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第4話 子どもたちとの対面/人見知りの子ら
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第4話 子どもたちとの対面/人見知りの子ら
孤児院の玄関を開けると、すぐに鼻をつく埃っぽい匂いが押し寄せてきた。
薄暗い廊下には穴の空いた床板が点在し、壁の板は剥がれかけ、風がどこからともなく吹き抜けている。
リオナは裾を持ち上げ、慎重に一歩を踏み出した。
「……思った以上に、手ごわいですわね」
軽い冗談めかして言ってみせたが、内心は真剣だった。
その後ろで、侍女のメアリが青ざめている。
「お、お嬢様……この建物、本当に人が暮らせるのでしょうか……?」
「暮らせるようにするのですわ。順番に片づけてまいりましょう」
微笑んで答えたリオナは、まず子どもたちの様子を確認しようと廊下をゆっくり進む。
先ほど顔を見せたティムとミラに続き、まだ中にいる子どもたちが数名いると聞いた。
奥から、控えめな視線を感じた。
小さな影が、部屋の扉の隙間からこちらを覗いている。
リオナが近づくと、その影はびくっと肩を震わせ、ぱたんと扉を閉めてしまった。
その音に驚いて、ティムがおろおろと近づいてくる。
「だ、ダメだよリオナ……あの子たち、人が来ると逃げるから……」
リオナは優しく微笑んだ。
「大丈夫ですわ。無理に近づきません。でも……お名前だけは知っておきたいの」
「……うん」
ティムは扉の方をちらりと見て、小声で答えた。
「ルークと、エマ……ふたりとも、すごく人見知りなの。大人が苦手で……」
「大人が苦手……」
リオナの胸が、またきゅっと締め付けられた。
どれほどの生活を強いられてきたのか。
大人への警戒心を優先するようになるまでに、どんな経験をしたのか。
考えるだけで胸が痛む。
リオナは扉に近づき、そっと膝をついた。
扉の向こうにいる子どもたちが怖がらないよう、慎重に優しい声をかける。
「ルーク、エマ。わたくしはリオナです。今日から、あなたたちのお部屋を綺麗にしたいと思っていますの。よろしければ――挨拶だけでも」
静寂が落ちた。
返事はない。
それでもリオナは言葉を続ける。
「いきなり知らない大人が来て……怖いと思います。でも、お掃除や修繕は、あなたたちが安心して眠れるためのものですわ」
また沈黙。
けれど、扉の向こうで気配がわずかに動く。
子どもの軽い足音。
リオナはその小さな変化を聞き逃さなかった。
(少し、興味を持ってくださった……のかしら)
ティムが心配そうに見ている。
「やっぱり出てこないよ……怖いんだ」
「それなら、それで構いませんわ。無理に出てきてもらう必要はありませんもの」
リオナは立ち上がり、静かに領主家で培った落ち着いた仕草で周囲を見回す。
そして結論を出した。
「まずは、食堂を整えましょう。子どもたちが安心できる場所を作るのが先ですわ」
「食堂……?」
「はい。今日の夕食は、みんなで温かいスープをいただきますの。椅子と机の一つでも整えてあれば……きっと出てきてくれますわ」
メアリがほっとしたように頷く。
「お嬢様、食事の準備は私がします! ただ、キッチンが……」
「キッチンの状態も見ましょう」
リオナとメアリは台所へ向かう。
扉を開けた瞬間、メアリが悲鳴を上げた。
「ひっ……お、お嬢様……」
リオナは冷静に状況を見渡し、軽くため息をつく。
「……まあ。それは大変ですわね」
キッチンの中は混沌としていた。
壊れた棚。
黒く焦げた鍋。
床には古い食器が散乱し、古びた布が丸めて置かれている。
流し場には水が溜まり、悪臭が漂っていた。
「メアリ。まずは水桶を使って水を汲み、流し場の水を捨てましょう。使える鍋を見つけたら、それも洗いますわ。火を使うところは……ああ、煙突が詰まっているのかしら、煤がすごいですわね」
「は、はい! やってみます!」
