愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

０３２ その罪の償い

　細まった路地を進めば、見覚えのあるお仕着せを着た侍女がルカの手を引き小走りに進む姿が見えてくる。

「ルカ！」
「ビオラ？　あれ、おとー様？　どうして？」

　私の声に反応し、ルカが振り返る。
　そして異変に気付いたルカは、自分の手を引く侍女を見上げた。

　すると侍女はこちらを振り返ることなく、ルカを小脇に抱え急に走り出す。

「わぁぁ、ビオラ！」
「ルカ！」

　まだ二人までの距離があった。
　いくら私たちの方が身軽だとはいえ、迷路のようなこの路地のどこかに入り込まれたら見失う危険性もある。

　あのお仕着せは、うちのものよね。
　きっと同じものを着て、ルカに近づいたんだわ。

　でも……あの髪の色、どこかで……。
　侍女にしては短い髪の色は赤というよりは朱色に近かった。

　いつかアーユが言っていた。
　私の部屋付き侍女のうち二人は解雇出来たが、一人は縁故のため罰を与えたあと下働きとしてまだ働いていると。

　だとしたらあれは――

「ラナ！　あなた、何をしているの‼」

　名前を急に呼ばれたことで、彼女は肩をビクリとさせ立ち止まる。
　そして、ゆっくりとこちらを向いた。まさか現役の侍女がルカを誘拐するなんて、思ってもみなかった。
　ルカはとても頭がいい。それこそ同世代の子たちとは、一線を画するくらいに。
　だからいくら大好きな虫がいたとしても、あの場から動くとは考えられなかったのよね。

　でも、よく見知った侍女が自分を呼んだとしたら、話はまったく変わって来る。大人だって警戒出来るわけもないだろう。

「今すぐルカを離しなさい。あなた、今自分が何をしているのか分かっているの？」

　そう言いながらも、私たちはジリジリと距離を縮めていく。

「うるさいうるさいうるさい！　あんたがいけないのよ。あんたさえ、あんたさえいなかったら、こんなことしなくてもよかったのに！」
「お前は、貴族誘拐がどんな罪になるか分かってこのようなことを行っているのか？」

　どこまでも冷たく低い声が、路地に響く。
　公爵はラナを睨むと、静かに腰に下げた鞘から剣を抜き放つ。

　そう、貴族誘拐は極刑のはずだ。もう前みたいに鞭打ちとか解雇とか、そういうレベルではすまされない。そんなこと、貴族に仕えるこの子が知らないはずもないのに。

「ひぃぃぃぃ、あたしのせいじゃない！　あたしは何も悪くない！」

　半狂乱になったラナは、抱えていたルカを迫りくる公爵とは別方向に投げ捨てる。
　彼女との距離をギリギリまで詰めていた私は、手を伸ばしルカの元へ飛び込んだ。

「わぁぁぁぁぁ！」

　やや不格好にスライディングする形で、なんとか私は間一髪ルカを抱きとめる。
　地面に擦った腕の痛みよりも、ルカをなんとか落とさなかった安堵感から涙が溢れ出て来る。

「よかった、よかった、ルカ」

　私は本当になんてことをしてしまったのかしら。
　もしルカが見つからなかったら。ルカに怪我でもさせてしまっていたら、後悔なんかじゃすまないのに。

「うぇぇぇぇ、ごめん、しゃいビオラ……ボク、ボク」
「いいの、いいのよ。もう大丈夫よ。怖かったわよね。無事で本当に良かったわ、ルカ」

　そう言いながら私はルカを抱きしめる。
　そしてラナに切りかかる音が彼に聞こえないように、そっと包み込んで耳をふさいだ。

　地面に何かが倒れる音が聞こえる。
　その音に顔を上げれば、剣をしまいながら公爵が私たちのもとへ駆け寄ってきた。

「無事か？」
「はい。ルカは大丈夫です」
「違うだろう、君もだ」
「私ですか？　ええ、問題ありません。大丈夫です」

　腕は確かに痛かったが、泣きじゃくるルカの手前、それを言うつもりはない。
　公爵は不服そうに顔をしかめたが、しゃがみ込んでルカの服の土を払うと抱きかかえた。

　よほど先ほどのことが怖かったのだろう。
　公爵に抱かれても、ルカは嫌がることもなく、路地裏から歩いて出て来る頃には泣き疲れて眠ってしまっていた。