駄女神に拉致られて異世界転生!!どうしてこうなった……

猫缶@睦月

文字の大きさ
214 / 349
6.楽園での休日

2.崩壊していくもの

しおりを挟む
説明回です。

*****

 西洋社会で貴族制封建主義が崩壊した理由は、貨幣経済の導入と黒死病の流行による農村人口の激減が、きっかけの一つとされています。

 農産物などの現物経済から貨幣経済に切り替わる事によって、従来の賦役(領主に対する無償の労働など)や税として納めていた農産物に変わって、お金で税を納めるようになります。
 そして、貨幣というのは農産物とちがって腐る物ではありませんから、平民の中には節約することによって貯蓄し財を成す者の現れます。
 やがて富裕な商人や農民の中には、領主に多額の解放金を払うことによって、領主の奴隷的な身分から解放されるのです。これによって、領主と領民の関係が大きく変わり始めます。

 領主が王に納める税も貨幣になりますから、領地経営の上手い領主と下手な領主、やり繰りの上手い領主と浪費家の領主では、貴族としての位の高さと関係なく貧富の差ができてしまいます。
 多くの場合、古くから続く家柄の貴族よりも、新興貴族の方がお金を持っている場合も多くなるのです。古くから続く貴族は、対面を保つ為にお金を湯水のように使いますからね。
 貴族の格式や家柄と、持っている財の関係も変わり、上位貴族=裕福とは限らなくなり、場合によっては裕福な下位貴族の娘を、持参金目当てで伴侶とする上位貴族も現れるのです。
 王への喜捨によって貴族となった新興貴族は、財を持っている者が多いですから、貴族間の対立も生まれてしまいますね。

 また、黒死病の蔓延によって、農村の人口が減ってしまったので、人口が減ったままでは税収も上がりませんから、領主は当面の税収を下げて、多産を奨励するでしょう。
 そうなると当座の収入の減った領主の中には、王への税を納める為に、農民を開放することで解放金を手に入れる者もでますし、中には裕福な商人からお金を借りる領主もでます。

 これが続けば、領民=領主の奴隷ではなく、わずかな税を払うだけの自由民というが増えていきますし、借金の所為で商人に頭が上がらない領主も出ます。これによって身分=立場の関係が崩壊していくんですよね。
 自由農民の増加が、領主に入る収入を減らし、困窮した領主はやがて圧政を引いたりして農民の反発を招き、一揆や反乱につながりますが、兵も俸給で働いている為、以前ほど数を動員できなくなり、反乱の鎮圧に失敗するという流れですね。

 帝政エリクシアでも、貨幣経済は導入済みであり、東西エリクシアは黒死病によって人口を大きく減じました。特に西部エリクシアは、オルティアさんの政策により、多数の奴隷が投入され、一般市民・自由農民になる者が増えています。
 市民が増えても、各貴族家の兵は減ったままですから、反乱が起きれば鎮圧はできず、領主である貴族の多くは、戦いに敗れ死ぬことになるでしょう。既に封建制の崩壊の兆しは、起きているのです。

 さらに、地球と異なるのは、アレキサンドリアと解放都市の存在です。帝政エリクシアから来て、この地で自由を味わった人は、母国に戻った時どう思うでしょう。
 一度自由を味わった人々が、再び領主の奴隷となる事は恐らくないでしょうね。そして、戻った人々は多かれ少なかれ、知識を得ていますから、人々を奴隷的身分から解放する指導者になる可能性が高いと思います。

 僕は心の中で、冷ややかな恐怖を覚えてしまいます。アレキサンドリアと開放都市チッタ・アペルタの存在は、300~400年かけて緩やかに移り行く時代の流れを、加速させてしまったのかもしれません。
 開放都市チッタ・アペルタを建都したロンタノ辺境伯アレクシスは、どこまでこの事を想定しているのでしょうか? 彼の父や兄弟、友人であるオリバーたちの足元自体を崩壊させてしまう引き金は、意図的に引かれているのでしょうか?
 彼は、周辺各国からも、開放都市チッタ・アペルタに職人や商人を受け入れています。もともと富裕な彼らに、知識と身分差の無い生活を体験させています。母国に戻った彼らは、どう動くのでしょう?

 そして、エリーゼさんやオルティアさんは聡明ですが、彼女たちは自分が当然と考えていた社会体制が、農民や市民の力で崩壊していくと考え付くことができるでしょうか?
 もしもできなければ、オリバーを含めた彼女たちを待つ未来は、美しくても一般の人々の生活や思いを理解することもできなかった、フランスの王妃マリーアントワネットをなぞる事になるかもしれません。

 僕は開放都市チッタ・アペルタの生活を楽しんでいるエリーゼさんに、無理やり作った笑顔を浮かべながら会話しつつ、彼女の未来が不幸なものでないように、心から祈ったのでした。

*****

「クロエ、途中からおかしかったわね。エリーゼさんがどうかしたの?」

 エリーゼさんと別れて、アレキサンドリアへ帰る地下鉄の中で、僕はイリスさんに問質といただされました。ユイも僕のことをじっと見つめています。

「ん、オルティアさんが恐れているモノが解る気がしたんだ」

 僕はイリスさんとユイに説明します。アレキサンドリアと開放都市チッタ・アペルタの持つ自由な立場と空気、これが彼女が本当に恐れなければならないモノだと気づくか。そして、気づいた場合、どう出るかという事を考えていたことを。

「自由を知った領民が、知識と財貨をもって国を亡ぼすねぇ……」

 イリスさんは半信半疑なようですね。

「領民に重税を課すような一部の貴族はそれで倒されると思いますが、帝政エリクシアのような大国がそれで倒れてしまうものでしょうか?」

 ユイも懐疑的ですね。この二人がそう思うなら、なおさらエリーゼさんもオルティアさんも、知識と財を得た市民・領民の本当の力に気づくのは遅れるという事です。そして、それは致命的なものとなるでしょう。

「クロエ、さすがにそれは考えすぎじゃないかしら?」

「えぇ、幼いころに領民の一揆で、代官が死んで変わったりすることはありましたが、国そのものには変わりは在りませんでしたし」

 あぁ、ユイは元皇女ですから、身分制度のある国での体験はありますもんね。

「ん、まぁ僕の考えすぎなら良いんだけどね」

 さすがに、知り合いが断頭台ギロチンにかけられたり、市民に辱めを受ける想像は、僕にも精神的負担は大きいですからね。まだ杞憂の段階ですし、僕たちの代でそれが起きるとは限らない訳ですから。

「それで、『QAクイーンアレキサンドリア』はどうするの? 3月になれば、わたくしもユイも魔術技術学院【スクオラ・ディ・テクノロジア(Scuola di tecnologia)】から手があきますし、アネル・デュプロに拠点をつくるのでしょう?」

 そうなんですよね。オスカー船長の船の改修も間もなく終わり、元の任地である南洋諸島海域に戻ります。テネリの港を拠点にすれば、その事を政治的に利用されかねないので、拠点の作成は急がないといけません。

「飛空艇の発着場と桟橋をつくれば、テネリで人を雇ったりできるんでしょうけど……」

「いま『QAクイーンアレキサンドリア』を動かすのもねぇ」

 ユイとイリスさんも思案顔です。DM2は速度が遅いので、アネル・デュプロに向かうには使えません。海賊船との戦いには、DM2は兵装がないですから使用できませんし、最小限の武装は必要かもしれませんね。

「『QAクイーンアレキサンドリア』を動かすにも、桟橋とかはあった方がいいしね。試作機をだしてみるしかないかなぁ」

 僕がつぶやくと、イリスさんとユイが呆れ顔です。どうしたんでしょうか?

「ねぇクロエ。貴女未来視のスキルでも持っているの? さっきのオルティアさんの事と言い、変に先回りして準備がいいのよね」

「そうですよ。まるで、これから起こる事を知ってるみたいに……」

 二人にじっと見つめられますが、本当のことなんて言えるわけもありません。ここはごまかすに限りますね。

「え、未来を知ってるなら怪我なんてしないですよ。そんな便利な能力があるなら、本当に欲しいですよ」

 二人にジト目で見られながら、僕たちはファロス島地下駅で下車し、それぞれの家へと向かうのでした。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

【第2章完結】最強な精霊王に転生しました。のんびりライフを送りたかったのに、問題にばかり巻き込まれるのはなんで?

山咲莉亜
ファンタジー
 ある日、高校二年生だった桜井渚は魔法を扱うことができ、世界最強とされる精霊王に転生した。家族で海に遊びに行ったが遊んでいる最中に溺れた幼い弟を助け、代わりに自分が死んでしまったのだ。  だけど正直、俺は精霊王の立場に興味はない。精霊らしく、のんびり気楽に生きてみせるよ。  趣味の寝ることと読書だけをしてマイペースに生きるつもりだったナギサだが、優しく仲間思いな性格が災いして次々とトラブルに巻き込まれていく。果たしてナギサはそれらを乗り越えていくことができるのか。そして彼の行動原理とは……?  ロマンス、コメディ、シリアス───これは物語が進むにつれて露わになるナギサの闇やトラブルを共に乗り越えていく仲間達の物語。 ※HOT男性ランキング最高6位でした。ありがとうございました!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

処理中です...