駄女神に拉致られて異世界転生!!どうしてこうなった……

猫缶@睦月

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7.女王の奏でるラプソディー

82.会談

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 エメラルド島東岸は、すり鉢状の火口を斜めに海面に没した地形をしており、坂の多い地形をしている。
 三日月形の島に守られたように広がる湾内は、潮の干満差が五十センチメートルほどと大きくない為に、斜面から伸ばされた多くの桟橋に商船が横付けされており、海岸線には降ろされた荷を収納する倉庫街が続いていた。

 町のそこかしこに猫の姿が見受けられるのは、ネズミ避けであろう。
 本来エメラルド島にネズミも猫も存在しないが、商船から積み荷にまぎれて入り込んだネズミと、同じようにネズミ退治として商船にのせられていた猫が繁殖し、猫は島中にあふれているといった状態だ。

 大きく欠伸をする茶虎の猫を視界の片隅に捕えたユイは、少し緊張を緩めながらも案内人の後について歩く。

 商人の町というだけあって、左右に延びる道の両側に連なる店は活気があり、人通りも盛んだが女性の姿は少ない。
 男性商人向けの娼館は街の北側に集中しており、商売女は全てそちらに集められているため、町には商会関係者しかいないせいもあるだろう。

 坂を上っていくと、上層部は大きな邸宅が増えてきて、大手の商会主の別邸として使用されている建物が多く、さまざまな様式の建物に、物珍しそうにユイの視線もうごく。

 大陸にある都市の多くは、小さな里でさえ低いとはいえ積み石の石壁があるのが普通なのだが、エメラルド島は東岸には魔物が存在しないためか壁はなく、上層の邸宅も腰高ていどの生垣があるだけで開放的な街並みである。

 大商人といえど、居住を認められていないエメラルド島ではあるが、商談や商人の交流にはある程度の大きさの屋敷が必要になる場合があり、上層部にはユニオンが管理している複数の邸宅がある。
 案内人は、そのなかの一つで、最も北側にある邸宅へ向かっているようである。そこは緑の芝の中に石造りの二階建ての東屋あずまやと、コの字型に白い二階建ての建物が囲む一軒の邸宅であった。

「こちらでお掛けになってお待ちください。すぐに侍女に茶の用意をさせましょう」

 案内人の指示に従って中央の東屋の外階段を登った先の開けた空間は、中央に円卓と四つの椅子を配した落ち着いた場所となっていた。

 エメラルド島の湾を見下ろし、風が吹き抜けるすごし易い場所である。案内人が、上ってきた外階段を下っていくのをみて、小柄な少女風の娘が口を開く。

「案外心地いい場所ですの。上り坂が多いのはつらかったけど……」

 ユイの護衛を仰せつかった二人のうちの小柄な娘の言葉に、細見の男も湾内に浮かぶ商船を見ながらうなずいた。

「確かにここは風の通りも良いし、眺めも良い。
 海に浮かぶ姿は、QAクイーンも悪くないが、帆船には帆船の美しさがあるのがよくわかる」

 グレーの髪にグレーの瞳を持つ青年が答えた。

 小柄な娘はアメリア・アレンといい、身長は低めの百五十五センチ。ブリュネットの髪にブラウンの瞳を持つ、クロエと似たり寄ったりの身長に、やや幼児体型の娘である。
 顔立ちはごく普通といってよいが明るい性格であり、見た目は元気な中学生といった雰囲気をもった船務士のなかでもムードメーカーで、ユイと同年齢でもあることから気さくな友人でもあった。
 ちなみに船務士とは、QAクイーンアレキサンドリアのレーダーやソナー関係の操作員のことであり、艦橋要員でもある。新しい機器が航海中に増えたことで今回の航海中に編成された要員であった。

 グレーの髪の青年は、レオン・アレン。均整のとれた身体に、少し繊細な見かけを持つ二十歳の青年で、アメリアの兄でもある。艦内での所属は電整士であり、その手先の器用さから電整士のリーダーを務めている。

 電整士はその名の通り電気系の整備士ではあるが、QAクイーンアレキサンドリアでは魔道具関連の整備も務めている。
 艦の大きさに比べて、少ない乗組員で操艦する都合上、多くの装備は自動化されており、電整士の役割は重要である。

 レオンは電整士として、艦首下部のソナーから飛行甲板上の誘導灯やクロエが気まぐれに取り付けた気象レーダーにいたるまで全ての装備の保守を受っ持っている。
 ある意味、クロエの無茶ぶりで一番被害を受けているのは、レオンであった。レオンは、クロエが作る魔道具や電気装置、そしてそれらのハイブリッド品の補修や整備を一手に引き受けている。
 クロエも一応、艦内の電整士に負担をかけないように、新規の装備品はユニット構造を用いて、故障個所の特定とユニットの交換で済むように考慮しているが、紅家出身の電整士には魔法理論が通用しない装備品は負担を伴うようであった。

 レオンとアメリアの兄妹は、珍しく青家出身でありながら魔道具の扱いにも長けており、魔道具の塊であるQAクイーンアレキサンドリアに当初から配属しており、ユイやクロエとも付き合いがそれなりに永い二人である。

 そんな二人と、他愛のない会話をしながら待つことしばし、二人の侍女を伴った黒髪の若い女性が外階段から姿を現し、気付いたユイたちも立ち上がって一礼する。

「お待たせいたし……ました。お初にお目にかかります。私がこの屋敷の主で、『月詠』とお呼びくださいませ」

 ユイをみて『月詠』と名乗った娘が口ごもったのを怪訝けげんに思ったのか、侍女たちがちらりとユイたちに視線をおくる。

 あくまでもお茶の給仕をする手を止めたりせずに、失礼のない範囲であったが、アメリアはそれに気づいて『月詠』の品定めを始めた。

 青味がかった腰までの長い黒髪に、アンバーの瞳。ほっそりして見えるのは、着ている衣装のせいだろうと推測した。
 身長は、アメリアやほぼ同身長のユイよりも僅かに高いくらいで、イリスよりも低い。目鼻立ちの整った、いわゆる東方風の美人を絵にすれば、世の画家たちはこのように描くのではないかと思われる。

(……たしかに船務長どのと似た雰囲気を感じるんですの……)

 アメリアは無言で、失礼のない程度に『月詠』を見つめながら情報収集をしている間に話は済んだようだ。

 ユイと『月詠』が東屋の一画に立つと、床面がゆっくりと沈み込み始め、やがて二人の姿は四角く開いた黒い穴の中へときえる。
 しかし、その様子をみても特にアメリアとレオンは慌てる様子もなく、のんびりお茶をすすっている。

「……いいんですの?」

 静かにつぶやくアメリアの声に、アレンもまた低くつぶやいた。

「……艦長も、医療班長も口出しをしなかったんだ。あとは、船務長の判断に任せるという事だろう」

 アレンの言葉に、アメリアもうなづく。

「そうだよね…… それに、今の船務長は以前の船務長じゃないし……」

「……そうだな……」

 つぶやくと二人は眼下の湾内を帆走していくガレオン船を見つめた。真っ直ぐ東に航走するのは、遼寧などの東国へと向かうのだろうか……
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