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3-4 夜の誓い――揺れた心に灯るもの
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第3章 偽りの夫婦、揺れ動く心
3-4 夜の誓い――揺れた心に灯るもの
不審者が捕らえられた日は、一日中、公爵邸が騒然としていた。
アナスタシアも騎士の尋問を受け、何度も話を聞かれた。
しかし犯人は頑なに口を閉ざし、依頼主については一切吐こうとしない。
「やはり……わたくしの部屋に侵入する気だったなんて……」
アナスタシアは震える指先を胸の前で組んだ。
恐怖は薄れたが、まだ身体の奥に冷たい影が残っていた。
――そんなアナスタシアの心を察したのだろう。
日が沈んだ頃、ルキウスが夜食のトレーを持って彼女の部屋を訪れた。
「少しでも口にするんだ。今日一日、まともに食べられなかっただろう」
「旦那様……ご自身で運ばれたのですか?」
「当たり前だ」
当たり前、という言葉が自然に出るのが不思議だった。
まるでずっと前から“夫婦”であったかのような口ぶり。
アナスタシアの胸に、温かさとくすぐったさが同時に広がる。
ルキウスは食事を置くと、椅子を引いてアナスタシアの隣に座った。
「……怖かっただろう?」
その声は低く柔らかく、心の奥に届くようだった。
アナスタシアは一瞬迷ったが、正直に首を振った。
「怖かった……ですわ。
でも……もっと怖かったのは……」
「ん?」
「……旦那様に迷惑をかけてしまうことです」
ルキウスの瞳が揺れた。
「アナスタシア。君の身に降る災いは、すべて私が受け止める。
迷惑だと思ったことなど一度もない」
「でも……」
「君が生きていてくれることの方が、何より大事だ」
「……っ」
胸が、痛いほど熱くなった。
(どうして……こんなにも真っ直ぐに言えるのでしょう……
わたくしなど……ただの、追放された令嬢なのに……)
でも、ルキウスの顔に嘘はなかった。
アナスタシアはその誠実さに、また心が揺れるのを感じた。
「アナスタシア」
「はい……?」
「今日は……私の部屋で休め」
「え……っ!? だ、旦那様、それは……!」
アナスタシアの顔が一気に真っ赤になった。
慌てて立ち上がりかけるが、ルキウスがそっと腕を掴んだ。
「誤解するな。君を抱くつもりはない」
「……っ!」
「ただ、君の部屋は鍵が複製されていた以上、完全に安全とは言えない。
私の部屋の方が警備も厚い。……君を守りたい」
アナスタシアは言葉を失った。
その言葉は、契約上の義務ではなく――
男として、夫として、彼が心からそう思っているのが伝わった。
(……守りたい、と……
そんなふうに言われたこと……生まれて初めてですわ)
胸の奥で何かがほどけたような気がした。
「……旦那様のご判断に従いますわ。
わたくし……旦那様を信じていますもの」
アナスタシアのその言葉に、ルキウスは一瞬だけ息を呑んだ。
「信じて……くれているのか?」
「はい」
小さく、でも確かな声で。
ルキウスはその言葉を噛みしめるように、深く目を閉じた。
「……アナスタシア。
君にそう言われると……私は、どうしようもなく嬉しい」
「旦那様……?」
「私はずっと、“白い結婚”という殻に逃げ込んでいた。
君を守る理由を、契約にしてしまえば……踏み込まずに済むからだ」
アナスタシアは目を見開いた。
「……旦那様も、怖かったのですか?」
「……ああ。
本当に心を寄せれば、失う恐怖も重くなる。
だから、距離を置いた関係の方が楽だと思っていた」
静かな告白だった。
アナスタシアは胸を押さえた。
(旦那様も……わたくしと同じだった……?
誰かを本気で好きになって、傷つくのが怖くて……
それで白い結婚を望んだ……?)
