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4.アレキサンドライトの輝き
35.ある日のアリアンロッド
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むっつりとした顔で、アリアは目の前の男を、胡乱な目でみているが、男は意に返さずに出されたお茶をのんびりとすすっている。この男が来てからは、精霊樹などはベッドの陰に隠れて、時折様子を窺うように顔を出しては引っ込めるを繰り返している。
「ディス、貴様がここに来るとは、どういう気の迷いじゃ? 貴様は自分の居る世界に干渉しうる我等を毛嫌いしておったじゃろうに」
アリアにディスと呼ばれた男は、金髪碧眼の10代後半の青年で、一枚布で出来た真っ白い服のドレープすら優雅にみせた。
「たいしたことはないさ、先日面白い事があってね。それもあって一応報告しておこうと思ってね」
「……面白いことじゃと? 貴様が面白いという事自体珍しいではないか。冥府に誰ぞ楽しい人間でも堕ちたのか」
くつくつと笑うディスに、軽い苛立ちを覚えながらも、アリアはおとなしく話を聞いている。このディスという男、見た目と態度に反して、アイオライトの世界においてはアリアと遜色のない力を持つ、冥府の神であった。
神の力は、その信仰に比例する。知恵あるもののほぼ全てが死を恐れる。恐れは一つの信仰であり、知恵あるものの存在当初から積り積った信仰は、へたな管理神などよりも遥かに高い。まして、候補生であるアリアとは比較にならないのである。
「あぁ、セロ・グランデという地にある迷宮に、ささやかなお客がきてね。君も興味があるんじゃないかと思ったのさ。名前はクロエっていったかなぁ」
『ガタンッ』と音を立ててアリアは立ち上がるが、特に表情を変えないディスを見て、再度椅子に座りなおす。どこかで『ギリッ』っと音が響いたが、それが自分の立てた歯軋りだと気付き、気を静める。
すこし前の傷みと気分の悪さは、クロエとディスが絡んだ時に違いないと確信はしているが、クロエを失った感覚はなかったから、無事であるはずだと必死に言い聞かせる。
「……クロエちゃんに何かしたんですか? あの娘は良い子ですよ」
気がつけば、隠れていた精霊樹がすぐ隣に立っている。
(先ほどまではディスに怯えて出てこなかったくせに、こやつは……)
アリアは感心しつつも、もう一脚椅子を用意して精霊樹を座らせた。
「お主も落ち着かぬか。それで、クロエと相対したのが面白かったとわざわざ報告に来たのか? 主も随分人恋しかったと見える」
アリアの憎まれ口に、一瞬険しい顔をしたディスだが、すぐに表情を取り繕うと言葉を続けた。
「僕の世界で、不条理な力を使うものを許す事はできないんでね。殺してあげる気で行ったんだけどね」
アリアと精霊樹の表情が変わるのを楽しみながらディスは言った。その手には、アリアの分のポテトフライが握られている。口にポテトフライを放り込み、のんびり話す。
「君達の言うとおり、面白い娘である事は確かなようなのでね。暫く冥府に連れて行くのは止めておいたよ。地上に居させたほうが、面白そうだ」
「ほぉ、貴様がそう思ってくれるのは幸いじゃったな。ちなみに、貴様が今食している物は、クロエが我等の為に供えてくれた供物じゃぞ、少しは便宜を図ってもらいたいもんじゃな」
もぐもぐ口を動かしていたディスは、一瞬動きを止めると、口の中のものを飲み込んで、ゆっくり立ち上がる。
「あぁ、余計な事はできない様に、一部の能力は封じておいた事をいっておくよ。せめて、僕が居る世界の管理をしようというなら、死者の蘇生や時間遡行はできないようにしておくくらいの配慮が欲しいね。
それと、確かに僕は君達管理神は気に入らないんでね。彼女を通して、ほいほい地上を歩けないようにしておいたから、今後は程ほどにな」
立ち上がったディスは歩きながら後ろ手に右手を振ると、フッと姿をかき消したのであった。
