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Fに託す(8)
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「石川さんは強いな。つらい経験だっただろうに……」
成瀬さんがポツリと呟いた。私は、その言葉に思わず目を見開いた。
強い? 私が?
私は慌てて首を振った。
「違います。私は全然強くなんかないです。その時だって、どうにかして辛い状況から逃げ出したいってそればかりを考えていましたから」
私は苦笑いを浮かべる。
「部活に行きたくない。誰とも顔を合わせたくない。そんな思いで、学校をズル休みしました」
成瀬さんは、黙って私の言葉に耳を傾けてくれる。
「両親は仕事で不在。家には誰もいない。そんな静かな家で、私は一人ぼんやりとテレビを観て過ごしました。一人ぼっちの状況から逃げ出したかった。ズル休みをすることで逃げられると思いました。だけど、休んだら休んだで練習をサボってしまったことに罪悪感と焦りを感じたんです」
あの時のことを思い出すと、今でも胸が苦しくなる。私は、ぎゅっと胸の前で拳を作った。すると、成瀬さんの手が私の拳を優しく包み込んだ。その温かさに驚いて顔を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべた成瀬さんがいた。
その笑みに癒され、私は話を続ける。
「胸の中がモヤモヤとして。でも、中学生の私はどうしたらその気持ちが解消されるのかわからなくて。とても苦しかった。私はただ必死に頑張っただけなのに。どうして私がこんな思いをしなきゃいけないの? そんな憤りがありました。そんな時、テレビから声がしたんです。『努力はいつだって裏切らない。だから俺はいつでも全力で体当たりします』って」
ずっとテレビをつけていたはずなのに、その時、初めて私はテレビの中の彼の存在に気がついた。テレビに映っていたのは、蓮だった。
画面の向こうで眩い輝きを放つ彼に、私の心は鷲掴みにされた。テレビの中の蓮が放った言葉が私の中でこだました。
気がつくと、胸の中にあったモヤモヤが消えていた。代わりに「やってやる!」という気持ちが大きくなっていた。
「私は努力したから、選抜メンバーに選ばれた。それでも今の私がイヤだと周りが言うなら、周りを納得させられるだけの力をつければいいんだ。そう思ったんです」
蓮のあの言葉が、私の人生を変えたと言っても過言ではない。そして、その言葉は今でも私の心の中に根を張り、私を突き動かす原動力となっている。
私が言葉を切ったのを確認してから、成瀬さんが言った。それはとても穏やかな声で……。だけど、どこか切なさを感じさせるものだった。
成瀬さんがポツリと呟いた。私は、その言葉に思わず目を見開いた。
強い? 私が?
私は慌てて首を振った。
「違います。私は全然強くなんかないです。その時だって、どうにかして辛い状況から逃げ出したいってそればかりを考えていましたから」
私は苦笑いを浮かべる。
「部活に行きたくない。誰とも顔を合わせたくない。そんな思いで、学校をズル休みしました」
成瀬さんは、黙って私の言葉に耳を傾けてくれる。
「両親は仕事で不在。家には誰もいない。そんな静かな家で、私は一人ぼんやりとテレビを観て過ごしました。一人ぼっちの状況から逃げ出したかった。ズル休みをすることで逃げられると思いました。だけど、休んだら休んだで練習をサボってしまったことに罪悪感と焦りを感じたんです」
あの時のことを思い出すと、今でも胸が苦しくなる。私は、ぎゅっと胸の前で拳を作った。すると、成瀬さんの手が私の拳を優しく包み込んだ。その温かさに驚いて顔を上げると、そこには穏やかな笑みを浮かべた成瀬さんがいた。
その笑みに癒され、私は話を続ける。
「胸の中がモヤモヤとして。でも、中学生の私はどうしたらその気持ちが解消されるのかわからなくて。とても苦しかった。私はただ必死に頑張っただけなのに。どうして私がこんな思いをしなきゃいけないの? そんな憤りがありました。そんな時、テレビから声がしたんです。『努力はいつだって裏切らない。だから俺はいつでも全力で体当たりします』って」
ずっとテレビをつけていたはずなのに、その時、初めて私はテレビの中の彼の存在に気がついた。テレビに映っていたのは、蓮だった。
画面の向こうで眩い輝きを放つ彼に、私の心は鷲掴みにされた。テレビの中の蓮が放った言葉が私の中でこだました。
気がつくと、胸の中にあったモヤモヤが消えていた。代わりに「やってやる!」という気持ちが大きくなっていた。
「私は努力したから、選抜メンバーに選ばれた。それでも今の私がイヤだと周りが言うなら、周りを納得させられるだけの力をつければいいんだ。そう思ったんです」
蓮のあの言葉が、私の人生を変えたと言っても過言ではない。そして、その言葉は今でも私の心の中に根を張り、私を突き動かす原動力となっている。
私が言葉を切ったのを確認してから、成瀬さんが言った。それはとても穏やかな声で……。だけど、どこか切なさを感じさせるものだった。
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