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第2章 ――ぶどう園を見下ろす丘で――
7話
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ぶどう園の光と影――領民たちとの交流
「ここでは、白ワイン用と赤ワイン用のぶどうをそれぞれ栽培しております。土壌や日当たりに合わせて複数の品種を育てることで、安定した生産量を確保しているんです」
ポーランドは慣れた様子でぶどうの樹のそばに立ち、説明を始める。周囲には数人の農民らしき人々が作業の手を止めてこちらを見つめていたが、ポーランドの合図で「ご苦労さまです」とぺこりと頭を下げてくれる。
「そうなのね。私、まだ詳しく知らないことが多いから、ぜひ教えてほしいわ。ここのぶどうは普通のぶどうと比べて、やはり違いがあるのかしら?」
「ええ、アーデルハイド領のぶどう園は土地の栄養が豊富なうえ、気温差が適度にあるため、甘みと酸味のバランスが素晴らしいんです。また、公爵家が代々続けてきた品種改良の成果もあり、害虫や病気に強い品種が多く育っています」
品種改良――その言葉に私は興味をそそられる。レイラの記憶の中にも、先祖代々、ワインづくりに情熱を注いできた話は断片的に残っていた。ただ、詳しい研究内容や手法までは記憶にない。私自身、前世で生物や農業を専門的に学んだわけではないが、ネットや雑誌で仕入れた多少の知識はある。もしかしたら、何か役に立つかもしれない。
ぶどうの樹に近づくと、まだ青い実が大小房をなしてぶら下がっている。ポーランドが手に取って見せてくれるが、房の形状や粒の大きさなどを見て、「これはまだ収穫には早い」と言う。私がひと粒つまんで口に運ぶと、酸味が強いながらもうっすらと甘みがあった。
「うん、さっぱりとして美味しいわね。まだ熟していないのに、これだけの味が出せるなんて……。すごいわ」
「ありがとうございます。これから数週間すれば、より糖度が高まってさらに香り豊かになるでしょう。収穫はそのタイミングを見計らって行います」
「その見極めが難しそうね。いっぺんに熟すわけじゃないし、天候にも左右されるだろうし」
そう返すと、ポーランドは苦笑いして頷いた。
「ええ。熟成のタイミングはまさに自然との勝負です。特にここ数年は気候の変動が激しく、収穫時期を誤ると不作になってしまうリスクが高い。ですが、お嬢様もご存じのとおり、アーデルハイド家はワインづくりに熱心で、設備投資も惜しまず行ってくださる。だからこそ、毎年こうして一定以上の品質を保てているんですよ」
「なるほど……。設備投資って例えばどういうものなの?」
「ぶどうの保管庫の温度管理や、害虫駆除のための新しい試薬の導入、さらに土壌改良の技術も取り入れています。そのおかげで、質の高いぶどうを安定して収穫できるんです」
私はその言葉を聞き、領地経営というものが単なる税の取り立てや政治的なやり取りだけではないことを改めて実感した。公爵家が先頭に立って産業を支え、それがひいては領民たちの暮らしを豊かにする。日本で言えば企業投資のイメージに近いかもしれない。私が前世でいたブラック企業では、従業員を酷使して経費を削り、利益を出すことしか考えていなかった。だが、こちらの世界のアーデルハイド家では、領地の人々が豊かに暮らすために必要な投資を行っている。この違いは、領民との信頼関係にも影響しているのだろう。
(これは面白い……。前世でちょっと囓いた経営の知識も、もしかしたら役立つかもしれない)
私はそう考えながら、ポーランドや農民たちから話を聞き続けた。土壌の状態や天気予報のシステムがまだ未発達なこと、害虫や病気への対策は経験則に依る部分が大きいことなど、現代日本からすれば「もっと効率化できそうなのに」と思うところは多々ある。しかし、この世界ならではの魔法的技術が多少は存在しているらしく、自然の力を読む占い師のような存在がいたり、特殊な鉱石を利用した殺菌装置があるなど、異世界独自の方法が取り入れられているのもまた興味深い。
ひとしきり畑を歩いた後、ポーランドが「よろしければ小屋で少し休憩を」と提案してくれたので、私はさっそくお言葉に甘えることにした。小屋の中には簡単なテーブルと椅子が置かれており、農民たちと情報共有するためのメモや道具が並んでいる。お世辞にも豪華な空間ではないけれど、ぶどう園特有の甘酸っぱい香りが漂い、心地よい落ち着きを感じる。
ポーランドが手渡してくれたのは、先ほど摘みたてのぶどうを使ったジュース。さきほど食べた実は酸味が強かったのに、このジュースはほんのりと優しい甘さが感じられる。もしかして少し砂糖を加えているのかもしれないが、それでもフレッシュな風味は間違いなく格別だ。
