61 / 68
060 兆し
しおりを挟む
幸せなお茶会はあっという間に終わってしまった。
だけどその収穫は大きく、父を商会から追い出したあかつきには、マリアンヌたちが証人となってダミアンと離婚出来る。
なんだかここまであっという間だったわね。
父を追いやって離婚出来たら、やっと私がやり直したかったその先が始まる。
その先で何をしたいかは決まってないけど、ブレイズが言っていたようにもっと幸せになりたいな。
屋敷の自室に戻ってきた私は、窓の外を見た。
薄っすらと日が落ち、辺りは暗くなり始めている。
父をあそこから社会的にも物理的にも引きずり下ろす作戦は、水面下でずっと行ってきたものもあるからそんなに時間はかからないはずだけど……。
「本当にあと少しなのね。いろいろ考えなきゃ」
気を緩めてはいけないと分かっていても、ふっと笑いが零れる。
そんな私の部屋に、ノックの音が響いた。
ああ、ミーアに頼んでおいた案件かしら。
「どうぞ?」
予想通り、部屋に入ってきたのはミーアだった。
しかしいつもの元気さはなく、やや疲れたような顔をしている。
ここ数日、私が屋敷の掃除などに入れなかったから、負担が大きかったかしら。
なんだか、顔色も蒼白で悪そうだし。
「遅い時間にすみません、アンリエッタ様。頼まれていた件のご報告がありまして参りました」
「いや、それはいいんだけどミーア、顔色がずいぶん悪そうだけど大丈夫? もしかして無理させちゃったかしら」
「無理……はしていないつもりなのですが」
そう言ったミーアの顔がやや曇る。
いつもみたいなハッキリとした物言いでないことも、なんだか引っかかる。
「何かあったの?」
「ああいえ、大したことはないんですよ」
「でも本当に顔色が悪いわ。熱でもあるんじゃない?」
私はミーアに近づくと、彼女のおでこに手を当てた。
すごく高熱って感じではないけど、なんとなく熱い気がする。
「そんなに熱っぽい感じは自分でもしないんですが……」
「無理はダメよ。ミーアに何かあったら、本当に困るんだから。本当に何もないの?」
「あー。ただちょっと、どこかにぶつけたのか、あざが出来ちゃって。それが少し痛むから、睡眠不足なだけですよ」
ミーアはただ困ったように、それでも私を安心させようと笑っていた。
このセリフに、この流れ。
忘れたくても、忘れられない。そう、あの時と同じだ。
前回はこの言葉を、この屋敷ではなく実家の商会に戻った時にミーアから聞いた。
ミーアはいつもの軽い怪我のようなものだって。
特に問題はないって。私も彼女の言葉を疑うこともなかった。
だってあそこでは怪我なんて日常茶飯事だから。
だけどその数週間度、私の元に入ったのはミーアが亡くなったという連絡だった。
あの時はまだ、誰一人知らなかったのだ。
そんな症状の感染症があることなど。
「ミーア、あざは腕?」
「え、ああ。そうですけど……」
「見せてくれる?」
「え、ですが」
「いいからお願い。すごく大事なことなの!」
ミーアにしてみれば、私の行動はすごく不審なものだろう。
だけど確認しないわけにはいかなかった。
「見ても、綺麗なものじゃないですよ?」
ミーアは少し考えたあと、お仕着せの長いブラウスの袖をゆっくりと捲った。
その腕には、まだ小さくもしっかりと赤いバラによく似たあざが浮かび上がっている。
全身から血の気が引いていくようだった。
グラグラとする足元。
だた必死に息を飲み、私は痛いほど鳴り響く胸を押さえた。
大丈夫、まだ大丈夫。
全身にまで広がっていないし、初期症状じゃない。
だけど前回よりもずっと早い。
バラ病が始まるのは、少なくともあと一年くらい先のはず。
だからあのバラの苗を手に入れれば、身近な人たちだけは助けられると思っていたのに。
過去と今が変わってしまった影響が、こんなとこにも出てきてしまったんだわ。
今ある花からバラの実が出来るまでにはまだ時間がかかる。
それなら先に隣国から手に入れないと、前回と同じことになってしまうわ。
国内で手に入れるより、向こうから取り寄せた方が早いし、幸いまだ誰もこの病を知らない。
前回みたいに買占めや転売によって高額になってしまう前に、手に入れなきゃ。
私はゆっくりと言葉を選びながら、ミーアに現状を伝えることにした。
だけどその収穫は大きく、父を商会から追い出したあかつきには、マリアンヌたちが証人となってダミアンと離婚出来る。
なんだかここまであっという間だったわね。
父を追いやって離婚出来たら、やっと私がやり直したかったその先が始まる。
その先で何をしたいかは決まってないけど、ブレイズが言っていたようにもっと幸せになりたいな。
屋敷の自室に戻ってきた私は、窓の外を見た。
薄っすらと日が落ち、辺りは暗くなり始めている。
父をあそこから社会的にも物理的にも引きずり下ろす作戦は、水面下でずっと行ってきたものもあるからそんなに時間はかからないはずだけど……。
「本当にあと少しなのね。いろいろ考えなきゃ」
気を緩めてはいけないと分かっていても、ふっと笑いが零れる。
そんな私の部屋に、ノックの音が響いた。
ああ、ミーアに頼んでおいた案件かしら。
「どうぞ?」
予想通り、部屋に入ってきたのはミーアだった。
しかしいつもの元気さはなく、やや疲れたような顔をしている。
ここ数日、私が屋敷の掃除などに入れなかったから、負担が大きかったかしら。
なんだか、顔色も蒼白で悪そうだし。
「遅い時間にすみません、アンリエッタ様。頼まれていた件のご報告がありまして参りました」
「いや、それはいいんだけどミーア、顔色がずいぶん悪そうだけど大丈夫? もしかして無理させちゃったかしら」
「無理……はしていないつもりなのですが」
