婚約破棄されたけれど、どうぞ勝手に没落してくださいませ。私は辺境で第二の人生を満喫しますわ

鍛高譚

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4-3 裏切りの侍女――白き力の目覚め

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第4章 真実の影と誓い

4-3 裏切りの侍女――白き力の目覚め

 禁術師の印章を所持した侍女が発見されてから、アナスタシアとルキウスはすぐ地下牢の一室へ向かった。

 警備が増強され、廊下には武装した騎士がずらりと並ぶ。
 屋敷の空気は、恐怖と緊張で張りつめていた。

(わたくしを狙う者は、屋敷の中にも……)

 アナスタシアは、手のひらが冷たくなるのを感じた。
 しかし隣を歩くルキウスが、さりげなく手を添え、彼女の不安を吸い取るように握り返す。

「怖いか?」

「……大丈夫ですわ。旦那様がそばにいてくだされば」

 その答えに、ルキウスの瞳が一瞬だけやわらかく光った。

 ――だが、その温もりはすぐに鋼のように冷たい表情へと戻る。

「中にいる侍女は、禁術師と繋がっている可能性が高い。
 何を仕掛けてくるか分からない。決して奴の瞳を見すぎるな」

「……はい」

 扉を開くと、牢の中で一人の若い侍女が座っていた。

 アナスタシアがよく見知った顔――
 日頃、彼女に茶を淹れてくれた、優しい微笑みを向けてくれた侍女エミリアだった。

「エミリア……?」

 アナスタシアは驚愕し、思わず一歩踏み出してしまった。

 しかしルキウスが素早く腕を伸ばし、アナスタシアを引き寄せた。

「危険だ。近づくな」

 その声は鋭く、アナスタシアははっと息を呑んだ。

 エミリアはぼんやりとした瞳でアナスタシアを見ていたが、ゆっくりと笑みを浮かべた。
 だが、その笑みは普段とは全く違う。
 ねっとりと、底知れない闇をはらんだ笑みだった。

「アナスタシア様……」

「エミリア、どうして……?」

 アナスタシアの問いに、エミリアは肩を震わせて笑った。

「だって……あなたは“白の血”を持つ、特別な方なのですよ」

「白の……血……」

 またその言葉。
 先ほどの賊も口にした言葉。

 アナスタシアは胸がざわついた。

(白の血……わたくしに……何があるというの……?)


---

「エミリア。お前は誰に命じられた」

 ルキウスが低い声で問いかける。
 その声には容赦がなかった。

 エミリアはうっとりとした目でアナスタシアを見つめたまま、言葉を吐いた。

「“王”に命じられたのですよ」

「王? 王国の王か?」

「ちがうわ……“闇の王”よ。白の血を欲する王」

 アナスタシアの背筋がぞわりと震えた。

「あなたを手に入れれば……王が……復活なさる……!」

 エミリアは突然、手を伸ばし、牢の鉄格子を掴んだ。

「白き魔力を持つあなたを……!」

「!」 

 エミリアの瞳がぐるりと回り、黒く濁った光を放つ。
 まるで自我が失われ、別の何かが乗り移っているようだった。

(エミリアは……操られている……?)

 禁術師が関与しているなら、その可能性は極めて高い。
 不自然な言動も説明がつく。

 だが――

「アナスタシア様……」

 エミリアは鉄格子に両手をかけ、ずるずると体を前へ寄せた。

「どうか……その白き力を……王に……」

「やめろッ!!」

 ルキウスが怒号と共にアナスタシアを抱き寄せ、牢から遠ざける。

 その瞬間。

 ――アナスタシアの胸が、強く痛んだ。

「……あ、あれ……?」

 胸元が熱く、じんじんと光を帯びていく。
 驚いて見下ろすと、薄く白い光が皮膚の下で揺らいでいた。

「アナスタシア……!」

 ルキウスが彼女の肩を掴んだ。

「これは……」

 アナスタシア自身も驚愕していた。

(わ、わたくし……が……?
 光っている……?)

 エミリアは目を見開き、狂ったように鉄格子を叩いた。

「ほら……ほらぁっ!! やっぱり……白だ……!
 本物の……白の一族だわ……!!」

「黙れッ!」

 ルキウスが怒鳴った。

「アナスタシアに二度と触れようとするなッ!!」

 その怒りは、これまで見たことのないほど強く燃えていた。
 アナスタシアを狙った者に向ける、純粋な怒り。

(旦那様……こんなに……怒って……)

 胸がまた熱く膨れ上がっていく。


---

 しかし、事態はさらに悪化した。

 エミリアの背中から黒い煙が噴き出し、牢内が不気味に揺らめき始めた。

「旦那様、危険です!」

 騎士が叫ぶが、もう遅い。

「王よ……
 ここに……“白”が……」

 エミリアの口から出た言葉は、もはや彼女ではなかった。

「アナスタシア、下がれ!!」

 ルキウスが彼女を守ろうと腕を伸ばした瞬間――

 アナスタシアの手が、無意識に前へ伸びた。

「やめて……!!」

 彼女の叫びとともに、白い光が爆発するように広がった。

 眩い白光が牢内を包み、黒い煙が弾き飛ばされる。
 エミリアの身体は後ろへ吹き飛び、黒煙は霧散した。

 光が収束すると、牢にはただ気を失ったエミリアだけが残っていた。

「……アナスタシア……」

 ルキウスの声が震えていた。

 アナスタシア自身も、自分の手を呆然と見つめた。

「わ、わたくし……今のは……?」

「白の魔力だ……
 “浄化”の力……禁術を払う唯一の力だ」

 ルキウスはしばらく呆然とアナスタシアを見つめていたが、次の瞬間、彼女を強く抱き寄せた。

「アナスタシア……本当に、無事でよかった……!!」

「だ、旦那様……っ」

 アナスタシアは驚き、息を呑んだ。

 ルキウスの腕は固く、まるで二度と彼女を離さないと誓っているかのようだった。

「もう……怖い思いをさせたくない。
 君が傷つくのを見たくない。
 私が……守る」

「っ……旦那様……」

 アナスタシアの胸の奥がぎゅっと強く締めつけられた。

 涙が、こぼれそうになる。

(旦那様……
 わたくしのために……こんなにも……)

 ルキウスはアナスタシアの背にそっと手を添え、静かに言った。

「アナスタシア。
 もう逃げるな。
 私は……君を守るためなら、どんな敵でも斬る」

 アナスタシアは、震える声で答えた。

「……はい。
 わたくしも……旦那様と共に……前へ進みたい」

 その言葉に、ルキウスの腕の力がさらに増した。

 そしてアナスタシアの胸の光は、静かに消えていく。

 白の魔力はまだ完全ではない。
 だけど――
 確かに“目覚め始めている”。


---

 後に、エミリアは操られていただけで真犯人ではないことが判明する。
 さらに、彼女が口にした“闇の王”の情報が新たな謎を生む。

 だがこの夜、二人の距離は確実に縮まった。

 もはや、白い結婚ではいられないほどに――。


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