同じ痛みを抱えていたと知り、胸が締めつけられる。
「……旦那様」
アナスタシアはそっと、ルキウスの手に触れた。
「わたくし、旦那様の優しさに救われましたわ。
昨日だって……今日だって……」
ルキウスの目が驚きに揺れ、次に少しだけ切なく細められる。
「アナスタシア。
私を信じてくれたこと……忘れない」
「旦那様……」
アナスタシアは視線をそらす。
(……こんなの……まるで……恋人同士……)
でも、拒む気持ちはもうなかった。
---
その夜。
アナスタシアはルキウスに伴われ、公爵の私室へ移動した。
部屋は広いのに静かで、どこか落ち着く空気があった。
ベッドの脇に置かれたソファには、既に彼女用のブランケットが用意されていた。
「ここで休むといい」
「旦那様の……ベッドを? それとも……」
「君が寝る場所は、君が決めろ。
だが……私はソファで寝るつもりはない」
「!!」
アナスタシアの肩がびくっと震えた。
ルキウスは静かに言葉を続ける。
「誤解するな。
一緒に寝ろと言いたいわけじゃない。
私は、眠っている間も君を守れる場所にいたいだけだ」
「……守って……」
「君がここにいる限り、私は決して離れない」
その言葉には、所有ではなく――
深い誓いが込められていた。
アナスタシアの胸の奥に、熱いものが灯る。
(旦那様……
わたくし……こんなに……安心できるなんて……)
深く息を吸い、アナスタシアは小さく微笑んだ。
「では……旦那様のそばで……休ませていただきますわ」
その言葉に、ルキウスは静かに目を閉じ、小さく息をついた。
「……ありがとう、アナスタシア」
その夜。
二人の距離は、一歩――確かに縮まった。
まだ恋とは呼べないかもしれない。
けれど、互いの心はもう決して元の距離には戻らない。
アナスタシアは眠りにつく直前、そっと目を開けた。
(……旦那様のそばは……
こんなにも……温かいのですわね)
彼女の視線の先で、ルキウスは剣を手にして座っていた。
――眠らずに、彼女を守るために。
胸の奥から静かに涙があふれた。
誰にも気づかれない、小さな、小さな涙。
(わたくし……もう、逃げませんわ)
その決意とともに、夜は静かに更けていった。
3-4 夜の誓い――揺れた心に灯るもの
不審者が捕らえられた日は、一日中、公爵邸が騒然としていた。
アナスタシアも騎士の尋問を受け、何度も話を聞かれた。
しかし犯人は頑なに口を閉ざし、依頼主については一切吐こうとしない。
「やはり……わたくしの部屋に侵入する気だったなんて……」
アナスタシアは震える指先を胸の前で組んだ。
恐怖は薄れたが、まだ身体の奥に冷たい影が残っていた。
――そんなアナスタシアの心を察したのだろう。
日が沈んだ頃、ルキウスが夜食のトレーを持って彼女の部屋を訪れた。
「少しでも口にするんだ。今日一日、まともに食べられなかっただろう」
「旦那様……ご自身で運ばれたのですか?」
「当たり前だ」
当たり前、という言葉が自然に出るのが不思議だった。
まるでずっと前から“夫婦”であったかのような口ぶり。
アナスタシアの胸に、温かさとくすぐったさが同時に広がる。
ルキウスは食事を置くと、椅子を引いてアナスタシアの隣に座った。
「……怖かっただろう?」
その声は低く柔らかく、心の奥に届くようだった。
アナスタシアは一瞬迷ったが、正直に首を振った。
「怖かった……ですわ。
でも……もっと怖かったのは……」
「ん?」
「……旦那様に迷惑をかけてしまうことです」
ルキウスの瞳が揺れた。
「アナスタシア。君の身に降る災いは、すべて私が受け止める。
迷惑だと思ったことなど一度もない」
「でも……」
「君が生きていてくれることの方が、何より大事だ」
「……っ」
胸が、痛いほど熱くなった。
(どうして……こんなにも真っ直ぐに言えるのでしょう……
わたくしなど……ただの、追放された令嬢なのに……)
でも、ルキウスの顔に嘘はなかった。
