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7.女王の奏でるラプソディー
23.青竜マー・アズーロ②
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「……ここは……何処?」
先ほどまで、飛空艇の客室にいたはずだったクラリスの目には、何も映らない。クラリスの目の前には、漆黒の闇が広がっていたが、不思議と恐れは感じなかった。
「光よ、闇を照らしてください」
生活魔法の一種を使い、周囲を照らしたクラリスは、彼女の足元にもう一人黄金の髪を三つ編みにした少女が倒れている事に気づいた。すぐに、それはコリーヌである事に気づいたクラリスは、コリーヌに怪我がない事を確認した後に、声をかけた。
「コリーヌさん! コリーヌさん、しっかりしてください」
クラリスの呼びかけに、コリーヌは弱々しいうめき声を上げて、ゆっくりと立ち上がる。
「……クラリスか……貴方は大丈夫なのか?」
「えっと、大丈夫です。というか、なぜ私たちはこんなところに居るのでしょうか?」
クラリスの拍子抜けする答えに、思わずコリーヌは苦笑する。
「貴女がふらふらと席から立ち上がって機外に出ようとしたのだが……覚えていないようだね」
コリーヌの言葉に、クラリスは言葉に詰まった。クラリスの記憶では、座席に座って軽食を食べ始めたところまでの記憶しかなく、自分でも理由が全くわからないのだから。
『フム、縁ある人間以外が、この場に来るとは予想外であったな……』
突如二人の頭に響いた声と水音、そして圧倒的な存在感がその場に広がる。それは、コリーヌが先ほど飛空艇の中で感じたソレであった。
重々しい足音が響き、クラリスの魔法に照らし出されたそれは、光りを鱗で反射させる。圧倒的な存在感は、人間などいかに小さな存在かを思い知らされてしまう。
コリーヌは背後に呆けたような顔で、ドラゴンを見つめるクラリスを庇いながら、抜剣した。剣を抜いたとはいえ、所持していたのは護身用の片手剣一振りであり、本来対であるはずの盾はない。
相対するは、十メートル以上はある蒼い鱗を持ったドラゴンである。人間との交わりと断って久しいドラゴンは、一部の冒険者しか見た事すらなく、翼をもつ四つ足のドラゴンなどクラリスはおろか、コリーヌさえも見たことはなかった。
「ド、ドラゴン……だと……?」
呆然とつぶやくコリーヌの剣先がわずかに震えている。しかし、驚きにその目は見開かれていても、恐怖の色はない。無論、コリーヌにだって分かってはいるのだ。盾があろうが、堅い守りの全身鎧に身を包んでいようが、ドラゴンの前では何の意味も持たない事を……
それでも、コリーヌの目は真直ぐに蒼いドラゴンを見据えている。
そして、そんなコリーヌの肩に手を置き、クラリスはコリーヌにそっと囁いた。
「……コリーヌさん、彼は敵ではありません……」
そして、コリーヌの前に進み出て、蒼いドラゴンに相対する。
「海のように蒼い竜よ
お目にかかり光栄です。
私は風の竜、カッチャトーレに所縁ある者です
此度はどのようなご用件で、お呼びでしょうか?」
ドラゴンの前に立つクラリスにおびえた様子は無かった。ドラゴンは理を知る種族である。大半のドラゴンは人族を見限り、人族との親交を断った。しかし、彼ら自身が攻撃を受けない限り、小さき人族を不要に殺める事もないのだ。
かつて、彼女が対面した風の竜『カッチャトーレ』は言った。竜と縁を結んだものは、他の竜とも遭遇しやすい。その時は自分の名『カッチャトーレ』を出せと。そうすれば、同族は悪いようにはしないはずだと…… そして、クラリスはそれを心から信じていたのだ。
『フム……さすがは風竜カッチャトーレの縁を得る者よな、良い胆力だ。まずは急に呼び出した非礼を詫び、名を名乗ろう。
