婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております

鍛高譚

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第1章 ――思い出された二つの人生――

2話

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そうこう考えていると、扉の向こうからノックの音が聞こえた。優雅な調子で三回ノックし、少し間を置いてから、声がかかる。
「お嬢様、失礼いたします。ご気分はいかがでしょうか?」

 そう言いながら入ってきたのは、身なりの整った侍女の一人だった。彼女は私の顔を覗き込み、怪我や病気の様子がないかを確かめるように注意深く視線を巡らせる。

 レイラとしての記憶によれば、この侍女は名をマーガレットと言い、まだ二十歳そこそこの若い女性だが、几帳面で誠実な性格から私の身の回りを献身的にサポートしてくれていたらしい。マーガレットは安堵の表情を浮かべて笑う。

「お嬢様が階段から落ちたと聞いたときには、とても心配いたしました。ですが、こうしてお元気そうで何よりです」

「階段から落ちた……そういえば、そんなことがあったのかしらね。少し頭を打ったみたいだけど、もう大丈夫よ。ありがとう、マーガレット」

 私がそう言うと、マーガレットは失礼しますと言ってベッドサイドに寄り、私の体調を丁寧に確認する。ここで思い当たるのは、どうやらレイラは昨晩か今朝方に、王宮の階段から転げ落ちそうになって、頭を強く打ったという事実だ。その衝撃で前世の記憶が甦った――ということなのだろう。

「お嬢様、もうすぐ王宮からの使者が見えるとのことです。例の……その、婚約の件で殿下が本日お話をされるご予定だとか」

 侍女がためらいがちに告げる。婚約の件、と言われても、私は特に焦る気にならない。むしろ、「ああ、はいはい、予定通りね」という感じだ。

「ありがとう、マーガレット。……大丈夫よ、私はどこも痛みませんから。すぐに支度をするわ」

 侍女たちによってドレスが用意され、化粧台の前に腰かける。鏡を見つめると、そこに映るのは、私とは思えないほど整った容姿の少女だ。艶やかな黒髪に、すっと通った鼻筋、緑色の瞳がきらきらと輝いている。肌にはくすみなど一切なく、まるで繊細な磁器の人形のようだ。

(これが、レイラ・フォン・アーデルハイド……。すごい、前世の私からしたら芸能人も驚くほどの美貌じゃないかしら? いやはや、人生何があるか分からないものね)

 ドレスは淡いアイボリーにレースがふんだんに使われていて、胸元には小さなリボンがいくつもあしらわれている。袖口やスカートの裾にも繊細な装飾があるが、決して華美すぎず、上品な印象を与える。レイラの好みを反映したデザインだろう。

「よし、着替えも完了。じゃあ、王宮に行ってくるとするか」

 と、軽い調子で口にしてしまい、侍女たちが一瞬驚いた顔をする。私の前世の庶民的な言葉遣いがつい出てしまったのだが、気にせず微笑んでごまかした。きっと慣れないうちはこんな調子で出てしまうだろう。でも異世界の貴族らしい言葉遣いを覚えていけば、自然と振る舞いも板についてくるはず。

 私は侍女たちを従え、馬車へと向かう。庭園を抜けると、すでにアーデルハイド公爵家の専用馬車が用意されていた。御者が恭しく頭を下げ、私をエスコートしてくれる。昔からレイラは当然のように乗っていたのだろうが、前世庶民の私にとっては、まるでVIP待遇。新鮮な感動を味わいながら馬車に乗り込むと、早速王宮へと出発する。
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