74 / 75
072 行違った思いの先
しおりを挟む
しかし衝撃は一つではなかった。
体当たりしてきた人の体が私に覆いかぶさるとほぼ同時に、さらにその上から突き出されるような衝撃が加わる。
「なんなの⁉」
茶色いマントを被り、覆いかぶさった人の顔は見えない。
しかし崩れたその人の先にいる人物の顔は、はっきりと見えた。
もう一つの衝撃。
それは、ナイフを持ったダミアンがもたらしたものだった。
「ダミアン……様」
震える彼の手にあるナイフには、べったりと血のりが見える。
滴り落ちるその血を、ダミアンは青ざめた顔で見ていた。
「血?」
待って、これはどういう状況?
あれは誰の血なの?
ナイフを持ったダミアン。
それは確実に人を刺したあとのものだと分かる。
でも私は無傷だ。
だったら……。
手に、温かな感触が伝わってくる。
見ればそれはあふれ出る血だった。
私は自分に覆いかぶさるマントを被った人間に目をやる。
震え出す手。
息を吸うことさえ忘れるほどの時間。
ゆっくりとマントをはがし、その顔を見た。
「マリアンヌ様!」
意味が分からなかった。
いや、状況からその意味は理解できたのだけど。
でも頭がそれを理解することを拒んだ。
「なんで、なんで、なんで、なんで!」
怒りなのか悲しみなのか。
私はあふれ出る血を押さえようと、きつく手を当てる。
しかしその傷口は深いのか、出血は止まらない。
「何やってるのよ!」
睨みながら叫べば、ダミアンは手に持ったナイフを地面に落とした。
そして青ざめた顔で、その場にへたり込む。
「ちがう、違うんだ……こんなはずじゃなかったんだ……ぼくは悪くない、ぼくは悪くない。悪いのはおまえたちじゃないか」
この期に及んで、この人は何を言っているのだろう。
平民になることを納得しないとは思っていた。
だからといって、やっていいことと悪いことがある。
一番初めにマリアンヌを騙したのは自分じゃない。
なのにその嘘をつき通すこともなく、彼女の幸せをこんな風に壊すなんて。
こんなことになるのなら、何が何でもあの時止めればよかった。
大事だったのに。
マリアンヌはこの世界で出来た唯一の友だちだったのに。
「ふざけないでよ! あんたがいけないんでしょう。マリアンヌは、ただあなたと幸せになりたかっただけなのに!」
「うるさい! ぼくはそんなもの望んでいなかった」
「だったら初めから、彼女を解放しなさいよ! マリアンヌはただあなたのことを心から愛していただけなのに」
ぼろぼろと涙がこぼれる。
許せなかった。この男も自分も。
「貴様!」
騒動に気付いたブレイズが、へたり込むダミアンを殴り飛ばした。
辺りには人だかりができ始める。
「誰かお医者様を!」
私の言葉に何人かが駆け出して行った。
「マリアンヌ死なないで……」
血の気のない彼女の顔に触れる。
すると意識を取り戻したのか、マリアンヌがうっすらと目を開けた。
「マリアンヌ!」
「アンリエッタ……」
「どうしてこんな危険なことをしたのよ。今お医者様を呼んでもらっているから」
「無事?」
肩で息をしながらも、マリアンヌは私にそう尋ねる。
自分がこんな状況だというのに。
「私は無事よ。あなたのおかげでね」
「……よかった……。今度は……ちゃんと助けられた」
「今度って」
ダミアンに殴られた日。
マリアンヌは誰よりずっと泣いていた。
食事も喉を通らぬほどにやつれ、私が怪我を負ったことを悲しんでくれた。
あの日から、私たちの仲はグッと近づいた気がする。
だけど今でも、マリアンヌがあの日のことを悔やんでいるとは思わなかった。
マリアンヌのせいではないと、何度も言い聞かせたのに。
涙の止まらない私とは対照的に、マリアンヌはただ微笑んでいた。
そしてゆっくりとまたその目を閉じる。
雲一つない高い空に、私の叫び声だけが響き渡って行った。
体当たりしてきた人の体が私に覆いかぶさるとほぼ同時に、さらにその上から突き出されるような衝撃が加わる。
「なんなの⁉」
茶色いマントを被り、覆いかぶさった人の顔は見えない。
しかし崩れたその人の先にいる人物の顔は、はっきりと見えた。
もう一つの衝撃。
それは、ナイフを持ったダミアンがもたらしたものだった。
「ダミアン……様」
震える彼の手にあるナイフには、べったりと血のりが見える。
滴り落ちるその血を、ダミアンは青ざめた顔で見ていた。
「血?」
待って、これはどういう状況?
