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7.女王の奏でるラプソディー
56.ホムンクルス……
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人気のない艦内通路…… 各所を清掃担当のホムンクルスが走り回る。見た目は四・五歳の幼児のようであり、白い三角布を頭に被り、黒い長そでのシャツにエプロン、デニム地の短パンスタイルだ。見た目は愛くるしいが、作業性第一に考えられている。
十人に一人くらいの割合で、百五十センチほどの身長を持つ者は、分隊のリーダーだ。彼らは、QA艦内の左舷区画から右舷区画へ渡る、清掃担当専用の連絡通路を通って保育園児のお散歩のごとく、大挙して現れた。
現在QAは仮称アルファ島の湾内にて、四十八時間の停泊中である。
昼食まであと一時間というこの時間帯、乗組員は艦橋や機関部といった要所に残る当直の者以外は、浜辺や仮設されたコテージなどで思い思いの時間を過ごしており、艦内に人影は少ない。
右舷区画は、汚れのひどい(はっきり言って汚かった)左舷区画と異なり、格段に清潔であった為、掃除担当のホムンクルスもほっとしていたかもしれない。
本来乗組員は持ち込める私物が限定されており、衣類すら散らかせるほど持ち込めないはずなのに、部屋を荒らすことができるのは、ある種の才能かもしれない。そういう人物は、性別の例外なく存在するが、この艦では男性のほうが圧倒的にその比率は高かったようだ。
清掃担当者は、疲労を感じることはなかったが、五感は所持していたから、汚れだけではなく男性特有といってもよい匂いがなくなっただけでも、機能低下の要因が減り満足していた。
清掃後の左舷区画(特に居住区)は、現在クイーンによって強制換気の処置が施されている。
右舷区画にやってきた清掃係の一隊は、リーダー格のホムンクルスに、洗浄魔法をかけてもらう。
左舷区画の汚れや匂いを、右舷区画に持ち込むわけにはいかない。右舷区画の住人は、軍人とはいえ女性であり、異性の匂いは敏感だからだ。
好きな相手でもない限り、確実に上がってくるつまらないクレームのネタを、わざわざ持ち込むことは彼らの本来の仕事上避けるべきであった。
「髪ん毛一本、爪ん欠片一欠けといえど残しゃず回収して、代償として綺麗な生活環境ば提供するばい。それじゃあ、作業開始!」
リーダーの号令と共に、各所に散って清掃を開始したホムンクルス達をみて、リーダーは満足げにうなづき歩き出した。清掃班のリーダーが向かった先は、艦橋直下の指令区画である。
通常であれば、指令区画には清掃担当は立ち入ることはできない。しかし今回は一部の士官が不在である為、指令区画内にある不在の士官の居室の清掃が許可をされていた。
上級士官用の居住区画は、分厚い水密扉の更に奥、おしゃれなガラス扉の向こう側だが、居住者以外はセキュリティーパスを入力しない限り立ち入ることはできない。
「……セキュリティー解除。次は時限式パスコードん入力か。しぇからしかね…… 無駄に手間ばかけしゃしぇてくるるばい……」
防水隔壁の内側にある二重扉の前でリーダーはつぶやくと、事前に配布されていたパスコードを入力する。
スライドして開いたガラス扉の内側は、四畳半程度の広さのオープンスペースであり、数席の椅子とテーブルに、簡易てな炊事場と飲料の販売機があるだけの簡素な造りだが、テーブルに置かれた素焼きの一輪挿しに南天の緑の葉と赤い実が、美しいオブジェのようで住人の性格を表していた。
その奥には、人がすれ違うのがやっとという程度の広さの通路が見える。上級士官の居室に通じる通路とはいえ、通路は規格通りであり他の箇所と相違はない。
洗浄魔法があるのに、清掃要員がなぜ存在するのか。世間一般でいうほど、魔法というのは万能ではないのだ。
洗浄魔法は汚れを取ることはできるが、日々雑巾がけなどで磨かれたお寺や神社の床や柱・仏像の美しさは、洗浄魔法で培うことはできないのだ。
これは人体にもいえて、訓練の後に起きる筋肉痛などを緩和するために回復魔法を使用することは、訓練の結果を無にするだけで意味がないのである。当然、怪我に対しては治療は必要なのだが……
