駄女神に拉致られて異世界転生!!どうしてこうなった……

猫缶@睦月

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7.女王の奏でるラプソディー

65.ルーシーと脳筋お姉さん

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「……なんでこうなるのじゃ~!!」

 QAクイーンアレキサンドリアの医療区画、その中のリハビリルームから響く悲痛な声が響いた。

「はいはい、うるさいですから、いちいち吠えないでくださいよ。
 あ、吠えることができるなら、まだ余裕ありますね。負荷を5パーセントあげますにゃ」

 リハビリルームといっても、歩行訓練ようの手すりがあったりするわけでもなく、部屋の中央には人型のバトルスーツの様なモノに放り込まれた娘と、医療班の娘ルーシーとビクトリアの計三人がいるだけである。

 バトルスーツ状のモノに押し込まれている娘は、クロエたちが『脳筋お姉さん』と呼んでいる、遼寧の第一皇女殿下である。
 彼女の名前は『黄 晨曦コウ チェンシー』といったが、皇帝暗殺未遂事件の際に、おなか一杯になるまで毒入りの食物を食べてしまい、四肢に重度の麻痺が残ってしまったのである。

 彼女が故国である遼寧を追い出されたのは、彼女の父である皇帝の意向もあった。遼寧の新王朝である黄王朝では、前王朝の帝室や宮廷・軍の腐敗をみかねて革命を成した経緯がある。その為、前王朝と違い成人に達した皇族は、国・民の為に働かねばならないが、四肢に障害のある彼女にはそれが果たせない。
 むろん、暗殺未遂事件の被害者であるチェンシーであるから、事情を発表して宮廷の奥で静かに生活を営ませるという選択肢もあった……が、そのような生活をチェンシーがおくれるはずもない。
 チェンシーは元々姫として育ったわけではなく、将軍だった父の役に立とうと武芸に励んで将としてもそれなりの経験を積んできた娘である。四肢が全く動かせず、置物のような状態の生活は、今後の長い余生を考えれば本人にも周囲にも負担が大きすぎるのである。
 外交の為に隣国の王族や家臣に嫁がせようとしても、障害のある娘を嫁がせれば、それは新皇帝の弱みにつながる為、それもできない。
 迷った皇帝は、『アレキサンドリアの医術であれば、兵としては使い物にはならずとも、日常生活を送る上では不自由ない程度に回復する可能性がある』との言葉に期待をこめて、皇女は死亡したという形をとってアレキサンドリアへ治療に向かわせたのであった。

 イリスの診断では、四肢が麻痺しているとはいっても、チェンシーの場合は脊髄や筋肉、骨格に問題がある訳ではない。肩と股関節から先の運動神経の伝達が完全に阻害されているだけであり、痛覚や触覚などは普通に感じる事ができるらしい。
 クロエがその話を聞いた途端、珍妙な化粧をした某死神の使う〇魄刀を思い出したのは内緒である。

 そして、チェンシーが押し込められている人型のバトルスーツ状のモノは、クロエ特製の『セミオートリハビリマシン・動くんですVer1(仮)』というクロエ特性のリハビリマシンである。

 略称『動くんです1号』は、対象者の身体に合わせて寸法調整ができ、手足の指までを含む全ての関節を、外部から強制的に動かす事ができる機能を持っている。
 頭部は、バイクに乗る際に着用するヘルメットの一種に酷似しており、脳波から本人が意図した手足の動きを各部に伝えるて動かす事だけでなく、言語翻訳機能により言葉も通じるし、口元のフリップ部分をあげることで、ヘルメットを着用しながら飲食が可能であった。

 残念ながら大きさと動力の問題で、着用をして艦内を移動することはできないし、指先までを覆うスーツの特性上、脱着には時間がかかる為に、お花摘みの度に脱ぎ着することはできない。ぶっちゃけ、着用したままの状態で生理的欲求を解消することになるので、下半身に下着の着用はできないのである(むろん、もよおした直後は生活魔法クリーンで自動的に衛生状態は保たれるのだが……)。

 チェンシーの世話をする医療班員は全て女性とはいえ、見知らぬ他人に裸をさらす事になる為に、四肢の動かぬチェンシーは悪口雑言大声でわめくまくるが、ルーシーはさらっと馬耳東風と一切の発言をスルーして、現在に至っている。
 とはいえさすがにうるさく感じたのか、ルーシーはヘルメットのフリップ部分を下ろし、チェンシーの大声をシャットダウンした。