あれは誰の血なの?
ナイフを持ったダミアン。
それは確実に人を刺したあとのものだと分かる。
でも私は無傷だ。
だったら……。
手に、温かな感触が伝わってくる。
見ればそれはあふれ出る血だった。
私は自分に覆いかぶさるマントを被った人間に目をやる。
震え出す手。
息を吸うことさえ忘れるほどの時間。
ゆっくりとマントをはがし、その顔を見た。
「マリアンヌ様!」
意味が分からなかった。
いや、状況からその意味は理解できたのだけど。
でも頭がそれを理解することを拒んだ。
「なんで、なんで、なんで、なんで!」
怒りなのか悲しみなのか。
私はあふれ出る血を押さえようと、きつく手を当てる。
しかしその傷口は深いのか、出血は止まらない。
「何やってるのよ!」
睨みながら叫べば、ダミアンは手に持ったナイフを地面に落とした。
そして青ざめた顔で、その場にへたり込む。
「ちがう、違うんだ……こんなはずじゃなかったんだ……ぼくは悪くない、ぼくは悪くない。悪いのはおまえたちじゃないか」
この期に及んで、この人は何を言っているのだろう。
平民になることを納得しないとは思っていた。
だからといって、やっていいことと悪いことがある。
一番初めにマリアンヌを騙したのは自分じゃない。
なのにその嘘をつき通すこともなく、彼女の幸せをこんな風に壊すなんて。
こんなことになるのなら、何が何でもあの時止めればよかった。
大事だったのに。
マリアンヌはこの世界で出来た唯一の友だちだったのに。
「ふざけないでよ! あんたがいけないんでしょう。マリアンヌは、ただあなたと幸せになりたかっただけなのに!」
「うるさい! ぼくはそんなもの望んでいなかった」
「だったら初めから、彼女を解放しなさいよ! マリアンヌはただあなたのことを心から愛していただけなのに」
ぼろぼろと涙がこぼれる。
許せなかった。この男も自分も。
「貴様!」
騒動に気付いたブレイズが、へたり込むダミアンを殴り飛ばした。
辺りには人だかりができ始める。
「誰かお医者様を!」
私の言葉に何人かが駆け出して行った。
「マリアンヌ死なないで……」
血の気のない彼女の顔に触れる。
すると意識を取り戻したのか、マリアンヌがうっすらと目を開けた。
「マリアンヌ!」
「アンリエッタ……」
「どうしてこんな危険なことをしたのよ。今お医者様を呼んでもらっているから」
「無事?」
肩で息をしながらも、マリアンヌは私にそう尋ねる。
自分がこんな状況だというのに。
「私は無事よ。あなたのおかげでね」
「……よかった……。今度は……ちゃんと助けられた」
「今度って」
ダミアンに殴られた日。
マリアンヌは誰よりずっと泣いていた。
食事も喉を通らぬほどにやつれ、私が怪我を負ったことを悲しんでくれた。
あの日から、私たちの仲はグッと近づいた気がする。
だけど今でも、マリアンヌがあの日のことを悔やんでいるとは思わなかった。
マリアンヌのせいではないと、何度も言い聞かせたのに。
涙の止まらない私とは対照的に、マリアンヌはただ微笑んでいた。
そしてゆっくりとまたその目を閉じる。
雲一つない高い空に、私の叫び声だけが響き渡って行った。
49
あなたにおすすめの小説
私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません
藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は
愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。
夫が愛人を持つことも、
その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。
けれど――
跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。
その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。
私は悟ったのだ。
この家では、息子を守れないと。
元々、実家との間には
「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。
ならば話は簡単だ。
役目を終えた私は、離縁を選ぶ。
息子と共に、この家を去るだけ。
後悔しているようですが――
もう、私の知るところではありません。
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました
ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。
ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。
王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。
そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。
「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。
そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、
死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。
「でも、子供たちの心だけは、
必ず取り戻す」
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。
それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。
これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる