白い結婚にさよならを。死に戻った私はすべてを手に入れる。

美杉日和。(旧美杉。)

文字の大きさ
32 / 68

031 パトロンの正体

しおりを挟む
 その夜は月のない日だった。
 窓から見える空は雲一つなく、どこまでも闇が広がっている。
 そして小さなランプのみの部屋はどこまでも薄暗い。

「ふぅ」

 ミーアは先ほど、マリアンヌの元へ手紙を届けてから今日はそのまま休むと言っていた。

 あの手紙が前向きなものなら、父に一つ貸しが出来るかもしれないわね。
 公爵家とのパイプ。
 こんな貧乏男爵家よりもっと上の人だもの。

 父も私には口出し出来にくくなるはず。
 とは言っても、まったく口を出さないことはないだろう。

 あの人にとっては貴族だろうが、なんだろうが基本的には関係ないのだから。
 怖い物知らずもここまでくるとホントに嫌ね。

「すぐに返事の手紙が届くといいんだけど」

 考えてても仕方ない。
 明日もまだ屋敷の掃除は恐ろしいほどある。
 こんな暗い日は読書も出来ないし、早く寝てしまおう。

 そう思いながらベッドへ向かう私の視線の端で、窓のカーテンがゆらりと揺れた。

「窓、開いていたかしら」

 開けた覚えなどない窓。
 この部屋の掃除は誰にも頼んでいないから、開くわけがないんだけど。

 もしかして壊れたとか?
 過去でも壊れた記憶はなかったはずだけど……。

 窓枠に手をかけようとしたその瞬間、首に冷たいモノが当たる。
 
「!」

 振り返ることも動くことも出来ない。
 ランプの光でうっすら窓に反射するのは黒い男と、その男が持ったナイフが私の首に当てられていたことだけだった。

 しかし不思議とその男からは殺意は感じられない。

「ずいぶんな登場ね、役者さん」
「なーんだ。知ってたの?」

 男は悪びれもなく軽い口調で、あっさり自分の正体を認めた。
 しかし彼はナイフを下ろそうとはしない。

「ええ、だいたいわね」

 この前の父からの手紙に書かれていたから。

 私は追いつけなかった役者が貧民街へ馬車を走らせていたのがどうにも気になり、父に情報を求めたのだ。

 基本的に父は自分にかかわること以外は、お金が絡まない限り何も協力的ではない。
 だからこちらからの手紙に、この男爵家の金をだまし取っている役者がいると付け加えた。

 父にとってこの家はもはや自分のものだと疑ってもいない。
 だからこの家のお金は全て、自分のものだと思っている。

 そこに付けこんだのだ。

「怖くないの? 今、君が置かれた状況分かってる~?」
「ええ」

 まったく怖くないかと言われれば嘘になる。
 だけどどうせ一度死んだ身だ。

 それに父から彼の正体を聞いた瞬間から、こうなることは少なからず予想はしていた。

「まさか貴族たちを騙していたのが闇ギルドの関係者だとは思わなかったわ」
「そんなこと知ってどうするの?」

 喉につき付けられたナイフが皮膚に少し食い込む。
 このまま彼が横にナイフを引けば、私の喉はかき切られてしまうだろう。

「別に?」
「は?」

 私の答えに驚いたのか、彼はナイフを持つ手を緩めた。
 
「お茶でも飲む?」

 彼が緩めたナイフに手をかけ、押しのけると私は振り返った。
 黒い装束を身につけ顔を隠す彼の表情は読めない。

「あははっはははは。自分を殺しに来たヤツにお茶を進めるヤツなんて初めてみたよ」
「よく言うわ。殺しに来たんじゃなくて、脅しにきただけじゃない」

 腹を抱えて笑う彼をしり目に、テーブルにお茶の用意をした。

「座らないの?」
「……」

 そう促すと、軽く舌打ちしたあと彼は席についた。
 そして顔を覆っていた布を取る。

 若草色の髪に深い緑の瞳。
 歳は私より少し若いくらいかしら。
 パッと見はどこまでも幼いようにも見えるし、その顔は愛くるしい。

 マダムたちが夢中になるのも分かるわ。
 男の子にしたら、かわいいもの。
 まぁ、持ってる武器も所属先もなんにも可愛くないんだけど。

「怖いね、ダントレットの人間は」
「そう? 怖いのは父だけだと思うけど」

 どこにでも通じている父は、闇ギルドにおいても一目おかれている。
 人づてに聞いた話では、闇ギルトの長と父は義兄弟だという噂もある。

「いや、あんたも十分さ。いつ殺意がないことに気付いた?」
「そうね……。だって殺すならつもりなら、わざわざ自分の姿なんか見せずに殺していたでしょう?」
「あははは、確かに。いや、十分あんたも怖いよ」

