婚約破棄されたけれど、どうぞ勝手に没落してくださいませ。私は辺境で第二の人生を満喫しますわ

鍛高譚

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4-1 揺れる朝――覚悟の始まり

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第4章 真実の影と誓い

4-1 揺れる朝――覚悟の始まり

 アナスタシアがルキウスの私室で一夜を過ごした翌朝。
 初めて“他人の気配がする部屋で眠った”はずなのに、意外なほどよく眠れた。

(旦那様が……そばにいてくださったから、でしょうか)

 目覚めた瞬間、部屋の隅に置かれた椅子で、剣を抱えたまま眠るルキウスの姿が目に入った。

 寝台ではなく椅子。
 鎧ではなく私服のまま。
 剣を片時も離さず、彼女の方に身体を向けて眠っている。

 その姿にアナスタシアの胸が締めつけられた。

(わたくしを……一晩中、守ってくださった……)

 気づけばアナスタシアの手が胸元に触れていた。
 心臓が熱く脈打ち、息が詰まりそうになる。

 ――その時。

「アナスタシア?」

「っ……!」

 目を開けたルキウスの瞳が、真っ直ぐに彼女を映した。
 微かに眠気が残るが、視線は鋭く優しい。

「起きたのか。……よく眠れたか?」

「は、はい……とても」

「それならよかった」

 ルキウスは小さく息をつき、剣を離して椅子から立ち上がった。
 そのとき、アナスタシアの胸が強く締めつけられる。

(旦那様も眠れなかったでしょうに……
 わたくしのために……)

「……旦那様こそ。わたくしのせいで眠れなくて……」

「気にするな。君を護るのは私の務めだ」

 さらりと言うその声に、また胸が震えそうになる。

 ――だが、今朝は胸のざわつきだけでは済まなかった。


---

 朝食後、公爵邸の執務室へ向かう途中、騎士団のひとりが駆け込んできた。

「旦那様、大変です!」

「どうした」

「侵入した賊の身元が判明しました!
 そ、それが……“王宮の侍従の一人”だったのです!」

「……何?」

 アナスタシアも思わず息を呑んだ。

「王宮の……侍従……?」

「はい! 王太子派の貴族に仕えていた者と判明……
 アナスタシア様を狙った理由はまだ不明ですが――」

 ルキウスの表情が一瞬で険しくなる。

「続けろ」

「賊は、アナスタシア様を“奴隷商人のもとへ運ぶ”依頼を受けていたと供述しました!
 目的は“王宮から遠ざけること”だと……!」

 アナスタシアは青ざめた。

(王宮から……?
 わたくしを……遠ざけたい……?)

「アナスタシア」

「っ……は、はい」

 ルキウスがそっと肩に手を置いた。

「これは……君が思っているよりも深い陰謀だ。
 君がここへ来た時点で、すでに何者かが動いていた可能性が高い」

「わたくしが……狙われていた……?」

「狙われていたのは――君が“追放された令嬢”だからだ」

「え……?」

「貴族としての保護が外れた者ほど、利用価値が高い。
 味方も後ろ盾も失った令嬢が最も狙われやすい」

 アナスタシアは唇を噛む。

(婚約破棄され、追放された……
 あの瞬間から、わたくしは……)

 自分がどれほど危険な立場にいたか、ようやく理解した。

「だが、それだけではない」

 ルキウスの声がさらに低くなる。

「“君が持つ血筋”も、狙われた理由なのかもしれない」

「血筋……?」

 アナスタシアは戸惑った。

「わたくしの血筋に……何か?」

「アナスタシア。君は知らないだろうが……
 君の母方の家系には“特殊な力”が伝わっていたという噂がある」

「特、殊な……?」

 アナスタシアは思わず首を振った。

「わたくしには……何の力もありませんわ。
 家族からも、役立たずと言われて……」

「アナスタシア」

 ルキウスは彼女の手を強く握った。

「君が自分をどう思おうと、他人がどう罵ろうと……
 私は決して同意しない」

 アナスタシアの胸が熱くなる。

「だが……血筋には、まだ“真実”が隠されている可能性がある。
 それが今回の事件に関係しているかもしれない」

 アナスタシアは小さく息を呑んだ。

(わたくしの……血筋……?
 一体……何が……)

 そのとき、また別の騎士が駆け込んできた。

「旦那様! さらに報告が!」

「言え」

「倉庫の毒物と一緒に、奇妙な文様のついた小瓶が発見されました。
 これは……“禁術師”の印章が刻まれたものです!」

「禁術師……!」

 アナスタシアも息を呑む。

 禁術師とは――
 王都では存在自体がタブーとされる者たち。
 人を操り、力を奪う術を使うとされ、王国では“闇の存在”として扱われていた。

「禁術師が関わっているとすれば……
 犯人は、ただの金目的ではないということになります!」

 騎士は続けた。

「おそらく……“アナスタシア様を奪うことで、何かを得られる”と考えていたのでは……」

「アナスタシアを……奪う……?」

 ルキウスの瞳が怒りで濃く染まった。

「誰が……そんなことを……!」

 彼はアナスタシアの肩を抱き寄せた。

「アナスタシア。
 君は今……王国で最も狙われやすい存在になっている」

「わたくしが……?」

「それほど、君には“価値”があるということだ」

「わたくしに……価値なんて……」

「ある。
 君がまだ知らないだけだ」

 アナスタシアは震えた。

「……旦那様。
 わたくし……怖いのです」

「怖がっていい。
 その恐怖を、私が全て受け止める」

 アナスタシアの胸に温かい涙が滲む。

(旦那様……
 わたくし……本当に……)

「アナスタシア」

「はい……」

「君は今後、私から離れるな。
 一息たりとも君を見失うわけにはいかない」

 アナスタシアの身体が震える。

「守りたいとか、夫としての責務とか……
 そんな言葉では足りない」

「旦那様……?」

「君を奪われるのが……私には耐えられない」

 アナスタシアの心臓が、強く跳ねた。

(奪われるのが……耐えられない……
 それは……)

 もう“白い結婚”の言葉では表せない感情。

 アナスタシアの胸が熱くなり、喉が震えた。

「旦那様……わたくし……」

 言葉を続けようとした瞬間――
 窓の外から騎士の叫び声が響いた。

「侵入者だぁぁっ!!」

 アナスタシアは息を呑む。

 ルキウスは即座に剣を抜き、アナスタシアの前に立った。

「アナスタシア、下がれ!」

「っ……!」

 その姿は、恐れを知らぬ騎士ではなく――
 “大切な女性を守る男”そのものだった。

(旦那様……
 わたくしも……ただ守られるだけでは……)

 アナスタシアは拳を握った。

(もう……逃げるわけにはいかない)

 彼の背中を見つめながら、強く、強く思った。

 ――ここからが、わたくしの覚悟の始まり。

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