そう言ったミーアの顔がやや曇る。
いつもみたいなハッキリとした物言いでないことも、なんだか引っかかる。
「何かあったの?」
「ああいえ、大したことはないんですよ」
「でも本当に顔色が悪いわ。熱でもあるんじゃない?」
私はミーアに近づくと、彼女のおでこに手を当てた。
すごく高熱って感じではないけど、なんとなく熱い気がする。
「そんなに熱っぽい感じは自分でもしないんですが……」
「無理はダメよ。ミーアに何かあったら、本当に困るんだから。本当に何もないの?」
「あー。ただちょっと、どこかにぶつけたのか、あざが出来ちゃって。それが少し痛むから、睡眠不足なだけですよ」
ミーアはただ困ったように、それでも私を安心させようと笑っていた。
このセリフに、この流れ。
忘れたくても、忘れられない。そう、あの時と同じだ。
前回はこの言葉を、この屋敷ではなく実家の商会に戻った時にミーアから聞いた。
ミーアはいつもの軽い怪我のようなものだって。
特に問題はないって。私も彼女の言葉を疑うこともなかった。
だってあそこでは怪我なんて日常茶飯事だから。
だけどその数週間度、私の元に入ったのはミーアが亡くなったという連絡だった。
あの時はまだ、誰一人知らなかったのだ。
そんな症状の感染症があることなど。
「ミーア、あざは腕?」
「え、ああ。そうですけど……」
「見せてくれる?」
「え、ですが」
「いいからお願い。すごく大事なことなの!」
ミーアにしてみれば、私の行動はすごく不審なものだろう。
だけど確認しないわけにはいかなかった。
「見ても、綺麗なものじゃないですよ?」
ミーアは少し考えたあと、お仕着せの長いブラウスの袖をゆっくりと捲った。
その腕には、まだ小さくもしっかりと赤いバラによく似たあざが浮かび上がっている。
全身から血の気が引いていくようだった。
グラグラとする足元。
だた必死に息を飲み、私は痛いほど鳴り響く胸を押さえた。
大丈夫、まだ大丈夫。
全身にまで広がっていないし、初期症状じゃない。
だけど前回よりもずっと早い。
バラ病が始まるのは、少なくともあと一年くらい先のはず。
だからあのバラの苗を手に入れれば、身近な人たちだけは助けられると思っていたのに。
過去と今が変わってしまった影響が、こんなとこにも出てきてしまったんだわ。
今ある花からバラの実が出来るまでにはまだ時間がかかる。
それなら先に隣国から手に入れないと、前回と同じことになってしまうわ。
国内で手に入れるより、向こうから取り寄せた方が早いし、幸いまだ誰もこの病を知らない。
前回みたいに買占めや転売によって高額になってしまう前に、手に入れなきゃ。
私はゆっくりと言葉を選びながら、ミーアに現状を伝えることにした。
68
あなたにおすすめの小説
そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。
秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」
私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。
「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」
愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。
「――あなたは、この家に要らないのよ」
扇子で私の頬を叩くお母様。
……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。
消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし
さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。
だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。
魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。
変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。
二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?
すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。
人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。
これでは領民が冬を越せない!!
善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。
『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』
と……。
そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。
古森真朝
ファンタジー
「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。
俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」
新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは――
※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる