推しと清く正しい逢瀬（デート）生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

隣人特権、強すぎるんですけど。（２０）

　成瀬さんの笑みは苦笑い。まるで昔の自分を恥じているようだ。

　私は少し意外に思った。成瀬さんや蓮のような煌びやかな世界にいる人たちは、いつだって堂々としていて自分に自信を持っているように見えたから。

　でも、それは私の勝手なイメージでしかないのかもしれない。彼らだって、悩んだり苦しんだり、後悔だってするだろう。そしてそれら全てを糧にして前進していくのだ。それは、普通に生活している私と変わらない。いや、むしろ日々にあまり変化を求められない私なんかよりも、よほどシビアに自身を成長させていかなければならないのかもしれない。

　そんな彼に私がかけられる言葉は、なんだろうと考える。そしてある言葉が浮かんだ私は、真っ直ぐに成瀬さんの瞳を見つめた。

「蓮といい勝負でしたよ」

　私の返答が意図したものと違ったのだろう。成瀬さんは一瞬驚いたように目を見開いた。そんな彼に、私はさらに言葉をかける。

「二人とも初々しかったです。伸び代しかありませんでした」

　私の言葉を聞いた成瀬さんは、拍子抜けしたように目をパチクリさせた。しかしすぐに、声を上げて笑い出した。

　ひとしきり笑った成瀬さんは、目尻の涙を拭いながら私を見る。その瞳は優しく細められている。まるで愛おしいものを見るような眼差しにドギマギしてしまう。慌てて視線を逸らした私に、成瀬さんが穏やかな口調でお礼の言葉を口にした。

「下手としか言いようがないくらいの演技だったのに、そんな風に肯定的に評価してくれてありがとう。石川さんのそういうさりげない優しさ、すごく素敵だと思う」

　成瀬さんはそう言うと、とびきりの笑顔を見せた。

　その笑顔を見た瞬間、私の頭の中で何かが弾け飛んだ。胸の奥がきゅんと締め付けられるような感覚。同時に心臓の鼓動が早くなる。

　ーーあ、私、今……。

　ゆっくりと深呼吸をした。一度自覚してしまえば、それはもう止められない。

　私は恋に落ちた。

　でも、相手は芸能人。望んではいけない相手だ。

　私は思わず自嘲の笑みを漏らす。そして、その想いに蓋をするようにそっと胸を押さえた。

　推しとして成瀬さんを愛でなきゃ。そうじゃなきゃ、こんな関係続けられるわけないよ。

　そう自分に言い聞かせる。

　しかし、そんな私の気持ちなど知る由もない成瀬さんは、何故だか必死に言い訳を口にしていた。

「めっちゃ演技下手だった。それは、自覚してる。でも、今はあれよりマシだから。お願い。あれが俺の実力だと思わないで」