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7.女王の奏でるラプソディー
39.月詠
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デーゲンハルトとアルバートが招かれたのは、休憩をとった岩場の少し上にある石窟であった。腰の高さほどに水路が築かれており、澄んだ水がとうとうと流れている。彼らが歩いているのは通路の様ではあるが、今は乾燥しているとはいえ水が流れた後が残る。
「この水路は、東の街の主要な水源の一つですの。大雨などが降って、水路の水かさがまして、あふれた場合は今歩いている通路を流れ、山の西側へと排水されて、東の町に被害が出ないように配慮されております」
二人の前を歩く十代後半の美女はそう答え、更に石窟の先を進むと、通路から上に上る階段へと突きあたる。美女の案内で階段の先へと進んで二人の目には、ある程度の広さをもった石造りの部屋が広がっていた。東側には小さいとはいえ複数の縦長の窓が並び、恐らくは明り取りとなるのであろう。
部屋の西側には、木枠に囲まれた草を敷き詰めた場所が続き、子供立ちの寝床である事が推察された。
「捨てられた、逃げ出した人々の暮らす場所としては、ずいぶんいい場所に見えるが……?」
そういいながら、アルバートは美女を見返した。着ている衣類も上衣は白く、長い袖には袂もあり、スカート状に見える下衣は深い朱色をしている。普段着というよりは制服にちかいのだろうか、デーゲンハルトには神職が着用する法衣にもにた雰囲気を感じた。アルバート? 植物には服は無いので、もともと気にもしていない。
上衣・下衣、共に清潔なものであり、アルバートにもデーゲンハルトにも彼女が子を産み、ここで育てている様にはみえなかった。
「私の事は、そうですね……『月詠』とでも呼んでくださいませ。東の街に住むしがない女に過ぎませんゆえ、これ以上の詮索はご遠慮くださいませ」
月詠と名乗った女は、通路では被っていた草で編まれて中央部に高く突起上になっていた帽子をとる。帽子のひさしからは薄い白い布が垂れていたので、顔どころか髪の色さえおぼろげにしか見えていなかったのだ。
帽子をとった月詠は、漆黒の髪に白い肌、黒く見える濃い茶色の瞳を持つ娘だった。所作も一瞬見惚れるような流れる動作であり、美しさすら感じてしまう。
アルバートとデーゲンハルトの二人には、椅子に掛けるように勧めて、自らはテーブルを挟んだ対面へと移動して腰をかけた。
「私もここの住人ではありませんが、貴方がたも違うようですわね。子供たちに食事を提供しに来たというようには見えませんけど……
山向こうに見える白い船、アレキサンドリアのお方とお見受けしますが、いかなる用事でこちらに?」
小首をかしげると、艶やかな髪がさらりと音を立てるように流れる様に、デーゲンハルトはある人物の姿が浮かぶが、慌てて首をふってその考えを追い出した。
「……こちらの泊地周辺で子供を見かけてね。どの子も健康状態などが良いように見えなかったんで、自分たちが確認にやってきたんだ。こう見えても自分たちは薬師に医療士でもあってね。植生調査も兼ねてやってきたと言う訳だ」
デーゲンハルトはアルバートより年長ではあるが、この場に居るのは形式上アレキサンドリア海軍からの依頼をこなす為でもある。この場合、アルバートは依頼主側になるので、口を挟むことはしなかったが、二人よりも年長であり経験も積んでいる分、それなりに観察力も深い。先ほどから姿を見かけたのは、子供たちと月詠と名乗る娘だけであり、本来であれば存在しているはずの、子供たちの母親らしき姿が見えない事に気づいていた。
「差し出がましい事を申し上げますが、子供たちの両親はいらっしゃらないのでありますか? 我々が持ってきた食料などをお渡しするとともに、健康状態も確認しておきたいであります」
子供たちの笑い声が聞こえている以上、不穏な事が起きている訳ではないだろうが、気になる点ではある。そして、船務長は子供たちは二十名以上いたと言っていた。
この場所で見かけた子供は、年端もいかない五歳未満の子供だけである。残りの子供たち全員が、泊地で労働している訳ではあるまい……
デーゲンハルトの言葉に、月詠はクスリと笑うと口元を隠すようにして二人に話した。
「お二人が健康状態を確認してくださるのは有難いのですが……、殿方である貴方がたが確認するんですの? いくら元娼婦といっても、それは許容できないんじゃないでしょうか?
