250 / 349
7.女王の奏でるラプソディー
19.拉致?!
しおりを挟む
飛行艇の周囲に全員が集まり、女性陣から機内に乗り込んでいく。二時間余りの作業を終えて、人心地つくにはまだやる事がある。飛空艇の客室の入り口付近は、カーテンで仕切られており、乗り込んだ乗員は、着用した防護服を脱いだり、様々な所用(お花摘みなどの……)を行っている。
その間に、ワイアットを含めた男性三人は、テーブルマウンテン上の温度変化や風向などの環境データを取得する為の観測機器の設置を行っていた。
必要なデータは、艦内のラボで生育環境を再現する為には必要な項目の全てを網羅しており、機器自体も小さな昆虫類が内部に入れないような構造となっており、アルバートとしても口を出す余地がなかったので、ワイアットに確認してしまった。
「こんな観測器まで、準備周到によく用意したものだな。学院の教授の入れ知恵でもあったのか?」
問いかけてみたものの、アルバートも答えが返ってくるとは思っていない。植物の専門家といえば、エルフ族のミロシュなどが上げられるが、エルフ族自体がアレキサンドリアの上層街と付き合いだして期間が短い事から、植物の生育環境をデータ化して、温室などを利用して研究室内に再現するという考えには思いが至らないのだ。
必然的にエルフの植物学者などはフィールドワークとしての野外作業を重視し、アレキサンドリアの学者は実験室を重視する。とはいえ、育成環境を再現する為に必要なデータを取得するには、フィールドワークを行うしかないのだが、アレキサンドリアでは国外への渡航を事実上禁止しており、冒険者ギルドを経由したデータの取得しか行えなかったのであった。そんなアルバートの考えをよそに、ワイアットはあっさりと彼らしく答えを返してきた。
「……こんな訳の分からない物を、事前に準備することが出来るのは、アイツくらいだろ。アイツは君に劣らず変人だからね」
ワイアットに続いて、学院でクロエをよく知るデーゲンハルトも言葉を続ける。
「クロエ艦長殿は幼く見えますが、その知識はまさに人間の頭部を持ち、獅子の身体を持つという魔物に優るとも劣らないのであります。あの方の老獪さは、とても成人したての女性には思えないのであります」
デーゲンハルトの言葉を聞いて、ワイアットが一瞬きょとんとした顔をしたのを、アルバートは見逃さなかった。その後、ワイアットはクスクスと笑い始める。
「くっ、老獪な幼女にして、スフィンクスに見立てるとは……くっくっくっ……、いつだったかアイツが言ってたロリババアじゃないか……」
ひとしきり笑ったワイアットであったが、アルバートの視線に気づいて生真面目な表情に戻ると、二人に話した。
「……今の発言は聞かなかったことにしておくよ。君たちも自分の身が可愛いのなら、アイツらの前ではその言葉は言わない方が良い」
そう言って、ワイアットは先行して着替えを行っていた女性陣の支度が終わっているかを声をかけた。問題が無いとの返事が、機内のドーラから伝わると、観測機材のスイッチを入れて、三人は機体へと戻る。
防護服を脱いで、規定の洗浄箱にいれると、それぞれ指定の座席へと座った。女性陣は既に円卓の座席について、紅茶や軽食をとっている最中である。やっと戻れるという和やかな雰囲気の中で、探査の初任務が終了したことに、皆安堵していた。
「それでは、本機はこれよりQAに帰投す……」
ワイアットがそう言いかけた時の事である。突如、機体の周囲を霧が包み込み、わずかな先すら見えなくなったのと同時に、圧倒的な存在感・威圧感が共に広がり、誰一人身動きできなくなった。
「……なっ、何かが近くにいる。とても強い存在……」
ライラのつぶやきが聞こえた時に、数名が恐怖におびえた様子を見せた。
「こ、これはAランク以上の魔物以上の気配であります……」
デーゲンハルトは冒険者としての活動が、今回のメンバーの中では一番高い。ヒーラーという立場であるが、対魔物との対戦経験は一番豊富であった。とはいえ、パーティーを組んでいない今は、いやパーティーを組んでいたとしても、安全地帯で野営中に襲われたと同じような状況の今では、うかつには身動きができなかった。盾となり、パーティーメンバーを守る者も、攻撃対象に攻撃を行う者も、今は武装をといている状態だからだ。