アナスタシアはその誠実さに、また心が揺れるのを感じた。
「アナスタシア」
「はい……?」
「今日は……私の部屋で休め」
「え……っ!? だ、旦那様、それは……!」
アナスタシアの顔が一気に真っ赤になった。
慌てて立ち上がりかけるが、ルキウスがそっと腕を掴んだ。
「誤解するな。君を抱くつもりはない」
「……っ!」
「ただ、君の部屋は鍵が複製されていた以上、完全に安全とは言えない。
私の部屋の方が警備も厚い。……君を守りたい」
アナスタシアは言葉を失った。
その言葉は、契約上の義務ではなく――
男として、夫として、彼が心からそう思っているのが伝わった。
(……守りたい、と……
そんなふうに言われたこと……生まれて初めてですわ)
胸の奥で何かがほどけたような気がした。
「……旦那様のご判断に従いますわ。
わたくし……旦那様を信じていますもの」
アナスタシアのその言葉に、ルキウスは一瞬だけ息を呑んだ。
「信じて……くれているのか?」
「はい」
小さく、でも確かな声で。
ルキウスはその言葉を噛みしめるように、深く目を閉じた。
「……アナスタシア。
君にそう言われると……私は、どうしようもなく嬉しい」
「旦那様……?」
「私はずっと、“白い結婚”という殻に逃げ込んでいた。
君を守る理由を、契約にしてしまえば……踏み込まずに済むからだ」
アナスタシアは目を見開いた。
「……旦那様も、怖かったのですか?」
「……ああ。
本当に心を寄せれば、失う恐怖も重くなる。
だから、距離を置いた関係の方が楽だと思っていた」
静かな告白だった。
アナスタシアは胸を押さえた。
(旦那様も……わたくしと同じだった……?
誰かを本気で好きになって、傷つくのが怖くて……
それで白い結婚を望んだ……?)
同じ痛みを抱えていたと知り、胸が締めつけられる。
「……旦那様」
アナスタシアはそっと、ルキウスの手に触れた。
「わたくし、旦那様の優しさに救われましたわ。
昨日だって……今日だって……」
ルキウスの目が驚きに揺れ、次に少しだけ切なく細められる。
「アナスタシア。
私を信じてくれたこと……忘れない」
「旦那様……」
アナスタシアは視線をそらす。
(……こんなの……まるで……恋人同士……)
でも、拒む気持ちはもうなかった。
---
その夜。
アナスタシアはルキウスに伴われ、公爵の私室へ移動した。
部屋は広いのに静かで、どこか落ち着く空気があった。
ベッドの脇に置かれたソファには、既に彼女用のブランケットが用意されていた。
「ここで休むといい」
「旦那様の……ベッドを? それとも……」
「君が寝る場所は、君が決めろ。
だが……私はソファで寝るつもりはない」
「!!」
アナスタシアの肩がびくっと震えた。
ルキウスは静かに言葉を続ける。
「誤解するな。
一緒に寝ろと言いたいわけじゃない。
私は、眠っている間も君を守れる場所にいたいだけだ」
「……守って……」
「君がここにいる限り、私は決して離れない」
その言葉には、所有ではなく――
深い誓いが込められていた。
アナスタシアの胸の奥に、熱いものが灯る。
(旦那様……
わたくし……こんなに……安心できるなんて……)
深く息を吸い、アナスタシアは小さく微笑んだ。
「では……旦那様のそばで……休ませていただきますわ」
その言葉に、ルキウスは静かに目を閉じ、小さく息をついた。
「……ありがとう、アナスタシア」
その夜。
二人の距離は、一歩――確かに縮まった。
まだ恋とは呼べないかもしれない。
けれど、互いの心はもう決して元の距離には戻らない。
アナスタシアは眠りにつく直前、そっと目を開けた。
(……旦那様のそばは……
こんなにも……温かいのですわね)
彼女の視線の先で、ルキウスは剣を手にして座っていた。
――眠らずに、彼女を守るために。
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