駄女神に拉致られて異世界転生!!どうしてこうなった……

猫缶@睦月

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7.女王の奏でるラプソディー

40.貴女の名前は……

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 一部誤字脱字の修正と加筆を行いました(10/10)。大まかな話の流れに変化はありません。

*****

 泊地へ帰港してから数日が経ち、QAクイーンアレキサンドリアも近海の巡視に出かける事になりましたが、この数日間に大きな問題は起きませんでした。
 低い山の峰にあった展望台らしき場所には、つねに見物客がいましたが、エメラルド島でのQAクイーンアレキサンドリア出現の影響は収まりつつあります。
 とはいえ、天候に左右されず、風の弱い時間にあっさりと埠頭から出港し、風上にむかって航行する艦の巨大さと性能に、呆気にとられる人々はまだ多かったようですけど……

「エメラルド島泊地で提供される夕食も、特に問題はありませんでしたし、あれから子供たちもユージン中佐も特に大きく動くこともないので、なんか拍子抜けしてしまいますね」

「……」

 うなずく人が多い中、ユイは唯一人何か考え事をしているようです。実際、ここ数日のユイはずっと同じ、どこか心ここにあらずと言った表情を浮かべています。
 どうも探索にでていたデーゲンハルト氏から、子供たちの住居と思しき場所で出会った、組合側の代表から受け取ったという一枚の札を見てからおかしいんですよね。
 彼らが持ち帰った、組合側の医療術士との会談は、この地での伝染病や感染症の情報を得るために必要ですが、ユイのこの状態を見ると少し慎重になったほうが良いかもしれませんね。

 幸いにして、エメラルド島近海は天気晴朗波低しです。エメラルド島近海でのデモンストレーションを兼ねた日帰りの訓練ですので、各班は部署単位で訓練を行っていますし、航海科は設定航路を進んでいくだけですので、僕たちが席を外しても特に問題はないでしょうから、ちょっとミーティングをすることにしましょう。

「アーシャ、女子会するからリアンに艦橋での当直を代ってもらってください。場所はミーティングルームでやりますので、交代後来てくださいね。
 航海長、問題が発生した場合には、遠慮なく呼んでください」

 エメラルド島までの航海でも、女子会なるミーティングを行っていましたので、ハリー航海長は軽く片手をあげるだけです。実際には、女子会といってもお茶を飲んで話をしているだけではありませんよ? アーシャが来るのをまって、早速打合せです。

「まずは、リアンが筆頭となっていた嘆願書の件ですが、軍からもアレクシアさんからも、良い返事はもらえませんでした。アレキサンドリアには公娼と呼ばれる人は少ないですし、他の船との兼ね合いもありますので、当然と言えば当然なのですが」

 女性だけの話し合いですからね、僕の話にそれなりに納得の意見もでますが、これだけでこの話は終わりませんでした。

「……ですが、条件付きであれば設置してもよいというか、軍から代案が出されました。公娼の設置は許可できませんが、この件に協力しても良いという女性が現われたんですよ。軍としては渡りに船という訳で、皆さんの意見を聞きたいのですが……」

 ユイもアーシャも驚いた表情を浮かべていますが、それはそうですよね。公娼でもないのに、男性諸氏の欲求不満解決に協力してくれる女性がいるということにも驚きです。
 アレキサンドリア共和国の軍人でないと乗艦できないQAクイーンアレキサンドリアですので、民間人である公娼を乗せるわけにはいきません。とはいえ、現役の軍人を公娼にする訳にはいきませんし、もちろんそのような命令を軍が出すわけにもいきませんから、自主的に協力を申し出る女性がいるというのが驚きです。

「それで、その奇特な女性の名前はなんというんですの? 男性諸氏の欲求不満を解消する為に、同性からの目を気にせずに、単身で挑んでくれるという勇者は」

 イリスさんの声に、ちょっと棘がある気はしますが、答えない訳にもいかないですよね。

「僕もよくは知りませんが、資料によると『フレデリカ・スコット』という女性です。本人が公娼役をするわけではなく、娘たちを従事させたいということです。条件は、その……妓楼としての施設と、それに併設される彼女の研究区画ですね。娘さんたちの健康管理などは彼女が行うとのことですし、一応アレクシアさんからも何も言っていないので、違法な方では無いようですが……」

 僕の言葉を聞くと、皆さん三者三葉の反応を示します。

「え、あの変わり者が?」

「ですがあの方は独身で、娘はいなかったはずですが……」

「あの研究馬鹿、効率的に実験素材を集める気ね!!」

 アーシャ、ユイ、イリスさんの発言ですが、アレキサンドリアでは有名な人のようですね。でも、ユイが言っていたように、独身者の方でしたら『娘たちを従事させる』とは、どういうことなのでしょう。それに、イリスさんの発言も気になります。
 アーシャやユイも、僕と同じようにイリスさんの発言が気になったようで、僕たち三人はイリスさんを見つめていると、イリスさんが肩をすくめて説明をしてくれます。

「フレデリカ女史はね、アレキサンドリア国内での特に変わり者で有名な錬金術の研究者よ。でも、彼女の行動は奇異じゃないし、本人の見た目もいたって普通の女性よ」

 錬金術の研究者さんは、変わった人が多いのも特徴ですが、奇矯ききょうな行動を取る人も多い、いわゆる紙一重の人が多いのも事実です。でも、それだけでは公娼役を引き受けるという事と、実験素材の回収が結びつきません。僕たちが疑問を浮かべているのを、イリスさんも理解しているようで、説明を続けてくれました。

「フレデリカ女史の研究対象は人造人間、いわゆるホムンクルスですの。ホムンクルスの素材は聞いたことがあるでしょう?」

 アーシャとユイ、僕はそろってうなづきました。ホムンクルスは世界中の錬金術師が探求する課題の一つですね。賢者の石・ホムンクルス・無から黄金を作り出す事の三つは、錬金術師の究極目的でもあったはずで、学院でも講義を受けましたしね。
 ホムンクルスの素材は、確かハーブや人間の血液や糞を使うなんて記述もあったはずです。でも、記録上で他には人間の精液が素材に使われていたはず……って、実験素材ってそれですか。いや、たしかに効率的に、無料で集める事が出来るのでしょうが……

「初期には、数少ない公娼に懇願して、を提供してもらう代わりに高額の報酬を提供していたようですが、事が終わった直後に新鮮な状態のモノを回収に現れたりしたので、今では全ての妓楼に出入り禁止を言い渡されたはずですわ。
 ですがアレキサンドリア広しといえど、完全なホムンクルスの素体を完成させたのは、フレデリカ女史だけですの。軍としても無碍にできなくて、どうにかして素材を提供していたはずよ? こういえばわかるでしょうけど、エマやジェシーといった『緋の双姫』モデルの素体提供者よ」

 はぁ~、それはそれはとしかいえませんが……

「フレデリカ女史が独身で、彼女が娘たちと言うからには、その娘はホムンクルスという事になりますよね? でも、ホムンクルスってフラスコの中でしか生きられず、身体も人間に比べて小さいって聞いた気が……」

 僕の言葉に、イリスさんは呆れ顔です。

「エマとジェシーを知ってる貴女がそれを言うんですの? 見た目だけなら人とは違いが判らない、通常の空間で生きる事ができるホムンクルスよ。等身大の女性ということね……」

 頭が痛くなってきましたよ。とはいえ、ある程度多くの男性諸氏の希望でもありますし、軍としては、フレデリカ女子に絡む問題をQAクイーンアレキサンドリアに押し付ける事ができるので、事実上GOサインを出しています。恐らく彼女の提案は受け入れられてしまうのでしょうが、微妙な空気が漂います。と、とりあえず話を変えることにしましょうか。

「さ、さて二つ目の問題に移りましょうか。次の話題は、デーゲンハルト氏の持ってきた医療情報と巫術情報の交換会についてですが……基本的には受け入れるという事でいいんですよね?」

 この件については、デーゲンハルト氏はイリスさんの指名依頼の対象になってしまい、艦内の研究棟で缶詰になっていたはず……
 依頼終了後のデーゲンハルト氏は、かなりやつれていたようですが、依頼内容については守秘義務があるからと頑なに(恐れて)口を開こうとしません。イリスさんに何をしたのか聞いたら、『貴女も依頼を受けてもらえばわかりますわよ?』という危険な発言がありましたので、謹んで辞退させてもらいました。