次に対人戦闘を含めて戦闘経験が豊富なのは、コリーヌとサンドラ、そしてライラの三人である。だが、三人は魔物との戦いの経験は乏しく、人里を襲うオーク程度までしかなかった。強力な魔物は、森の深部に存在し、人里に出てくることは少なかったから。初めて対峙する、魔物と思しき相手は、圧倒的な存在感だけで、彼女たち三人の動きを封じてしまっていたのだ。
すさまじいまでの威圧感と存在感の中、何ものかが座席からふらりと立ち上がる気配がした。アルバートが気配のした方向を見ると、視点の定まらない目をしたクラリスがゆっくりと立ち上がっている。
虚ろな目をしたクラリスは、そのまま機外へのドアの方向に歩き出すが、誰一人身動きができる者はいなかった。クラリスの手が、ドアのノブにかかった直後、座席から勢いよく立ち上がる音が室内に響き、金色に光る三つ編みが勢いよくクラリスの背を追った。直後に同じように椅子から立ち上がったデーゲンハルトがその後を追う。
クラリスによって開け放たれたドアからは、まばゆい光が差し込み、クラリスの明るく流れるようなブロンドの髪が光りに溶け込み、その背を追った三つ編みの剣を背にしたコリーヌの姿をも、つつんでいき……唐突に光は消えた。
後に残されたのは、開け放たれたドアから身を乗り出して周囲を確認しているデーゲンハルトと、夕暮れに染まりつつも、オレンジから青へのグラデーションを浮かべた、静かな海だけであった。クラリスとコリーヌの姿は何処にも無かったのである……
その間に、ワイアットを含めた男性三人は、テーブルマウンテン上の温度変化や風向などの環境データを取得する為の観測機器の設置を行っていた。
必要なデータは、艦内のラボで生育環境を再現する為には必要な項目の全てを網羅しており、機器自体も小さな昆虫類が内部に入れないような構造となっており、アルバートとしても口を出す余地がなかったので、ワイアットに確認してしまった。
「こんな観測器まで、準備周到によく用意したものだな。学院の教授の入れ知恵でもあったのか?」
問いかけてみたものの、アルバートも答えが返ってくるとは思っていない。植物の専門家といえば、エルフ族のミロシュなどが上げられるが、エルフ族自体がアレキサンドリアの上層街と付き合いだして期間が短い事から、植物の生育環境をデータ化して、温室などを利用して研究室内に再現するという考えには思いが至らないのだ。
必然的にエルフの植物学者などはフィールドワークとしての野外作業を重視し、アレキサンドリアの学者は実験室を重視する。とはいえ、育成環境を再現する為に必要なデータを取得するには、フィールドワークを行うしかないのだが、アレキサンドリアでは国外への渡航を事実上禁止しており、冒険者ギルドを経由したデータの取得しか行えなかったのであった。そんなアルバートの考えをよそに、ワイアットはあっさりと彼らしく答えを返してきた。
「……こんな訳の分からない物を、事前に準備することが出来るのは、アイツくらいだろ。アイツは君に劣らず変人だからね」
ワイアットに続いて、学院でクロエをよく知るデーゲンハルトも言葉を続ける。
「クロエ艦長殿は幼く見えますが、その知識はまさに人間の頭部を持ち、獅子の身体を持つという魔物に優るとも劣らないのであります。あの方の老獪さは、とても成人したての女性には思えないのであります」
デーゲンハルトの言葉を聞いて、ワイアットが一瞬きょとんとした顔をしたのを、アルバートは見逃さなかった。その後、ワイアットはクスクスと笑い始める。
「くっ、老獪な幼女にして、スフィンクスに見立てるとは……くっくっくっ……、いつだったかアイツが言ってたロリババアじゃないか……」
ひとしきり笑ったワイアットであったが、アルバートの視線に気づいて生真面目な表情に戻ると、二人に話した。
「……今の発言は聞かなかったことにしておくよ。君たちも自分の身が可愛いのなら、アイツらの前ではその言葉は言わない方が良い」
そう言って、ワイアットは先行して着替えを行っていた女性陣の支度が終わっているかを声をかけた。問題が無いとの返事が、機内のドーラから伝わると、観測機材のスイッチを入れて、三人は機体へと戻る。
防護服を脱いで、規定の洗浄箱にいれると、それぞれ指定の座席へと座った。女性陣は既に円卓の座席について、紅茶や軽食をとっている最中である。やっと戻れるという和やかな雰囲気の中で、探査の初任務が終了したことに、皆安堵していた。