「あの冥界の糞猿め、己の権能が強いからと言ってやりたい放題じゃ。え~い、精霊樹塩をまけっ」
「止めてよ。塩分濃度が上がり過ぎたんじゃ枯れちゃうじゃない」
盛大にディスを文字通りディスり始めたアリアをみて、精霊樹は溜め息をついた。そして、足元でうごめく丸い物に気付く。
「あれっ、君って」
精霊樹の声に、アリアが気付いて目を落として言った。
「なんじゃ、ルキウスじゃないか。そんな所でうろうろしていると、精霊樹に踏み潰されても知らんぞ」
精霊樹の足元には、真っ白い毛に短い尾の先まで覆われた「ネズミ」は、地球ではハムスターと呼ばれるものだ。大きさからみてもジャンガリアンハムスターであろう。
「あれ、この間クロエちゃんと戦ったんじゃなかったっけ? 死ななかったんだ? それに随分小型化したね」
精霊樹の言葉に、アリアは笑いながら言う。
「いくらクロエとて、神を殺すまではいけぬよ。信者も減って、だいぶ信仰も目減りしたからの。所詮新興宗教の神じゃ、本当の意味での信仰など薄いからの」
そう言いながら、ポテトフライを口にいれにんまり笑う。先ほどまで、ディスりまくっていたくせに現金なものであった。それを見ながら精霊樹はあることに気付いて声をあげた。
「あ~、そのポテトフライ、僕のじゃないかぁ。君のはさっきディスが食べちゃったろう」
「あ~、煩いぞ精霊樹、そもそも貴様がディスに座る場所を奪われた所為じゃろうが」
「神格とか考えてよ、君と対等以上のディスなんか怖くて相手ができるわけないじゃないか」
のどかな会話が続くなか、アリアは先ほどのディスの言葉の意味を考えていた。
『君達の言うとおり、”面白い娘である事は確かなようなのでね。暫く冥府に連れて行くのは止めておいたよ。地上に居させたほうが、面白そうだ』
少なくても、クロエの身の安全は保障されそうである。死にそうになっても、ディスが冥府に連れて行かないのであれば、そうそう死ぬ事はないじゃろう。
「そういえば、君が地上に降りられないように、クロエちゃんの一部を封じられたんだよね? もしかして、君が地上で美味しい物が食べられなくなったんじゃ……」
精霊樹のその指摘に、アリアは半泣きになったのであった。
「ディス、貴様がここに来るとは、どういう気の迷いじゃ? 貴様は自分の居る世界に干渉しうる我等を毛嫌いしておったじゃろうに」
アリアにディスと呼ばれた男は、金髪碧眼の10代後半の青年で、一枚布で出来た真っ白い服のドレープすら優雅にみせた。
「たいしたことはないさ、先日面白い事があってね。それもあって一応報告しておこうと思ってね」
「……面白いことじゃと? 貴様が面白いという事自体珍しいではないか。冥府に誰ぞ楽しい人間でも堕ちたのか」
くつくつと笑うディスに、軽い苛立ちを覚えながらも、アリアはおとなしく話を聞いている。このディスという男、見た目と態度に反して、アイオライトの世界においてはアリアと遜色のない力を持つ、冥府の神であった。
神の力は、その信仰に比例する。知恵あるもののほぼ全てが死を恐れる。恐れは一つの信仰であり、知恵あるものの存在当初から積り積った信仰は、へたな管理神などよりも遥かに高い。まして、候補生であるアリアとは比較にならないのである。
「あぁ、セロ・グランデという地にある迷宮に、ささやかなお客がきてね。君も興味があるんじゃないかと思ったのさ。名前はクロエっていったかなぁ」
『ガタンッ』と音を立ててアリアは立ち上がるが、特に表情を変えないディスを見て、再度椅子に座りなおす。どこかで『ギリッ』っと音が響いたが、それが自分の立てた歯軋りだと気付き、気を静める。
すこし前の傷みと気分の悪さは、クロエとディスが絡んだ時に違いないと確信はしているが、クロエを失った感覚はなかったから、無事であるはずだと必死に言い聞かせる。
「……クロエちゃんに何かしたんですか? あの娘は良い子ですよ」
気がつけば、隠れていた精霊樹がすぐ隣に立っている。