「……医療情報の交換に関しては、すぐにでも行った方が宜しいでしょう。組合を通す以上、それなりに日程も必要ですので、こちらの外洋での任務完了後である、一月ほど先で提案したいと思います。医療班からも特に問題はないそうです。
 ただ、巫術情報に関しては、先方は一対一の非公開対談形式を求めています。こちらは内容もそうですが、軍機に触れる可能性もあり簡単には……」

 ん~、なんか歯切れが悪いですね。巫術はアレキサンドリアではユイが講師ですから、ユイの判断だけですむと思うのですが……やはり、ユイ自身が対談することに消極的という事なのでしょう。

「じゃあ、次の問題に移りましょうか。三つ目の問題は、やはりデーゲンハルト氏の絡んだ件です。ユイ? 君を悩ませている巫術の『札』についてです。その件もあって、思い悩んでいるのでしょう?」

 ユイの状況に、気付いていたのは僕だけではありません。もちろんイリスさんもユイがその札を受け取ってからおかしいのは承知しています。
 それもあって、不用意な情報を外部に流したデーゲンハルト氏へのお仕置きがきつくなっていたのです。

 ユイはビクリと身体を震わせた後、視線を下に向けてしまいます。そのまましばらく無言でしたが、やがて懐から一枚の『札』を取り出して、テーブル上に置きました。
 取り出された『札』は、一見ただの紙の札にしか見えませんが、鑑定魔法を使ってみると、実はミスリルを使用した特殊な金属製だとわかります。『札』自体のデザインは、東国風の意匠が凝ったものですね。

「デーゲンハルトさんの持ってきたこの『札』は、遼寧を含んだ東の大陸で使われている、いわゆるオリジナルと言うものです。そして、この札には一枚一枚に意味があります」

 そして、再び懐から取り出した一枚の『札』…… 図柄は異なりますが、同じ意匠の札だという事は判ります。

「デーゲンハルトさんの持ってきた札は、『地沢臨』の札で意味は正義。そして、私が持っていた札は『地火明夷』の札で意味は乖離かいりとなります。ですが、この二枚の札が意味することは、それだけではありません」

 ユイの説明によると、遼寧の皇子・皇女は、産まれた順に特殊な素材でできたこの『札』を授かるのだそうです。
男児には天の札、女児には地の札。ユイの持つ『地火明夷』は、地の第六札であり、第六皇女を示すそうです。

「……では、デーゲンハルト氏の持ってきたこの札は……」

「…………はい、『地沢臨』は地の第七札になり、第七皇女を示します」

 僕とユイが黙り込むと、アーシャがなんとか話題をつなげようと言葉を続けました。

「でも、そのっ、『札』は似たようなものがいくつもありますし、それに本当であれば妹さんが生きていたことになるんじゃ……」

「皇族、特に先王の遺児なんて、生き残っていても良い事はあまりないですわよ。現王への不満を持つ者が傀儡くぐつとして必要とするか、今よりも民衆の生活が悪化するかもしれない戦をおこして、復権する事を願うかですもの」

 イリスさんの言葉に、僕もうなづきますが、だからといって会わないという選択もしにくいのでしょう。そこまで考えて、ふと僕は気が付きます。

「ねぇ、ユイ」

 僕の呼びかけに、ユイは顔をあげてしっかりとした声で「はい」と答えてくれました。そう、単純じゃないですか。

「ユイは今僕の呼びかけに答えてくれましたよね? つまり、今のユイはユイであって、遼寧の旧王朝、第六皇女であったリン・シャオロンじゃないんです。
 相手の『札』が意味しているものが、旧王朝の第七皇女を示していたとしても、ユイはユイとして相対しましょう。アレキサンドリア共和国の巫術士、ルゥオ・ユイとして!」

 僕の言葉に、ユイの沈んでいた瞳は、光りを取り戻したようですね。イリスさんも、アーシャも、

「そうよね、今はリンじゃない。ユイなんだから」

 と話して、肩を叩いています。そうですよ、それにユイは戦略や戦術も学んでいる、僕たちのパーティーのいわば軍師なんですから、自信をもって采配してくれなければ困ります。

「必要なら、僕たちをいかようにも使ってくださいね、僕たちの軍師様」

 僕の言葉に、今度こそユイは明るい表情を取り戻したようでした。
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