「それでは、本機はこれよりQAに帰投す……」
ワイアットがそう言いかけた時の事である。突如、機体の周囲を霧が包み込み、わずかな先すら見えなくなったのと同時に、圧倒的な存在感・威圧感が共に広がり、誰一人身動きできなくなった。
「……なっ、何かが近くにいる。とても強い存在……」
ライラのつぶやきが聞こえた時に、数名が恐怖におびえた様子を見せた。
「こ、これはAランク以上の魔物以上の気配であります……」
デーゲンハルトは冒険者としての活動が、今回のメンバーの中では一番高い。ヒーラーという立場であるが、対魔物との対戦経験は一番豊富であった。とはいえ、パーティーを組んでいない今は、いやパーティーを組んでいたとしても、安全地帯で野営中に襲われたと同じような状況の今では、うかつには身動きができなかった。盾となり、パーティーメンバーを守る者も、攻撃対象に攻撃を行う者も、今は武装をといている状態だからだ。
次に対人戦闘を含めて戦闘経験が豊富なのは、コリーヌとサンドラ、そしてライラの三人である。だが、三人は魔物との戦いの経験は乏しく、人里を襲うオーク程度までしかなかった。強力な魔物は、森の深部に存在し、人里に出てくることは少なかったから。初めて対峙する、魔物と思しき相手は、圧倒的な存在感だけで、彼女たち三人の動きを封じてしまっていたのだ。
すさまじいまでの威圧感と存在感の中、何ものかが座席からふらりと立ち上がる気配がした。アルバートが気配のした方向を見ると、視点の定まらない目をしたクラリスがゆっくりと立ち上がっている。
虚ろな目をしたクラリスは、そのまま機外へのドアの方向に歩き出すが、誰一人身動きができる者はいなかった。クラリスの手が、ドアのノブにかかった直後、座席から勢いよく立ち上がる音が室内に響き、金色に光る三つ編みが勢いよくクラリスの背を追った。直後に同じように椅子から立ち上がったデーゲンハルトがその後を追う。
クラリスによって開け放たれたドアからは、まばゆい光が差し込み、クラリスの明るく流れるようなブロンドの髪が光りに溶け込み、その背を追った三つ編みの剣を背にしたコリーヌの姿をも、つつんでいき……唐突に光は消えた。
後に残されたのは、開け放たれたドアから身を乗り出して周囲を確認しているデーゲンハルトと、夕暮れに染まりつつも、オレンジから青へのグラデーションを浮かべた、静かな海だけであった。クラリスとコリーヌの姿は何処にも無かったのである……
0
あなたにおすすめの小説
備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ
ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。
見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は?
異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。
鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。
【第2章完結】最強な精霊王に転生しました。のんびりライフを送りたかったのに、問題にばかり巻き込まれるのはなんで?
山咲莉亜
ファンタジー
ある日、高校二年生だった桜井渚は魔法を扱うことができ、世界最強とされる精霊王に転生した。家族で海に遊びに行ったが遊んでいる最中に溺れた幼い弟を助け、代わりに自分が死んでしまったのだ。
だけど正直、俺は精霊王の立場に興味はない。精霊らしく、のんびり気楽に生きてみせるよ。
趣味の寝ることと読書だけをしてマイペースに生きるつもりだったナギサだが、優しく仲間思いな性格が災いして次々とトラブルに巻き込まれていく。果たしてナギサはそれらを乗り越えていくことができるのか。そして彼の行動原理とは……?
ロマンス、コメディ、シリアス───これは物語が進むにつれて露わになるナギサの闇やトラブルを共に乗り越えていく仲間達の物語。
※HOT男性ランキング最高6位でした。ありがとうございました!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる