推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

田古みゆう

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Fに託す(9)

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「そっか。落ち込んだ中学生の石川さんを蓮の言葉が救ったってわけか」
「はい。蓮のあの言葉がなければ、きっと私はあのまま学校へ行かなくなっていたと思います」

 成瀬さんは何か言いたげに口を開きかけたけれど、結局何も言うことなく口を噤んだ。

 今、私が私らしくいられるのは、あの日の蓮のおかげ。だから、私は蓮を全力で推す。私を暗闇から救ってくれた蓮を。

 そう力説する私に、成瀬さんは少し寂しげな眼差しを向けてきた。それがとてもせつなげで私は思わず口を閉じる。

 なぜだかわからないけれど、心臓がドキドキと早鐘を打ち始めた。私が戸惑っていると、成瀬さんはふっと表情を緩める。

「それが俺だったら良かったのに」

 それはまるで独り言のような小さな声だった。だけど、その言葉は私の耳にはっきりと届いた。

 え?

 私の中で、時が止まる。

 今のはどう言う意味?

 聞き返したいのにうまく言葉が出てこない。言葉を探して、私は黙ったまま成瀬さんの顔をじっと見つめた。すると、成瀬さんは慌てたように表情を繕う。そして、そのまま誤魔化すように小さく笑った。

 その笑みが、あまりにも切なげで……。心臓がまたぎゅーっと締め付けられる。

 私たちは無言のまま並んで歩く。そのまましばらく黙って歩いていると、不意に成瀬さんが口を開いた。

「石川さん」

 それはとても静かな声だった。だけど、そこには強い決意のようなものが感じられた。

「は、はい」

 緊張しながら返事をすると、成瀬さんはゆっくりと私の前に回り込んだ。そして、立ち止まって真っ直ぐ私を見つめた。その眼差しが真剣そのもので、私の心臓は再びぎゅっと締め付けられる。

 なぜこんなにも胸が苦しいのだろう。

 成瀬さんが、真っ直ぐに私の瞳を見つめて言う。

「週末から舞台が始まるんだ」

 あまりにも唐突な話題で、戸惑いを隠せずにいる私に成瀬さんが言った。

「俺、石川さんに観に来て欲しい」

 成瀬さんはそう言うと、ふっと表情を和らげた。しかし、それはいつもよりも少し強張ってみえた。緊張しているのだろうか。

「え? あ、はい。もちろん行くつもりでいます! でも、ご迷惑じゃないですか? 知り合いに観られているとやり難くありませんか?」

 私の問いかけに成瀬さんの頬がふっと緩む。いつもの成瀬さんの優しい笑顔だ。

「一応プロなんで。そこは大丈夫」

 その口ぶりが、あまりにも余裕たっぷりで、本当に私が観にいっても大丈夫なのだと少し安心する。

「あ、でもまだチケットが」
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