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110「イギーの狙い」
しおりを挟むアンテオ様の影から突然飛び出したイギーさんが、僕らに向かって魔術の矢を乱射しつつ襲い掛かります。
不意を突かれはしましたが、充分に対応可能です。
ウギーさんに使った精魔術結界の影響で魔力が底を尽きそうですが、手のひら大の障壁をいくつか張って相殺し、飛び込んで来たイギーさんに大剣を打ち込みます。
「ヴァン! お前に用はない!」
右手の先に作り出した魔力の剣で受け止められました。
しかしイギーさんには左腕がありません。右の頬を殴りつけました。
「ロボ! プックル! タロウを連れて離れて下さい!」
『承知でござる!』
『……任、セロ』
……プックル?
「俺も戦うっすよ!」
「いけまけん。イギーさんの狙いはタロウです。離れて下さい」
地を転がったイギーさんが起き上がり叫びました。
「させるか!」
イギーさんが突き出した右腕から強大な魔力が溢れ、轟音と共に打ち出されました。
僕とロボは右へ、タロウとプックルは左へ、なんとか躱すのが精一杯でした。
イギーさんから真っ直ぐに、僕らを分断するように深く広い谷が伸びています。
「新たな礎! 覚悟しろ!」
イギーさんが真っ直ぐにタロウへと走り出しました。
ロップス殿はアンテオ様と対峙し動けそうにありません。
「悪いなロップス。イギーの邪魔はできん」
「この分からんちんが!」
「プックル! タロウ! 少し持ち堪えて下さい!」
「おうさ!」
「……任、セロ……」
谷を迂回しタロウの下へ急ぎます。
この深さでは『半重力』では飛び渡れませんし、そもそも魔力量が心許ありません。
タロウは魔力を纏い戦う気満々ですが、プックルは…………、誤算でした。
プックルは獣の本能から竜族であるアンテオ様に怯えているものと思っていましたが、実はイギーさんに怯えていたんですね。
原因は何でしょう。
確かに膨大な魔力をイギーさんから感じますが、それはアギーさんやウギーさん、他の有翼人たちにも言える事です。
「うわぉぉぉぉおおん!」
谷を挟んでロボが霊力砲で牽制します。
イギーさんの左側面に直撃しましたが、ダメージは無いようです。
僕も考えていないで急がなければ。
「うるさいぞ犬っころ!」
イギーさんがロボを狙い再び右手から魔力を放出、先程よりは小さいですが、ロボがいた地面には大きな穴が開いています。
人の嫁を犬っころ呼ばわりして魔力弾を放つとは……、許せませんね。
『……危なかったでござる』
間一髪、前方に数歩飛び込んで伏せ、ロボの頭上を通り抜けて着弾したようです。
ロボが避けられたのは見ていましたが、無事な姿を見て改めてホッとしました。
「まずはお前の意識を奪う!」
タロウとプックルに向けて、さらに魔力砲を放つイギーさん。
く、間に合いません!
「プックル! 逃げるっす!」
『ワ、分カ、ッ、タ』
プックルの脚がピクリとも動きません。
それを見たタロウが、自分の顔をパァンと両手で叩き、プックルの前に立ちはだかります。
そして顔の前で腕を交差させ魔力の出力を上げました。
「魔力ガード、全開ぃぃぃっす!」
イギーさんの魔力砲とタロウの魔力ガードが押し合い、タロウを中心に爆煙に包まれました。
『ア、アァ、タ、ロウ…………スマ、ン……』
煙が晴れ、そこには跪いたタロウの髪の毛を掴んで立つイギーさんが……。
「……う、……うぅ、痛ぇ、っす……」
「まだ意識があるか。まぁこれだけ弱ればいけるだろう」
タロウの髪を背中側に引いて口を開けさせ、イギーさんも口を開きました。
「エギー、解放してやる。コイツを喰らえ」
イギーさんの額に浮かび上がった魔術陣が黒く輝き始めるのと同時に、イギーさんの口から霧のような、液体のような、真っ黒い何かが蠢くように這い出してきました。
恐らく、あれが『神の影』と呼ばれる物でしょう。
しかしなんて大きな谷なんですか。
どう考えても間に合いません。
「うわぉぉぉぉおおん!」
「邪魔するな!」
再びロボが霊力砲を放ちましたが、イギーさんの背後、地面が突然盛り上がりそれを防ぎました。
イギーさんの口からタロウの口へ、『神の影』がゆっくりと進んでいきます。
『神の影』とは、七十年前の戦いの際、この世界の人や魔獣、獣と同化し、昏き世界から来た神の眷属として猛威を振るったと聞きます。
くっ、僕とした事が。
イギーさんの狙いはコレでしたか。
タロウを奪われては手の打ちようがありません。
唯一間に合いそうなプックルは動けません。
『神の影』を身に宿したイギーさんを本能的に恐れていたんですね。
しかし、プックルにしか頼れません。
「プックルー! タロウを! お願いします!」
『……タロ、ウ、任、セ、ロ』
プックルが一歩ずつ、イギーさんに歩み寄ります。
『神の影』も動きは鈍いです。
ゆっくりとですが、プックルは一歩一歩、着実に歩みます。
『プックルガ、タロウ、守ル』
『タロウ、プックルガ、守ッテ、ヤル』
『タロウ、プックル、守ッテ、クレタ』
その歩みが、徐々に駆け足に……。
「なんだ山羊。邪魔する――」
バクン。
ズゾゾゾゾゾゾ。
イギーさんの目前で、口を大きく開いたプックルが、タロウの口へ届く寸前の『神の影』を食み、啜りました。
「…………え?」
チュルルンと、音を立てて『神の影』を啜りきりました。
「…………え? 嘘だろ?」
イギーさんも信じられない様です。
僕も驚いてます。
プックル、お腹壊さないでしょうか。
いやそんな事じゃないですね。
プックルが乗っ取られてしまうんじゃ……。
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