我が名は蒼竜マー・アズーロという。此度は其方を呼び出したのは、幾つか尋ねたい事があったからである。其方が知りえるのであれば答えてもらいたい』
マー・アズーロと名乗った蒼い竜は、そういうとクラリスを見据えた。マー・アズーロの言葉は、背後のコリーヌの頭の中に響く形で聞こえている。
上から目線の口調は、彼我の力を考えれば文句のつけようもない。人族の中でさえ、貴族が平民に対する態度はこのようなものでは済まないのが普通なのである。
「では、私の事はクラリスとお呼びください。私が知り、話し得る事があるのであれば、お話させていただきましょう」
そして、クラリスがマー・アズーロから問われたのは、この地に来た目的であった。クラリスとコリーヌは顔を見合わせた後に答える。自分たちは別な目的の為に船で航海をしており、今回は嵐の直後という事もあり、休憩と人の手の入っていない島の植物などの調査を目的としたものであると。
『……調査をした後はどうするのだ? また、我の存在を知ってここにきたのではないのだな?』
この問いには、クラリスもコリーヌも首をひねるしかない。というより、調査の初期段階なのだから、今後の方針すら決まってはいないであろうし、竜の存在云々よりも、乗組員が行方不明になった事で、少なくともクロエを本気にすること自体は間違いはないであろう。
「……虎の尾を踏んでしまいましたね。竜虎の戦いとかやめてほしいんですけど……」
そういうクラリスの表情は微妙に引きつっており、コリーヌもウンウンと首肯する。自分たちを一瞬で敗退させたあの魔法を、コリーヌは思い出す。ドラゴンは魔法耐性が高いだろうが、果たしてクロエの全力の魔法であればどうだろう。
おそらくそうなった場合、この島どころかQAすら消滅するのではないだろうか? 安全圏から離脱できるのか? いや、そもそも安全圏などあるのだろうか……
そして、マー・アズーロは自分自身の失策で、その存在を知られるだけでなく、感じていた強力な気配のする存在を、怒らせてしまった可能性に思い至り、背筋が冷える思いを味わったのであった……
先ほどまで、飛空艇の客室にいたはずだったクラリスの目には、何も映らない。クラリスの目の前には、漆黒の闇が広がっていたが、不思議と恐れは感じなかった。
「光よ、闇を照らしてください」
生活魔法の一種を使い、周囲を照らしたクラリスは、彼女の足元にもう一人黄金の髪を三つ編みにした少女が倒れている事に気づいた。すぐに、それはコリーヌである事に気づいたクラリスは、コリーヌに怪我がない事を確認した後に、声をかけた。
「コリーヌさん! コリーヌさん、しっかりしてください」
クラリスの呼びかけに、コリーヌは弱々しいうめき声を上げて、ゆっくりと立ち上がる。
「……クラリスか……貴方は大丈夫なのか?」
「えっと、大丈夫です。というか、なぜ私たちはこんなところに居るのでしょうか?」
クラリスの拍子抜けする答えに、思わずコリーヌは苦笑する。
「貴女がふらふらと席から立ち上がって機外に出ようとしたのだが……覚えていないようだね」
コリーヌの言葉に、クラリスは言葉に詰まった。クラリスの記憶では、座席に座って軽食を食べ始めたところまでの記憶しかなく、自分でも理由が全くわからないのだから。
『フム、縁ある人間以外が、この場に来るとは予想外であったな……』
突如二人の頭に響いた声と水音、そして圧倒的な存在感がその場に広がる。それは、コリーヌが先ほど飛空艇の中で感じたソレであった。
重々しい足音が響き、クラリスの魔法に照らし出されたそれは、光りを鱗で反射させる。圧倒的な存在感は、人間などいかに小さな存在かを思い知らされてしまう。
コリーヌは背後に呆けたような顔で、ドラゴンを見つめるクラリスを庇いながら、抜剣した。剣を抜いたとはいえ、所持していたのは護身用の片手剣一振りであり、本来対であるはずの盾はない。