リーダーはちらりと背後をみやり、誰もいないことをさ確認するとひとりごちる。
「しゃて、お仕事お仕事♪」
楽しそうに鼻歌を歌ながら、リーダーが真っ先に手をかけたのはクロエの居室に通じるドアであった……
クロエの居室は、豪華な調度品がある訳でもなく、下士官の部屋と比べれば一人用だというくらい質素ではある。壁にかかったハンガーに、艦長用の制服と制帽がかかっており、艦内情報を閲覧できるモニターがあるだけで、特段他の士官室と変わりはない。
少女の部屋としては華やかさに欠ける部屋を見渡し、リーダーは魔力遮断布で作られた手袋をはめ、メガネを装備する。メガネは残留魔力を可視化する特別性の魔道具である。
ベッドに折りたたまれた毛布を開き、シーツやベッドの陰に至るまで隅々を確認する。しかし、視界には髪の毛一筋の残留物さえみえはしない。
リーダーは更に、シャワールームやトイレなど一通り確認すると、ため息をついたのである。
「……掃除するところがなかばい……」
そして、なにげなく椅子の背もたれに手をかけたその時である。手袋をかけた指先、その先端で何かがきらりとキラめいたのだ。
「……ッ」
慎重にエプロンのポケットからピンセットを取り出し、きらめいたそれをそっと挟み込む。とても壊れやすく儚げなものを失わないように……
回収できたのは、長く白い髪の毛が一本。
髪の白といえば白だが、無色透明な光が糸状に結晶化したもののようにさえ見える…… リーダーはそれをそっと回収用のポーチへと入れると満足げに微笑んだ。
「お目当てのものが見つかったようだね…… 何故貴女がここにいて、艦長の私室の清掃をしているか、聞かせてもらおうか。アレキサンドリア随一の錬金術師、フレデリカ・スコット女史?」
不意に声をかけられ、振り向いたリーダーの目に映ったのは、開け放たれたドアに寄り掛かる衛生班副長のカレンの姿であった。通路にはカレンの他に、猫獣人のルーシーの姿も見えている。
名前を呼ばれたリーダー改めフレデリカは、被っていた三角布をとると大きくため息をついて見せた。
「はぁ~、名前までわかっとーとは思わんかったばい。
艦長不在で、絶好んチャンスて思うたっちゃけど、はめられたちゅうやつか。いつから疑われとったと?」
「そもそもは、艦内清掃要員として大勢のホムンクルスが従事していることからして怪しかったのよね。
一見子供のような姿で、ホムンクルスとしての完成度を低く見せようと偽装していたのかもしれないけど、上層街でも見たことのない魔道具が満載のこの艦で、何の迷いもなく作業ができるホムンクルスの完成度が低いとは思えないしね」
「それに、貴女の匂いだけは人間、それも成人した女性の匂いですにゃ。普段は船倉から出てこない指令用のホムンクルスにゃのに、今日だけは総出で掃除していますのにゃ。
いままではリーダーのホムンクルスの、見た目や雰囲気まで貴女自身に似せていたお蔭で、今日まで区別できなかったのにゃ」
ルーシーが自慢の嗅覚でかぎわけたようだが、フレデリカは疑問を覚える。
「? あたしんホムンクルスは完璧やて思うとったんやけどね。 後学ん為に、何が理由でわかったんか教えてくれん?」
それを聞いたカレンは、ニヤッと笑みを浮かべた。そして、フレデリカの右手を指さして告げる。
「あんたの指先には、わずかに血の匂いがしてるんだよ。それも、エリーゼ嬢に依頼された即効性のマジカル・ピルがわずかに含まれた血の匂いがね。
あたしが処方したんだから間違える訳もない。うまくいけば、あんたをおびき寄せられるかなとは思ってたけど、確実性はなかった。正直そんな微量な血の匂いに、気づいたルーシーがお手柄さ」
錬金術士の扱う素材には、一般の人々が聞けば鬼畜に思える素材も多く取り扱う。特に女性の血は他人のモノを手に入れること自体が非常に難しい。
ワイアットの部隊がクラーケンを退治した際に、報酬として『乙女の血(できれば経血!)』の補充をクロエに申し出て、イリスに海に叩き込まれたショタ錬金術師の件は、医療班のメンバーの記憶に新しいところである。
