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5話
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――貴族の恋愛事情が唐突にひっくり返ることなど、珍しくもない。
けれど、それにまったく関係のないはずの商人令嬢が、突然“運命の相手”扱いされるなど、聞いたことがあるだろうか。
そんな笑い話みたいな災難が、この王都に実際に降りかかっている。
しかも、その当事者はまだ何も知らない――パステル商会の娘、クレオ・パステルだ。
噂と勘違いの始まり
王都の街は、貴族や商人、職人、それから観光客まで、多種多様な人々で賑わっている。貴族の館が立ち並ぶ上流区域から少し離れた繁華街には、大きな商会や小さな露店がずらりと並び、朝から夕暮れまで活気に満ちている。
その中でも、ひと際注目を集めるのが“パステル商会”だ。
巨大な倉庫と事務所を兼ねた本館は、街道沿いに堂々と建ち、一目で「ここが王都屈指の商会である」と分かる威風を漂わせていた。
「さてと、今日も忙しくなりそうですね」
そう呟きながら玄関ホールを出てきたのは、件のクレオ・パステル。鮮やかなアプリコット色のドレスを身にまとい、商会の紋章の付いた名札を胸につけている。ドレスと言っても、社交界のように華美なものではなく、あくまで商会の代表として動き回りやすいよう仕立てられた機能的な服だ。
人は彼女を「パステル商会の令嬢」と呼ぶが、当の本人はあまり“令嬢”という言葉にピンときていない。生まれは商人の家柄で、日常的に現場を見回り、時には馬車の積み下ろしも手伝う。貴族趣味の優雅さとは無縁だし、むしろ自分を「働く人間の一人」として認識している。
「クレオ様、おはようございます」
「今日のスケジュールですが、午前中は北方商人ギルドの代表者との打ち合わせ。午後からは先日分の融資審査の結果確認。そして――」
「ありがとう。まずは北方の商人たちを応接室でお迎えするのね。書類は昨日のうちに確認済みだから、大丈夫よ」
付き従う事務員や商人が次々に報告を入れ、クレオはそれをテンポよく処理していく。
この姿を見れば、誰もが思うだろう――「この娘はテキパキしていて、いかにも有能な商人令嬢だ」と。
しかし、クレオ自身は特別な意識などしていない。幼い頃から、パステル商会の当主である父親の仕事を手伝い、商売の流れを体で覚えてきた。それが自然であり、彼女の生き方なのだ。
そんなクレオが、まさか貴族の婚約事情に巻き込まれているとは露ほども知らず、いつもどおりの日常を送っていた……そう、つい今朝までは。
ところが、街では奇妙な噂が少しずつ広がり始めている。
「なあ、聞いたか? ブラック公爵の嫡男様が、どこかの商会の娘に一目惚れしたってさ」
「そりゃまた……相手はどこのお嬢さんだろうね?」
「名前が……ええと、パス……テ? あ、パステル商会? だったかな」
こんな風に、はっきりとした真偽も分からないまま“ブラック公爵家の嫡男が商会の娘に惚れたらしい”という話がじわじわと町中に広がっていた。
噂好きな人々は、その名前や背景を面白おかしく脚色し、ときには誇張して伝える。やがて「パステル商会の令嬢と婚約するらしい」「真実の愛で婚約者を捨てたんだって」といった尾ひれの付いた情報となり、あっという間に王都を駆け巡る。
むろん、噂の渦中のクレオは何も知らされていない。彼女がその話を耳にするのは、ほんの少し先のことだった。
けれど、それにまったく関係のないはずの商人令嬢が、突然“運命の相手”扱いされるなど、聞いたことがあるだろうか。
そんな笑い話みたいな災難が、この王都に実際に降りかかっている。
しかも、その当事者はまだ何も知らない――パステル商会の娘、クレオ・パステルだ。
噂と勘違いの始まり
王都の街は、貴族や商人、職人、それから観光客まで、多種多様な人々で賑わっている。貴族の館が立ち並ぶ上流区域から少し離れた繁華街には、大きな商会や小さな露店がずらりと並び、朝から夕暮れまで活気に満ちている。
その中でも、ひと際注目を集めるのが“パステル商会”だ。
巨大な倉庫と事務所を兼ねた本館は、街道沿いに堂々と建ち、一目で「ここが王都屈指の商会である」と分かる威風を漂わせていた。
「さてと、今日も忙しくなりそうですね」
そう呟きながら玄関ホールを出てきたのは、件のクレオ・パステル。鮮やかなアプリコット色のドレスを身にまとい、商会の紋章の付いた名札を胸につけている。ドレスと言っても、社交界のように華美なものではなく、あくまで商会の代表として動き回りやすいよう仕立てられた機能的な服だ。
人は彼女を「パステル商会の令嬢」と呼ぶが、当の本人はあまり“令嬢”という言葉にピンときていない。生まれは商人の家柄で、日常的に現場を見回り、時には馬車の積み下ろしも手伝う。貴族趣味の優雅さとは無縁だし、むしろ自分を「働く人間の一人」として認識している。
「クレオ様、おはようございます」
「今日のスケジュールですが、午前中は北方商人ギルドの代表者との打ち合わせ。午後からは先日分の融資審査の結果確認。そして――」
「ありがとう。まずは北方の商人たちを応接室でお迎えするのね。書類は昨日のうちに確認済みだから、大丈夫よ」
付き従う事務員や商人が次々に報告を入れ、クレオはそれをテンポよく処理していく。
この姿を見れば、誰もが思うだろう――「この娘はテキパキしていて、いかにも有能な商人令嬢だ」と。
しかし、クレオ自身は特別な意識などしていない。幼い頃から、パステル商会の当主である父親の仕事を手伝い、商売の流れを体で覚えてきた。それが自然であり、彼女の生き方なのだ。
そんなクレオが、まさか貴族の婚約事情に巻き込まれているとは露ほども知らず、いつもどおりの日常を送っていた……そう、つい今朝までは。
ところが、街では奇妙な噂が少しずつ広がり始めている。
「なあ、聞いたか? ブラック公爵の嫡男様が、どこかの商会の娘に一目惚れしたってさ」
「そりゃまた……相手はどこのお嬢さんだろうね?」
「名前が……ええと、パス……テ? あ、パステル商会? だったかな」
こんな風に、はっきりとした真偽も分からないまま“ブラック公爵家の嫡男が商会の娘に惚れたらしい”という話がじわじわと町中に広がっていた。
噂好きな人々は、その名前や背景を面白おかしく脚色し、ときには誇張して伝える。やがて「パステル商会の令嬢と婚約するらしい」「真実の愛で婚約者を捨てたんだって」といった尾ひれの付いた情報となり、あっという間に王都を駆け巡る。
むろん、噂の渦中のクレオは何も知らされていない。彼女がその話を耳にするのは、ほんの少し先のことだった。
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