 『動くんです1号』は、ルーシーのプログラム通りに、全身の関節をほぐす柔軟体操を、外部から強制的に開始し、現在は座った状態での開脚、いわゆる大股開きの状態で股関節を強制的に開いていく途中である。

「……ルーシー、股関節の呪いの状態を確認するから、その辺で一旦止めて……」

 ビクトリアの声に、ルーシーはうなづいて『動くんです1号』の動きを一旦停止するように、パネル上で操作を行う。
 『動くんです1号』が百五十度ほど脚が開かれた状態で、開脚状態を固定すると、ビクトリアが股関節部分に手をかざし、分析の為の魔法陣を展開する。
 チェンシーの股関節からは、ギリギリッ、ミシミシッと人間の関節がさせてはいけない音が聞こえているが、ビクトリカはジト目のまま放置し、やがてルーシーの方へと向き直る。

「……ん、大きな関節に強力な呪いを感じる…… でも、解呪には影響ない……」

「そうですか~、にゃら問題ないですにゃ。では、再開再開ポチッとな」

 ルーシーが停止状態を解除した途端、ゴキッっと嫌な音と、「ぎにゃっ!」というくぐもった声が聞こえ、『動くんです1号』は股関節が百八十度の開脚を達成したようだ。
 その頭部は首をうなだれて脱力しており、股の部分からは微妙な匂いも漂わせ始めていたが、湿気を感知した『動くんです1号』が、自動でクリーン魔法が行使されたので、すぐに異臭は消えたのだが……
 自分であれば、羞恥で気を失いたいところだが、当人は気を失っているから知らぬが仏であろう…… ビクトリアはそう考えて、視線を『動くんです1号』からルーシーへと移した。
 ルーシーはそんなビクトリカの視線に気付かないように、モニターされた『動くんです1号』からの数値を見ながらつぶやいている。

「ん~、股関節の稼働域はこれが限界のようですにゃ。……人間としての……」

「……百八十度開脚は、一般人には無理だと思う……」

 自らの身体もやわらかいとは思っていないビクトリカは切実に思う。猫獣人のルーシーを基準にされては、どんな人間も関節が固いと思われてしまう。

「え~、折角動かせるのに勿体ないですにゃよ~? それに、一応関節の可動範囲は、極端な負荷をかけないようにリミッターがついているって艦長が言ってましたにゃ」

「……リミッターがついていても、機能をきっていれば意味がない……というか、これチェンシー死んでない?」

 ビクトリアが白く細い指を向けた先のパネルには、股関節リミッター解除中の表示が点滅している。

「あにゃっ…… あまりにも騒ぐから確認を忘れてたみたいですのにゃ~…… まあ、大丈夫ですにゃ……たぶん……きっと……」

 そう言いながらルーシーが、ヘルメットのフリップとバイザー部分を開けてみると、チェンシーは白目をむいて口から泡を吹いている。

 ルーシーはそっとフリップとバイザー部分を下すと、何も見ていなかったかのようにビクトリアに話す。

「……『動くんです1号』は意識がない人の関節も強制的に動かすので、リハビリには問題ないですにゃ、ね? ね?」

 そういいながら、ルーシーが魔道具の設定を変えるのをみて、ビクトリアはチェンシーの冥福を祈る。
 どのみち身体を動かさなければ、手足の関節の可動範囲が狭まるだけではなく、四肢が動かないのが普通の状態と体が認識してしまう。そうなれば、魔法といえど治療は不可能となる。

 イリス班長の指示は、極力魔法による治療を行わないという指示の為、薬物やリハビリでの運動機能回復を行うことになる。

「……私は呪いの解析に戻る。気持ち悪いから、やりすぎて軟体生物を生産しないで……」

「にゃはは、わかってますよ~」

 ルーシーの明るい声が響き、被験者失神中の『動くんです1号』が新たな姿勢をとり始めるリハビリルームを、ビクトリアは後にしたのであった。

※ 本人の意思によらず関節等を動かしてリハビリになるのかは、医学的見地から見ているわけではなく不明です。ご都合主義の一つとお考えいただければ幸いです。
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