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第1章 ――思い出された二つの人生――
1話
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ぱちり、と目蓋を開いた瞬間、私は自分が見慣れない天蓋付きのベッドに横たわっていることに気づいた。見上げる天井には豪華なレリーフが施され、黄金を散りばめたような装飾がキラキラと光を放っている。まるで中世ヨーロッパの宮殿にでも迷い込んだかのようだ。
反射的に腕を動かすと、柔らかなシーツの感触が心地よく伝わってきた。滑るような肌触り。普段使っていた薄手の布団や安物の枕とは全然違う。そもそも、私の記憶が正しければ、私は昨夜もブラック企業から深夜に帰宅し、ボロアパートのせまいベッドに倒れ込むように寝たはず。それがどうして、こんなところで目覚めているのだろう。
起き上がろうと身体を動かし、部屋をぐるりと見回す。壁は淡いクリーム色を基調にしているようで、ところどころに象嵌細工の家具が配置されている。重厚感あふれるドアの左右には観葉植物をあしらった大きな花瓶が置かれ、光沢のある大理石の床には豪奢なカーペットが敷かれていた。私の知る「日本の住宅事情」とはかけ離れたスケール感だ。まるで、おとぎ話の中に放り込まれたような気分になる。
「……えっ、なにこれ。広っ……。下手したら、ここで野球ができちゃうんじゃないの?」
思わずそんな言葉がこぼれ落ちる。それくらい、現実離れした広さの部屋だった。
すると、頭の奥がズキリと痛んだ。次の瞬間、まるで洪水のように膨大な記憶が押し寄せてくる。――日本での生活。私は都内のブラック企業で事務員として働いていた。残業続きで疲れ果て、深夜に帰宅するのが日常。趣味や娯楽なんてほとんどなかった。休日は泥のように眠るか、会社の仕事を家に持ち帰ってこなすか、そんな味気ない日々。
だけど、どうしてこんなところに? そもそも私はいつ死んだのか、それとも死んだのかも分からない。急激に押し寄せる疑問を整理できず、頭を抱え込む。と同時に、もう一つ、別の人生に関する記憶が自然に蘇り始めた。――レイラ・フォン・アーデルハイド。貴族社会が成り立つ異世界の名門公爵家の令嬢。その人生の中で、私は「王太子の婚約者」という立場を与えられていた。
(まさか……私、前世の記憶を思い出した……ってやつ? つまり、異世界転生してたの?)
理解が追いつかない。けれど、断片的に浮かぶレイラとしての暮らしの記憶は、疑いようもなく本物だ。まだぼんやりとしているけれど、大まかな情景ははっきりと脳裏に刻まれている。王宮の舞踏会に参加したこと。公爵家の令嬢として、周囲から一目置かれた生活を送っていたこと。侍女や従者が大勢いて、何不自由ない暮らしをしていたこと。
「私、今は……レイラ、なのよね。」
そう口に出してみると、不思議な感覚が込み上げてくる。自分は確かに日本で生きてきた“私”でもあるけれど、同時にこの異世界の“レイラ・フォン・アーデルハイド”でもある。二つの記憶が融合するような、奇妙な感覚。
ただ一つ、はっきりしていることがある。この世界で私は――相当に恵まれた身分らしい、ということだ。部屋の豪華さを見ても分かるとおり、公爵家はこの国の中でも有数の権力者だ。最初から勝ち組ポジションに生まれているなんて、ブラック企業OLだった私からすると、ちょっと信じられない幸運である。
「……でも、レイラとしてのストーリーは、どうやら今日が転機になるらしいわね。」
脳裏にあるレイラの記憶をもう一度たどる。そこには、なんと「婚約破棄」というイベントが待ち受けていることが記されていた。つまり、王太子から婚約を破棄される日――それが今日。
婚約破棄と言えば、いかにも“異世界転生モノ”でありがちな展開だけど、私はそれがどうにも他人事に思えなかった。いや、実際に“他人事”では済まされないのだが――日本の価値観ならともかく、この世界では婚約破棄は貴族間の大きな騒動になり得るのが普通。でも、なぜか私は一切の焦りを感じなかった。
(婚約破棄? そんなのいいじゃない。むしろ束縛がなくなって、自由に生きられるならラッキーかも。前世で散々こき使われた身としては、のんびり暮らせる方が楽だよね。)
