推しと清く正しい逢瀬（デート）生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

再会 ×（偶然）³ ＋きゅん＝ ゼロ距離って、合ってます？（９）

　強い口調に成瀬さんは驚いたように私の顔を見た。それから、その目を優しく細めるとふわりと微笑んだ。その表情に私の胸がきゅんと音を立てた。

　……きゅん？

　思わず胸に手を当てる。まるで子犬のようにあどけない顔で微笑んでいる成瀬さんの顔を見つめていると、再び私の胸が音を立てた気がした。自身の中の不思議な感情に、困惑する。

　なに？　この感じ……。

　ひっそりと混乱する私の耳に成瀬さんの柔らかな声が届く。

「きっと、高価なプレゼントをもらうよりも、胸を張って応援してくれることの方が彼らも嬉しいと思います」
「あっ、はい！　これからは、そうします」

　思いがけず大きな声で返事をしてしまい、私は慌てて口を噤む。

　成瀬さんの言葉は真摯で温かい。

　ああ……話したい。アイドルとそのオタクに理解を示す成瀬さんなら、きっと私の本来の熱量でScorpioスコルピオのことを語っても引かずに話を聞いてくれる。

　そう思ってしまった私の自重というブレーキは、見事に壊れた。

　私は、いかにScorpioを、そしてメンバーの影山連を愛しているかを語り始めた。推しを見つけた日。推しがグループとして本格的に活動を始めた時。初めてライブに行った時。自分がどれほど彼らに魅了されているか。その魅力を余すことなく成瀬さんに語っていく。

　流れるように言葉が出てくる。推しの話をする時はいつもこうだ。心の奥にしまっていた想いを一度言葉にして解放してしまうと、ダムが決壊したように次から次へと言葉が溢れ出て止まらない。

　いつもなら引かれてしまう、私の推しへの愛情。それを成瀬さんは楽しそうに聞いてくれる。時折相槌を打ちながら、時に質問をしながら。その反応が嬉しく、楽しい。

　推しについて語れることが嬉しくて仕方がない私は、完全に舞い上がっていた。駅に着いたことにも気がつかず、成瀬さんに声をかけられてようやく我に返る。

「石川さんは、どちら方面ですか？　俺は、下りに乗るんですが」

　話の腰を折ったことを申し訳なさそうに謝りながら尋ねてくる成瀬さんに、私は慌てて答える。

「あ、私も下り方面です。すみません。結局、語りまくってしまって」

　成瀬さんはとんでもないという風に首を振ると、私に微笑みかけた。その笑顔に、また私の胸は密かに高鳴る。

　改札を通り抜け、揃ってホームに立つ。

　完全にヲタスイッチが入っていた。夢中になって一人で話してしまったのは、一緒にいるのに失礼だったかもしれない。心の中で猛省する。