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031 少しの油断
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「ルカ、ココで待っていて?」
街中の広場のベンチにルカを座らせる。
ルカは私に似たぬいぐるみを横に置き、ニコニコしていた。
こんなにも楽しそうなら、今日は来てよかったわね。
初め公爵が付いてくると分かった時は、少し戸惑ったけど、さほど気にすることもなかったし。
「あの目の前のお店でジュースを買ってくるから。ここからなら私も見えるし、大丈夫かな?」
「動かないでしゅ」
「絶対に動いてはダメよ? 迷子になったら困るからね」
「でしゅ」
「大好きな虫がいても、人に声をかけられてもダメよ?」
「む、虫……」
ルカはそう言いながら、地面を見る。
男の子だものね。ジッとしているのって難しいのかな。
親戚とかにも男の子っていなかったから、あんまり分からないのよね。
でも、ルカはお利口さんだから大丈夫だとは思うけど。
「大丈夫そう? もしルカがいなくなってしまったら、私がとても心配するからね?」
「はいでしゅ。分かったでしゅ」
きちんと私の目を見て片手を上げるルカなら、なんとなく大丈夫そうかな。
「じゃあ、ちょっと待っていてね」
ほんの少し前、公爵は屋敷からの緊急の使いが来たということで馬車まで戻っていった。
この広場で待っていてほしい。
その言葉で待っていたものの、今日も相変わらず暑く喉が渇いてしまったのだ。
だからルカをベンチに座らせ、真正面にある店に私は並んだ。
途中チラチラとルカを確認していたが、おとなしく言いつけを守ってぬいぐるみと遊んでいる。
公爵の分も買っておいた方がいいかしら。
あ、でも三個は一人で持てないか。袋があればいいのだけど、さすがにビニール袋なんてものはこの世界にはないらしい。
「すみません、これとこれをください」
ま、あの人のはあとで戻って来てから買えばいいわ。それに、こんなとこで買ったものなんて口に出来ないとか言われたら頭に来るし。いない人のことなんて、後回しよ。
それにしても、緊急の使いって何かあったのかしら。
私も昔はよく、仕事で呼び出しとか休みの日でもあったけど、そんな感じかな。考えたら、こっちの世界って休日出勤とか残業代とかあるのかな。
そういう細かいのってなさそうなイメージよね。んー、年俸制みたいな?
お金持ちだから、細かいところまで気にしなくてもいいのかな。
「はい、お待ち同様。どーぞ」
「ありがとう」
店主からジュースを受け取る。片方がおそらく炭酸入りで、もう片方が炭酸ナシだ。紫とオレンジ色のジュースは氷こそ入っていないものの、どちらも美味しそう。
「ルカ、ジュースどっちが……」
私は振り返りながらそう言いかけて見たものは、一人ベンチに座るあのぬいぐるみだけだった。
「え? ルカ?」
私は手に持ったジュースが地面に零れ落ちるのも気にせず、全力で走り出す。
そしてベンチに着くと、辺りを見渡した。
私、どれだけの時間目を離していた?
注文してお会計する前までは、ちゃんと見ていた。おそらく時間にして三分も経ってないはず。
「ルカ! ルカー!」
人混みの中に紛れ込んでいないか、大きな声を上げる。
しかし返事は返ってこない。
私のせいだ。
ほんの少しの時間でも、目を離すべきじゃなかった。
ちゃんと返事をしてくれたからいいかなって思ったけど、全然ダメじゃない。
ジュースをベンチに置き、私は辺りを見渡しながら走り出す。
子どもの足だもの、まだそんなに遠くには行っていないはず。急いで探さなきゃ。
「ルカ! ルカ! ルカ、どこー⁉」
「ビオラ!」
振り返ると、ルカではなく公爵がいる。
「アッシュ様、ルカが、ルカが」
「落ち着け、ビオラ。どうしたんだ。何があった?」
「今、そこでジュースを買っている隙に、そこに座って待ってもらっていたルカが、振り返ったらいなくなってしまって」
公爵も辺りを見渡した。
しかし見える範囲に、ルカの姿はない。
「私のせいだ……。ほんの少しでも目を離したから。ちゃんと一緒にいるべきだったのに」
心臓の音が早くなり、手が震え出すのを自分でも感じた。
気になる虫でも追いかけて、迷子になってしまったのだろうか。
でもそれよりも怖いのは……。
「お嬢さん! 金髪のちびちゃんなら、さっきメイドさんみたいな赤っぽい髪の子が手を引いてあっちに歩いて行ったよ」
広場内の近くに立っていた店主が、私たちに声をかけながら街の奥に続く道を指さした。
金髪のって、間違いない、ルカだわ。
でも、赤髪のメイドさんって誰かしら。うちに赤髪のメイドなんて……。
「ありがとうございます!」
「とにかく、行こう」