「……あぁ、何ん警戒も無しに廃棄してあったけん喜んだっちゃけど、事後処理が甘かったんね。
貴族んお嬢様なら、汚れた下着ば棄てるんも普通やて思うて、甘う考えとったわ……」
フレデリカは苦笑いを浮かべて自分の手をみた。微量とはいえ、『乙女の(経)血』は第一級の錬金素材である。まして、異国人の美女とあれば研究素材としても素晴らしいと思ったことに後悔はない。
「ここしゃぃおる理由は、貴女方が考えとーおり、ホムンクルスん素材ん収集ばい。
あたしはあたしん仕事ばしとーと。何か問題あるん?」
胸を張って答えるフレデリカに、カレンとルーシーは顔を見合わせるのであった。
*****
ルーシーはカレンを恨めしそうに睨んだ。
「うぅ、あたしもこんな生臭い話にかかわらず、南国の太陽の下で楽しみたかったですにゃ~」
「……問題はこれを発表するかだねぇ。あたしは別に自分の抜け毛なんてどう使われようと気にはしないけど、班長が知ったら逆上するだろうしねぇ」
カレンの言葉に、ルーシーは青くなりながらも反論する。
「え~、カレンさんは構わないんですにゃ? 自分の髪が使われた自分似のホムンクルスが殿方の……その……」
フレデリカから聞いた情報では髪の毛程度の情報では、ホムンクルスを素材の提供者に似せることができる程度だという。
とはいえ、フレデリカが男性に妓館を用意しても良いといっていたことは記憶に新しく、艦内で得た錬金素材は、それ用のホムンクルスに使用される可能性が高い。
自分の知らないところで、自分にそっくりなホムンクルスが、男性乗組員の欲求不満解消のはけ口になるなどということは、ルーシーとしては知りたくもなかった事実である。
「まあ、初心なお前さんがたならそうだけどね。知らなきゃどうにも思わなかったろ?
どうせ今だって、お前やドーラ、艦長や班長・船務長だって、妄想の中では相手をさせ「イヤ~!!」……」
尻尾の毛を逆立ててわめくルーシーを見て、カレンはため息をつく。素材として回収された髪の毛から採取された情報では、たかが知れている。
フレデリカの技術が卓越しているからといって、髪の毛一本からクローンを作る訳にはいかないし、培養したところで情報の劣化は激しいらしく、オリジナルと同等の完全な複製はできないらしい。
「しぇいじぇい似た顔立ちん素体が作るーだけばい。中身は別物やしね」
クロエやイリスを納得させるためと、聞き出したホムンクルスの製法の一部。それは大雑把ではあるが既知のモノに等しいとカレンは思う。
だが、フレデリカのホムンクルスは自己の意思を持ち、与えられた仕事を忠実にこなしている。その点について聞こうとしたカレンではあったが、当然フレデリカは渋った。彼女独自の秘術につながるだけに、当然のことである。
「あ~、くそっ、あの女のせいでくらくらするよ……」
それを聞き出す代償として、カレンは五百ミリリットルほどの血を提供させられていた。もちろん、艦長や班長などへの報告の為であるが、クロエたちへの報告以外では口外禁止を言い渡されている。
「……確かに魂や精神までは魔法で作れませんのにゃ。でも、それを補う為に、用途に見合う精霊や天使、妖魔まで使役するなんて思いもよりませんでしたにゃ」
フレデリカは具体的なことは避けたが、妓館用のホムンクルスの素体には『サキュバス』の精神体を使うことを明かした。さすがに人の魂や心は使用できないらしく、もともとサキュバスであればその手の行為は望むところである。
「まぁ、班長も納得するだろうし問題ないだろ。ルーシーもほかの連中には話さないようにな」
「え~、班長こんなの納得するかにゃ~、絶対騒ぐと思いますにゃ」
そんなルーシーを見てカレンは人の悪い笑顔を浮かべる。
「そんなに心配なら、今日から抜け毛一本たりとその辺に落とさないように気にして暮らすんだね。あんたのそのふさふさな尻尾の毛先一本までね」
その言葉に尻尾を、抱えてあわあわしているルーシーを見て、カレンは改めて思う。きっと、イリスはそんな事は少しも気にしないであろう。
目的の為には手段を択ばないのは、白家のイリスやリリーも同じであり、いわゆる同じ穴のムジナである。