娼婦は無料で見せる肌はありませんわよ? 料金を払っても確認なさるというんですの?」
そう言われて、デーゲンハルトもアルバートも口をつぐんだ。子供たちはともかく、たしかにその母親や年頃の娘が相手では、健康診断をするから服を脱げと言っても信じられるものではない。長年の付き合いで信頼を得たわけでもな、初対面の男がくれば、まずは身の安全を危惧するであろう……
アルバートとデーゲンハルトの二人が口を閉ざしたまま何も言えない事を確認すると、月詠は笑みを深めて言葉を続けた。
「私も、ただ物見遊山に参ったのではありませんわ。ここに住まう者が伝染病にでもかかって、被害が街に及ぶようでは困りますもの。ご心配なら、後ほど診断なさいますか? 服はきせますけど」
いわれたアルバートは、赤面しつつ腰を浮かせて逃げる態勢に入っていたが、デーゲンハルトは喜びの表情を浮かべうなずいた。
「はい、ぜひお願いします。二人の医療者にお墨付きをもらえれば、彼女たちも安心するでしょう」
晴れやかな笑顔を浮かべたデーゲンハルトであったが、その笑顔をみて月詠は声をあげて笑いだしてしまい、そうすると先ほどまでの凛とした雰囲気は消え、年相応の少女らしい笑顔を浮かべている。
「あはは……もう、本気で心配していらしたのですね。宜しいですわ、彼女たちの診断をお願いしますわ。
アレキサンドリアの医術とやらにも、興味はありますもの。もちろん見学させて頂いて宜しいですわね?」
アルバートとデーゲンハルトの二人はその提案を受け入れることにし、月詠の連れてきていた医療従事者が、平均以上の知識を有している事を知った。彼らの治療内容は、薬草や薬湯を職に取り入れることが中心で、これは薬効成分による自己治癒力を増すことによって治療を施すもので、即効性は薄い。
それに対してデーゲンハルトの治癒魔法は、術者の魔力を元に強制的に治療を施すために、外傷などの治療には即効性があり、効果が高い一方で、治療時に患者の身体が持つ魔力や栄養素も消費するという欠点がある。そして、徐々に進行する病などに対処するには、継続的な治療が必要となるのが課題といえた。
それを補うために、アレキサンドリアでは栄養学と組み合わされた薬学が第二の治療法として認知されつつあり、そのなかでも実力者(”変わった”がつくのを本人は知らない)として認識されているのがアルバートであった。
アルバートは彼の魔具により採取した、黄褐色のサヤを取り出した。長さは十五センチ程で直径二センチほどの円筒状のサヤだが、内部には黒褐色で卵型の果実が入っている。
「こいつは、タマリンドという樹の実だが、栄養価が比較的高い。生食もできるが、加工して飲み物や香辛料にも使える優れものだ。特に鉄分などのミネラルも豊富なので、女性には特に良いとされている」
アルバートの進めた果実は子供たちも知っていたようだが、あまり好評では無いようである。年長らしい一人の少年が、タマリンドの実を指さしながら言う。
「僕知ってるよ、それ高いところになってるからとりにくいし、酸っぱいからみんな好きじゃないよ」
子供の一人がそういうと、他の子供や女性もウンウン頷いている。アルバートは、それらを見ながらほほ笑んだ。
「タマリンドの中には、酸味が弱くて甘味が強い個体もあってね。周囲に生育しているタマリンドの大部分が酸味が強い個体だが、ここから西に五十メートル進んだ一本は、甘い実がなる。騙されたと思って、少し食べて見てくれ」
アルバートはそう言って持っていたタマリンドの実を、先ほど口を挟んだ少年へと差し出した。少年は嫌そうな表情を浮かべるが、アルバートの顔と他の食料となる木の実を見て、諦めたように受け取って食べてみる。
恐るおそる実をとって食べた少年の表情が、驚きの表情を浮かべた。
「すごいよ。これ、本当に甘い!」
「そうだろう。下から見上げた時に見える枝に、赤いリボンを目印に点けておいた。実を取るには、すこし危険だからしっかり命綱とかをつけて取るようにした方が良い」
子供たちがタマリンドの実に群がって、口いっぱいにほうばるのを見ながら、月詠はアルバートとデーゲンハルトの側に歩み寄ると、小さく会釈をして声を潜めて話した。
「こちらは、立場上食料の支援をするわけにはいかないんですの。本来は医療活動すら許されないところですが、疫病などが広がればこちらも被害を受ける事になると説明して、やっと診察ができるだけ。それも、あくまで伝染性の病が発生していないかの確認をするのに留まるのみですの」
月詠の表情に愁いを浮かべるが、アルバート達も個人的な行為としての行動である。簡単なけがの治療と当面の食料となる木の実などの提供、それも定期的にとはいかない実情がある。
「こちらとしても、泊地で子供たちを労働させて、対価として相応の食料を提供することがいいところだろうな。その量すら、軍費の不適切な支出にならない範囲でしかできないと思う。
彼らの力になれる事が少なくて申し訳ないが……」
そう言ってうつ向くしかないアルバートとデーゲンハルトである。子供たちの笑顔を見た後の為に、かえって心苦しいが双方ともにQAの正式な乗組員でもない。泊地でもなんの権限もない為、任務の合間の休日に顔を出すだけが限度であろう。
そこで、今回の報告をイリス班長に伝える際に、まずは月詠たちと正式に会談することが提案された。会談の主題は、近隣地区での伝染病や風土病に対する情報交流が相応しいであろうと……
会談の相手として、誰が良いかをアルバートと話をしていたデーゲンハルトは、ようやく思い立ったように手をポンと打って口を開いた。
「あぁ、月詠殿は誰かに似てると思っていたのですが、ようやくわかったのであります。ユイ講師と、髪や仕草だけでなく、雰囲気も似ておられるのですな」
「あぁ、確かに船務長と似ているかもしれんが、船務長と月詠さんでは育った場所が異なりすぎるだろう。まぁ、他人の空似というやつだろうな」
デーゲンハルトとアルバートの言葉に、月詠も少し寂し気な表情を浮かべてうなづいた。
「えぇ、私も産まれはこの大陸の国ではありませんので……
ですが、そんなに似ていると言うのであれば、一度お会いしてみるのも良いかもしれませんわね」
月詠の言葉はあくまでも社交辞令であった。アルバート自身も、女性に関する噂話には疎く、デーゲンハルトに至ってはアレキサンドリア国内の情報や噂話は更に疎い。とはいえ、チッタアベルタの魔術学院では面識はそれなりにあり、一言口を挟んでしまう。
「ユイ講師、いや船務長殿も東方由来の巫術をお使いになりますから、どこかでつながっているかもしれないであります。また、流派がちがっても語らう価値はあるのであります」
それを聞いた月詠は、心なしか眉をひそめる。
「……そうですか。巫術はこちらの大陸では一般的ではないと思っていたのですが……
こちらの大陸でも巫術を学ぶ方がいらっしゃるのですね」
そう言って、袂から一枚の札を取り出した。
「これをその方にお見せいただけますか? 巫術を学んだ方であれば、事前に相手の流派を知った方が良いお話もできるでしょう……
……本当の意味が分かる方では無いと思いますが……」
「? 確かに使っている札を見れば、船務長どのも予め話題が選べるかもしれないでありますね。確かにお預かりいたしました。街で正式な話をするには、やはり組合を通しての事でしょうし、しばし先の話になるでありますからね」
勝手に話を進めたデーゲンハルトに、アルバートは肩をすくめて言った。
「そいつを船務長に渡すのは、お前がやってくれよ? あと、医療班長への説明もな。俺は関与してないからな。最悪、班長からは指名依頼が出るかもしれんぜ?」
その言葉を聞いて、イリスの顔を思い出したデーゲンハルトは、心の底から震えたのであった。月詠に同行してきた医療術士たちが、心の底から心配するほどに……
「この水路は、東の街の主要な水源の一つですの。大雨などが降って、水路の水かさがまして、あふれた場合は今歩いている通路を流れ、山の西側へと排水されて、東の町に被害が出ないように配慮されております」
二人の前を歩く十代後半の美女はそう答え、更に石窟の先を進むと、通路から上に上る階段へと突きあたる。美女の案内で階段の先へと進んで二人の目には、ある程度の広さをもった石造りの部屋が広がっていた。東側には小さいとはいえ複数の縦長の窓が並び、恐らくは明り取りとなるのであろう。
部屋の西側には、木枠に囲まれた草を敷き詰めた場所が続き、子供立ちの寝床である事が推察された。
「捨てられた、逃げ出した人々の暮らす場所としては、ずいぶんいい場所に見えるが……?」
そういいながら、アルバートは美女を見返した。着ている衣類も上衣は白く、長い袖には袂もあり、スカート状に見える下衣は深い朱色をしている。普段着というよりは制服にちかいのだろうか、デーゲンハルトには神職が着用する法衣にもにた雰囲気を感じた。アルバート? 植物には服は無いので、もともと気にもしていない。
上衣・下衣、共に清潔なものであり、アルバートにもデーゲンハルトにも彼女が子を産み、ここで育てている様にはみえなかった。
「私の事は、そうですね……『月詠』とでも呼んでくださいませ。東の街に住むしがない女に過ぎませんゆえ、これ以上の詮索はご遠慮くださいませ」
月詠と名乗った女は、通路では被っていた草で編まれて中央部に高く突起上になっていた帽子をとる。帽子のひさしからは薄い白い布が垂れていたので、顔どころか髪の色さえおぼろげにしか見えていなかったのだ。
帽子をとった月詠は、漆黒の髪に白い肌、黒く見える濃い茶色の瞳を持つ娘だった。所作も一瞬見惚れるような流れる動作であり、美しさすら感じてしまう。
アルバートとデーゲンハルトの二人には、椅子に掛けるように勧めて、自らはテーブルを挟んだ対面へと移動して腰をかけた。
「私もここの住人ではありませんが、貴方がたも違うようですわね。子供たちに食事を提供しに来たというようには見えませんけど……
山向こうに見える白い船、アレキサンドリアのお方とお見受けしますが、いかなる用事でこちらに?」
小首をかしげると、艶やかな髪がさらりと音を立てるように流れる様に、デーゲンハルトはある人物の姿が浮かぶが、慌てて首をふってその考えを追い出した。
「……こちらの泊地周辺で子供を見かけてね。どの子も健康状態などが良いように見えなかったんで、自分たちが確認にやってきたんだ。こう見えても自分たちは薬師に医療士でもあってね。植生調査も兼ねてやってきたと言う訳だ」
デーゲンハルトはアルバートより年長ではあるが、この場に居るのは形式上アレキサンドリア海軍からの依頼をこなす為でもある。この場合、アルバートは依頼主側になるので、口を挟むことはしなかったが、二人よりも年長であり経験も積んでいる分、それなりに観察力も深い。先ほどから姿を見かけたのは、子供たちと月詠と名乗る娘だけであり、本来であれば存在しているはずの、子供たちの母親らしき姿が見えない事に気づいていた。
「差し出がましい事を申し上げますが、子供たちの両親はいらっしゃらないのでありますか? 我々が持ってきた食料などをお渡しするとともに、健康状態も確認しておきたいであります」
子供たちの笑い声が聞こえている以上、不穏な事が起きている訳ではないだろうが、気になる点ではある。そして、船務長は子供たちは二十名以上いたと言っていた。
この場所で見かけた子供は、年端もいかない五歳未満の子供だけである。残りの子供たち全員が、泊地で労働している訳ではあるまい……
デーゲンハルトの言葉に、月詠はクスリと笑うと口元を隠すようにして二人に話した。
「お二人が健康状態を確認してくださるのは有難いのですが……、殿方である貴方がたが確認するんですの? いくら元娼婦といっても、それは許容できないんじゃないでしょうか?
娼婦は無料で見せる肌はありませんわよ? 料金を払っても確認なさるというんですの?」
そう言われて、デーゲンハルトもアルバートも口をつぐんだ。子供たちはともかく、たしかにその母親や年頃の娘が相手では、健康診断をするから服を脱げと言っても信じられるものではない。長年の付き合いで信頼を得たわけでもな、初対面の男がくれば、まずは身の安全を危惧するであろう……
アルバートとデーゲンハルトの二人が口を閉ざしたまま何も言えない事を確認すると、月詠は笑みを深めて言葉を続けた。
「私も、ただ物見遊山に参ったのではありませんわ。ここに住まう者が伝染病にでもかかって、被害が街に及ぶようでは困りますもの。ご心配なら、後ほど診断なさいますか? 服はきせますけど」
いわれたアルバートは、赤面しつつ腰を浮かせて逃げる態勢に入っていたが、デーゲンハルトは喜びの表情を浮かべうなずいた。
「はい、ぜひお願いします。二人の医療者にお墨付きをもらえれば、彼女たちも安心するでしょう」
晴れやかな笑顔を浮かべたデーゲンハルトであったが、その笑顔をみて月詠は声をあげて笑いだしてしまい、そうすると先ほどまでの凛とした雰囲気は消え、年相応の少女らしい笑顔を浮かべている。
「あはは……もう、本気で心配していらしたのですね。宜しいですわ、彼女たちの診断をお願いしますわ。
アレキサンドリアの医術とやらにも、興味はありますもの。もちろん見学させて頂いて宜しいですわね?」
アルバートとデーゲンハルトの二人はその提案を受け入れることにし、月詠の連れてきていた医療従事者が、平均以上の知識を有している事を知った。彼らの治療内容は、薬草や薬湯を職に取り入れることが中心で、これは薬効成分による自己治癒力を増すことによって治療を施すもので、即効性は薄い。
それに対してデーゲンハルトの治癒魔法は、術者の魔力を元に強制的に治療を施すために、外傷などの治療には即効性があり、効果が高い一方で、治療時に患者の身体が持つ魔力や栄養素も消費するという欠点がある。そして、徐々に進行する病などに対処するには、継続的な治療が必要となるのが課題といえた。
それを補うために、アレキサンドリアでは栄養学と組み合わされた薬学が第二の治療法として認知されつつあり、そのなかでも実力者(”変わった”がつくのを本人は知らない)として認識されているのがアルバートであった。
アルバートは彼の魔具により採取した、黄褐色のサヤを取り出した。長さは十五センチ程で直径二センチほどの円筒状のサヤだが、内部には黒褐色で卵型の果実が入っている。
「こいつは、タマリンドという樹の実だが、栄養価が比較的高い。生食もできるが、加工して飲み物や香辛料にも使える優れものだ。特に鉄分などのミネラルも豊富なので、女性には特に良いとされている」
アルバートの進めた果実は子供たちも知っていたようだが、あまり好評では無いようである。年長らしい一人の少年が、タマリンドの実を指さしながら言う。
「僕知ってるよ、それ高いところになってるからとりにくいし、酸っぱいからみんな好きじゃないよ」
子供の一人がそういうと、他の子供や女性もウンウン頷いている。アルバートは、それらを見ながらほほ笑んだ。
「タマリンドの中には、酸味が弱くて甘味が強い個体もあってね。周囲に生育しているタマリンドの大部分が酸味が強い個体だが、ここから西に五十メートル進んだ一本は、甘い実がなる。騙されたと思って、少し食べて見てくれ」
アルバートはそう言って持っていたタマリンドの実を、先ほど口を挟んだ少年へと差し出した。少年は嫌そうな表情を浮かべるが、アルバートの顔と他の食料となる木の実を見て、諦めたように受け取って食べてみる。
恐るおそる実をとって食べた少年の表情が、驚きの表情を浮かべた。
「すごいよ。これ、本当に甘い!」
