婚約破棄されたので昼まで寝ますわ~白い結婚で溺愛なんて聞いてません

鍛高譚

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第一章:婚約破棄は突然に

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しかし、数年が経ち、わたくしが十九歳になった今。状況は大きく変わります。まさか、あの王太子フィリップ殿下が、わたくしに向かって「お前などもう必要ない。婚約を破棄する」と言い出すなど、誰が予想できたでしょう。

 もっと驚いたのは、その理由――

「リュシエンヌ・ド・ベルナール、お前は高慢で冷たい女だ。とても王太子妃の器などではない」

 思わず「えっ?」と聞き返してしまいましたが、殿下はわたくしの驚愕を見てさらなる嘲笑を浮かべます。しかも、殿下の隣にはわたくしの義妹であるマリアンヌが、ちょこんと控えていました。瞳を伏せ、涙を流しながら殿下の腕にすがりつくその姿は、さながら被害者を装う小動物のよう。わたくしが“残酷な仕打ち”をしているとでも言いたそうですが……無論、身に覚えはありません。

 義妹のマリアンヌは、わたくしの父エドモン公爵の後妻が連れてきた娘。父にとっては血のつながらない継娘ではありますが、母が亡くなった後に迎えた後妻――現在の継母が連れ添ってきたため、便宜上わたくしにとっては「義妹」ということになります。もっとも、わたくしと彼女の交流はほとんどありませんでした。表面上は愛想よく「お姉様」と呼ばれますが、その裏でどんな思惑を巡らせているのか、なんとなく感じとっていましたから。彼女がわたくしに対して嫉妬や敵意の類を向けていることも、察していました。

 けれど、それはあくまで「令嬢たる者、嫉妬の炎を内心に抱いているぐらいは普通」程度だと思っていたのです。まさか、王太子をも動かすような策を巡らせ、わたくしを陥れようとしているとは……そして、彼女が実際に殿下を篭絡し、王太子妃の座を奪おうとしているなど、当初は考えもしておりませんでした。

 それが、このたびの婚約破棄につながる謀り事だったわけですね。なるほど、見事です。でも、ちょっと待ってください。わたくしにとっては――

(むしろ、願ってもない話ではありませんか?)

 ふと、心の中でそう呟いてしまいました。王太子妃の立場がどれほど重荷だったか。幼い頃から不自由な生活を強いられ、王宮の監視の目もあり、勝手気ままな行動などできず……。そして何より、わたくし自身、王太子殿下に対して恋愛感情など微塵も抱いていなかったのです。こんな婚約、いっそ破棄してくださったほうが……と。そもそも「好きでもない相手と余生を共にする結婚」という未来図には、さほど魅力を感じておりませんでした。


そう。わたくしはベルナール家の令嬢でありながら、内心では自由を求める気持ちがずっと強かったのです。できることなら、朝は好きなだけ寝ていたい。起きたら庭でのんびりお茶を飲み、美味しいお菓子を頬張り、読みたい本を読んで、退屈したら少し外に散歩に出て――そんな穏やかな日常を過ごしてみたい。けれど、王太子妃になれば、寝坊などもってのほか。毎日こなすべき公務もあれば、儀礼だの何だので一日に何時間も拘束される生活が待っているでしょう。

「さあ、もっと悲鳴をあげるがいい。お前のプライドを砕いてやる」

 殿下は勝ち誇ったように唇をつり上げます。どうやら、わたくしが失意のどん底に沈む姿を見たいようです。端から見ると、わたくしは「婚約破棄されて絶望した可哀想な令嬢」になるのかもしれません。しかし、殿下の望む展開にはなりそうもありませんよ。だって、わたくしはむしろ――

「……なるほど、婚約破棄ですね。かしこまりました」

 その場に居合わせた貴族たちが、わっと息を呑みます。王太子殿下を前に、“かしこまりました”――それは決して許容するはずのない態度だという空気が漂っていました。けれど、わたくしは当の殿下以上に慌てる素振りを見せることもなく、深々と頭を下げただけでした。

「あら? 今の言葉、聞き違いではありませんか? お前は婚約者である王太子に捨てられたのだぞ。まさか、そんなに簡単に受け入れるとは思わなかったが……」

 殿下が目を丸くしながら聞き返す。その後ろで、マリアンヌが不満げに口を結んでいるのが視界の端に映りました。おそらく、彼女としては「涙ながらに取り乱すわたくし」を殿下に見せつけることで、殿下との結束をより深めたかったのでしょう。それがこんなあっさりとした幕引きになってしまって、拍子抜けしているのだと思います。

「恐れ入りますが、殿下のご意向に逆らうつもりなどございません。そもそも、わたくしのような高慢で冷たい女では、王太子妃の役目を果たせるとは思いませんもの。ご判断は賢明かと存じます」

 わざと尊大に見せるような口調を選びながら、わたくしはすっと微笑みました。その様子に、周囲の貴族や廷臣たちがまたざわめき始めます。“あの公爵令嬢が、王太子に逆らうことなくすんなり退こうとしている……?”と。しかし、わたくしは内心、解放される歓喜で胸が弾んでおりました。
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