とはいえイリスは、クロエやユイを素材として使われるのは気にするだろうから、二人に口うるさく抜け毛一本まで処理するように騒ぐのは間違いないだろうけど……
十人に一人くらいの割合で、百五十センチほどの身長を持つ者は、分隊のリーダーだ。彼らは、QA艦内の左舷区画から右舷区画へ渡る、清掃担当専用の連絡通路を通って保育園児のお散歩のごとく、大挙して現れた。
現在QAは仮称アルファ島の湾内にて、四十八時間の停泊中である。
昼食まであと一時間というこの時間帯、乗組員は艦橋や機関部といった要所に残る当直の者以外は、浜辺や仮設されたコテージなどで思い思いの時間を過ごしており、艦内に人影は少ない。
右舷区画は、汚れのひどい(はっきり言って汚かった)左舷区画と異なり、格段に清潔であった為、掃除担当のホムンクルスもほっとしていたかもしれない。
本来乗組員は持ち込める私物が限定されており、衣類すら散らかせるほど持ち込めないはずなのに、部屋を荒らすことができるのは、ある種の才能かもしれない。そういう人物は、性別の例外なく存在するが、この艦では男性のほうが圧倒的にその比率は高かったようだ。
清掃担当者は、疲労を感じることはなかったが、五感は所持していたから、汚れだけではなく男性特有といってもよい匂いがなくなっただけでも、機能低下の要因が減り満足していた。
清掃後の左舷区画(特に居住区)は、現在クイーンによって強制換気の処置が施されている。
右舷区画にやってきた清掃係の一隊は、リーダー格のホムンクルスに、洗浄魔法をかけてもらう。
左舷区画の汚れや匂いを、右舷区画に持ち込むわけにはいかない。右舷区画の住人は、軍人とはいえ女性であり、異性の匂いは敏感だからだ。
好きな相手でもない限り、確実に上がってくるつまらないクレームのネタを、わざわざ持ち込むことは彼らの本来の仕事上避けるべきであった。
「髪ん毛一本、爪ん欠片一欠けといえど残しゃず回収して、代償として綺麗な生活環境ば提供するばい。それじゃあ、作業開始!」
リーダーの号令と共に、各所に散って清掃を開始したホムンクルス達をみて、リーダーは満足げにうなづき歩き出した。清掃班のリーダーが向かった先は、艦橋直下の指令区画である。
通常であれば、指令区画には清掃担当は立ち入ることはできない。しかし今回は一部の士官が不在である為、指令区画内にある不在の士官の居室の清掃が許可をされていた。
上級士官用の居住区画は、分厚い水密扉の更に奥、おしゃれなガラス扉の向こう側だが、居住者以外はセキュリティーパスを入力しない限り立ち入ることはできない。
「……セキュリティー解除。次は時限式パスコードん入力か。しぇからしかね…… 無駄に手間ばかけしゃしぇてくるるばい……」
防水隔壁の内側にある二重扉の前でリーダーはつぶやくと、事前に配布されていたパスコードを入力する。
スライドして開いたガラス扉の内側は、四畳半程度の広さのオープンスペースであり、数席の椅子とテーブルに、簡易てな炊事場と飲料の販売機があるだけの簡素な造りだが、テーブルに置かれた素焼きの一輪挿しに南天の緑の葉と赤い実が、美しいオブジェのようで住人の性格を表していた。
その奥には、人がすれ違うのがやっとという程度の広さの通路が見える。上級士官の居室に通じる通路とはいえ、通路は規格通りであり他の箇所と相違はない。
洗浄魔法があるのに、清掃要員がなぜ存在するのか。世間一般でいうほど、魔法というのは万能ではないのだ。
洗浄魔法は汚れを取ることはできるが、日々雑巾がけなどで磨かれたお寺や神社の床や柱・仏像の美しさは、洗浄魔法で培うことはできないのだ。
これは人体にもいえて、訓練の後に起きる筋肉痛などを緩和するために回復魔法を使用することは、訓練の結果を無にするだけで意味がないのである。当然、怪我に対しては治療は必要なのだが……
リーダーはちらりと背後をみやり、誰もいないことをさ確認するとひとりごちる。
「しゃて、お仕事お仕事♪」
楽しそうに鼻歌を歌ながら、リーダーが真っ先に手をかけたのはクロエの居室に通じるドアであった……
