を飲んだ。
「……ひと?」
「ええ。誰かが、病を患ったままこの村に来た可能性があるということですわ」
村長は苦しげな顔で言った。
「数日前……旅の薬売りが来ましてな。
村に寄ってすぐ、咳き込んでおったのです。
『ただの風邪だ』と言っておりましたが……」
「その者はどこへ?」
「わしの家に泊まったあと、すぐに次の村へ向かいましたが……」
私はゼノと視線を交わした。
(……それですわね)
「村長。その薬売りの“荷物”の中身、覚えていらっしゃいますか?」
「木箱が二つ……薬草の束……あとは……」
一瞬、村長の額に汗が浮いた。
「……王都の紋章が刻まれた、大きな木箱がありました」
「!!」
(やっぱり……!)
明らかに不自然だ。
普通の薬売りが、王都騎士団の紋章箱を持っているなどあり得ない。
「その木箱、中を開けましたか?」
「いや……鍵がかかっていて開かなかった。
薬売りは“親類から預かっただけで、自分も中身は知らない”と言っておった」
「怪しさ満点ですわね……」
村人たちの顔色がどんどん悪くなる。
「エ、エレノア様……!
私たちは、このままどうなるのでしょう……?」
「どうか落ち着いてくださいませ。
最悪の場合、対処方法はありますわ」
「ほ、本当ですか……!!」
「まず、病の原因を突き止めますわ」
◆ ◆ ◆
私はリーネの母の家から採取した薬草に加え、症状を書き留めたメモを広げ、
村長宅の大きな机の上に並べた。
村人たちは半信半疑ながらも見守っている。
ゼノは周囲の警備をしながら、たまに私の手元へ視線を送る。
(こんな田舎で、薬学研究をする日が来るなんて……想像していませんでしたわ)
だが、やらねばならない。
私は古文書の記述を思い出しながら呟いた。
「咳、発熱、呼吸困難……。
体力の低い者から症状が重くなる……」
そしてメモに書かれたある一文に目が止まった。
“村の井戸の水がやけに濁っている”
私は顔を上げた。
「村の水源……井戸は一つですの?」
「はい。この村には大きな井戸が一つだけですじゃ」
「その井戸、水質は変わっていませんでしたか?」
村長は困ったように眉を寄せる。
「……最近、ちと澱んでおってな。
底が濁り、泥が混じるような……」
「井戸が汚染されている可能性がありますわ」
「……っ!!」
村人たちが一斉に息をのむ。
ゼノが私の側に近づき、小声で問う。
「毒か?」
「毒ではありませんわ。でも“菌”の可能性がありますの」
「菌?」
「ええ。薬草研究院の本にありました。
湿地帯に生息する“カビの一種”が井戸に繁殖すると、こうした症状が出ることがありますわ」
「つまり……自然発生か?」
私は首を横に振った。
「いいえ。それが厄介で……普通、この辺りでその菌は絶対に発生しませんの」
「……?」
「森の外、もっと湿った地域にのみ生息しているからですわ」
ゼノの表情が固まる。
「人為的な……汚染か?」
「その可能性が高いですわ」
村全体に緊張が走った。
◆ ◆ ◆
村長宅を出ると、空は夕焼けに染まっていた。
「……エレノア様」
「ゼノ様、どう思われます?」
「王都の馬車……鍵付きの箱……村の病……」
ゼノは腕を組んだ。
「偶然とは思えん」
「ですわよね」
湖風が吹き、木々がざわざわと揺れる。
その音が、なぜか落ち着かない胸の鼓動を刺激する。
「エレノア様、井戸を調べに行くのか?」
「ええ。これは放っておけませんわ」
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「いいえ、行きますわ」
「危険だ」
「私のせいで村の人がさらに苦しむのはイヤですわ」
ゼノはしばらく黙り――深く息を吐いた。
「……なら、絶対に俺の後ろから出るな」
「もちろんですわ」
夕暮れの中、私たちは村の中心にある井戸へ向かった。
◆ ◆ ◆
井戸へ近づくほど、空気が重く感じた。
湿った風。
薄暗い夕闇に揺れる木の影。
そして――井戸のそばには、確かに“誰かの気配”があった。
ゼノが手を伸ばし、私を背後へ引き寄せる。
私の肩に触れた彼の手が、強く、温かい。
「……エレノア様。絶対に離れるな」
その瞬間――
井戸の陰から、黒いフードをかぶった人物がゆらりと立ち上がった。
「誰だ!」
ゼノが剣を構え叫ぶ。
フードの人物は振り向かない。
だが、ゆっくりと井戸へ手を伸ばした。
――チャポン。
何かを投げ入れる音。
「やめなさい!!」
私の声が村中に響いた。
フードの人物は驚いたように体を震わせ――
そして次の瞬間、森の奥へ走り出した。
「ゼノ様!!」
「任せろ!」
ゼノは地面を蹴り、影のような速さで追った。
だが森は深く、地面は複雑だ。
「くっ……!」
フードの人物は木々の間をすり抜け、あっという間に姿を消してしまった。
ゼノが戻ってくる。
「……逃げられた」
「大丈夫ですわ。今は追跡より、井戸です」
私は井戸の中を覗き込む。
底には、黒い“何か”が沈んでいる。
(……この村の病の原因は、やっぱり“何者かの仕業”)
「ゼノ様。これは偶然ではありませんわ」
「ああ……確信した」
「誰かが“わざと”村に病を広げている」
風が、冷たく吹き抜けた。
ゼノの視線が、私を守るように鋭くなる。
「……エレノア様。
この事件――王都の混乱と無関係ではないかもしれない」
「ええ。私もそう感じてますわ」
私の隠居スローライフは、まだ始まったばかりのはずだった。
しかし――。
(これは……面倒なことに巻き込まれましたわね)
それでも逃げることはしない。
私は静かに、しかし強く決意した。
「ゼノ様。村の病、必ず治し、犯人も突き止めますわ」
「……ああ。俺も共に戦う」
夕暮れの湖のほとりで、私たちは新たな決意を胸に刻んだ。
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