そう思ったら、気分が軽くなってきた。何やら面倒な陰謀やゴタゴタもあるのかもしれないが、前世のブラック企業に比べたら大した問題ではない。むしろこの華やかな世界を存分に楽しむ余裕があるなら、損どころか得だと思う。
反射的に腕を動かすと、柔らかなシーツの感触が心地よく伝わってきた。滑るような肌触り。普段使っていた薄手の布団や安物の枕とは全然違う。そもそも、私の記憶が正しければ、私は昨夜もブラック企業から深夜に帰宅し、ボロアパートのせまいベッドに倒れ込むように寝たはず。それがどうして、こんなところで目覚めているのだろう。
起き上がろうと身体を動かし、部屋をぐるりと見回す。壁は淡いクリーム色を基調にしているようで、ところどころに象嵌細工の家具が配置されている。重厚感あふれるドアの左右には観葉植物をあしらった大きな花瓶が置かれ、光沢のある大理石の床には豪奢なカーペットが敷かれていた。私の知る「日本の住宅事情」とはかけ離れたスケール感だ。まるで、おとぎ話の中に放り込まれたような気分になる。
「……えっ、なにこれ。広っ……。下手したら、ここで野球ができちゃうんじゃないの?」
思わずそんな言葉がこぼれ落ちる。それくらい、現実離れした広さの部屋だった。
すると、頭の奥がズキリと痛んだ。次の瞬間、まるで洪水のように膨大な記憶が押し寄せてくる。――日本での生活。私は都内のブラック企業で事務員として働いていた。残業続きで疲れ果て、深夜に帰宅するのが日常。趣味や娯楽なんてほとんどなかった。休日は泥のように眠るか、会社の仕事を家に持ち帰ってこなすか、そんな味気ない日々。
だけど、どうしてこんなところに? そもそも私はいつ死んだのか、それとも死んだのかも分からない。急激に押し寄せる疑問を整理できず、頭を抱え込む。と同時に、もう一つ、別の人生に関する記憶が自然に蘇り始めた。――レイラ・フォン・アーデルハイド。貴族社会が成り立つ異世界の名門公爵家の令嬢。その人生の中で、私は「王太子の婚約者」という立場を与えられていた。
(まさか……私、前世の記憶を思い出した……ってやつ? つまり、異世界転生してたの?)
理解が追いつかない。けれど、断片的に浮かぶレイラとしての暮らしの記憶は、疑いようもなく本物だ。まだぼんやりとしているけれど、大まかな情景ははっきりと脳裏に刻まれている。王宮の舞踏会に参加したこと。公爵家の令嬢として、周囲から一目置かれた生活を送っていたこと。侍女や従者が大勢いて、何不自由ない暮らしをしていたこと。
「私、今は……レイラ、なのよね。」
そう口に出してみると、不思議な感覚が込み上げてくる。自分は確かに日本で生きてきた“私”でもあるけれど、同時にこの異世界の“レイラ・フォン・アーデルハイド”でもある。二つの記憶が融合するような、奇妙な感覚。
ただ一つ、はっきりしていることがある。この世界で私は――相当に恵まれた身分らしい、ということだ。部屋の豪華さを見ても分かるとおり、公爵家はこの国の中でも有数の権力者だ。最初から勝ち組ポジションに生まれているなんて、ブラック企業OLだった私からすると、ちょっと信じられない幸運である。
「……でも、レイラとしてのストーリーは、どうやら今日が転機になるらしいわね。」
脳裏にあるレイラの記憶をもう一度たどる。そこには、なんと「婚約破棄」というイベントが待ち受けていることが記されていた。つまり、王太子から婚約を破棄される日――それが今日。
婚約破棄と言えば、いかにも“異世界転生モノ”でありがちな展開だけど、私はそれがどうにも他人事に思えなかった。いや、実際に“他人事”では済まされないのだが――日本の価値観ならともかく、この世界では婚約破棄は貴族間の大きな騒動になり得るのが普通。でも、なぜか私は一切の焦りを感じなかった。
(婚約破棄? そんなのいいじゃない。むしろ束縛がなくなって、自由に生きられるならラッキーかも。前世で散々こき使われた身としては、のんびり暮らせる方が楽だよね。)
そう思ったら、気分が軽くなってきた。何やら面倒な陰謀やゴタゴタもあるのかもしれないが、前世のブラック企業に比べたら大した問題ではない。むしろこの華やかな世界を存分に楽しむ余裕があるなら、損どころか得だと思う。
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