メアリは勇ましく腕をまくり、作業に取りかかる。
リオナは、子どもたちがのぞいているのを感じながら、掃除用具を取り出し、床を磨き始めた。
数分後。
扉の隙間から、ルークと思しき小さな手が、ひょこりと見えた。
(……来てくれたのですわね)
リオナは気づかないふりをしながら、少し声を張る。
「ミラ、ティム。こちらに来てくれます? 机をひとつ選びましょう。ガタガタ言うものは避けて、まだ丈夫なものを選んでいただける?」
「うん!」
子どもたちは嬉しそうに駆け寄り、古い机をひとつひとつ揺すりながら選んだ。
その様子を、扉の陰からじっと見つめる小さな影。
細い腕に、汚れた頬。
だが瞳だけは、好奇心で微かに光っている。
(ルーク……あなたも気になってくれているのですね)
リオナはほのかな温かさを胸に、さらに声を続ける。
「ミラ、ティム。椅子も選んでくださいます? みんなで食卓を囲むのですもの。好きな椅子をどうぞ」
「わあ! これ座りやすい!」
「この椅子、ギシギシしないよ!」
二人が楽しそうに選び始めると、扉の影がまた動いた。
ほんの一歩だけ、前へ。
そして、また止まる。
(ゆっくりでいいのですわ)
リオナは子どもたちの様子を見ながら、慎重に距離を縮めていた。
ミラがふと扉の方を見て、小さく手を振った。
「ルーク……いっしょに、選ぼ?」
その一言で、ルークの肩がびくっと震える。
けれど、逃げない。
そして、ほんの、ほんの少しだけ――扉から顔を出した。
リオナは笑みを浮かべ、そっと頭を下げた。
「ルーク。あなたも、一緒に食べましょうね」
ルークは何も言わなかった。
ただ、怯えた瞳の奥に、確かに「期待」があった。
そして――
「……おなか、すいた……」
かすれるような声が、静かな廊下に落ちた。
リオナの胸は、痛みと温かさで満たされる。
「ええ。すぐに温かいスープを作りますわ」
ルークの目に涙が浮かび、ゆっくりとうなずいた。
こうして、リオナは孤児院の子どもたち全員と顔を合わせた。
その小さな一歩が、やがて孤児院を大きく変える始まりになるとは、誰も気づいていなかった。
孤児院の玄関を開けると、すぐに鼻をつく埃っぽい匂いが押し寄せてきた。
薄暗い廊下には穴の空いた床板が点在し、壁の板は剥がれかけ、風がどこからともなく吹き抜けている。
リオナは裾を持ち上げ、慎重に一歩を踏み出した。
「……思った以上に、手ごわいですわね」
軽い冗談めかして言ってみせたが、内心は真剣だった。
その後ろで、侍女のメアリが青ざめている。
「お、お嬢様……この建物、本当に人が暮らせるのでしょうか……?」
「暮らせるようにするのですわ。順番に片づけてまいりましょう」
微笑んで答えたリオナは、まず子どもたちの様子を確認しようと廊下をゆっくり進む。
先ほど顔を見せたティムとミラに続き、まだ中にいる子どもたちが数名いると聞いた。
奥から、控えめな視線を感じた。
小さな影が、部屋の扉の隙間からこちらを覗いている。
リオナが近づくと、その影はびくっと肩を震わせ、ぱたんと扉を閉めてしまった。
その音に驚いて、ティムがおろおろと近づいてくる。
「だ、ダメだよリオナ……あの子たち、人が来ると逃げるから……」
リオナは優しく微笑んだ。
「大丈夫ですわ。無理に近づきません。でも……お名前だけは知っておきたいの」
「……うん」
ティムは扉の方をちらりと見て、小声で答えた。
「ルークと、エマ……ふたりとも、すごく人見知りなの。大人が苦手で……」
「大人が苦手……」
リオナの胸が、またきゅっと締め付けられた。
どれほどの生活を強いられてきたのか。
大人への警戒心を優先するようになるまでに、どんな経験をしたのか。
考えるだけで胸が痛む。
リオナは扉に近づき、そっと膝をついた。
扉の向こうにいる子どもたちが怖がらないよう、慎重に優しい声をかける。
「ルーク、エマ。わたくしはリオナです。今日から、あなたたちのお部屋を綺麗にしたいと思っていますの。よろしければ――挨拶だけでも」