(先ほどまではディスに怯えて出てこなかったくせに、こやつは……)
アリアは感心しつつも、もう一脚椅子を用意して精霊樹を座らせた。
「お主も落ち着かぬか。それで、クロエと相対したのが面白かったとわざわざ報告に来たのか? 主も随分人恋しかったと見える」
アリアの憎まれ口に、一瞬険しい顔をしたディスだが、すぐに表情を取り繕うと言葉を続けた。
「僕の世界で、不条理な力を使うものを許す事はできないんでね。殺してあげる気で行ったんだけどね」
アリアと精霊樹の表情が変わるのを楽しみながらディスは言った。その手には、アリアの分のポテトフライが握られている。口にポテトフライを放り込み、のんびり話す。
「君達の言うとおり、面白い娘である事は確かなようなのでね。暫く冥府に連れて行くのは止めておいたよ。地上に居させたほうが、面白そうだ」
「ほぉ、貴様がそう思ってくれるのは幸いじゃったな。ちなみに、貴様が今食している物は、クロエが我等の為に供えてくれた供物じゃぞ、少しは便宜を図ってもらいたいもんじゃな」
もぐもぐ口を動かしていたディスは、一瞬動きを止めると、口の中のものを飲み込んで、ゆっくり立ち上がる。
「あぁ、余計な事はできない様に、一部の能力は封じておいた事をいっておくよ。せめて、僕が居る世界の管理をしようというなら、死者の蘇生や時間遡行はできないようにしておくくらいの配慮が欲しいね。
それと、確かに僕は君達管理神は気に入らないんでね。彼女を通して、ほいほい地上を歩けないようにしておいたから、今後は程ほどにな」
立ち上がったディスは歩きながら後ろ手に右手を振ると、フッと姿をかき消したのであった。
「あの冥界の糞猿め、己の権能が強いからと言ってやりたい放題じゃ。え~い、精霊樹塩をまけっ」
「止めてよ。塩分濃度が上がり過ぎたんじゃ枯れちゃうじゃない」
盛大にディスを文字通りディスり始めたアリアをみて、精霊樹は溜め息をついた。そして、足元でうごめく丸い物に気付く。
「あれっ、君って」
精霊樹の声に、アリアが気付いて目を落として言った。
「なんじゃ、ルキウスじゃないか。そんな所でうろうろしていると、精霊樹に踏み潰されても知らんぞ」
精霊樹の足元には、真っ白い毛に短い尾の先まで覆われた「ネズミ」は、地球ではハムスターと呼ばれるものだ。大きさからみてもジャンガリアンハムスターであろう。
「あれ、この間クロエちゃんと戦ったんじゃなかったっけ? 死ななかったんだ? それに随分小型化したね」
精霊樹の言葉に、アリアは笑いながら言う。
「いくらクロエとて、神を殺すまではいけぬよ。信者も減って、だいぶ信仰も目減りしたからの。所詮新興宗教の神じゃ、本当の意味での信仰など薄いからの」
そう言いながら、ポテトフライを口にいれにんまり笑う。先ほどまで、ディスりまくっていたくせに現金なものであった。それを見ながら精霊樹はあることに気付いて声をあげた。
「あ~、そのポテトフライ、僕のじゃないかぁ。君のはさっきディスが食べちゃったろう」
「あ~、煩いぞ精霊樹、そもそも貴様がディスに座る場所を奪われた所為じゃろうが」
「神格とか考えてよ、君と対等以上のディスなんか怖くて相手ができるわけないじゃないか」
のどかな会話が続くなか、アリアは先ほどのディスの言葉の意味を考えていた。
『君達の言うとおり、”面白い娘である事は確かなようなのでね。暫く冥府に連れて行くのは止めておいたよ。地上に居させたほうが、面白そうだ』
少なくても、クロエの身の安全は保障されそうである。死にそうになっても、ディスが冥府に連れて行かないのであれば、そうそう死ぬ事はないじゃろう。
「そういえば、君が地上に降りられないように、クロエちゃんの一部を封じられたんだよね? もしかして、君が地上で美味しい物が食べられなくなったんじゃ……」
精霊樹のその指摘に、アリアは半泣きになったのであった。
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