 豪快に笑う姿は、あの甘い声で囁いていた役者とはまったく別物のように思える。

「私はアンリエッタ。あなたは?」
「……」

 名前を聞いた途端、また表情が固くなる。
 ああ、闇ギルドの人って名前とか教えちゃダメだったのかしら。

「別に変な意味はないわ。名前呼ぶのに困るってだけで。教えたくないなら勝手にテキトーな名前つけるけど……。そうね、ゴンザレスとかどう?」
「ゴンザレスやめろ! さすがになんだよ、その意味不明な生き物は」
「モンスターとか?」
「オレは人だっつーの。まったく……ヒューズだ」
「あら、立派な名前があるじゃない」

 私がそういうと、満更でもないようにヒューズは鼻の頭をかいた。

「ダントレットは敵に回すもんじゃないな」

 ぽつりとヒューズはもらす。
 父はどうでもいいけど、こっちは敵に回してもらいたくはないわね。
 計画が止まってしまうもの。

「そうしてもらえるとありがたいわ。あなただって、沈む泥船なんて、興味はないでしょう?」
「泥船? ここが?」
「ええ。その予定よ」

 多くは説明できないけど、頭の良さそうなヒューズならなんとなく伝わるだろう。
 ここがいずれ沈み、没落するという意味を。

「あんたはそんな船に乗ってて大丈夫なのか?」
「私が沈ませる方だから問題ないわ」
「ああ……」

 ヒューズは鼻で笑うと、私が出したお茶を一気飲みした。

「どうせここも小銭稼ぎだからいいさ。他にはあんた、興味ないんだろ」
「ええ。他なんてどうでもいいの」
「ほらな。そういうとこがダントレットなのさ」

 犯罪といっても、彼がしているのは軽微な詐欺。
 しかも貴族のマダムたちに寄り添ってお小遣いをもらっている以上、詐欺になるかどうかも私には判断できない。

 だったらそれを罪だと言って、やめさせるのもおかしな話。
 お互いにそれがよいのなら、どうすることも出来ないし。

 だから彼の罪を公にすることは、私からはない。
 だたこの男爵家から手を引いてくれさえすらばいいのだ。

「でもそうね。あなたのお小遣い口が減ったというのなら、ダントレットがいつかそっち方面で仕事を依頼する時は全てあなたへ頼むことにするわ」
「あんた……あの親父さん超えるかもね」

 そう言いながらヒューズは笑っていた。
 少なくとも嫌味ではなさそう。
 だけどあんな自己中な父を超えたいとはまったく思わない。

「あんなの超えたくもないわ。ヒトですらない生き物なんて」
「あははははは。いいね、アンリエッタだっけ。覚えておくよ」

 ヒューズは再び顔を布で隠すと、手を振りながら音もなく窓から出ていく。
 彼の背を見送りながら、やっと私は自分の体の力が抜けていくのを覚えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。

秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」  私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。 「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」  愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。 「――あなたは、この家に要らないのよ」  扇子で私の頬を叩くお母様。  ……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。    消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし

さき
恋愛
愛のない結婚と冷遇生活の末、六年目の結婚記念日に夫に殺されたプリシラ。 だが目を覚ました彼女は結婚した日の夜に戻っていた。 魔女が行った『六年間の時戻し』、それに巻き込まれたプリシラは、同じ人生は歩まないと決めて再び六年間に挑む。 変わらず横暴な夫、今度の人生では慕ってくれる継子。前回の人生では得られなかった味方。 二度目の人生を少しずつ変えていく中、プリシラは前回の人生では現れなかった青年オリバーと出会い……。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...