婚約破棄されたので昼まで寝ますわ~白い結婚で溺愛なんて聞いてません

鍛高譚

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第一章:婚約破棄は突然に

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わあ、これであの窮屈な王宮での公務に縛られずに済むんですわ……!)

 無論、公爵家の令嬢としての役目はまだまだありますが、王太子妃になると決まっていた頃とは比べものにならないぐらい、行動の自由度は高くなるでしょう。胸の内で、わたくしは小さくガッツポーズを作りたくなるのを必死でこらえました。これで朝寝坊ができますし、大好きな焼き菓子も、王宮の礼儀にとらわれず好きなだけ楽しめます。わたくしの密かな趣味である読書にも、思う存分時間を割けるでしょう。

 けれど、そんなわたくしの感情など知る由もない殿下は、隣のマリアンヌに視線をやりながら「リュシエンヌ、お前は泣きついてくると思ったのだがな……まさかとは思うが、本当に破棄を受け入れるというのか?」と畳みかけてきます。彼はわたくしが突然態度を変えて、取り乱してすがりついてくる――そう見越していたのでしょう。しかし、わたくしにはそんな気はまったくありません。

「はい、喜んで」

 迷うことなく答えると、今度ははっきりと殿下の顔色が変わりました。驚愕……というよりは、焦りにも似た表情です。少し前までは「お前など捨ててやる」と威張っていた人が、いざわたくしが素直に退こうとすると、なぜか慌てているのです。

「お、お前……本気か?」

「ええ。婚約破棄の理由は、わたくしに瑕疵があるということ。そのような欠陥品を抱えては、殿下の将来に傷がつきます。国のためにも、わたくしは身を引きましょう」

 わたくしの答えに、マリアンヌが涙声で言い募ります。

「お、お姉様! 本当にそれでよろしいのですか? わたくしは……その、殿下のお幸せを祈っておりますが、もしお姉様がお辛い思いをなさっているのなら、わたくし……」

 芝居がかった台詞ですね。その顔には「本当はわたくしが殿下を手に入れるのよ!」という邪な喜びがありありと浮かんでいました。これまで隠していた本性が、殿下の前で見事に花開いているのでしょうか。まあ、わたくしとしては、そんなことどうでもいいのです。これで晴れて自由の身になれるのであれば、妹が何を企もうが知ったことではありません。

 わたくしはわざとマリアンヌに向けて、慈悲に満ちた――あるいは見下すような微笑を浮かべました。もちろん、彼女に対して深い憎しみを抱いているわけでもありませんが、彼女がわたくしを貶めようとしていたのは事実。ここであえて同情するふりをすれば、それはそれで彼女を逆上させるでしょうし、わたくしの手間も増えそうなので、ほどほどの態度で済ませることにしました。

「ありがとう、マリアンヌ。でもわたくしは大丈夫よ。むしろ殿下との婚約を解消していただけるなら、心安らかに過ごせますわ。あなたが王太子妃として国を支えるなら、それはそれでわたくしも応援いたします」

「お、お姉様……! そ、そんな……」

 マリアンヌが一瞬、顔を歪めたのが分かりました。言葉だけを聞けば「姉が自分を祝福してくれた」ようですが、その実、わたくしがまったく痛手を負っていないどころか、むしろ喜んでいるとなると、彼女の画策が空回りになってしまうからでしょう。わたくしが激昂してくれたほうが、彼女にとっては優位に立ちやすかったはずです。

 すると、その場にいた王宮の侍従長や廷臣たちも、慌ててざわめき始めました。どうやら、わたくしがあまりにも素直に受け入れたために、彼らにも困惑が広がっているようです。中には、わたくしと王太子殿下の婚約を既定路線と思い込み、わたくしをさらに取り立てようとしていた派閥の貴族もいるでしょう。彼らは今後の政治的な舵取りを急いで修正しなければならなくなるので、さぞ大変でしょうね。

 そんな中、殿下が苛立ちを隠せない声でわたくしを糾弾します。

「お、お前というやつは、本当に恥を知らないのか? せっかく公爵家の名誉ある立場を捨てることになるのだぞ。これがどれほどの痛手になるのか分かっているのか?」

「それはもちろん分かっております。ですが、それでも構いませんわ。もしわたくしが殿下の婚約者にふさわしくないのなら、無理に繋ぎとめようとは思いませんし、ベルナール公爵家の名誉が傷つくことも、わたくしが身を引けば最小限で済むはずです」

 わたくしが淡々と答えれば答えるほど、殿下は焦りを強めているようです。不思議なことに、彼自身が「お前など用無しだ」と宣言したにもかかわらず、わたくしがあっさり受け入れすぎることに戸惑っているのですから……いったい何がしたいのでしょうね。
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