クロエの居室は、豪華な調度品がある訳でもなく、下士官の部屋と比べれば一人用だというくらい質素ではある。壁にかかったハンガーに、艦長用の制服と制帽がかかっており、艦内情報を閲覧できるモニターがあるだけで、特段他の士官室と変わりはない。
少女の部屋としては華やかさに欠ける部屋を見渡し、リーダーは魔力遮断布で作られた手袋をはめ、メガネを装備する。メガネは残留魔力を可視化する特別性の魔道具である。
ベッドに折りたたまれた毛布を開き、シーツやベッドの陰に至るまで隅々を確認する。しかし、視界には髪の毛一筋の残留物さえみえはしない。
リーダーは更に、シャワールームやトイレなど一通り確認すると、ため息をついたのである。
「……掃除するところがなかばい……」
そして、なにげなく椅子の背もたれに手をかけたその時である。手袋をかけた指先、その先端で何かがきらりとキラめいたのだ。
「……ッ」
慎重にエプロンのポケットからピンセットを取り出し、きらめいたそれをそっと挟み込む。とても壊れやすく儚げなものを失わないように……
回収できたのは、長く白い髪の毛が一本。
髪の白といえば白だが、無色透明な光が糸状に結晶化したもののようにさえ見える…… リーダーはそれをそっと回収用のポーチへと入れると満足げに微笑んだ。
「お目当てのものが見つかったようだね…… 何故貴女がここにいて、艦長の私室の清掃をしているか、聞かせてもらおうか。アレキサンドリア随一の錬金術師、フレデリカ・スコット女史?」
不意に声をかけられ、振り向いたリーダーの目に映ったのは、開け放たれたドアに寄り掛かる衛生班副長のカレンの姿であった。通路にはカレンの他に、猫獣人のルーシーの姿も見えている。
名前を呼ばれたリーダー改めフレデリカは、被っていた三角布をとると大きくため息をついて見せた。
「はぁ~、名前までわかっとーとは思わんかったばい。
艦長不在で、絶好んチャンスて思うたっちゃけど、はめられたちゅうやつか。いつから疑われとったと?」
「そもそもは、艦内清掃要員として大勢のホムンクルスが従事していることからして怪しかったのよね。
一見子供のような姿で、ホムンクルスとしての完成度を低く見せようと偽装していたのかもしれないけど、上層街でも見たことのない魔道具が満載のこの艦で、何の迷いもなく作業ができるホムンクルスの完成度が低いとは思えないしね」
「それに、貴女の匂いだけは人間、それも成人した女性の匂いですにゃ。普段は船倉から出てこない指令用のホムンクルスにゃのに、今日だけは総出で掃除していますのにゃ。
いままではリーダーのホムンクルスの、見た目や雰囲気まで貴女自身に似せていたお蔭で、今日まで区別できなかったのにゃ」
ルーシーが自慢の嗅覚でかぎわけたようだが、フレデリカは疑問を覚える。
「? あたしんホムンクルスは完璧やて思うとったんやけどね。 後学ん為に、何が理由でわかったんか教えてくれん?」
それを聞いたカレンは、ニヤッと笑みを浮かべた。そして、フレデリカの右手を指さして告げる。
「あんたの指先には、わずかに血の匂いがしてるんだよ。それも、エリーゼ嬢に依頼された即効性のマジカル・ピルがわずかに含まれた血の匂いがね。
あたしが処方したんだから間違える訳もない。うまくいけば、あんたをおびき寄せられるかなとは思ってたけど、確実性はなかった。正直そんな微量な血の匂いに、気づいたルーシーがお手柄さ」
錬金術士の扱う素材には、一般の人々が聞けば鬼畜に思える素材も多く取り扱う。特に女性の血は他人のモノを手に入れること自体が非常に難しい。
ワイアットの部隊がクラーケンを退治した際に、報酬として『乙女の血(できれば経血!)』の補充をクロエに申し出て、イリスに海に叩き込まれたショタ錬金術師の件は、医療班のメンバーの記憶に新しいところである。
「……あぁ、何ん警戒も無しに廃棄してあったけん喜んだっちゃけど、事後処理が甘かったんね。
貴族んお嬢様なら、汚れた下着ば棄てるんも普通やて思うて、甘う考えとったわ……」
フレデリカは苦笑いを浮かべて自分の手をみた。微量とはいえ、『乙女の(経)血』は第一級の錬金素材である。まして、異国人の美女とあれば研究素材としても素晴らしいと思ったことに後悔はない。