「おいしいわ。あの、ポーランドさん、このジュースって商品化できないの?」
私の何気ない問いかけに、彼は目を丸くする。
「ジュース、ですか? 私たちは基本的にぶどうはワイン用と生食用に分けておりまして、ジュースの需要はあまり考えておりませんでしたな。もちろん子どもたちが夏場に飲む程度で、商品として売り出すという発想はありませんでした」
「そうなのね。でも、こんなにおいしいのなら、屋敷の中だけでも需要があるんじゃない? それに、ワインを飲めない人だっているはずだし、外でも売ればいいんじゃないかしら?」
「なるほど……。確かにお嬢様のおっしゃるとおり、需要はあるかもしれません。問題は保存方法でしょうか。常温ではすぐに酸っぱくなりますし、製造コストや流通経路も検討が必要ですね」
「そうね、そのあたりはちゃんと計算しないといけないわ。だけど、もしうまくいけば利益が増えるかもしれないし、ワイン以外の選択肢が広がるのは悪いことじゃないと思うわ。もちろん、いきなり全面的に導入するんじゃなく、試験的に少量を屋敷で出してみるとか、そこから始めればいいのよ」
私は思いつくままに話す。前世でコンビニバイトをしていたとき、飲料商品の需要が季節によって激しく変動することを見てきた経験がある。異世界とはいえ、人が冷たいものや甘い飲み物を欲するのは同じだろう。酒が飲めない子どもや妊婦などにも需要があるのではないか。そんなアイデアが浮かんできて、今の私にはとても新鮮に感じられる。
ポーランドは真剣な表情でメモを取りながら、何度か頷いている。
「なるほど、お嬢様は大変お詳しいのですね。確かにワイン一辺倒ではない新しい製品開発も、今後の領地の安定に寄与するかもしれません。早速、私のほうで検討してみましょう」
「ええ。あくまでアイデアの一つだけれど、試す価値はあると思うの。結果はどうなるか分からないけど、失敗しても大した損害はないでしょう?」
「仰るとおりです。ありがとうございます、お嬢様」
ポーランドが深く頭を下げる。その姿を見て、私は少し照れくさくなった。前世はただの会社員で、農業や経営の専門知識なんて持ち合わせていない。だけど、こうして「少し別の視点」で話をするだけで、現地の人々にとっては新しい発想が生まれるかもしれない。そこに、私がこの世界へ転生してきた意義があるのだと感じられる。
「ここでは、白ワイン用と赤ワイン用のぶどうをそれぞれ栽培しております。土壌や日当たりに合わせて複数の品種を育てることで、安定した生産量を確保しているんです」
ポーランドは慣れた様子でぶどうの樹のそばに立ち、説明を始める。周囲には数人の農民らしき人々が作業の手を止めてこちらを見つめていたが、ポーランドの合図で「ご苦労さまです」とぺこりと頭を下げてくれる。
「そうなのね。私、まだ詳しく知らないことが多いから、ぜひ教えてほしいわ。ここのぶどうは普通のぶどうと比べて、やはり違いがあるのかしら?」
「ええ、アーデルハイド領のぶどう園は土地の栄養が豊富なうえ、気温差が適度にあるため、甘みと酸味のバランスが素晴らしいんです。また、公爵家が代々続けてきた品種改良の成果もあり、害虫や病気に強い品種が多く育っています」
品種改良――その言葉に私は興味をそそられる。レイラの記憶の中にも、先祖代々、ワインづくりに情熱を注いできた話は断片的に残っていた。ただ、詳しい研究内容や手法までは記憶にない。私自身、前世で生物や農業を専門的に学んだわけではないが、ネットや雑誌で仕入れた多少の知識はある。もしかしたら、何か役に立つかもしれない。
ぶどうの樹に近づくと、まだ青い実が大小房をなしてぶら下がっている。ポーランドが手に取って見せてくれるが、房の形状や粒の大きさなどを見て、「これはまだ収穫には早い」と言う。私がひと粒つまんで口に運ぶと、酸味が強いながらもうっすらと甘みがあった。
「うん、さっぱりとして美味しいわね。まだ熟していないのに、これだけの味が出せるなんて……。すごいわ」
「ありがとうございます。これから数週間すれば、より糖度が高まってさらに香り豊かになるでしょう。収穫はそのタイミングを見計らって行います」
「その見極めが難しそうね。いっぺんに熟すわけじゃないし、天候にも左右されるだろうし」
そう返すと、ポーランドは苦笑いして頷いた。
「ええ。熟成のタイミングはまさに自然との勝負です。特にここ数年は気候の変動が激しく、収穫時期を誤ると不作になってしまうリスクが高い。ですが、お嬢様もご存じのとおり、アーデルハイド家はワインづくりに熱心で、設備投資も惜しまず行ってくださる。だからこそ、毎年こうして一定以上の品質を保てているんですよ」
