白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚

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第5話 “隣の詰め所”の騎士団長カイル

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第5話 “隣の詰め所”の騎士団長カイル

孤児院の惨状をひと通り把握し、リオナとメアリは掃除と調理の準備に追われていた。
子どもたちはまだ不安げではあるものの、リオナの指示に従って椅子や机を選び、食堂の片隅でそわそわと待っている。

そんなときだった。

外から、力強い声が響いた。

「おーい! おい、そこ誰かいるか!」

リオナはぞくりと振り返る。
この孤児院に、人が訪れること自体が珍しい。
ましてや、声はやけに大きく、威圧感がある。

メアリが不安げに袖を掴んだ。

「お嬢様……まさか、変な人では……」

「大丈夫ですわ。わたくしが対応します」

リオナはスカートを整え、玄関へ向かう。

外に出ると、孤児院のすぐ隣――少し離れた場所にある石造りの詰め所の前に、屈強な男が立っていた。

背は高く、鍛えた体躯は鎧の上からでもわかる。
栗色の髪は短く整えられ、鋭いが誠実さを宿した瞳。
腰には実戦用の剣が下げられている。

(騎士……?)

男はリオナを見るなり、目を細めた。

「お前さん、新しい院長か?」

「わたくしはリオナ・エヴァンスと申します。本日より、こちらの孤児院でお世話になることになりました」

リオナが丁寧に頭を下げると、男は相手の身なりを確認するように目を細めた。

「エヴァンス……伯爵令嬢の?」

「はい。父はエヴァンス伯爵でございます」

「なんでそんな身分の娘が、こんな崩れた孤児院なんかに……」

男は眉を寄せて頭をかいた。

「いや、話は後だな。俺の名はカイル・フォルスター。ここら一帯を守る、辺境騎士団の団長だ」

騎士団長。

聞いただけで、子どもたちの安全に関わる重要人物であることがわかる。

リオナは丁寧にお辞儀した。

「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。カイル団長、どうぞよろしくお願いいたします」

カイルは口元を僅かに歪め、リオナを観察するように視線を送ってきた。

「貴族らしいといえば貴族らしいが……妙に腰が低いな」

「わたくし、身分よりも子どもたちの安全が気がかりですもの」

「そうか?」

カイルは腕を組み、廃墟のような孤児院を見上げた。

「……まったく、ここは危険すぎるんだよ。屋根は落ちかけてるし、壁は崩れそうだし、床板も抜ける。子どもが転んだら骨折じゃ済まねぇ」

「ええ。それは痛感しております」

「痛感どころじゃねえよ。普通は住めない」

重く鋭い指摘に、リオナは逆に柔らかく笑った。

「ですので、直しますわ。この孤児院を、子どもたちが安心して暮らせる場所に」

「……直す?」

カイルは呆れたように苦笑した。

「他の貴族様は、ここをひと目見ただけで逃げたぞ」

「逃げられません。子どもたちをお腹を空かせたままにするほど、わたくしは薄情ではありませんから」

言葉に迷いがない。
その真っすぐさに、カイルは意外そうに目を見開いた。

「お前、本気か」

「本気ですわ」

カイルはしばし沈黙し、やがて小さくふっと息を漏らした。

「……なら、少しは手伝ってやるよ」

「まあ、助かりますわ!」

リオナがぱっと顔を明るくすると、カイルはほんの一瞬だけ目をそらした。

がっしりした体格に似つかわしくない、わずかな照れを感じる。

「べ、別にお前のためじゃねえ。子どもたちが怪我したら困るだけだ」

「ふふ。理由はどうあれ、感謝いたします」

カイルはますます視線を逸らし、咳払いをした。

「それより、子どもたちは無事か? ここには十数人いると聞いていたが」

「はい。何人かは中にいます。警戒しており、すぐには外に出てきませんでしたが……」

「まあ、あの状況じゃな。前の院長が借金抱えて逃げたって噂もあるし、子どもたちはずいぶん怖い思いをしてきたはずだ」

カイルの声は低いが、怒りが滲んでいた。

(あの子たちを守ろうとしてくださっている……この方は、信頼できる)

リオナは確信する。

「まずは食堂を整えて、子どもたちに温かい食事を届けたいと思っています」

「なら、薪は俺たちが持ってくる。火も通してやる」

「よろしいのでしょうか?」

「ここは俺たちの管轄だ。子どもたちを見捨てる理由がねえよ」

そう言って、カイルは詰め所に向かって大声を張った。

「おーい! 誰か薪と道具を持ってこい! あと、鍋もだ!」

詰め所の中で数人の騎士が慌てて動き始める気配がする。

リオナは目を丸くし、それから深々と頭を下げた。

「ありがとうございます、カイル団長。あなた方の助けは、とても心強いですわ」

「助けるのは俺だけじゃねえ。団の連中も、お前のやる気を見りゃ協力するさ」

カイルはリオナをちらりと見て、小さく呟く。

「……伯爵令嬢ってのは、もっとわがままで、子どもに興味なんかないものだと思ってたがな」

「そう思われがちですが、わたくし、好きなのです。小さな子も、彼らの笑顔も、暮らしを整えることも」

「……ふうん」

カイルの視線が、わずかに柔らかくなった。

そのとき、孤児院の中からティムの声が響いた。

「リオナ! いま、火がつきそう!」

「まあ、本当? すぐに行きますわ!」

リオナが小走りで戻っていく後ろ姿を見ながら、カイルは黙ってその背を見つめた。

そして、ぽつりと呟いた。

「……変わった子だな、ほんと」

その声は、まだリオナには届かない。

けれど、この出会いが――
孤児院を救う力となり、
リオナの未来を大きく動かす一歩であることだけは、
この静かな辺境の風だけが知っていた。

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