静寂が落ちた。
返事はない。
それでもリオナは言葉を続ける。
「いきなり知らない大人が来て……怖いと思います。でも、お掃除や修繕は、あなたたちが安心して眠れるためのものですわ」
また沈黙。
けれど、扉の向こうで気配がわずかに動く。
子どもの軽い足音。
リオナはその小さな変化を聞き逃さなかった。
(少し、興味を持ってくださった……のかしら)
ティムが心配そうに見ている。
「やっぱり出てこないよ……怖いんだ」
「それなら、それで構いませんわ。無理に出てきてもらう必要はありませんもの」
リオナは立ち上がり、静かに領主家で培った落ち着いた仕草で周囲を見回す。
そして結論を出した。
「まずは、食堂を整えましょう。子どもたちが安心できる場所を作るのが先ですわ」
「食堂……?」
「はい。今日の夕食は、みんなで温かいスープをいただきますの。椅子と机の一つでも整えてあれば……きっと出てきてくれますわ」
メアリがほっとしたように頷く。
「お嬢様、食事の準備は私がします! ただ、キッチンが……」
「キッチンの状態も見ましょう」
リオナとメアリは台所へ向かう。
扉を開けた瞬間、メアリが悲鳴を上げた。
「ひっ……お、お嬢様……」
リオナは冷静に状況を見渡し、軽くため息をつく。
「……まあ。それは大変ですわね」
キッチンの中は混沌としていた。
壊れた棚。
黒く焦げた鍋。
床には古い食器が散乱し、古びた布が丸めて置かれている。
流し場には水が溜まり、悪臭が漂っていた。
「メアリ。まずは水桶を使って水を汲み、流し場の水を捨てましょう。使える鍋を見つけたら、それも洗いますわ。火を使うところは……ああ、煙突が詰まっているのかしら、煤がすごいですわね」
「は、はい! やってみます!」
メアリは勇ましく腕をまくり、作業に取りかかる。
リオナは、子どもたちがのぞいているのを感じながら、掃除用具を取り出し、床を磨き始めた。
数分後。
扉の隙間から、ルークと思しき小さな手が、ひょこりと見えた。
(……来てくれたのですわね)
リオナは気づかないふりをしながら、少し声を張る。
「ミラ、ティム。こちらに来てくれます? 机をひとつ選びましょう。ガタガタ言うものは避けて、まだ丈夫なものを選んでいただける?」
「うん!」
子どもたちは嬉しそうに駆け寄り、古い机をひとつひとつ揺すりながら選んだ。
その様子を、扉の陰からじっと見つめる小さな影。
細い腕に、汚れた頬。
だが瞳だけは、好奇心で微かに光っている。
(ルーク……あなたも気になってくれているのですね)
リオナはほのかな温かさを胸に、さらに声を続ける。
「ミラ、ティム。椅子も選んでくださいます? みんなで食卓を囲むのですもの。好きな椅子をどうぞ」
「わあ! これ座りやすい!」
「この椅子、ギシギシしないよ!」
二人が楽しそうに選び始めると、扉の影がまた動いた。
ほんの一歩だけ、前へ。
そして、また止まる。
(ゆっくりでいいのですわ)
リオナは子どもたちの様子を見ながら、慎重に距離を縮めていた。
ミラがふと扉の方を見て、小さく手を振った。
「ルーク……いっしょに、選ぼ?」
その一言で、ルークの肩がびくっと震える。
けれど、逃げない。
そして、ほんの、ほんの少しだけ――扉から顔を出した。
リオナは笑みを浮かべ、そっと頭を下げた。
「ルーク。あなたも、一緒に食べましょうね」
ルークは何も言わなかった。
ただ、怯えた瞳の奥に、確かに「期待」があった。
そして――
「……おなか、すいた……」
かすれるような声が、静かな廊下に落ちた。
リオナの胸は、痛みと温かさで満たされる。
「ええ。すぐに温かいスープを作りますわ」
ルークの目に涙が浮かび、ゆっくりとうなずいた。
こうして、リオナは孤児院の子どもたち全員と顔を合わせた。
その小さな一歩が、やがて孤児院を大きく変える始まりになるとは、誰も気づいていなかった。
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