愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)

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049 思っていたのと違う反応

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「今少しお時間よろしいですか?」

 ルカとの勉強会を終えたお昼過ぎ、私が執務室に入ると、公爵はふわりとその表情を緩めた。
 後ろにいた秘書が、その顔を見た瞬間固まってしまっている。

 そして解析を求めるかのように、私と彼を見比べていた。目で私に何か訴えられても、私だって知らないし分からないわよ。なぜか急に、こんな風に変わってしまったんだもの。動揺しているのは、私だって一緒なんだからね。

 昔のように笑うようになったというか、家族になるために心を開いてくれたというか。公爵の心の中を覗いたわけではないからこれといった確証はないけど、そう思うのが私にはしっくり来た。

 そうよ。家族になるって約束したんだから。きっとこれくらいは普通のことなのよ。だから頑張って慣れて。私もそのうち慣れるから……きっと、たぶん。

「お、お茶でも用意させますね」

 秘書はやや慌てた様に、執務室をあとにする。
 なんか大丈夫かしら、彼。あんまり話したことないからあれだけど。どこか興奮していたようにも見えたし、公爵が変になったって言って、医者でも呼ばなきゃいいけど。

「珍しいな。君がこんな時間にここを訪れるなんて。何かあったのか、ビオラ」

 公爵は立ち上がると、入り口に立ったままの私を迎えてくれ、手を引きながら執務室のソファーに座らせてくれた。夫婦ならばこういうスキンシップも普通なのかもしれないが、私は未だに慣れていない。

「今日はお願いがありまして」
「お願いとは?」

 にこやかな顔で、彼は私の正面に座った。

「ルカが新しい虫の本を欲しがっていまして、探していただけると助かります」
「図書室のではなく?」
「はい。あれはすでに読破してしまったようですので、もう少し難しいものがあるといいのですが」
「そうか……」

 やや驚いたような顔をしながらも、公爵は顎を手で押さえ考え込む。
 四歳の子が読むにしては、あの本だって十分に難しいものだったものね。

「とりあえず、何冊か見つけられるように手配しよう」
「ありがとうございます。あと出来れば、また外出の許可もいただきたいのですが」
「街への買い物か何かか?」
「いえ、ルカと虫の観察が出来ればと思って。中庭は全て見つくしたとのことだったので、出来れば公園とかどこか近場でいいんですが連れて行ってあげたくて」

 本はあっさり許可が下りたけど、外出になるとそうもいかない。
 前回の誘拐未遂のことがあるし、出かける時の護衛は最低でも三人はつけると言っていたっけ。

 私設騎士団がいるから人員的には大丈夫そうだけど、彼らも普通のお仕事があるだろうし、日程調整とか考えないといけないものね。
 遠征の話は聞いていないけど、たぶんそういうのもあるんじゃないかな。

「公園か……」
「難しそうですか?」
「いや、そうではない。中々最適な場が思いつかないだけだ」

 最適かぁ。
 確かに護衛をつけるなら広さも必要だけど、広すぎても危ないものね。そこまでは考えてなかったわ。ルカの安全第一だものね。

「君が暑さで倒れても困るからな。あまり日差しが強くなく、快適な場がいいんだが」
「え、あ、私ですか?」

 予想していなかった言葉に、私はやや変な声をあげてしまう。

「そうだが?」

 公爵はさも当たり前のように言ってのけた。あれ、今私たちって、公園どこにしようかって話していたんだよね。
 それは公園の規模とか、遊ぶ遊具とか普通ならそういう話になるんじゃないの?

 なんでそこで私の熱中症の話が出るかなぁ。あの頃から少し太ったし、顔色の青白さだって少しマトモになったのよ。そう簡単に倒れたりしないのに。公爵って、意外に心配性なのね。でもその心配性のベクトルは、私にじゃなくてルカに向けて欲しいわ。

「私のことより、まずは第一にルカのことを考えて下さい」
「いやしかし、母親である君が倒れたらルカも悲しむだろう」
「それは……そうですが。何度も言いますが、私はそう簡単に倒れませんよ」
「だがなぁ……」

 公爵はまったく信用などないというような目で、私を下から上まで見ていた。
 ちょっと、どんだけ信用性がないの、この体は。足だってもう棒切れじゃないし、そう簡単に吹き飛んでもいかないわよ。

「そうだ。郊外にうちの別荘がある。今週末にでも、そこへ行くとしよう」

 急に思いついたように、公爵はポンと手を叩き一人うなずいていた。

「え?」
「あそこまら避暑地だし、君もルカにも負担にならないだろう」
「え、ですが」
「数日宿泊する用意をアーユたちに頼んでおくから心配はいらないさ」
「いや、そうではなくて……」
「?」

 私が求めたのは外出許可であって、旅行ではなかったんだけど、たぶんこれ以上彼と話しても通じ合えない気がする。

「……ありがとうございます」

 私がそう言うと、公爵はどこまでも満面の笑みを浮かべていた。きっと秘書が帰ってしたら、彼は絶望するだろうなと思いつつ、私はそれ以上考えないことにした。

 そしてルカに公爵から避暑地への旅行になったことを告げると、大興奮するルカ。そんなルカを見ていると旅行の方が正解だったのかと、うかつにも思えてしまった。
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