今は考えるよりも先にルカを探し出さないと。
私たちは店主が示した道に向かって走り出した。
街中の広場のベンチにルカを座らせる。
ルカは私に似たぬいぐるみを横に置き、ニコニコしていた。
こんなにも楽しそうなら、今日は来てよかったわね。
初め公爵が付いてくると分かった時は、少し戸惑ったけど、さほど気にすることもなかったし。
「あの目の前のお店でジュースを買ってくるから。ここからなら私も見えるし、大丈夫かな?」
「動かないでしゅ」
「絶対に動いてはダメよ? 迷子になったら困るからね」
「でしゅ」
「大好きな虫がいても、人に声をかけられてもダメよ?」
「む、虫……」
ルカはそう言いながら、地面を見る。
男の子だものね。ジッとしているのって難しいのかな。
親戚とかにも男の子っていなかったから、あんまり分からないのよね。
でも、ルカはお利口さんだから大丈夫だとは思うけど。
「大丈夫そう? もしルカがいなくなってしまったら、私がとても心配するからね?」
「はいでしゅ。分かったでしゅ」
きちんと私の目を見て片手を上げるルカなら、なんとなく大丈夫そうかな。
「じゃあ、ちょっと待っていてね」
ほんの少し前、公爵は屋敷からの緊急の使いが来たということで馬車まで戻っていった。
この広場で待っていてほしい。
その言葉で待っていたものの、今日も相変わらず暑く喉が渇いてしまったのだ。
だからルカをベンチに座らせ、真正面にある店に私は並んだ。
途中チラチラとルカを確認していたが、おとなしく言いつけを守ってぬいぐるみと遊んでいる。
公爵の分も買っておいた方がいいかしら。
あ、でも三個は一人で持てないか。袋があればいいのだけど、さすがにビニール袋なんてものはこの世界にはないらしい。
「すみません、これとこれをください」
ま、あの人のはあとで戻って来てから買えばいいわ。それに、こんなとこで買ったものなんて口に出来ないとか言われたら頭に来るし。いない人のことなんて、後回しよ。
それにしても、緊急の使いって何かあったのかしら。
私も昔はよく、仕事で呼び出しとか休みの日でもあったけど、そんな感じかな。考えたら、こっちの世界って休日出勤とか残業代とかあるのかな。
そういう細かいのってなさそうなイメージよね。んー、年俸制みたいな?
お金持ちだから、細かいところまで気にしなくてもいいのかな。
「はい、お待ち同様。どーぞ」
「ありがとう」
店主からジュースを受け取る。片方がおそらく炭酸入りで、もう片方が炭酸ナシだ。紫とオレンジ色のジュースは氷こそ入っていないものの、どちらも美味しそう。
「ルカ、ジュースどっちが……」
私は振り返りながらそう言いかけて見たものは、一人ベンチに座るあのぬいぐるみだけだった。
「え? ルカ?」
私は手に持ったジュースが地面に零れ落ちるのも気にせず、全力で走り出す。
そしてベンチに着くと、辺りを見渡した。
私、どれだけの時間目を離していた?
注文してお会計する前までは、ちゃんと見ていた。おそらく時間にして三分も経ってないはず。
「ルカ! ルカー!」
人混みの中に紛れ込んでいないか、大きな声を上げる。
しかし返事は返ってこない。
私のせいだ。
ほんの少しの時間でも、目を離すべきじゃなかった。
ちゃんと返事をしてくれたからいいかなって思ったけど、全然ダメじゃない。
ジュースをベンチに置き、私は辺りを見渡しながら走り出す。
子どもの足だもの、まだそんなに遠くには行っていないはず。急いで探さなきゃ。
「ルカ! ルカ! ルカ、どこー⁉」
「ビオラ!」
振り返ると、ルカではなく公爵がいる。
「アッシュ様、ルカが、ルカが」
「落ち着け、ビオラ。どうしたんだ。何があった?」
「今、そこでジュースを買っている隙に、そこに座って待ってもらっていたルカが、振り返ったらいなくなってしまって」
公爵も辺りを見渡した。
しかし見える範囲に、ルカの姿はない。
「私のせいだ……。ほんの少しでも目を離したから。ちゃんと一緒にいるべきだったのに」
心臓の音が早くなり、手が震え出すのを自分でも感じた。
気になる虫でも追いかけて、迷子になってしまったのだろうか。
でもそれよりも怖いのは……。
「お嬢さん! 金髪のちびちゃんなら、さっきメイドさんみたいな赤っぽい髪の子が手を引いてあっちに歩いて行ったよ」
広場内の近くに立っていた店主が、私たちに声をかけながら街の奥に続く道を指さした。
金髪のって、間違いない、ルカだわ。
でも、赤髪のメイドさんって誰かしら。うちに赤髪のメイドなんて……。
「ありがとうございます!」
「とにかく、行こう」
今は考えるよりも先にルカを探し出さないと。
私たちは店主が示した道に向かって走り出した。
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