「ここしゃぃおる理由は、貴女方が考えとーおり、ホムンクルスん素材ん収集ばい。
あたしはあたしん仕事ばしとーと。何か問題あるん?」
胸を張って答えるフレデリカに、カレンとルーシーは顔を見合わせるのであった。
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ルーシーはカレンを恨めしそうに睨んだ。
「うぅ、あたしもこんな生臭い話にかかわらず、南国の太陽の下で楽しみたかったですにゃ~」
「……問題はこれを発表するかだねぇ。あたしは別に自分の抜け毛なんてどう使われようと気にはしないけど、班長が知ったら逆上するだろうしねぇ」
カレンの言葉に、ルーシーは青くなりながらも反論する。
「え~、カレンさんは構わないんですにゃ? 自分の髪が使われた自分似のホムンクルスが殿方の……その……」
フレデリカから聞いた情報では髪の毛程度の情報では、ホムンクルスを素材の提供者に似せることができる程度だという。
とはいえ、フレデリカが男性に妓館を用意しても良いといっていたことは記憶に新しく、艦内で得た錬金素材は、それ用のホムンクルスに使用される可能性が高い。
自分の知らないところで、自分にそっくりなホムンクルスが、男性乗組員の欲求不満解消のはけ口になるなどということは、ルーシーとしては知りたくもなかった事実である。
「まあ、初心なお前さんがたならそうだけどね。知らなきゃどうにも思わなかったろ?
どうせ今だって、お前やドーラ、艦長や班長・船務長だって、妄想の中では相手をさせ「イヤ~!!」……」
尻尾の毛を逆立ててわめくルーシーを見て、カレンはため息をつく。素材として回収された髪の毛から採取された情報では、たかが知れている。
フレデリカの技術が卓越しているからといって、髪の毛一本からクローンを作る訳にはいかないし、培養したところで情報の劣化は激しいらしく、オリジナルと同等の完全な複製はできないらしい。
「しぇいじぇい似た顔立ちん素体が作るーだけばい。中身は別物やしね」
クロエやイリスを納得させるためと、聞き出したホムンクルスの製法の一部。それは大雑把ではあるが既知のモノに等しいとカレンは思う。
だが、フレデリカのホムンクルスは自己の意思を持ち、与えられた仕事を忠実にこなしている。その点について聞こうとしたカレンではあったが、当然フレデリカは渋った。彼女独自の秘術につながるだけに、当然のことである。
「あ~、くそっ、あの女のせいでくらくらするよ……」
それを聞き出す代償として、カレンは五百ミリリットルほどの血を提供させられていた。もちろん、艦長や班長などへの報告の為であるが、クロエたちへの報告以外では口外禁止を言い渡されている。
「……確かに魂や精神までは魔法で作れませんのにゃ。でも、それを補う為に、用途に見合う精霊や天使、妖魔まで使役するなんて思いもよりませんでしたにゃ」
フレデリカは具体的なことは避けたが、妓館用のホムンクルスの素体には『サキュバス』の精神体を使うことを明かした。さすがに人の魂や心は使用できないらしく、もともとサキュバスであればその手の行為は望むところである。
「まぁ、班長も納得するだろうし問題ないだろ。ルーシーもほかの連中には話さないようにな」
「え~、班長こんなの納得するかにゃ~、絶対騒ぐと思いますにゃ」
そんなルーシーを見てカレンは人の悪い笑顔を浮かべる。
「そんなに心配なら、今日から抜け毛一本たりとその辺に落とさないように気にして暮らすんだね。あんたのそのふさふさな尻尾の毛先一本までね」
その言葉に尻尾を、抱えてあわあわしているルーシーを見て、カレンは改めて思う。きっと、イリスはそんな事は少しも気にしないであろう。
目的の為には手段を択ばないのは、白家のイリスやリリーも同じであり、いわゆる同じ穴のムジナである。
とはいえイリスは、クロエやユイを素材として使われるのは気にするだろうから、二人に口うるさく抜け毛一本まで処理するように騒ぐのは間違いないだろうけど……
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