「そうだろう。下から見上げた時に見える枝に、赤いリボンを目印に点けておいた。実を取るには、すこし危険だからしっかり命綱とかをつけて取るようにした方が良い」
子供たちがタマリンドの実に群がって、口いっぱいにほうばるのを見ながら、月詠はアルバートとデーゲンハルトの側に歩み寄ると、小さく会釈をして声を潜めて話した。
「こちらは、立場上食料の支援をするわけにはいかないんですの。本来は医療活動すら許されないところですが、疫病などが広がればこちらも被害を受ける事になると説明して、やっと診察ができるだけ。それも、あくまで伝染性の病が発生していないかの確認をするのに留まるのみですの」
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「こちらとしても、泊地で子供たちを労働させて、対価として相応の食料を提供することがいいところだろうな。その量すら、軍費の不適切な支出にならない範囲でしかできないと思う。
彼らの力になれる事が少なくて申し訳ないが……」
そう言ってうつ向くしかないアルバートとデーゲンハルトである。子供たちの笑顔を見た後の為に、かえって心苦しいが双方ともにQAの正式な乗組員でもない。泊地でもなんの権限もない為、任務の合間の休日に顔を出すだけが限度であろう。
そこで、今回の報告をイリス班長に伝える際に、まずは月詠たちと正式に会談することが提案された。会談の主題は、近隣地区での伝染病や風土病に対する情報交流が相応しいであろうと……
会談の相手として、誰が良いかをアルバートと話をしていたデーゲンハルトは、ようやく思い立ったように手をポンと打って口を開いた。
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「あぁ、確かに船務長と似ているかもしれんが、船務長と月詠さんでは育った場所が異なりすぎるだろう。まぁ、他人の空似というやつだろうな」
デーゲンハルトとアルバートの言葉に、月詠も少し寂し気な表情を浮かべてうなづいた。
「えぇ、私も産まれはこの大陸の国ではありませんので……
ですが、そんなに似ていると言うのであれば、一度お会いしてみるのも良いかもしれませんわね」
月詠の言葉はあくまでも社交辞令であった。アルバート自身も、女性に関する噂話には疎く、デーゲンハルトに至ってはアレキサンドリア国内の情報や噂話は更に疎い。とはいえ、チッタアベルタの魔術学院では面識はそれなりにあり、一言口を挟んでしまう。
「ユイ講師、いや船務長殿も東方由来の巫術をお使いになりますから、どこかでつながっているかもしれないであります。また、流派がちがっても語らう価値はあるのであります」
それを聞いた月詠は、心なしか眉をひそめる。
「……そうですか。巫術はこちらの大陸では一般的ではないと思っていたのですが……
こちらの大陸でも巫術を学ぶ方がいらっしゃるのですね」
そう言って、袂から一枚の札を取り出した。
「これをその方にお見せいただけますか? 巫術を学んだ方であれば、事前に相手の流派を知った方が良いお話もできるでしょう……
……本当の意味が分かる方では無いと思いますが……」
「? 確かに使っている札を見れば、船務長どのも予め話題が選べるかもしれないでありますね。確かにお預かりいたしました。街で正式な話をするには、やはり組合を通しての事でしょうし、しばし先の話になるでありますからね」
勝手に話を進めたデーゲンハルトに、アルバートは肩をすくめて言った。
「そいつを船務長に渡すのは、お前がやってくれよ? あと、医療班長への説明もな。俺は関与してないからな。最悪、班長からは指名依頼が出るかもしれんぜ?」
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