「なるほど……。設備投資って例えばどういうものなの?」
「ぶどうの保管庫の温度管理や、害虫駆除のための新しい試薬の導入、さらに土壌改良の技術も取り入れています。そのおかげで、質の高いぶどうを安定して収穫できるんです」
私はその言葉を聞き、領地経営というものが単なる税の取り立てや政治的なやり取りだけではないことを改めて実感した。公爵家が先頭に立って産業を支え、それがひいては領民たちの暮らしを豊かにする。日本で言えば企業投資のイメージに近いかもしれない。私が前世でいたブラック企業では、従業員を酷使して経費を削り、利益を出すことしか考えていなかった。だが、こちらの世界のアーデルハイド家では、領地の人々が豊かに暮らすために必要な投資を行っている。この違いは、領民との信頼関係にも影響しているのだろう。
(これは面白い……。前世でちょっと囓いた経営の知識も、もしかしたら役立つかもしれない)
私はそう考えながら、ポーランドや農民たちから話を聞き続けた。土壌の状態や天気予報のシステムがまだ未発達なこと、害虫や病気への対策は経験則に依る部分が大きいことなど、現代日本からすれば「もっと効率化できそうなのに」と思うところは多々ある。しかし、この世界ならではの魔法的技術が多少は存在しているらしく、自然の力を読む占い師のような存在がいたり、特殊な鉱石を利用した殺菌装置があるなど、異世界独自の方法が取り入れられているのもまた興味深い。
ひとしきり畑を歩いた後、ポーランドが「よろしければ小屋で少し休憩を」と提案してくれたので、私はさっそくお言葉に甘えることにした。小屋の中には簡単なテーブルと椅子が置かれており、農民たちと情報共有するためのメモや道具が並んでいる。お世辞にも豪華な空間ではないけれど、ぶどう園特有の甘酸っぱい香りが漂い、心地よい落ち着きを感じる。
ポーランドが手渡してくれたのは、先ほど摘みたてのぶどうを使ったジュース。さきほど食べた実は酸味が強かったのに、このジュースはほんのりと優しい甘さが感じられる。もしかして少し砂糖を加えているのかもしれないが、それでもフレッシュな風味は間違いなく格別だ。
「おいしいわ。あの、ポーランドさん、このジュースって商品化できないの?」
私の何気ない問いかけに、彼は目を丸くする。
「ジュース、ですか? 私たちは基本的にぶどうはワイン用と生食用に分けておりまして、ジュースの需要はあまり考えておりませんでしたな。もちろん子どもたちが夏場に飲む程度で、商品として売り出すという発想はありませんでした」
「そうなのね。でも、こんなにおいしいのなら、屋敷の中だけでも需要があるんじゃない? それに、ワインを飲めない人だっているはずだし、外でも売ればいいんじゃないかしら?」
「なるほど……。確かにお嬢様のおっしゃるとおり、需要はあるかもしれません。問題は保存方法でしょうか。常温ではすぐに酸っぱくなりますし、製造コストや流通経路も検討が必要ですね」
「そうね、そのあたりはちゃんと計算しないといけないわ。だけど、もしうまくいけば利益が増えるかもしれないし、ワイン以外の選択肢が広がるのは悪いことじゃないと思うわ。もちろん、いきなり全面的に導入するんじゃなく、試験的に少量を屋敷で出してみるとか、そこから始めればいいのよ」
私は思いつくままに話す。前世でコンビニバイトをしていたとき、飲料商品の需要が季節によって激しく変動することを見てきた経験がある。異世界とはいえ、人が冷たいものや甘い飲み物を欲するのは同じだろう。酒が飲めない子どもや妊婦などにも需要があるのではないか。そんなアイデアが浮かんできて、今の私にはとても新鮮に感じられる。
ポーランドは真剣な表情でメモを取りながら、何度か頷いている。
「なるほど、お嬢様は大変お詳しいのですね。確かにワイン一辺倒ではない新しい製品開発も、今後の領地の安定に寄与するかもしれません。早速、私のほうで検討してみましょう」
「ええ。あくまでアイデアの一つだけれど、試す価値はあると思うの。結果はどうなるか分からないけど、失敗しても大した損害はないでしょう?」
「仰るとおりです。ありがとうございます、お嬢様」
ポーランドが深く頭を下げる。その姿を見て、私は少し照れくさくなった。前世はただの会社員で、農業や経営の専門知識なんて持ち合わせていない。だけど、こうして「少し別の視点」で話をするだけで、現地の人々にとっては新しい発想が生まれるかもしれない。そこに、私がこの世界へ転生してきた意義があるのだと感じられる。
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