相対するは、十メートル以上はある蒼い鱗を持ったドラゴンである。人間との交わりと断って久しいドラゴンは、一部の冒険者しか見た事すらなく、翼をもつ四つ足のドラゴンなどクラリスはおろか、コリーヌさえも見たことはなかった。
「ド、ドラゴン……だと……?」
呆然とつぶやくコリーヌの剣先がわずかに震えている。しかし、驚きにその目は見開かれていても、恐怖の色はない。無論、コリーヌにだって分かってはいるのだ。盾があろうが、堅い守りの全身鎧に身を包んでいようが、ドラゴンの前では何の意味も持たない事を……
それでも、コリーヌの目は真直ぐに蒼いドラゴンを見据えている。
そして、そんなコリーヌの肩に手を置き、クラリスはコリーヌにそっと囁いた。
「……コリーヌさん、彼は敵ではありません……」
そして、コリーヌの前に進み出て、蒼いドラゴンに相対する。
「海のように蒼い竜よ
お目にかかり光栄です。
私は風の竜、カッチャトーレに所縁ある者です
此度はどのようなご用件で、お呼びでしょうか?」
ドラゴンの前に立つクラリスにおびえた様子は無かった。ドラゴンは理を知る種族である。大半のドラゴンは人族を見限り、人族との親交を断った。しかし、彼ら自身が攻撃を受けない限り、小さき人族を不要に殺める事もないのだ。
かつて、彼女が対面した風の竜『カッチャトーレ』は言った。竜と縁を結んだものは、他の竜とも遭遇しやすい。その時は自分の名『カッチャトーレ』を出せと。そうすれば、同族は悪いようにはしないはずだと…… そして、クラリスはそれを心から信じていたのだ。
『フム……さすがは風竜カッチャトーレの縁を得る者よな、良い胆力だ。まずは急に呼び出した非礼を詫び、名を名乗ろう。
我が名は蒼竜マー・アズーロという。此度は其方を呼び出したのは、幾つか尋ねたい事があったからである。其方が知りえるのであれば答えてもらいたい』
マー・アズーロと名乗った蒼い竜は、そういうとクラリスを見据えた。マー・アズーロの言葉は、背後のコリーヌの頭の中に響く形で聞こえている。
上から目線の口調は、彼我の力を考えれば文句のつけようもない。人族の中でさえ、貴族が平民に対する態度はこのようなものでは済まないのが普通なのである。
「では、私の事はクラリスとお呼びください。私が知り、話し得る事があるのであれば、お話させていただきましょう」
そして、クラリスがマー・アズーロから問われたのは、この地に来た目的であった。クラリスとコリーヌは顔を見合わせた後に答える。自分たちは別な目的の為に船で航海をしており、今回は嵐の直後という事もあり、休憩と人の手の入っていない島の植物などの調査を目的としたものであると。
『……調査をした後はどうするのだ? また、我の存在を知ってここにきたのではないのだな?』
この問いには、クラリスもコリーヌも首をひねるしかない。というより、調査の初期段階なのだから、今後の方針すら決まってはいないであろうし、竜の存在云々よりも、乗組員が行方不明になった事で、少なくともクロエを本気にすること自体は間違いはないであろう。
「……虎の尾を踏んでしまいましたね。竜虎の戦いとかやめてほしいんですけど……」
そういうクラリスの表情は微妙に引きつっており、コリーヌもウンウンと首肯する。自分たちを一瞬で敗退させたあの魔法を、コリーヌは思い出す。ドラゴンは魔法耐性が高いだろうが、果たしてクロエの全力の魔法であればどうだろう。
おそらくそうなった場合、この島どころかQAすら消滅するのではないだろうか? 安全圏から離脱できるのか? いや、そもそも安全圏などあるのだろうか……
そして、マー・アズーロは自分自身の失策で、その存在を知られるだけでなく、感じていた強力な気配のする存在を、怒らせてしまった可能性に思い至り、背筋が冷える思いを味わったのであった……
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